魔法学園の悪役令息ー替え玉を務めさせていただきます

オカメ颯記

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 ちらりとこれは余計なお世話かもしれない、と思った。彼は俺とかかわることは極力避けたいと思っているはずなんだ。

 これは借りを返す機会だ。俺はそう思いなおして、後をつけた。あの素晴らしいノートで俺は単位が取れるかもしれないのだ。その恩人にけがをさせるわけにはいかない。

 案の定、リーフは貴族子弟に絡まれていた。

「おまえ、平民の癖に生意気だぞ」
「ちょっと魔法を知っているからといって、先生の前でいい子ぶりやがって」

 俺は物陰からそれを見ていた。ラークもこうやって本屋のフローレンスをいじめていたのだろうか。本当に救いようのない阿呆だな。

 さて、どうやって介入しようか。

 後ろから襲って、気絶させるという手も考えた。正面からでも制圧できそうだ。ただ、人数が多すぎる。先に手を出すのと後から報復するのとでは罰の重さが異なるからな。

 と、いうわけで、俺は何もせずにすたすたといじめっ子の集団の輪の中に入っていった。

「やぁ、リーフ。探したよ」

 何食わぬ顔でリーフの腕をつかむ。教科書やノートを胸に抱いてうつむいていた彼は驚いた顔を上げた。

「今日は一緒に勉強しようって約束していたよね」
 そんなもの何もないけれど、明るく話しかけた。

「おい、おまえ」
 横柄な口調のいじめっ子を俺はにらんだ。

「なに? 何か用?」
 ここで手を出してきたら、遠慮なく拳に物を言わせようとそう思っていたのだけど。

「お、おまえ」
 一人が驚いたように目を開く。

「ラーク? デリン家の?」

 その言葉を聞いて、後ろに迫っていた一人が手をかけるのをやめた。

 あれ、殴りかかってこないのか? ちょっと、予定が狂うんだが。

「うん? どうかしたの?」

 仕方なく、俺は自分で思う一番かわいらしい笑顔をふりまいた。無害そうに見えたら、襲ってくれるかもしれない。
 笑顔を見たほかの生徒が後ずさりをした。おかしいな。なにか間違えたかな?

 しかたない。制裁はいつでもできる。今はリースを連れ出そう。

「行こうよ。リーフ君」

 俺は固くなっているリーフの肩に手を回してかばうようにして歩き始めた。
 だれも止めなかった。

 え? 行かせてくれるんですか?

 本当に誰もついてこなかった。俺は拍子抜けして、振り返った。まだこちらを見ている。

 建物の影に入って、ほっとした。

「よかった。うまく抜けられたね」
 明るい声でリーフに話しかける。
「これで、たぶん、大丈夫……あ」

 リーフの体は固いままだった。糾弾されていた時よりももっと縮こまっているかもしれない。

「どうして、」

「え?」

「どうして、来たんですか」

「え? だって、あいつら、お前をいじめてたじゃないか」

「……‥って同じ‥」小さい声で聴きとることができなかった。

「ごめん、迷惑、だった?」

 リーフは俺から体を離すと、深々と頭を下げた。ただそうしなければいけないから、している最敬礼だ。そして、そのまま、俺を置いて廊下を走り去る。

 なんだろう? いいことをしたはずなのに、ものすごく悪いことをしてしまった気がする。

 その話をイーサンにしたらあきれられた。

「ラーク、君はなんてことをしたんだよ」
 まるで悪いことをしたようにせめられて、俺はむっとする。

「いじめられていた子を助けたんだぞ。何か悪いか」

「あのね、君は今自分がどんな立場にいるのかわかっているのか?君はただの嫌われ者じゃなくて、第二王子を敵に回した学校一の厄介者なんだぞ」

 学校一? なんだかかっこいい感じがするな。

「昇格した、ということかな?」

「そんな昇格うれしいか」イーサンはツッコミを入れてくる。「とにかく、そんな君にかばわれてその少年はその後どうなるか、想像がつくだろう」

 俺は頭を巡らせてみた。
 嫌われ者に助けられる。嫌われ者とお友達。嫌われ者と仲間である……荒っぽい連中と友達になるようなものだろうか。確かにそういう連中は避けられていたな。

「……悪いことをしたかな」
 まだ、一部の学生にいじめられていたほうがまし、ということなのか。

「とにかく、あまり人のことにちょっかいを出すのはやめろ。おとなしく、部屋と教室の往復をして……」

「なぁ、それなら、なんでイーサンは俺と話し合いをしているんだ?」

「え?」
 イーサンは固まった。

「おまえも俺と話していたら、同じ鼻つまみ者扱いされるんじゃないのか? なのに、なぜ俺の世話を焼くんだ?」   少し意地悪な聞き方になってしまった。でも、本当に不思議だったんだ。俺が嫌われ者なら、俺と距離を取るほうが賢明なはずなのに。

「そ、それは……同室、だし? 秘密を共有しているから……」

 イーサンはなぜかしどろもどろになった。その頬がほんのりと赤く染まっていく。

「俺の秘密はお前とは関係ないだろ? なんなら、さっさと公開して俺を追い出せば…」

「そんなことできるわけはないだろう」
 そう怒鳴られた。
「信義に反する。君は……君は……ハーシェルのものは一度いったことは守る。ぶ、武門の家系だから」
 顔を紅潮させてまでイーサンは怒っているようだ。
「とにかく、僕は、そう、君と同じで大貴族の扱いを受けているから、大丈夫なんだよ。でも、平民はそうではない。裏で何人も退学している生徒がいるから、だから……」

 あの才能をつぶすのは惜しい。とっさにそう思った。俺とかかわることであの子の未来をつぶすわけにはいかない。

「わかったよ。気を付ける。もうかかわらないようにするよ」

「ああ、それがいい。とにかく、ラーク、なるべく人に会わないように」

 俺はなるべく人目を避けるよう努力した。ただ、教室と自室を往復するだけでは面白くない。
 人と顔を合わせなければいいのだ。俺は時間を見つけて、あたりを探索してみることにした。この学園は新旧様々な時代の建物が増築に増築を重ねて作り上げられている。人に姿を見られることなく、移動できる通路には事欠かなかった。

 中には驚くような仕掛けや隠し通路があって俺の冒険心をくすぐった。たとえば、食堂の厨房に侵入する通路、庭を通って教室に抜ける通路、屋根の上も移動できる通路があった。現在は使われていない古い部屋や物置、明らかに魔法で封印されている場所もあって、楽しいことといったら。

 授業に出ると時々リーフにあった。でも、もうこちらから声をかけることはしない。
 同じ学年の生徒は相変わらず俺のことはいないものとして扱っている。
 俺と話をするのはハーシェルだけ、この生活が続くと思っていたのだが。

「やぁ、ラーク」

 廊下でカリアスが俺を呼び止めた。俺よりも背の低い金髪の少年は今日も何人かの取り巻きを連れている。ここは口を聞いてはいけない。俺は横目で逃げ道を探す。こういう人間とはかかわりあいたくない。

「……」俺が黙っているので、カリアスは不機嫌そうに顔をしかめた。
「おまえ、頭の中がおかしくなったって本当なんだな。僕のことも忘れちゃったってホント?」

 カリアスというんだろ。知ってる。ファリアスの一族、第二王子派の代表みたいな立場らしい。顔は少女のように可愛らしいが、性格は悪い。喧嘩は強くないな。俺なら一瞬で気絶させることもできそうだ。

 でも、俺は首をかしげただけだった。こいつの武器は口だ。彼がイーサンの立場だったら、俺がローレンスじゃないことを学園中の人間がその日のうちに知っていただろう。こいつに俺がローレンスではないことを気取られてはいけない。ボロが出ないように極力だんまりを決め込まなければ。

「ねぇ、お気に入りの子見つけたってホント?」
 黙ってうつむく俺にカリアスはさも親し気に話しかけてくる。
「手を出すのが早いんだね。感心しちゃった」

「……」

「その子、平民なんだって? 貴族じゃない子に声をかけるなんて、さすが、優しいラーク様だよね」

 うーん、彼は何を話しているんだろう。俺のわからない隠語を使っているのだろうか。

「何が言いたい?」

 仕方なく、短い言葉で尋ねる。わざわざ嫌われ者の俺に話しかけてきたんだ。なにか意図があるのだろう。

 カリアスはにっこり笑って俺に眼鏡を渡した。
 見覚えのある眼鏡だった。
 リーフのものだ。

「これは?」
 リーフの落とし物を届けて、なんていうことではなさそうだ。急に気配を変えた俺をみて、カリアスは無意識に後ろに下がった。

「あのね、デキウス先輩がね。集会の部屋に来てって」

「できうす? それは誰?」
 俺が一歩前に出ると、カリアスは取り巻きの輪に潜り込んだ。それでも、俺をあざけるような表情は浮かべたままだ。

「ああ、本当に覚えていないんだ。デキウス先輩。みんな、知っているよね」
 笑い声が上がった。俺が声を上げたやつの顔に視線を送ると、笑いが止まった。

「その、デキウスがどこにいるって?」

 穏やかに、ていねいに……喧嘩を吹っかけてくる奴と同じ態度をとっては駄目だ。そう、俺は兄貴から教わった。怒りを爆発させるのはいつでもできる。ただの使いで発散するのはもったいない。

「その先輩はどこにいるんだ?」

 俺は笑顔で尋ねた。様子を見ていた何人かの生徒は用事を思い出したらしい。俺から離れようとする。
 カリアスも周りを見回して、何か用事を思い出したらしい。早口で場所を伝えた。

「集会室……とにかく、先輩が待っているから」

 カリアスはくるりと後ろを向いて、立ち去ろうとした。俺はその肩をがっしりとつかむ。

「ちょっと待て。その、集会の部屋ってどこなんだよ」

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