僕の婚約者は今日も麗しい

蒼あかり

文字の大きさ
8 / 13

~8~

しおりを挟む

 クラウスとローザの婚約披露の場はつつがなく行われた。
 大物独身紳士として根強い人気を誇っていたクラウスだったが、さすがに相手が一国の王女では誰も手出しは出来ない。
 ローザに何かがあれば外交問題に発展するのだ。妬ましく思ったとしても、行動に起こすほど馬鹿な令嬢はここ、ペテルセン王国にはいなかったらしい。
 昼頃から行われたパーティーは夕刻まで続いた。その間、ペテルセンの貴族達ににこやかに笑って挨拶をするローザは、幼くも王女としての責を果たす立派な淑女だった。
 最後の招待客が返るまで、王女の仮面を剝がすことなく笑みを絶やさない。
 クラウスも幼いなどと見くびっていた自分を反省した。
 リチャードが言うように、そこら辺の令嬢よりも立派だと思わざるを得ない。
 正直、子供だと侮っていた自分を恥じ、これからは一人の令嬢として接しなければと考え直すのだった。

 翌日、ローザに会いに登城したクラウスは疲れも見せずに笑顔で答える彼女を気遣い、庭園でお茶に誘った。
「お疲れになられたでしょう。本日は誰の訪問もありません、ふたりでゆっくりと過ごしませんか」
「え? ふたりで? 今日はクラウス様がずっと一緒にいてくださるの?」
「はい。私でよろしければ、本日はずっとおそばに……」
「まあ、うれしい」

 庭園の四阿で向かいに座るローザは、はじけるような笑みをこぼしていた。

「昨日は皆、ローザ様の可愛らしさに目を奪われていました。それに知識量の深さは驚きに値します。さすがですね、私でもかなわないかもしれません」
「そんなことありませんわ。この国に嫁ぐのですもの、勉強するのは当たり前です。
 クラウス様の少しでもお役に立てれば良いのですが」

 はじらう姿は年相応の可愛らしさがあるのに、その博識さと優雅な立ち居振る舞いは誰にも真似のできない、それこそ血筋なのかもしれないとクラウスは考える。
 ゆったりと流れる時間が苦にはならないのは、お互いの相性が良いからかもしれない。

 それにしても今日のローザは少し態度がおかしかった。何やらキョロキョロとクラウスの視線を確かめるようにしてみたり、自分の右側に彼を置きたがるように仕向けている。
 肩よりも少し長めの美しい艶やかな髪を、時折かき上げたり後ろに流したりと落ち着きがなく見える。どうしたのだろうかと思っていたら、とうとう業を煮やしたローザが口を開いた。

「あの、クラウス様。今日は、クラウス様からいただいた髪飾りを付けてみたのですが、いかがでしょう? まだ私には早すぎましたでしょうか?」

 上目使いでクラウスを見つめながら、右の髪に手をあて髪飾りを彼の目に映させた。
 ローザの美しい銀髪には紺碧の髪飾りが煌めいていた。どこか見覚えがあるような気がしたクラウスは、思い出したかのように「あ!」と大きな声を上げる。

「それは……」
「はい。クラウス様からいただいた髪飾りです。とても綺麗で気に入っています。
 このサファイアは我がストロームで採れた物ですよね。すぐにわかりました。
 これをつけた姿を見ていただきたくて。どうでしょうか?」

 正直、クラウスは髪飾りをよく覚えてはいなかった。ストローム産の石と聞いて即決はしたが、そこに深い意味は無かったから。加工され髪飾りになった時も適当に受け流してしまい、ぼんやりとしか覚えていなかった。

「とてもよく似合っています。あなたの髪に青がよく映えています。これにして良かった」

 思ってもみなかったことに焦りはしたが、そこは年の功という事で無難に受け流すことが出来たとホッとするのだった。
 向かいの席で嬉しそうに恥じらうローザの姿を見ながら、それにしても十歳はまだまだ子供だと思っていたのに、これはぼんやりしていたらヤラれると気を引き締めることを心に誓うクラウスだった。


 それからの二人はお互いの国を行き来しあい、春はストロームの風に吹かれ。
 秋にはペテルセンで実りをいただいたりと、逢瀬を重ねていった。
 十歳のローザは歳を重ねるごとに美しさを開花させ、クラウスの心をざわつかせた。
 手紙を出し合い、言葉を重ね。会えた時には少しずつ親密度を深める。
 早くに婚約をする者も多い貴族の世界で、何もローザが特別なのではない。
 ただ、年齢の差が少し距離を開かせているだけだから。

 
 クラウスが二十四歳。ローザが十四歳の時だった。
 もう二年で婚姻を迎える頃になり、長期に渡りペテルセンに滞在するようになり始め、滞在場所も王宮ではなくリューマン公爵家で、公爵夫人としての教育も受け始めていた頃のこと。
 予定では明日到着のはずだったローザ達一行が、予定よりも早く公爵家に到着をしてしまった。執事の話によれば今日は王宮に登城しているというので、ローザは国王に挨拶も兼ねて足を運ぶことにした。
 久しぶりに会えると喜び勇んで王宮に向かうと、そこには会いたくて仕方のなかったクラウスが向こうから歩いてくる姿が見えた。
 嬉しさのあまり声をかけようかと思ったその時、クラウスの少し後ろを静かについて歩く令嬢の姿が目に入った。令嬢と呼ぶにはいささか歳がいっているようだが、身なりも気品はあるが露出の多い派手なドレスを着ている。
 クラウスの後ろについていた乳母であった侍女が、とっさにローザの手を引き一歩下がらせた。

「ローザ様、あれはクラウス殿ではございません。人違いでございます」

 そう言って、彼女の視線を遮るように目の前に立ちふさがるのだった。

「何を言っているの。あれはクラウス様よ。私が見間違えるはずがないわ」
「いいえ。あれは違う御仁でございます。間違えて声などかければ、相手も困惑されるでしょう。ここは素通りが最良かと」

 納得いかない顔のローザではあったが、今までのことからも乳母には何か思うところがあるのだろうと推察できた。
 十四歳になったローザにも、少しだけではあるが色事の知識もつき始めている。
 夜伽の話はまだ聞いていないが、それでもたぶんそういうことなのだろうと感じ、ここは黙って引き下がることにするのだった。
 元々国王との接見は明日の予定。前触れも無しに訪れたローザ達を快く迎えてくれた国王夫妻に会い、挨拶を交わす。
 その時の国王の態度がどうにも落ち着きがなく見える。
 チラリと乳母を見れば、わずかに首を振っていた。やはり聞いてはいけないことらしい。ローザは胸の中にモヤモヤとわだかまりを抱えつつ、この日は大人しくリューマン家へと戻ろうと廊下を歩いていると、向こうから第三王子のリチャードが歩いて来た。
 挨拶をしようと王女の笑顔で対面しようと構えていると、ローザに気が付いたリチャードが異様に驚き慌てた様子だった。
 この人もおかしい。と思いながらも王女の笑みを浮かべ迎え撃つ。

「あ! これはローザ殿下。明日、お着きになると伺っておりましたが、お早いお着きだったのですね。ご無事でなによりです」
「リチャード殿下。お久しぶりでございます。先に公爵邸に着きましたら、クラウス様がこちらにいらっしゃるとお聞きし、国王陛下へのご挨拶も兼ねて立ち寄らせていただきました。先ほど陛下にもお会いさせていただいたところです」
「そ、そうですか。それは良かった。ああ、クラウスですね。クラウスなら今しがた戻りました。行き違いになられたようですね。僕が引き留めていたんですよ、申し訳ありませんでした」
「まあ、そうでしたか。でしたら私も公爵邸に戻ることにいたします。早くクラウス様にお会いしたいですので、では」
「は、はい。そうですね。あいつも幸せ者だ。では。お気をつけて」

 いつもならもっと楽しい話題を振りまき、ローザを飽きさせないように気を遣うリチャードなのに、今日の彼は国王同様やはりおかしい。

 これは問い詰めた方が良いと、心に誓うローザだった。

しおりを挟む
感想 13

あなたにおすすめの小説

【完結済】春を迎えに~番という絆に導かれて~

廻野 久彩
恋愛
辺境の村から王都の星環教会へやってきた研修生アナベル・ウィンダーミア。 門で出会った王族直属騎士団副団長ルシアン・ヴァルセインと握手を交わした瞬間、二人の手首に金色の光が浮かび上がる。 それは"番"——神が定めた魂の半身の証。 物語の中でしか聞いたことのない奇跡的な出会いに胸を躍らせるアナベルだったが、ルシアンの口から告げられたのは冷酷な現実だった。 「俺には……すでに婚約者がいる」 その婚約者こそ、名門ルヴェリエ家の令嬢セレナ。国境の緊張が高まる中、彼女との政略結婚は王国の命運を左右する重要な政治的意味を持っていた。 番の衝動に身を焼かれながらも、決して越えてはならない一線を守ろうとするルシアン。 想い人を諦めきれずにいながら、彼の立場を理解しようと努めるアナベル。 そして、すべてを知りながらも優雅に微笑み続けるセレナ。 三人の心は複雑に絡み合い、それぞれが異なる痛みを抱えながら日々を過ごしていく。 政略と恋情、義務と本心、誠実さと衝動—— 揺れ動く想いの果てに、それぞれが下す選択とは。 番という絆に翻弄されながらも、最後に自分自身の意志で道を選び取る三人の物語。 愛とは選ぶこと。 幸せとは、選んだ道を自分の足で歩くこと。 番の絆を軸に描かれる、大人のファンタジーロマンス。 全20話完結。 **【キーワード】** 番・運命の相手・政略結婚・三角関係・騎士・王都・ファンタジー・恋愛・完結済み・ハッピーエンド

よめかわ

ariya
恋愛
遊び人として名高い貴族・夏基は、不祥事の罰として「醜聞の姫」白川殿と政略結婚することに。 初夜、暗い印象しかなかった姫の顔を初めて見た瞬間――大きな黒目がちな瞳、薄桜色の頬、恥ずかしげに俯く仕草に、夏基は衝撃を受ける。 (可愛すぎる……こんな姫が俺の妻!?) 亡き恋人への想いを捨てきれず、夫を拒む白川殿。 それでも夏基は過去の女たちに別れを告げ、花を贈り、文を重ね、誠心誠意尽くして彼女の心を溶かしていく。 儚くて純粋で、泣き顔さえ愛らしい姫を、夏基はもう手放せない―― 平安貴族の切なく甘い、極上よめかわ恋物語。 ※縦読み推奨です。 ※過去に投稿した小説を加筆修正しました。 ※小説家になろう、カクヨム、NOVELDAYにも投稿しています。

割込み王女に祝福を(婚約解消いただきました。ありがとうございました)

久留美眞理
恋愛
 没落貴族の令嬢ベアトリックスは、父を亡くした後、母の再婚相手のブライトストーン子爵の養女となった。この義父の借金を返済するために、義父によって新興成金の息子エドワードとの縁談を画策されてしまう。家門を救い、母を守るため、彼女はこの結婚を受け入れる決意をし、エドワードと婚約が成立した。ところが、王宮の茶会で会った王家の第三王女が、エドワードにひと目惚れ、ベアトリックスは婚約を解消されてしまった。借金を肩代わりしてもらえたうえ、婚約破棄の慰謝料まで貰い、意に添わぬ結婚をしなくてよくなったベアトリックスはしてやったりと喜ぶのだが・・・次に現れた求婚者はイトコで軍人のレイモンド。二人は婚約したが、無事に結婚できるのか?それともまた一波乱あるのか?ベアトリックスの幸福までの道のりを描いた作品 今度の婚約は無事に結婚というゴールにたどり着けるのか、それとも障害が立ちはだかるのか?ベアトリックスがつかむ幸福とは?

王太子殿下にお譲りします

蒼あかり
恋愛
『王太子だって恋がしたい』~アルバート編~ 連載開始いたします。 王太子の側近であるマルクスは、自分の婚約者に想いを寄せている彼に婚約者を譲ると申し出る。 それで良いと思っていたはずなのに、自分の気持ちに気が付かない無自覚男が初めて恋心を知り悩むお話し。 ざまぁも婚約破棄もありません。割合、淡々とした話だと思います。 ※他サイトにも掲載しております。

王太子妃クラリスと王子たちの絆【完】

mako
恋愛
以前の投稿をブラッシュアップしました。 ランズ王国フリードリヒ王太子に嫁ぐはリントン王国王女クラリス。 クラリスはかつてランズ王国に留学中に品行不良の王太子を毛嫌いしていた節は 否めないが己の定めを受け、王女として変貌を遂げたクラリスにグリードリヒは 困惑しながらも再会を果たしその後王国として栄光を辿る物語です。

誕生日前日に届いた王子へのプレゼント

アシコシツヨシ
恋愛
誕生日前日に、プレゼントを受け取った王太子フランが、幸せ葛藤する話。(王太子視点)

2度目の結婚は貴方と

朧霧
恋愛
 前世では冷たい夫と結婚してしまい子供を幸せにしたい一心で結婚生活を耐えていた私。気がついたときには異世界で「リオナ」という女性に生まれ変わっていた。6歳で記憶が蘇り悲惨な結婚生活を思い出すと今世では結婚願望すらなくなってしまうが騎士団長のレオナードに出会うことで運命が変わっていく。過去のトラウマを乗り越えて無事にリオナは前世から数えて2度目の結婚をすることになるのか? 魔法、魔術、妖精など全くありません。基本的に日常感溢れるほのぼの系作品になります。 重複投稿作品です。(小説家になろう)

婚約者には愛する人ができたようです。捨てられた私を救ってくれたのはこのメガネでした。

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
突然、婚約解消を告げられたリューディア・コンラット。 彼女はこのリンゼイ国三大魔法公爵家のご令嬢。 彼女の婚約者はリンゼイ国第一王子のモーゼフ・デル・リンゼイ。 彼は眼鏡をかけているリューディアは不細工、という理由で彼女との婚約解消を口にした。 リューディアはそれを受け入れることしかできない。 それに眼鏡をかけているのだって、幼い頃に言われた言葉が原因だ。 余計に素顔を晒すことに恐怖を覚えたリューディアは、絶対に人前で眼鏡を外さないようにと心に決める。 モーゼフとの婚約解消をしたリューディアは、兄たちに背中を押され、今、新しい世界へと飛び出す。 だけど、眼鏡はけして外さない――。

処理中です...