魔法学園の悪役令息ー替え玉を務めさせていただきます

オカメ颯記

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とんでもない提案

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 俺、今はローレンス、本名ランドルフが休暇中に魔道帝国デリン大公家にひそかに呼び出されたのはたった一月前のことだ。デリン大公家と我がコンラート家は広大な山脈をはさんで隣接する盟友だった。

 名実ともに帝国の重鎮であるデリン家と王国とは名ばかりのコンラート家が同格というわけではないのだが、親同士はとても仲が良かった。ひそかに息子を養子に出すくらいには。

 俺が生まれたときにデリン家は神殿から神託を受けた。

『デリン家の長男は早逝する。デリン家は犠牲を引き換えに繁栄をするだろう』

 不吉な予言にデリン家の当主は一計を案じた。
 俺が死んだことにして、コンラート家に里子に出したのだ。

 長男は死んで、デリン家は繁栄する。なんてすばらしい。

 家から出された俺からすればいい迷惑なのだけれど、幸いなことに預けられたコンラート家はとても居心地のいい場所だった。よくいわれる養子いじめはなかった。実子だろうが、他人だろうが、子沢山はすばらしい、という土地柄だったのだ。
 たくさんいる兄弟のうち俺も含めて何人かは養子で、みんなまとめてごちゃごちゃと育てられた。俺は順調に山の戦士としての訓練を受け、北の戦士団に入るべく学校に通っていた。

 それなのに、いきなり親と一緒に帝国へ早馬を飛ばす羽目になるなんて。

 友達と登山に行こうと計画していたのに、と愚痴る俺が魔道帝国の大貴族の屋敷に連れ込まれたのは三週間前。
 その時初めて、生みの親と対面した。

「本当に、ローレンスそっくりだわ」
 涙を流す母親を見ても、感動のかけらもなかった。

 自分が生まれてすぐに里子に出された養子だということは知っていたし、実の親の名前も聞いていた。その家門が帝国で力を持つ五大貴族デリン家だということも。

 だから? なに?

 俺の両親は、今の父母だ。気心の知れた兄弟姉妹もいる。南の帝国に野蛮だといわれようがなんだろうが、俺をいつくしんで育ててくれた一族が家族だった。

 なのに、今さら家族だと主張する?

 俺がかわいくて呼び戻したわけじゃない。
 行方不明の息子の身代わりとして使えそうだったから、呼んだだけなんだ。

 事情を聴かされていなかったのは、同行した親父もだった。
 俺と同じくらい驚いて、しばらく言葉も出なかったくらいだ。

「俺の息子を身代わりにする?」
 ようやく事態を把握した親父はうなり声をあげて威嚇した。
「俺のかわいい息子を、おまえの消えた息子の代わりに使う、だと? どうせお前の息子は女と一緒に駆け落ちでもしたのだろう。南の軟弱な連中がやりそうなことだ」

「断じて駆け落ちなどではない、と思う」
 デリン家の当主はどこか自信なさそうだった。
「……それに、彼は私の息子でもある」
 そういって俺のほうをちらりと見た。
 養子に出してから手紙の一つもよこさず、父親だと主張するとは。俺も親父に習って腕を組む。

「そもそもなぜ、身代わりを立てなければいかんのだ。いなくなったと素直に言えばいいだけのことだろう?」
 親父の言うことは正論だった。

「それが、できるなら、とっくにそうしている……」

 俺の血縁上の父親の話は長かった。途中で俺は意識を飛ばしていたくらいの長さだ。簡単にいうと、俺の兄弟ローレンスは帝国神殿の重大な役目を担っていたらしい。

「守護獣の代替わりだった? 帝国の、守護魔法の中心にいるあれか?」

「その儀式の最中だったのだよ。その儀式にかかわるのは帝国貴族の年若い男性で、学校で一年をかけてその儀式を行うのだ」

「そんなもの、神職か精霊使いの領分だろう。専門家に任せておけばいいではないか」

「そういうわけにもいかん。これは帝国貴族の義務であり、参加できるのは誉なのだぞ」

「お前の一族の男子を使えばいい」

「我が家門に適齢の男子はいないのだ。それに、その儀式が始まると、人を変えるのはご法度とされていて……その、神殿の呪いが……黒い影に取りつかれるとか何とかで……」

「それで、なんでの息子に話が回ってくるのだ。けしからん」

 親父はとんでもない提案に激怒していたけれど、相手は親父の性格をとてもよく理解していた。
 とにかく頭を下げて、情に訴える。普通の帝国貴族なら絶対にしない態度を親父に見せたのだ。
 泣き落としをかけながらも、ところどころで昔の貸しをほのめかすところは狸だ。

「一年でいいんだ。一年だけ、息子のローレンスの代わりに学園に通ってくれ。頼む。一生のお願いだ」
 土下座をして頼まれたのでは親父は嫌とも言えないようだった。本当にお人よしだ。

「……どうかな、ランス」
 親父は俺の顔色をうかがう。

「……無理ですよ。親父。だって、帝国の大学校でしょう? 魔法で有名な。俺、魔法は習ったこともないですよ」

「そのことなら、心配ない。私の息子も、ローレンスも魔法は苦手だった。だからわからなくても大丈夫だ」

「いや、いや、いや……」そういうことじゃなくて。「新入生ならともかく、学年の途中からでしょう。すでに、友達とか、そういう人間関係ができているのに、無理……」

「だから、記憶喪失だよ。記憶喪失」
 俺の肉体上の父親はどこか得意そうに繰り返す。

 記憶喪失といわれましても……

 頭を強打することで記憶が混乱することがあるのは俺も知っている。しかし、それで人間関係も含めてすべてを忘れています、なんて言い訳できるものなんだろうか。

「大丈夫だ。君はローレンスとそっくり……瓜二つだ。なんとかなる」

 泣き落としと、根拠のない自信に満ちた言葉と。
 やはり人のいい親父は押し切られた。

 それでも俺は抵抗した。

「仮に、仮にですよ。どこかの令嬢と駆け落ちとか……したとします」
 ありえないという顔をして見せるデリン家当主に口を挟ませないように早口になってしまう。
「そして、どこかでローレンス君が見つかったとします。その時は……」

「その時は、もちろんすぐに替わってもらう。学園の外で医者に診てもらう時間を必ず作るからその時に入れ替わればいい」

 本当にそんなことができるのだろうか。俺は半信半疑だ。でも、親同士の結んだ兄弟の盟約まで持ち出されては断ることはできなかった。

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