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初めての同級生
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いかめしい門とその先に続く坂道を抜けると、また白い建物が目に入った。
「ローレンス・デリン。覚えているかどうかはわかりませんが、ここから先、家名を名乗ることは禁止です」
ドネイ先生が何かの書類を壁の横に立っている駐屯所のようなところで受け取って渡してくれた。
「ここから先は、神殿の建物を基盤に作られた学園です。神殿の中ではすべての人が平等であるべきという教えのもと、平民も貴族も等しく名前だけで呼ばれます。それは学園の伝統です。ですから、貴方はここで『2年生のローレンス』としてふるまうのですよ」
渡された書類を見ると地図だった。建物の配置や教室の位置が書いてある。細かな注意書きが紙面を黒く地図を覆っていて、これは迷いそうだとため息をつく。
「すでに学校は始まっています。授業も行われているので、静かについてきてください」
ちょうど休みの時間帯だったのだろうか。通路には学生の姿がちらほらと見えた。
俺は目を伏せて、なるべく目立たないようにうつむき、ドネイ先生の後ろをついて歩く。
この生徒の中にもローレンスを知っている人間は何人もいることだろう。
頼む、誰も俺に気が付かないでくれ、そう祈る。もしできることなら、姿を消してこっそりと歩いていきたい。
「ローレンス、ここで待っていてくださいね。同室の生徒を連れてきます」
しかし、ドネイ先生は俺の心の叫びを聞きとることはできなかったようだ。
無情にも開けた中庭の噴水の縁をさして座るように促す。
ここで待てというのか。周りは開けた広場になっていて、俺の姿は丸見えだ。
俺はしぶしぶ腰を下ろして、周りを見回した。昼の時間帯だからだろうか、何人かの集団になった生徒たちが広場を横切っていく。
俺は目を落として、渡された地図を熱心に眺めることにした。
誰も気が付きませんように。
そう、ここが教室、ここが食堂、そしてここが寮……魔道実験室とは何だろうか……
「おい」
声をかけられて、どきりとした。多分、人違いだ。うん……
「おい、ラーク。お前、ラークなんだろ」
目の前に影ができた。何人かの生徒が俺を囲んでいる。
「え、えっと」
仕方なく目を上げると、目の前に色白の金髪の少年が立っていた。一瞬、ここには男子しかいないことを忘れてしまう。これで髪を長くして、女物の衣装を着たら絶世の美少女だと思うかもしれない。
俺と目を合わせて、少年は満足そうに赤い唇をゆがめた。
「お前、よくも平気な顔で学園に戻ってこられたな。臆病者」
彼の高い声が周囲に響く。
「恥ずかしくて戻ってくるとは思ってなかったのに。よくもまぁ、しれっと、この場に顔を出せたもんだなぁ」
「恥知らず」
周りの取り巻きがにやにやと笑う。
「人違いじゃないか?」
俺がどうにかそう答えたが、少年は冷たく笑う。
「お前、馬鹿になったふりをするつもりか。病気のせいだなんて、そんな言い訳通じるとでも思っているのか?」
いや、本当に記憶がないんだが、別人だし、と思いながらぐるりと見まわした。
敵意むき出しの顔が並んでいる。
なぜ、これほどまでに敵視される?
ローレンス……お前は一体何をしたんだ。俺は言葉に詰まる。
「おい、何とか言えよ」
「口もきけないのか」
「恥知らず」
取り巻きに小突かれて、俺は地図を握りしめた。相手の敵意が俺の防御本能を刺激する。
この程度の相手なら、俺一人でも相手にできる。一撃で黙らせるくらい簡単だ。
でも、そんなことをしていいのだろうか。
なるべく、波風立てないようにしてください……執事の言葉が頭をよぎる。
私どもも学園の中のことは知るすべがないのです。
うーん。どうしよう。
助けて、先生……
肝心な時に席を外しているドネイ先生を俺は恨んだ。
「なにしてるんだ」
割り込んできた声は大人の声ではなかった。
俺は顔を上げて、前に立った少年の顔を見た。
黒に近いこげ茶色の髪、空のようにはっきりとした青い瞳が細められている。よく発達した筋肉だ。訓練を積んでいるに違いない。俺の中の戦士の魂がむくむくと起き上がる。
こいつは、強敵だ。瞬時にそう思う。他の少年ならまとめて相手をしても負ける気はしないけれど、こいつは俺と同等かそれ以上だ。
青い目が無表情にこちらに向けられていたが、俺と目が合うと一瞬、ひそかに眉を寄せた。
「イーサン。勝手に割り込まないでくれる?」
先程の金髪の少年が甲高い声で非難した。
イーサンと呼ばれた少年はちらりと相手を見てから、俺の腕をつかむ。
「ローレンスを校長先生のところへ案内するように言われた。そちらこそ、邪魔をするなよ。カリアス」
「校長先生か……同室に助けてもらえてよかったなぁ、ラーク」
カリアスがどこか口惜しそうに言いながら道を開けた。
こげ茶色の髪の少年は腕に力を込めて、俺を輪の中から引っ張り出す。足早に歩きだす少年に引きずられるようにして俺は後ろを振り返った。
まだ、あいつらが見ている。
いったい、ローレンスはどうやってあいつらを敵に回したんだろう。
無口でおとなしい少年だと聞いていたのに。
前を向くと、腕を引く少年とまた目が合った。
すぐに彼が前を向いたので、背中しかみえなくなる。大股で歩いていくので、追いつくのが一苦労だ。
ローレンスの同室は同格の大公家の子息だと執事が言っていた。
俺は無理やり覚えさせられた大公家の名前を思い出そうとした。
デリン、ファリアス、エシャン、ハーシェル……そう、ハーシェルだ。
たしか、魔法が発達した帝国には珍しい武術の家系だといっていた。なるほど、それであれほどの引き締まった体つきなわけだ。北の戦士として俺は少し彼に親近感を持った。
「イーサン……イーサン・ハーシェルでいいんだよね。君とおれ……僕は同室だったのかな?」
急に立ち止まったイーサンの背中にぶつかりそうになる。
「ここ、校長先生の部屋」
イーサンは俺の手を離してぶっきらぼうに告げた。
「入れよ」
立派な扉の前を見上げてためらっていると、中から扉が開かれた。
「ああ、来たね」
ドネイ先生が待っていた。
「はいりたまえ、ローレンス。イーサン、ご苦労だった。少しそのあたりで待っていてくれないか」
少年は短くうなずいた。俺は緊張した面持ちで先生の後について校長室へと足を踏み入れた。
「ローレンス・デリン。覚えているかどうかはわかりませんが、ここから先、家名を名乗ることは禁止です」
ドネイ先生が何かの書類を壁の横に立っている駐屯所のようなところで受け取って渡してくれた。
「ここから先は、神殿の建物を基盤に作られた学園です。神殿の中ではすべての人が平等であるべきという教えのもと、平民も貴族も等しく名前だけで呼ばれます。それは学園の伝統です。ですから、貴方はここで『2年生のローレンス』としてふるまうのですよ」
渡された書類を見ると地図だった。建物の配置や教室の位置が書いてある。細かな注意書きが紙面を黒く地図を覆っていて、これは迷いそうだとため息をつく。
「すでに学校は始まっています。授業も行われているので、静かについてきてください」
ちょうど休みの時間帯だったのだろうか。通路には学生の姿がちらほらと見えた。
俺は目を伏せて、なるべく目立たないようにうつむき、ドネイ先生の後ろをついて歩く。
この生徒の中にもローレンスを知っている人間は何人もいることだろう。
頼む、誰も俺に気が付かないでくれ、そう祈る。もしできることなら、姿を消してこっそりと歩いていきたい。
「ローレンス、ここで待っていてくださいね。同室の生徒を連れてきます」
しかし、ドネイ先生は俺の心の叫びを聞きとることはできなかったようだ。
無情にも開けた中庭の噴水の縁をさして座るように促す。
ここで待てというのか。周りは開けた広場になっていて、俺の姿は丸見えだ。
俺はしぶしぶ腰を下ろして、周りを見回した。昼の時間帯だからだろうか、何人かの集団になった生徒たちが広場を横切っていく。
俺は目を落として、渡された地図を熱心に眺めることにした。
誰も気が付きませんように。
そう、ここが教室、ここが食堂、そしてここが寮……魔道実験室とは何だろうか……
「おい」
声をかけられて、どきりとした。多分、人違いだ。うん……
「おい、ラーク。お前、ラークなんだろ」
目の前に影ができた。何人かの生徒が俺を囲んでいる。
「え、えっと」
仕方なく目を上げると、目の前に色白の金髪の少年が立っていた。一瞬、ここには男子しかいないことを忘れてしまう。これで髪を長くして、女物の衣装を着たら絶世の美少女だと思うかもしれない。
俺と目を合わせて、少年は満足そうに赤い唇をゆがめた。
「お前、よくも平気な顔で学園に戻ってこられたな。臆病者」
彼の高い声が周囲に響く。
「恥ずかしくて戻ってくるとは思ってなかったのに。よくもまぁ、しれっと、この場に顔を出せたもんだなぁ」
「恥知らず」
周りの取り巻きがにやにやと笑う。
「人違いじゃないか?」
俺がどうにかそう答えたが、少年は冷たく笑う。
「お前、馬鹿になったふりをするつもりか。病気のせいだなんて、そんな言い訳通じるとでも思っているのか?」
いや、本当に記憶がないんだが、別人だし、と思いながらぐるりと見まわした。
敵意むき出しの顔が並んでいる。
なぜ、これほどまでに敵視される?
ローレンス……お前は一体何をしたんだ。俺は言葉に詰まる。
「おい、何とか言えよ」
「口もきけないのか」
「恥知らず」
取り巻きに小突かれて、俺は地図を握りしめた。相手の敵意が俺の防御本能を刺激する。
この程度の相手なら、俺一人でも相手にできる。一撃で黙らせるくらい簡単だ。
でも、そんなことをしていいのだろうか。
なるべく、波風立てないようにしてください……執事の言葉が頭をよぎる。
私どもも学園の中のことは知るすべがないのです。
うーん。どうしよう。
助けて、先生……
肝心な時に席を外しているドネイ先生を俺は恨んだ。
「なにしてるんだ」
割り込んできた声は大人の声ではなかった。
俺は顔を上げて、前に立った少年の顔を見た。
黒に近いこげ茶色の髪、空のようにはっきりとした青い瞳が細められている。よく発達した筋肉だ。訓練を積んでいるに違いない。俺の中の戦士の魂がむくむくと起き上がる。
こいつは、強敵だ。瞬時にそう思う。他の少年ならまとめて相手をしても負ける気はしないけれど、こいつは俺と同等かそれ以上だ。
青い目が無表情にこちらに向けられていたが、俺と目が合うと一瞬、ひそかに眉を寄せた。
「イーサン。勝手に割り込まないでくれる?」
先程の金髪の少年が甲高い声で非難した。
イーサンと呼ばれた少年はちらりと相手を見てから、俺の腕をつかむ。
「ローレンスを校長先生のところへ案内するように言われた。そちらこそ、邪魔をするなよ。カリアス」
「校長先生か……同室に助けてもらえてよかったなぁ、ラーク」
カリアスがどこか口惜しそうに言いながら道を開けた。
こげ茶色の髪の少年は腕に力を込めて、俺を輪の中から引っ張り出す。足早に歩きだす少年に引きずられるようにして俺は後ろを振り返った。
まだ、あいつらが見ている。
いったい、ローレンスはどうやってあいつらを敵に回したんだろう。
無口でおとなしい少年だと聞いていたのに。
前を向くと、腕を引く少年とまた目が合った。
すぐに彼が前を向いたので、背中しかみえなくなる。大股で歩いていくので、追いつくのが一苦労だ。
ローレンスの同室は同格の大公家の子息だと執事が言っていた。
俺は無理やり覚えさせられた大公家の名前を思い出そうとした。
デリン、ファリアス、エシャン、ハーシェル……そう、ハーシェルだ。
たしか、魔法が発達した帝国には珍しい武術の家系だといっていた。なるほど、それであれほどの引き締まった体つきなわけだ。北の戦士として俺は少し彼に親近感を持った。
「イーサン……イーサン・ハーシェルでいいんだよね。君とおれ……僕は同室だったのかな?」
急に立ち止まったイーサンの背中にぶつかりそうになる。
「ここ、校長先生の部屋」
イーサンは俺の手を離してぶっきらぼうに告げた。
「入れよ」
立派な扉の前を見上げてためらっていると、中から扉が開かれた。
「ああ、来たね」
ドネイ先生が待っていた。
「はいりたまえ、ローレンス。イーサン、ご苦労だった。少しそのあたりで待っていてくれないか」
少年は短くうなずいた。俺は緊張した面持ちで先生の後について校長室へと足を踏み入れた。
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