敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要

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初夜が明けて

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 早朝、寝返りをしようとして、体のあちこちに違和感を覚えた。

 目を開ければ、私をこんな体にした夫は、もうすでに寝台にはいない。とっくの前に起きていたのだろう。
 昨日の出来事が嘘みたいに感じる。夢だったら良かったのに。

 上半身をのろのろと起こしながら、思わずため息が出てしまった。

 ああ、失ってしまった。女神のご加護を。

 愛のない同士の交わりは、愛の女神をがっかりさせてしまったに違いない。
 愛がある同士で結婚しても、片方が浮気をすると、それでもダメらしい。

 乱れた髪を手櫛で直し、寝台の隅に押しやられていた夜衣に袖を通す。

 じっと自分の両手を見つめる。
 試しに手を合わせて癒しの力を願ってみる。いつもなら手が光り、熱を持つはずだった。もう加護を失ったから、その不思議な現象は起きないだろう。

 そう思っていた。

「えっ?」

 ところが、祈った途端に手のひらに普段より過剰な熱がこもり、光を放ち始める。その輝き方が尋常ではなかった。

「奥様、お目覚めですか?」

 私の気配が部屋から漏れたのか、隣の控室から使用人が近づく音が聞こえてきた。

 慌てて光を消し去った。

 だって、聖女が愛のない性交をしても力を失わないって知られたら、他の聖女たちまでも権力者たちの餌食になってしまう。

 そんなことになったら、みんなに顔向けできないわ――!

 扉の向こうから小さくノックする音が聞こえてきた。応答すると、ドアが静かに開いた。

「おはようございます、奥様」
「あ、ええ、おはよう」

 入ってきたのは、年嵩の女性だ。

「お加減はいかがですか? もう起きられますか?」
「あの、まだ辛いから休ませてもらうわ。何か飲み物を持ってきてくれないかしら?」
「はい、かしこまりました」

 なんとか使用人と何事もなかったように対話できた。
 無事に誤魔化すことに成功したようだ。

 それよりも、他に重大な懸念事項があった。白いシーツに視線を落とす。今は破瓜の血を偽造しないと。初めて女性が男性に抱かれたとき、血が出ると聞いたことがある。実際に私の初めてのときもそうだった。

 決して怪しまれてはいけない。力を失っていなければ、処女であった方がいい。経験済みの女が力さえも失わなかったら、それこそ聖女の常識が疑われてしまう。迷惑を被る聖女が出てくるかもしれない。

 メイアス様もいない今がチャンスだ。自分の体に傷をつけて血を垂らそう。
 すぐに掛け布団をパッとめくると、信じられない光景が広がっていた。

 そこには、血痕があった。
 もしかして、久しぶりにした場合、出血することもあるのだろうか。
 シーツを見つめながら固まってしまった。

 呆然としていたら、誰かが部屋に近づいてくる音が聞こえてきた。ノックもなしに部屋に入ってきたのは、メイアス様だ。もうすでに服装は、夜衣から普段着に変わっている。といっても上流貴族なので、襟と袖にはフリル付きのデザインで、見るからに上質な生地を贅沢に使っている。

 彼は私を見下ろして、ニコリと嬉しそうに笑みを向ける。

「体は大丈夫か?」

 そう気遣いながら、私の隣に腰を下ろした。

「はい、少し痛みますが……」

 恥ずかしそうに顔を伏せて答えた。
 いかにも処女を喪失したフリをしていた。

 彼の目をまっすぐに見られないのも、恥ずかしいからではなく、単に気まずいからだ。慣れない嘘に冷や汗がダラダラと流れそうだった。

 そんな私の背中にメイアス様が腕を回して抱きしめてきた。驚いて彼を見上げると、彼は照れくさそうに笑っていた。

「その、昨日はとても素晴らしい夜だった。すまない。後で使用人に怒られてしまったよ。愛も囁きもせず、ことに及んだのはよろしくなかったと。あなたをいざ目の前にしたら、余裕がなくなってしまったんだ」
「え?」

 思わず耳を疑った。

「あの、使用人に怒られたって、昨日の寝所での出来事は使用人に聞かれていたってことですか?」

 つまり、筒抜け?

「そうだよ。私の身に何か起きたら大変だからね。私が無防備なときは特に。万が一に備えて控えているんだ」

 確かにメイアス様は、このマトルヘル侯爵家の当主だ。この屋敷で一番重要人物だ。

 で、でも……。

「は、恥ずかしいですわ。あのときの声を聞かれていたなんて」

 そうと知らずに、はしたない言葉を口にしていた気がする。
 羞恥心のあまり、のたうち回りたくなる。

「あなたもすぐに慣れるよ。みな、有能だから」

 メイアス様は全然気にしてなさそうだ。これは残念ながら、お願いしても改善できない話かもしれない。
 私は聖女とはいえ敵国から嫁いできた者。メイアス様だけではなく、彼の家臣の信用度が全くなくても仕方がない。

「それよりも、昨日のあなたは、まるで女神が降臨したように美しかった。あまりにも魅力的だったから、この機会を逃したら聖女のあなたを一生抱くことはできないと焦って我を失い、まるで一匹の獣のようにあなたを求めてしまった」

 メイアスはそう言いながら、私の額に軽く口づけを落とした。

 それだけでドキッと胸が高鳴ってしまう。だって、レイと同じ姿かたちをしているから。

「初めて出会ったときから惹かれていたんだ、ルミネラ。あなたは私の女神だ」

 初めて出会ったときから?
 そんな風に彼から思われていたなんて知らなかった。彼は私に好意を持ってくれていたんだ。
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