9 / 11
信じる心
しおりを挟む
「あなたって本当に太々しいわね」
側妃のエミリーヌ様に呼ばれて部屋に行けば、挨拶もなしに文句を言われた。
結婚式から一ヶ月も経つが、彼女はいまだにシルハーン国に戻らずにメイアス様のお言葉に甘えて城の一室に滞在している。
「側妃殿下、ご機嫌麗しゅう存じます」
私がドレスの裾をつまみ、丁寧に挨拶をすれば、側妃は顔を不機嫌そうに歪めた。
彼女は茶会セットの椅子に腰掛けながら、私を見上げていた。
「挨拶は結構よ! それよりも、あなたがいまだに正妻の部屋を使っているのはどういうことかしら?」
「何か問題がありましたか?」
私が尋ねると、側妃は自分の口からは言いたくないのか、侍女に話すように目配せした。
ちなみに席を勧められないので、私は立ったままだ。
「ルミネラ様は聖女なので、侯爵様とは白い結婚でございましょう。いわばお飾りの妻なので、エミリーヌ殿下に本妻用の部屋をお譲りしてはいかがでしょうか。結婚後、侯爵様がエスコートなさるのも殿下です。一年後に正式に妻となるとはいえ、現在も実質的な妻は殿下であることは明白でございます」
たしかに領地内の貴族とのお茶会や集まりには、メイアス様は側妃殿下をほとんど伴って出席している。まるで伴侶のように。
「ですが、それは私が判断できることではないです」
元々、私と彼との結婚は政略だから。
でも、側妃はその答えが面白くなかったようだ。
射殺されそうな勢いで睨まれた。
「彼が本当に求めているのは、私なのよ? これを見なさい」
側妃は手を持ち上げ、私に見えるように晒す。
彼女は立派な宝石がはめられた指輪を身につけていた。
「これはマトルヘル卿からいただいたものよ。彼は私に一年後がとても楽しみだとおっしゃってくれたのよ。どういう意味か、もちろん分かるわよね?」
側妃は勝ち誇ったように笑った。
その表情は彼女が嘘をついているようには見えない。
メイアス様は本気で一年後には私を捨ててエミリーヌ様を妻に迎えるのだろうか。
想像しただけで胸の奥を掻きむしられるような痛みが走る。
愛していると言われたけど、言葉だけならなんとでも言える。
彼は城にいるとき、必ず私の部屋を訪れ、私を激しく求めてくる。
体だけが目的なのかと不安になるときもあった。
でも、私は癒しの力をまだ失っていない。
だから、私を傷つける彼女の言葉よりも、今まで私を守ってくれた神の加護と彼の愛を信じたい。
「私はメイアス様を信じてます」
反論するように堂々と答えると、側妃は見るからに悔しそうに顔を歪める。
その直後、彼女は乱暴にお茶のカップに手を取ると、私に向かって中身をぶちまけてきた。
立っていたから咄嗟に後ろに逃げられた。距離ができたおかげで、ドレスのスカートがお茶で汚れただけで熱くはなかった。
「あら、ごめんなさい。手が滑ってお茶をこぼしてしまいましたわ。聖女様なら火傷をなさってもすぐに治せるから大丈夫ですよね?」
謝意など少しもこもってない嫌味ったらしい口調だった。
「ええ、大丈夫です。でも、このような汚れた格好で殿下とお会いし続けるのも申し訳ないので失礼いたします」
退室の口実を得られたと思えば、苦ではなかった。ただ、メイアス様にいただいたドレスだったので、シミにならなければと心配だった。
「ええ、下がって結構よ」
私は礼をしてから踵を返した。
「ふん、覚えてなさいよ」
部屋を出る私の背中に捨て台詞を投げつけられる。
いつものことだと気にもしなくなったけど、まさかこのあとに側妃が侍女と恐ろしい話をしていたなんて、このときは思いもしなかった。
「殿下、侯爵様の助言どおりに準備は整いました。あとは最後の一人の宣誓書さえ揃えば、殿下がこのサルサンに正式に来られた際に忠実な家臣となりましょう」
「ウフフ、我慢の甲斐があったわ。マトルヘル卿が味方なら怖いものはないもの。あの女にやっと復讐できるわ」
側妃のエミリーヌ様に呼ばれて部屋に行けば、挨拶もなしに文句を言われた。
結婚式から一ヶ月も経つが、彼女はいまだにシルハーン国に戻らずにメイアス様のお言葉に甘えて城の一室に滞在している。
「側妃殿下、ご機嫌麗しゅう存じます」
私がドレスの裾をつまみ、丁寧に挨拶をすれば、側妃は顔を不機嫌そうに歪めた。
彼女は茶会セットの椅子に腰掛けながら、私を見上げていた。
「挨拶は結構よ! それよりも、あなたがいまだに正妻の部屋を使っているのはどういうことかしら?」
「何か問題がありましたか?」
私が尋ねると、側妃は自分の口からは言いたくないのか、侍女に話すように目配せした。
ちなみに席を勧められないので、私は立ったままだ。
「ルミネラ様は聖女なので、侯爵様とは白い結婚でございましょう。いわばお飾りの妻なので、エミリーヌ殿下に本妻用の部屋をお譲りしてはいかがでしょうか。結婚後、侯爵様がエスコートなさるのも殿下です。一年後に正式に妻となるとはいえ、現在も実質的な妻は殿下であることは明白でございます」
たしかに領地内の貴族とのお茶会や集まりには、メイアス様は側妃殿下をほとんど伴って出席している。まるで伴侶のように。
「ですが、それは私が判断できることではないです」
元々、私と彼との結婚は政略だから。
でも、側妃はその答えが面白くなかったようだ。
射殺されそうな勢いで睨まれた。
「彼が本当に求めているのは、私なのよ? これを見なさい」
側妃は手を持ち上げ、私に見えるように晒す。
彼女は立派な宝石がはめられた指輪を身につけていた。
「これはマトルヘル卿からいただいたものよ。彼は私に一年後がとても楽しみだとおっしゃってくれたのよ。どういう意味か、もちろん分かるわよね?」
側妃は勝ち誇ったように笑った。
その表情は彼女が嘘をついているようには見えない。
メイアス様は本気で一年後には私を捨ててエミリーヌ様を妻に迎えるのだろうか。
想像しただけで胸の奥を掻きむしられるような痛みが走る。
愛していると言われたけど、言葉だけならなんとでも言える。
彼は城にいるとき、必ず私の部屋を訪れ、私を激しく求めてくる。
体だけが目的なのかと不安になるときもあった。
でも、私は癒しの力をまだ失っていない。
だから、私を傷つける彼女の言葉よりも、今まで私を守ってくれた神の加護と彼の愛を信じたい。
「私はメイアス様を信じてます」
反論するように堂々と答えると、側妃は見るからに悔しそうに顔を歪める。
その直後、彼女は乱暴にお茶のカップに手を取ると、私に向かって中身をぶちまけてきた。
立っていたから咄嗟に後ろに逃げられた。距離ができたおかげで、ドレスのスカートがお茶で汚れただけで熱くはなかった。
「あら、ごめんなさい。手が滑ってお茶をこぼしてしまいましたわ。聖女様なら火傷をなさってもすぐに治せるから大丈夫ですよね?」
謝意など少しもこもってない嫌味ったらしい口調だった。
「ええ、大丈夫です。でも、このような汚れた格好で殿下とお会いし続けるのも申し訳ないので失礼いたします」
退室の口実を得られたと思えば、苦ではなかった。ただ、メイアス様にいただいたドレスだったので、シミにならなければと心配だった。
「ええ、下がって結構よ」
私は礼をしてから踵を返した。
「ふん、覚えてなさいよ」
部屋を出る私の背中に捨て台詞を投げつけられる。
いつものことだと気にもしなくなったけど、まさかこのあとに側妃が侍女と恐ろしい話をしていたなんて、このときは思いもしなかった。
「殿下、侯爵様の助言どおりに準備は整いました。あとは最後の一人の宣誓書さえ揃えば、殿下がこのサルサンに正式に来られた際に忠実な家臣となりましょう」
「ウフフ、我慢の甲斐があったわ。マトルヘル卿が味方なら怖いものはないもの。あの女にやっと復讐できるわ」
53
あなたにおすすめの小説
現聖女ですが、王太子妃様が聖女になりたいというので、故郷に戻って結婚しようと思います。
和泉鷹央
恋愛
聖女は十年しか生きられない。
この悲しい運命を変えるため、ライラは聖女になるときに精霊王と二つの契約をした。
それは期間満了後に始まる約束だったけど――
一つ……一度、死んだあと蘇生し、王太子の側室として本来の寿命で死ぬまで尽くすこと。
二つ……王太子が国王となったとき、国民が苦しむ政治をしないように側で支えること。
ライラはこの契約を承諾する。
十年後。
あと半月でライラの寿命が尽きるという頃、王太子妃ハンナが聖女になりたいと言い出した。
そして、王太子は聖女が農民出身で王族に相応しくないから、婚約破棄をすると言う。
こんな王族の為に、死ぬのは嫌だな……王太子妃様にあとを任せて、村に戻り幼馴染の彼と結婚しよう。
そう思い、ライラは聖女をやめることにした。
他の投稿サイトでも掲載しています。
婚約破棄の上に家を追放された直後に聖女としての力に目覚めました。
三葉 空
恋愛
ユリナはバラノン伯爵家の長女であり、公爵子息のブリックス・オメルダと婚約していた。しかし、ブリックスは身勝手な理由で彼女に婚約破棄を言い渡す。さらに、元から妹ばかり可愛がっていた両親にも愛想を尽かされ、家から追放されてしまう。ユリナは全てを失いショックを受けるが、直後に聖女としての力に目覚める。そして、神殿の神職たちだけでなく、王家からも丁重に扱われる。さらに、お祈りをするだけでたんまりと給料をもらえるチート職業、それが聖女。さらに、イケメン王子のレオルドに見初められて求愛を受ける。どん底から一転、一気に幸せを掴み取った。その事実を知った元婚約者と元家族は……
偽物と断罪された令嬢が精霊に溺愛されていたら
影茸
恋愛
公爵令嬢マレシアは偽聖女として、一方的に断罪された。
あらゆる罪を着せられ、一切の弁明も許されずに。
けれど、断罪したもの達は知らない。
彼女は偽物であれ、無力ではなく。
──彼女こそ真の聖女と、多くのものが認めていたことを。
(書きたいネタが出てきてしまったゆえの、衝動的短編です)
(少しだけタイトル変えました)
妹に裏切られた聖女は娼館で競りにかけられてハーレムに迎えられる~あれ? ハーレムの主人って妹が執心してた相手じゃね?~
サイコちゃん
恋愛
妹に裏切られたアナベルは聖女として娼館で競りにかけられていた。聖女に恨みがある男達は殺気立った様子で競り続ける。そんな中、謎の美青年が驚くべき値段でアナベルを身請けした。彼はアナベルをハーレムへ迎えると言い、船に乗せて隣国へと運んだ。そこで出会ったのは妹が執心してた隣国の王子――彼がこのハーレムの主人だったのだ。外交と称して、隣国の王子を落とそうとやってきた妹は彼の寵姫となった姉を見て、気も狂わんばかりに怒り散らす……それを見詰める王子の目に軽蔑の色が浮かんでいることに気付かぬまま――
【短編】追放された聖女は王都でちゃっかり暮らしてる「新聖女が王子の子を身ごもった?」結界を守るために元聖女たちが立ち上がる
みねバイヤーン
恋愛
「ジョセフィーヌ、聖なる力を失い、新聖女コレットの力を奪おうとした罪で、そなたを辺境の修道院に追放いたす」謁見の間にルーカス第三王子の声が朗々と響き渡る。
「異議あり!」ジョセフィーヌは間髪を入れず意義を唱え、証言を述べる。
「証言一、とある元聖女マデリーン。殿下は十代の聖女しか興味がない。証言二、とある元聖女ノエミ。殿下は背が高く、ほっそりしてるのに出るとこ出てるのが好き。証言三、とある元聖女オードリー。殿下は、手は出さない、見てるだけ」
「ええーい、やめーい。不敬罪で追放」
追放された元聖女ジョセフィーヌはさっさと王都に戻って、魚屋で働いてる。そんな中、聖女コレットがルーカス殿下の子を身ごもったという噂が。王国の結界を守るため、元聖女たちは立ち上がった。
結婚結婚煩いので、愛人持ちの幼馴染と偽装結婚してみた
夏菜しの
恋愛
幼馴染のルーカスの態度は、年頃になっても相変わらず気安い。
彼のその変わらぬ態度のお陰で、周りから男女の仲だと勘違いされて、公爵令嬢エーデルトラウトの相手はなかなか決まらない。
そんな現状をヤキモキしているというのに、ルーカスの方は素知らぬ顔。
彼は思いのままに平民の娘と恋人関係を持っていた。
いっそそのまま結婚してくれれば、噂は間違いだったと知れるのに、あちらもやっぱり公爵家で、平民との結婚など許さんと反対されていた。
のらりくらりと躱すがもう限界。
いよいよ親が煩くなってきたころ、ルーカスがやってきて『偽装結婚しないか?』と提案された。
彼の愛人を黙認する代わりに、贅沢と自由が得られる。
これで煩く言われないとすると、悪くない提案じゃない?
エーデルトラウトは軽い気持ちでその提案に乗った。
【完結】妹ばかり愛され追い出された姉ですが、無口な夫と暮らす日々が幸せすぎます
コトミ
恋愛
セラフィナは、実の親と、妹によって、家から追い出されることとなった。セラフィナがまだ幼い頃、両親は病弱なカタリナのため設備環境が良い王都に移り住んだ。姉のセラフィナは元々両親とともに住んでいた田舎に使用人のマーサの二人きりで暮らすこととなった。お金のない子爵家な上にカタリナのためお金を稼がなくてはならないため、子供二人を王都で暮らすには無理があるとセラフィナだけ残されたのだ。そしてセラフィナが19歳の時、3人が家へ戻ってきた。その理由はカタリナの婚約が上手くいかず王宮にいずらくなったためだ。やっと家族で暮らせると心待ちにしていたセラフィナは帰宅した父に思いがけないことを告げられる。
「お前はジェラール・モンフォール伯爵と結婚することになった。すぐに荷物をまとめるんだ。一週間後には結婚式だ」
困惑するセラフィナに対して、冷酷にも時間は進み続け、結婚生活が始まる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる