[完]僕の前から、君が消えた

小葉石

文字の大きさ
10 / 11

10

しおりを挟む
 母はゆっくりと病室に戻りながら、まさりの事を話してくれた。その間に何度もまさりは僕のことが嫌いになったわけじゃないと挟みいれて…

 僕の余命宣告があったあの日…一通り二人で色々話して落ち着いたところで、その日まさりは帰っていった。事故に遭ったのはその帰り道だったと思われる時間帯。信号無視のトラックに横断中のまさりが巻き込まれた………

 やっと、自室に帰って来る。母の話を聞きながら、ゆっくりと噛み砕く様に頭で理解するのに、もの凄くエネルギーが必要だった。

 即死……医師達からはそう、聞いている。母は本当に悲しそうにそう伝えてくれた。

「良い子だったね……」

「………うん…」

「………何にも、お返し出来なくて………」

「……………うん…」

 まさりがいない病室は、なんだか異空間の様な気がする。自分が何でここにいるのかわからなくなりそうだ。まさりが離れて行けば良いと、さようならを言う覚悟もしなくちゃとか、側にいてくれてありがとうとかを最後には言わなきゃとか色々考えていたのに、まさりは居ない…

 ベッドに入っても、こんにちはって元気な声は響いてこない。馬鹿みたいだ…悶々とする中で一生懸命考えた事、何一つとして口にする事なく終わってしまった。

「だって…まさり、お前、居なくなるから……」

 フッと、まさりが楽しそうに見ていた窓の方を見た。

「居なく……な……あ?………」



 …………居る…………………

 笑ってる……まさりが窓の桟に寄りかかる様にして僕に笑顔を向けて……

「……え……?」

 
 最初は、幻覚を見る様になってしまったと思った。あんまりにも鮮明に、けど透けて向こう側が見えるまさりがそこに居るから。見て、目が合えば、嬉しそうにいつもと同じまさりの笑顔………

「何で、お前そこに居るの…?」

 母親達が帰った後に、ふと我慢ならなくて声をかける。

「だって…お前……」

 死んだって………これ以上は声に出すことができなくて、ジッとまさりを見つめた。

 やっぱり、居る……

 何度見ても幻覚じゃない…母達は一向に見えないみたいでまさりが部屋のどこに居ても気がつかない様だ。

 僕の声掛けにも、まさりは答えない。ただそこに居る。時々、なんだかよく分からない発光体みたいな物を両手に抱えていたりするけど、目が合えばいつも嬉しそうに満面の笑顔だ。

 僕が起きれば視界に入る所に居る。食事をすればジッと心配そうにいつもの様に見つめて来て。身体を拭いたり、着替えたりする時には律儀に後ろを向いているのには思わず笑ってしまいそうになった。大声で笑いたくても、そんな声はもう僕には出せないんだけど…夕陽が落ちる頃には、僕のベッドに腰掛けて僕の手を握っていた。握られる感覚はないし、座ってても重さも感じない。ウトウトしていたらまさりの存在自体感じないし、声も無い。
 目を瞑ってしまえば、まさりが居ない異空間みたいな病室に、それでも痛みや怠さで寝付けず魘されて、夜中に起きれば目の前にはまさりが居る。僕が顔を顰めている様な時には、まさりの方が泣きそうになるくらいの顔で僕を見つめてくる。僕が大丈夫って肯くまで、まさりは自分の方が苦しそうにしているんだ。

「まさりの方が……痛かったろ?」

 夜中に痛みで目が覚めて、覗き込んでくるまさりに聞いてみる。夜中だと言うのに、まさりの後ろは明るくて花を背負ってるのかと言わんばかりの色合いだ。

 僕の問いかけにまさりはゆっくり首を振る。

「痛く、無い?」

 コクリ、と肯く…

「そっか…よかった…僕も大丈夫、だからまさり笑ってて…?」

 体温も質感もないまさりだけれど、僕の手を取ってにこりと笑う。

 何だろう?まさり、君は死神みたいなお迎え役なの?そんな事を聞いたら悲しむかも、と思って僕は聞けなかった。

 もう、ベッドからは起きられない僕の元にはいつもまさりがいる。側に座って手を握って、その反対側には両親が…時折、僕の独り言の様なまさりへの語り掛けも、二人は特に何も言わずに聞き流してくれていた。僕にはまさりがここにいる証明も説得もする事も、その体力もなかったから有難かった。

 ただ、一度だけ、僕が見ている方に向かって母が言った。

「ありがとう、まさりちゃん。私達は貴方に何もしてあげられなくて…本当に申し訳無いわ。けど、親として心から感謝します。善と、一緒に居てくれるのね?これ以上、心強い事なんてないね?善……」

 ぎゅうっと母は僕の手を握って言葉を詰まらせてた…まさりは子供の様に満面の笑みで母の言葉を受け止めていたな。本当に誇らしげに、満足げにニコニコしながら肯いていた………

 




しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

愛するあなたへ最期のお願い

つぶあん
恋愛
アリシア・ベルモンド伯爵令嬢は必死で祈っていた。 婚約者のレオナルドが不治の病に冒され、生死の境を彷徨っているから。 「神様、どうかレオナルドをお救いください」 その願いは叶い、レオナルドは病を克服した。 ところが生還したレオナルドはとんでもないことを言った。 「本当に愛している人と結婚する。その為に神様は生き返らせてくれたんだ」 レオナルドはアリシアとの婚約を破棄。 ずっと片思いしていたというイザベラ・ド・モンフォール侯爵令嬢に求婚してしまう。 「あなたが奇跡の伯爵令息ですね。勿論、喜んで」 レオナルドとイザベラは婚約した。 アリシアは一人取り残され、忘れ去られた。 本当は、アリシアが自分の命と引き換えにレオナルドを救ったというのに。 レオナルドの命を救う為の契約。 それは天使に魂を捧げるというもの。 忽ち病に冒されていきながら、アリシアは再び天使に希う。 「最期に一言だけ、愛するレオナルドに伝えさせてください」 自分を捨てた婚約者への遺言。 それは…………

あなたの秘密を知ってしまったから私は消えます

おぜいくと
恋愛
「あなたの秘密を知ってしまったから私は消えます。さようなら」 そう書き残してエアリーはいなくなった…… 緑豊かな高原地帯にあるデニスミール王国の王子ロイスは、来月にエアリーと結婚式を挙げる予定だった。エアリーは隣国アーランドの王女で、元々は政略結婚が目的で引き合わされたのだが、誰にでも平等に接するエアリーの姿勢や穢れを知らない澄んだ目に俺は惹かれた。俺はエアリーに素直な気持ちを伝え、王家に代々伝わる指輪を渡した。エアリーはとても喜んでくれた。俺は早めにエアリーを呼び寄せた。デニスミールでの暮らしに慣れてほしかったからだ。初めは人見知りを発揮していたエアリーだったが、次第に打ち解けていった。 そう思っていたのに。 エアリーは突然姿を消した。俺が渡した指輪を置いて…… ※ストーリーは、ロイスとエアリーそれぞれの視点で交互に進みます。

お飾りな妻は何を思う

湖月もか
恋愛
リーリアには二歳歳上の婚約者がいる。 彼は突然父が連れてきた少年で、幼い頃から美しい人だったが歳を重ねるにつれてより美しさが際立つ顔つきに。 次第に婚約者へ惹かれていくリーリア。しかし彼にとっては世間体のための結婚だった。 そんなお飾り妻リーリアとその夫の話。

みんながまるくおさまった

しゃーりん
恋愛
カレンは侯爵家の次女でもうすぐ婚約が結ばれるはずだった。 婚約者となるネイドを姉ナタリーに会わせなければ。 姉は侯爵家の跡継ぎで婚約者のアーサーもいる。 それなのに、姉はネイドに一目惚れをしてしまった。そしてネイドも。 もう好きにして。投げやりな気持ちで父が正しい判断をしてくれるのを期待した。 カレン、ナタリー、アーサー、ネイドがみんな満足する結果となったお話です。

なくなって気付く愛

戒月冷音
恋愛
生まれて死ぬまで…意味があるのかしら?

冷徹公爵の誤解された花嫁

柴田はつみ
恋愛
片思いしていた冷徹公爵から求婚された令嬢。幸せの絶頂にあった彼女を打ち砕いたのは、舞踏会で耳にした「地味女…」という言葉だった。望まれぬ花嫁としての結婚に、彼女は一年だけ妻を務めた後、離縁する決意を固める。 冷たくも美しい公爵。誤解とすれ違いを繰り返す日々の中、令嬢は揺れる心を抑え込もうとするが――。 一年後、彼女が選ぶのは別れか、それとも永遠の契約か。

幸せになれると思っていた

里見知美
恋愛
18歳になったら結婚しよう、と約束をしていたのに。 ある事故から目を覚ますと、誰もが私をいないものとして扱った。

リアンの白い雪

ちくわぶ(まるどらむぎ)
恋愛
その日の朝、リアンは婚約者のフィンリーと言い合いをした。 いつもの日常の、些細な出来事。 仲直りしていつもの二人に戻れるはずだった。 だがその後、二人の関係は一変してしまう。 辺境の地の砦に立ち魔物の棲む森を見張り、魔物から人を守る兵士リアン。 記憶を失くし一人でいたところをリアンに助けられたフィンリー。 二人の未来は? ※全15話 ※本作は私の頭のストレッチ第二弾のため感想欄は開けておりません。 (全話投稿完了後、開ける予定です) ※1/29 完結しました。 感想欄を開けさせていただきます。 様々なご意見、真摯に受け止めさせていただきたいと思います。 ただ、皆様に楽しんでいただける場であって欲しいと思いますので、 いただいた感想をを非承認とさせていただく場合がございます。 申し訳ありませんが、どうかご了承くださいませ。 もちろん、私は全て読ませていただきます。 ※この作品は小説家になろうさんでも公開しています。

処理中です...