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母はゆっくりと病室に戻りながら、まさりの事を話してくれた。その間に何度もまさりは僕のことが嫌いになったわけじゃないと挟みいれて…
僕の余命宣告があったあの日…一通り二人で色々話して落ち着いたところで、その日まさりは帰っていった。事故に遭ったのはその帰り道だったと思われる時間帯。信号無視のトラックに横断中のまさりが巻き込まれた………
やっと、自室に帰って来る。母の話を聞きながら、ゆっくりと噛み砕く様に頭で理解するのに、もの凄くエネルギーが必要だった。
即死……医師達からはそう、聞いている。母は本当に悲しそうにそう伝えてくれた。
「良い子だったね……」
「………うん…」
「………何にも、お返し出来なくて………」
「……………うん…」
まさりがいない病室は、なんだか異空間の様な気がする。自分が何でここにいるのかわからなくなりそうだ。まさりが離れて行けば良いと、さようならを言う覚悟もしなくちゃとか、側にいてくれてありがとうとかを最後には言わなきゃとか色々考えていたのに、まさりは居ない…
ベッドに入っても、こんにちはって元気な声は響いてこない。馬鹿みたいだ…悶々とする中で一生懸命考えた事、何一つとして口にする事なく終わってしまった。
「だって…まさり、お前、居なくなるから……」
フッと、まさりが楽しそうに見ていた窓の方を見た。
「居なく……な……あ?………」
…………居る…………………
笑ってる……まさりが窓の桟に寄りかかる様にして僕に笑顔を向けて……
「……え……?」
最初は、幻覚を見る様になってしまったと思った。あんまりにも鮮明に、けど透けて向こう側が見えるまさりがそこに居るから。見て、目が合えば、嬉しそうにいつもと同じまさりの笑顔………
「何で、お前そこに居るの…?」
母親達が帰った後に、ふと我慢ならなくて声をかける。
「だって…お前……」
死んだって………これ以上は声に出すことができなくて、ジッとまさりを見つめた。
やっぱり、居る……
何度見ても幻覚じゃない…母達は一向に見えないみたいでまさりが部屋のどこに居ても気がつかない様だ。
僕の声掛けにも、まさりは答えない。ただそこに居る。時々、なんだかよく分からない発光体みたいな物を両手に抱えていたりするけど、目が合えばいつも嬉しそうに満面の笑顔だ。
僕が起きれば視界に入る所に居る。食事をすればジッと心配そうにいつもの様に見つめて来て。身体を拭いたり、着替えたりする時には律儀に後ろを向いているのには思わず笑ってしまいそうになった。大声で笑いたくても、そんな声はもう僕には出せないんだけど…夕陽が落ちる頃には、僕のベッドに腰掛けて僕の手を握っていた。握られる感覚はないし、座ってても重さも感じない。ウトウトしていたらまさりの存在自体感じないし、声も無い。
目を瞑ってしまえば、まさりが居ない異空間みたいな病室に、それでも痛みや怠さで寝付けず魘されて、夜中に起きれば目の前にはまさりが居る。僕が顔を顰めている様な時には、まさりの方が泣きそうになるくらいの顔で僕を見つめてくる。僕が大丈夫って肯くまで、まさりは自分の方が苦しそうにしているんだ。
「まさりの方が……痛かったろ?」
夜中に痛みで目が覚めて、覗き込んでくるまさりに聞いてみる。夜中だと言うのに、まさりの後ろは明るくて花を背負ってるのかと言わんばかりの色合いだ。
僕の問いかけにまさりはゆっくり首を振る。
「痛く、無い?」
コクリ、と肯く…
「そっか…よかった…僕も大丈夫、だからまさり笑ってて…?」
体温も質感もないまさりだけれど、僕の手を取ってにこりと笑う。
何だろう?まさり、君は死神みたいなお迎え役なの?そんな事を聞いたら悲しむかも、と思って僕は聞けなかった。
もう、ベッドからは起きられない僕の元にはいつもまさりがいる。側に座って手を握って、その反対側には両親が…時折、僕の独り言の様なまさりへの語り掛けも、二人は特に何も言わずに聞き流してくれていた。僕にはまさりがここにいる証明も説得もする事も、その体力もなかったから有難かった。
ただ、一度だけ、僕が見ている方に向かって母が言った。
「ありがとう、まさりちゃん。私達は貴方に何もしてあげられなくて…本当に申し訳無いわ。けど、親として心から感謝します。善と、一緒に居てくれるのね?これ以上、心強い事なんてないね?善……」
ぎゅうっと母は僕の手を握って言葉を詰まらせてた…まさりは子供の様に満面の笑みで母の言葉を受け止めていたな。本当に誇らしげに、満足げにニコニコしながら肯いていた………
僕の余命宣告があったあの日…一通り二人で色々話して落ち着いたところで、その日まさりは帰っていった。事故に遭ったのはその帰り道だったと思われる時間帯。信号無視のトラックに横断中のまさりが巻き込まれた………
やっと、自室に帰って来る。母の話を聞きながら、ゆっくりと噛み砕く様に頭で理解するのに、もの凄くエネルギーが必要だった。
即死……医師達からはそう、聞いている。母は本当に悲しそうにそう伝えてくれた。
「良い子だったね……」
「………うん…」
「………何にも、お返し出来なくて………」
「……………うん…」
まさりがいない病室は、なんだか異空間の様な気がする。自分が何でここにいるのかわからなくなりそうだ。まさりが離れて行けば良いと、さようならを言う覚悟もしなくちゃとか、側にいてくれてありがとうとかを最後には言わなきゃとか色々考えていたのに、まさりは居ない…
ベッドに入っても、こんにちはって元気な声は響いてこない。馬鹿みたいだ…悶々とする中で一生懸命考えた事、何一つとして口にする事なく終わってしまった。
「だって…まさり、お前、居なくなるから……」
フッと、まさりが楽しそうに見ていた窓の方を見た。
「居なく……な……あ?………」
…………居る…………………
笑ってる……まさりが窓の桟に寄りかかる様にして僕に笑顔を向けて……
「……え……?」
最初は、幻覚を見る様になってしまったと思った。あんまりにも鮮明に、けど透けて向こう側が見えるまさりがそこに居るから。見て、目が合えば、嬉しそうにいつもと同じまさりの笑顔………
「何で、お前そこに居るの…?」
母親達が帰った後に、ふと我慢ならなくて声をかける。
「だって…お前……」
死んだって………これ以上は声に出すことができなくて、ジッとまさりを見つめた。
やっぱり、居る……
何度見ても幻覚じゃない…母達は一向に見えないみたいでまさりが部屋のどこに居ても気がつかない様だ。
僕の声掛けにも、まさりは答えない。ただそこに居る。時々、なんだかよく分からない発光体みたいな物を両手に抱えていたりするけど、目が合えばいつも嬉しそうに満面の笑顔だ。
僕が起きれば視界に入る所に居る。食事をすればジッと心配そうにいつもの様に見つめて来て。身体を拭いたり、着替えたりする時には律儀に後ろを向いているのには思わず笑ってしまいそうになった。大声で笑いたくても、そんな声はもう僕には出せないんだけど…夕陽が落ちる頃には、僕のベッドに腰掛けて僕の手を握っていた。握られる感覚はないし、座ってても重さも感じない。ウトウトしていたらまさりの存在自体感じないし、声も無い。
目を瞑ってしまえば、まさりが居ない異空間みたいな病室に、それでも痛みや怠さで寝付けず魘されて、夜中に起きれば目の前にはまさりが居る。僕が顔を顰めている様な時には、まさりの方が泣きそうになるくらいの顔で僕を見つめてくる。僕が大丈夫って肯くまで、まさりは自分の方が苦しそうにしているんだ。
「まさりの方が……痛かったろ?」
夜中に痛みで目が覚めて、覗き込んでくるまさりに聞いてみる。夜中だと言うのに、まさりの後ろは明るくて花を背負ってるのかと言わんばかりの色合いだ。
僕の問いかけにまさりはゆっくり首を振る。
「痛く、無い?」
コクリ、と肯く…
「そっか…よかった…僕も大丈夫、だからまさり笑ってて…?」
体温も質感もないまさりだけれど、僕の手を取ってにこりと笑う。
何だろう?まさり、君は死神みたいなお迎え役なの?そんな事を聞いたら悲しむかも、と思って僕は聞けなかった。
もう、ベッドからは起きられない僕の元にはいつもまさりがいる。側に座って手を握って、その反対側には両親が…時折、僕の独り言の様なまさりへの語り掛けも、二人は特に何も言わずに聞き流してくれていた。僕にはまさりがここにいる証明も説得もする事も、その体力もなかったから有難かった。
ただ、一度だけ、僕が見ている方に向かって母が言った。
「ありがとう、まさりちゃん。私達は貴方に何もしてあげられなくて…本当に申し訳無いわ。けど、親として心から感謝します。善と、一緒に居てくれるのね?これ以上、心強い事なんてないね?善……」
ぎゅうっと母は僕の手を握って言葉を詰まらせてた…まさりは子供の様に満面の笑みで母の言葉を受け止めていたな。本当に誇らしげに、満足げにニコニコしながら肯いていた………
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