白百合の君を瞼に浮かべて

蒼あかり

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 レイモンドはアーサーから呼び出しを受けた日、仕事が終わるとすぐにバルジット家へ向かった。
 馬を走らせ、すでに顔なじみになった門番に邸の中へと案内されると、いつもの執事が対応してくれた。
「ご主人様はアーサー殿下からの呼び出しで、夫人とともに王宮に向かわれました。
副隊長殿が来られたら渡すようにと、これを預かっております」
「いつも申し訳ない」

 渡されたものはカードだった。きっと手紙を書く間もなかったのだろうと、推測できる。
 中には侯爵の直筆と思われる文字で、

『すぐに耳に入る事でしょうが。アリシアは侯爵家から籍を抜き、平民として修道院に入りました。これより先の未来は、私にはあずかり知らぬこと。あの娘の人生に幸多からんことを願っております』

 レイモンドはそのカードを読んで落ち着きを取り戻し、妙に納得することができた。
 最初からそうだった。アリシア本人も、侯爵夫妻たちも何故か焦燥感も、慌てることもないように見えていたから。
 それほどまでに腹をくくっていたのだろうか?とも思ったが、結果が見えていたからこその落ち着き感だったのだろうと、今ならそれもうなずける。

「皆さん、覚悟の上だったのですね」
「途中まで私たちは本当に知りませんでしたが、皆さまは結果あり気での行動だったようでございます」

「そうですか。ならば私は遠慮なく求め続けるだけです。私も爵位を継げぬ身だ。貴族でなくなった彼女を私が求めたとしても、何の問題もないということですよね?」
「はい。なんの問題もないかと」

「お陰で覚悟が決まりました。もう、ここに来ることはないと侯爵にお伝えください。今まで良くしていただき、心から感謝いたします。ありがとうございました」

 レイモンドは執事や、その背後に並ぶ使用人、メイドたちに頭を下げると侯爵邸を後にした。


-・-・-・-・-・-


入れ違いでアーサーに呼び出されたバトラン侯爵夫婦は、王宮内で彼と対峙していた。
無言で向かい合い、お互い牽制をしているかのように言葉を発することはない。
睨みつけるように侯爵夫妻を見るアーサーに対して、侯爵夫妻は余裕の表情で見返していた。

「何を聞かれるか、もうわかっているのだろう? 単刀直入に聞く、アリシアをどこにやった?」
「それはまた、突然の話ではありますが。アリシアがどうかいたしましたか? あの娘なら北の修道院にいるはずですが?」

 侯爵は笑みを崩すことなく答えた。その顔が憎たらしいくらいに余裕を見せ、アーサーは
面白くないとばかりに睨み返す。

「娘がいなくなったというのに、随分と余裕じゃないか。お前が隠しているからの結果だろう?すぐに戻すなら何も言わん。だが、このまま隠し通すつもりなら、私にも考えがある」
「殿下。お言葉ではございますが、アリシアはすでに私たちの娘ではございません。そのような者のために労力を使うことなどあり得ないことでございます。

「なに? 娘ではない? 一体どういうことだ?」
「言葉の通りでございます。アリシアは北の修道院に入る前に侯爵家から籍を抜き、平民として赴いてございます。もはや我がバルジット侯爵家とは何の関りもございません。そのような娘のことなど私たちは一切関知しておりません。ですから、どこで何をしているのか?せめて無事でいてくれることを密かに祈るばかりでございます」

 それを聞いたアーサーは信じられないとばかりに、わなわなと握る手を震わせた。

「アリシアが貴族籍を抜いたと? 何てことをしたんだ? お前たちはそれでも親としての愛情があるのか? そんなことをしたら、アリシアの今後の望みが経たれてしまう。知っていてやったと言うのか!!」
「殿下!! あの娘に今後の望みなどあろうはずがないことくらい、ご自身が一番良くおわかりではないのですか? 王家との婚約が解消され、無理矢理にも病気療養を理由に領地に引きこもらざるを得ない娘に、今さら良縁が望めるはずがありません。
 このままでは我が侯爵家に傷がつくばかり。娘は家の為にその身を犠牲にしてくれたのです。そんな娘の最後の望み、親としては叶えてやりたかっただけの事でございます」

「お前たちは家のため、自分たちのためにアリシアを犠牲にしたんだ! 親としての愛情もないままに、アリシアを見捨てたんだ!」
「……見捨てたられたのは、私たちの方でございます。どんなことがあろうとも、あの子を守ると、守りたいと思っていたのに。あの娘は、この手を頼ることを拒み、自分の意思で自分の道を歩いていってしまったのです。父である私もそして殿下、あなたのことも捨てて!」

 最後に強い口調で言い捨てた侯爵。一国の王子に対する不敬を恐れることもなく、真っ直ぐな視線をアーサーにぶつけた。
 アーサーは自分自身がアリシアから捨てられたとの言葉に、胸をえぐられるような痛みを感じていた。
 言い返す言葉が思いつかない。アリシアから捨てられたことが、彼の心を氷のように冷たく変えていった。



 バルジット侯爵がその場を去った後も、しばらくアーサーは動けずにいた。
 アリシアを思う心は本物だった。心から愛していた。ただ、その愛の形がいびつに歪んでいただけだ。
 大切に思うあまり自分のそばに置きたかっただけ。
誰の言葉も聞かせず、自分の言葉だけを聞き。誰も見ず自分だけを見てほしい。彼女の世界を自分だけで染め上げたかった。

 ただ、それだけのこと。

 他の人間に理解できなくても構わない。自分が一番アリシアを愛しているという自信だけが彼を支え、己の存在理由になっていたのだから。
 彼に助言を、進言をする者も多くいた。だが、それらを全て無視し、身分の低いものは握り潰してきた。非道と呼ばれようと権力を使い続けてきた。
それが許される地位にいることに心から感謝し、だからこそ自分はアリシアを守れる人間なのだと、唯一の存在なのだと勘違いをすることになっていった 

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