魔法学園の悪役令息ー替え玉を務めさせていただきます

オカメ颯記

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謹慎中

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 空を見上げる。
 雲の流れが速い晴れた日だった。
 今日はいい天気だ。

 土いじりをしていると鼻歌が出てしまいそうだ。
 ここの土はほっこりとしていかにも養分を蓄えていそうな土地だった。神殿の恵みをたっぷりと受けているだけのことはある。きっとここで野菜を作ったら、おいしい。

 先ほど植え付けた苗がきれいに並んでいるのを見ると、充実感に浸ることができる。

「なんで、僕達がこんなことを」

 こんなに空気がいいさわやかな天気だというのに、イーサンは独りで落ち込んでいた。

 どこに気が滅入る要素があるのか俺にはわからない。天気はいいし、周りには目も覚めるような緑、農作業は足腰を鍛える訓練になるというのに。
 俺の取っている座学の半分でいいから農作業に変えてほしい。わけのわからない魔法理論で頭を沸騰させるより、こちらのほうがよほど健康的だと思う。

「さあ、皆さん、休憩時間です」
 監督役の神官が呼びに来た。

 今日のおやつは何かな。俺はワクワクして列に並ぶ。

「楽しそうですね」
 俺にふかした芋を渡した神官は不服そうにそういった。

「ええ。とっても楽しいです」
 俺が満面の笑顔を返すと誰かが舌打ちをした。何が不満なんだろう。こんなにまじめに働いているのに。

 その後ろでイーサンが暗い顔をして芋を受け取っている。同じように強制的に農作業に参加させられているデキウス先輩たちも雰囲気が悪い。
 俺は機嫌よく笑いかけると、向こうはにらみ返してきた。まだ、あのことを根に持っているらしい。自分たちが仕掛けてきたのだから、仕方ないだろうといいたい。

 あの日から、あの場にいたもの全員、休みの日がなくなった。神殿のための奉仕活動という名目で、ひたすら雑用をさせられている。

 本当なら俺やイーサンは被害者だからこんな作業をしなくてもいいはずだった。彼らが俺を呼び出し、イーサンが助けに来たというのが事実だから。

 ただ、あまりにケガ人が多すぎた。俺やイーサンはかすり傷程度だったけれど、向こうは脳震盪を起こしたり、骨を折ったり、どちらがどちらを襲ったのかわからないような状況だった。

「なんで、あんなことをしたんだろう。助けに行くんじゃなかった」
 イーサンはぼやいている。

「いいじゃないか。同室を助けに行った。英雄的な行為だぞ」
 前の学校ならその理由だけで無罪放免だ。

「僕は君を助けに行ったんじゃない」
 イーサンは横目で俺を見る。
「君が彼らを殺さないか、それが心配で駆け付けたんだよ」

「手加減はしたぞ。ちゃんと」
 まるで殺戮者のようなことをいわれて俺はむっとする。
「あいつらの頭を殴ったり、骨を折ったりしたのはお前だろ。俺はせいぜい椅子を壊したくらいだ」

 はあ、とイーサンは頭を膝の間に落とした。

「あんなことをするはずじゃなかったんだ。でも、お前が武器を渡すから。ついつい歯止めが利かなくなってしまって」

 渡したのはただの椅子の足だろ。
 お坊ちゃまだな。
 俺はイーサンが戦いなれていると思ったが、そうではなかった。彼は武術としての剣は身に着けていたが、彼曰く下品な喧嘩はしたことがないらしい。

「怪我しなかったんだからいいよ。初陣としては上々じゃないか」
 俺は慰めたけれど、イーサンの気は晴れない。

「僕は優等生として頑張ってきたんだよ。なのに、今回の件ですべてが駄目になった」
 君のせいだといわんばかりの口調に俺は心外だと思う。

 喧嘩を売ってきたのはあいつらで、あいつらが全部悪い。

 ただ、そう思っているのは俺だけみたいだった。俺の事故のことで同情してくれていたドネイ先生ですら、俺たちは悪くないという言葉に耳を貸さなかったからな。

 休憩時間が終わったら再び農作業の時間だ。

「そんなに嬉しそうに作業しないほうがいい」
 イーサンが忠告した。
「ラークはきれい好きだったんだ。ものすごく。土を触るなんて絶対にしなかったと思うぞ」

「そうなんだ。わかった。でもな、土を触ると精霊の加護が増すっていわれてるんだぞ」

 イーサンは不思議そうな顔をした。

「そうなのか? 初めて聞く話だな」

「特に大地の加護が強い戦士は農作業を積極的にやると調子がいいらしい。おまえの精霊が何かは知らないけれど、大地の霊だとしたら農作業はお勧めだ」

 イーサンは納得していないらしいが、再びまじめに作業に取り組み始める。俺もおとなしく神妙に作業をしていたつもりだったのだが……

「ローレンス、作業は楽しいですか?」
 また、例のあの若作りの神官だ。授業だけでなくこんなところにまで顔を出すなんて。

「大変です」
 俺は言葉少なに答えた。

「そうですか。それはそれは」
 神官は相変わらず優しい笑みを浮かべる。
「楽しかったらどうしようかと思いました。一応、これは罰ということになっているのでね」

「………」

 なんで、俺が罰を受けなければいけないんだ。あいつらが……俺の頭の中でまた同じ言い訳がぐるぐると回る。

 ただ、俺よりもきっと理不尽をかみしめているのはイーサンだ。

 乱闘事件が明るみになって以来、イーサンも俺と同じような立場に置かれている。ローレンスよりもずっと人望のあったイーサンですら、話しかける人が激減している。前は狂ったローレンスを同室のイーサンが渋々面倒を見ているとみなしていた生徒たちも、イーサンにも触らないほうがいいと思い始めたようだ。

 そのことについては、俺はイーサンに謝罪した。
 もともと俺があの変態を殴ったことが原因なのだ。俺としてはあいつを殴ったことは正当だったと今でも思っている。でも、イーサンはあの変態に何もしていない。

「仕方ない。公然と第二王子殿下にたてついたようなものだから。これでもましだと思わないと」
 彼は自分に言い聞かせるようにそういった。
「学園内でなかったら、一族も連座させられていたかもしれない。それを考えるとこの程度なんてことはない」

「この程度ってなぁ……」
 外から来た俺よりも、中で過ごしてきたイーサンのほうがつらいはずなのだ。それなのに。

「正直、この程度で済んで驚いている。もっとひどいことが起きた可能性もあるんだ。たぶん、また、第一皇子殿下が口利きをしてくれたのだと思う。ラーク、今度あの方にお会いしたら、しっかりお礼をいっておけよ」

 もっとひどいことって何? それになんで第一王子がまた口利きをしてくれるんだろう。ひょっとして、イーサンはああ見えても第一王子の側近?

「な、わけないだろう」あっさり否定された。
「だから、うちの家門は弱小なんだよ。大公の名はいただいてはいるけれど、術士としては傑出した先祖はいないんだよ」

「それじゃぁ、なんで?」

「今は儀式の最中だろう? だから、それに影響を及ぼすような出来事は避けるべきだとお考えなのだろう? 僕や君が怪我でもして離脱することになったら困る、そう考えられたのだと思う。ハーシェルやデリンの家門のものは必要だからね」

 執事の話していた駒の話が頭をよぎった。なんだか気に入らない。

「とにかく、会ったらお礼をするんだぞ」
 俺は生返事をした。

 俺が第一王子に会うことなんてないと思っていたから。
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