魔法学園の悪役令息ー替え玉を務めさせていただきます

オカメ颯記

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「陰が出るんだって」
 こそこそと屋根裏を移動していた時に、俺は興味を引く話を聞いてしまった。

「陰って、誰かが精霊の怒りを買ったのか?」
「うん。赤い目をした陰が夜な夜な図書館の周りをさまよっているみたい。三年生の先輩が目撃したらしいな」

 この下は確か下級生用の談話室があったはずだ。俺は耳を床に押し付ける。

「誰が、怒りを買ったのかなぁ。やっぱり、あいつか」
「あいつだよ。神殿の儀式で頭をやられて狂ってしまったらしいよ」
「呪われているときいたけれど、本当だったんだ」
「王子殿下にまで、殴りかかったらしいよ」

 ……
 今まで、王族相手に暴力をふるった人間は一人しか知らない。

 俺のことか?

「絶対近寄らないようにしないとね」
「陰がうつるよね」

 ……最近周りに人がいないと思ったらそういうことだったのか。
 俺も避けているけど、ほかの人も避けている、ということ?

 イーサンにその話をすると、もちろん彼は知っていた。

「知り合いに忠告されたよ。君が陰にとりつかれている。部屋を変わる申請を出せって」

「それで、届を出すのか?」

「まさか」
 イーサンは顔をしかめた。
「なぜ、そんな根も葉もないうわさで引っ越しをしないといけないんだ? バカバカしい」

 しかし、噂とはいえ気になる。実際に陰が出たというのは本当なのだろうか。

 噂では図書館周りに出るということだったが。

「赤い目の呪いだね。噂になっている」
 リーフもあっさりと認めた。

「ラークさん、頭がおかしくなってそれは呪いのせいだって。儀式で精霊を怒らせる行動をとったからだって」

 そうなのか、って、その話を知らなかったのは俺だけか?

「呪われたのはほかの奴かもしれないだろ。僕は精霊の怒りを買うようなこと、したことないよ」
 成りすまして兄弟の代わりに学校に通っていることをのぞけば、だけど。

「でも、ラークさんの目、赤いですよね」
 リーフが俺の目の色を確かめる。

「これは茶色だ。茶色」

「でも、時々、光の加減で赤く見える」

「一族の特徴だから仕方ないだろ」

「うーん。だから、怪しいんですよね」

「なにが?」

「だって、赤い目の陰って、ラークさんを名指しにしているようなものでしょう? いかにも作り話っぽくて」

「それはそうなんだが、じゃぁどうすればいいんだ」
 俺に噂を静めるような権力はないぞ。

「一度、神殿にお参りに行ったらどうですか?」
 リーフが勧める。
「それで陰が祓えるのなら、それでよし。祓えなかったら、それは陰じゃないでしょ。僕は裏に誰かがいると思っているけれど」

「つまり、誰かがうわさを流している? 目撃者もいるらしいけれど?」

「そんなの、仕掛ける側と目撃者がグルだったら簡単にできるよ」

 な、なるほど。
 まずは神殿で確認をしてもらおう。

 俺は校内の神殿に向かう。もともとこの学校は神殿の敷地にたっている。
 神学の教室も神殿のお御堂の一つだし、もっと大きな聖堂もある。さらにその奥には神官たちが暮らしている神殿、とこの敷地は神殿だらけだ。

 学校から神殿の領域に異動すると空気が変わった。学校の騒音と人の気配が消えて、気温が少し下がったような感覚がある。

 どの神殿に行けばいいのだろうか、俺が迷っていると、ニャァという小さな声がした。

 この前の子だろうか。俺は猫を探して、神殿の中庭をのぞく。
 この前見かけた白い猫がベンチの上に座って、優雅に体をなめていた。

「やぁ」

 猫はこちらのことをちらりとも見ずに、自分の体の手入れを続けている。

「また、会ったね」
 俺は猫に語り掛けた。
「また、会いましたね」

 ああ、びっくりした。猫から返事が返ってきたのかと、一瞬錯覚した。

 この前の白い肌をした神官が木の下にあるベンチに腰かけていた。本当にこの人は気配というものがない。

「神官様」
 俺は深々と礼をする。

「授業時間ではないのに、なぜ、ここに? お祈りですか?」

「あ、その……実は学校で陰が出ているという噂があって、それで僕が陰に取りつかれているのではないかと不安になったのです。友人が一度神殿を尋ねてみたらどうかと勧めてくれたのでこちらに伺いました」
 あれれ、言葉がすらすらと出てくる。
「周りの人たちは僕が赤い目をしているから、赤い目をした陰が出ていると。僕が戒律に反して呪われたから陰に取りつかれているというのです。そんなことは絶対にないと思います……」
「そんなことは絶対にないですよ」
 言葉が重なった。

「ここがどこだと思っているのですか。ここは古い聖地です。一番陰から遠い場所、精霊の力が強い場所です。誰がそのような噂を流しているのかは知りませんけれど、困った子供たちですね」
 優しい声なのに、よく響いた。

「やはり、僕は陰と関係ないということですね」

「本物の陰はね」
 神官は猫を抱き上げてなでる。
「疑問は解けましたか」

「はい」

 誰かが意図してそういう噂を流している。あるいは、陰を装って生徒を脅した。

 俺はほっとした。本物の陰相手だったらどうしようと思っていたのだ。神官の修行でもしていない限り、陰に対処することは難しい。聖なる力を込めた魔道具をつかうか、神官戦士の力を借りるかしなければ、陰は倒せないのだ。

 ただ相手が人なら、俺でもなんとかできる。

「ありがとうございました」

 俺が深々と礼をすると、神官はフフッと笑って猫を抱いたまま扉の向こうへ去っていった。

「ラーク?」
 振り返ると、ドネイ先生がいた。
「誰かいるのですか?」

「あ、先生」

 ドネイ先生は俺に話しかけてくれる数少ない先生だった。実は高位の神官だったと、最近知った。

「何をしているのかと思えば、大丈夫ですか? 変なものが見えたりしていないですよね」
 ドネイ先生は俺の頭がおかしいと思っているようだ。それに同情してくれている。

「はい」

「それはよかった。最近、あまり姿を見ないのでまた引きこもっているのではないかと心配していたのですよ。大丈夫ですか?」

 最近、人に見られない道を通っていたからな。俺はおとなしくうなずいた。ドネイ先生はほっとしたように笑顔を見せて、それから少しためらいながらいう。

「もし、記憶が戻ったら、私に教えてくださいね。何でも相談に乗りますよ。……そうだ」
 ドネイ先生は何かを思いついたように笑顔を浮かべる。
「ラーク、久しぶりに歌の練習に参加しませんか?」

 はい? 歌?
 思っても見なかった提案だ。

「う、歌ってなんでしょう?」

 ああ、そうでした。覚えていないのでしたとドネイ先生は説明を始める。

「貴方は入学した時、合唱隊に入っていたのです」

「が、合唱ですか?」

「聖歌を歌う学生の有志の会ですね。貴方は素晴らしい歌い手でしたから」

 へー。ほー。
 俺の口の端が引きつった。
 俺は歌なんか歌ったことはない。

 聖歌?知っている歌といえば、北の戦士たちが歌う宴会の曲とか、訓練のときに声をそろえて歌う卑猥な曲とか。こんなところで披露するのは罰当たりだろう。

「本当に素晴らしい声でした。精霊が引き寄せられるほどの。その声だけで神官にという声もあったほどでしたから」

「あー、実は最近こ、声変わりを……」
 俺は咳払いをした。
「き、今日は、またの機会に」

「そうですか。いつでも待っていますよ」
 この先の聖堂で練習をしていますから、と先生は教えてくれた。

 ローレンスが美声であったことはどうやらみんな知っているようだ。イーサンが教えてくれた。

「ラークは本当に素晴らしい声だった。初めて聞いた時はびっくりしたよ。あれは入学式の礼拝だったと思う」
 イーサンは遠い目をした。
「僕達は入ったばかりで、だから、一年生が独唱者に選ばれたと知って驚いたんだよ。デリン家の子息ということで、ねじ込まれたという人もいたけれど。歌を聞いて、またびっくりさ。本当に精霊がこの世界に降りてきたみたいだった」

 イーサンは時々こういう表情をする。本人は認めないだろうが、うっとりと夢に浸っているようなどこか知らない場所をさまよっているような表情。俺の手の届かない世界に彼は行ってしまう。

「彼が同室ということでもっと驚いたよ。光栄だと思った」

「性格が悪い、嫌われ者でも、か?」
 少し意地悪く聞き返す。

「あの時はまだ、そんなことはなかった。君がいっていたように内気でおとなしい少年にみえたんだよ。いつ頃からかな。本性があらわれたのは。それで、君は歌はどうなの? うまいの?」

「俺? 聖歌なんか歌ったことはないぞ」

 俺は俺の知っている曲を歌って見せた。イーサンの表情がたちまち曇る。

「それは駄目だな。声は悪くないと思うけど、その曲、ひどすぎる」

「だよなぁ。こんな歌、聖堂で歌ったら、本当に呪われそうだよなぁ」

 歌のことはいい。それよりも、うわさを流している連中を捕まえるほうが先だった。

 まずは、偵察だ。

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