魔法学園の悪役令息ー替え玉を務めさせていただきます

オカメ颯記

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 今日も俺とイーサンは奉仕活動という名のもとにこき使われていた。
 頭上には真っ青な空が広がり、柔らかな日差しが降り注いでいる。日差しは前よりもきつめだけれど、さわやかな風が吹いてくるおかげで、そこまで暑くは感じない。

「おかしいよな」
 俺は愚痴をこぼす。
 状況は前と同じようにでも、今日の俺の心は煮えたぎっていた。

「俺達だけって、おかしいよね」

 俺たちと喧嘩騒ぎを起こしたデキウス先輩たちはすでに外出を許可されていた。
 それなのに、同じ喧嘩をした俺とイーサンだけ奉仕活動を行うことを命じられたのだ。
 納得のいかない、俺は抗議をした。

「喧嘩両成敗というのなら、罰も同じでないとおかしいですよね」
 俺はいつものあの嫌味な神官に面と向かって文句を言う。

「罰ではありませんよ。奉仕活動です。精霊への感謝をささげる崇高な行為ですよ」
 神官はしれっと答えた。

「嘘つけ、この野郎!」あ、つい本音がでてしまった。「じゃぁ、なんであいつらの外出禁止が解かれるんだ……ですか。僕たちも同じでないとおかしいでしょう?」

 周りの神官が青い顔をしている中、俺はいけすかない年齢不詳の野郎とにらみ合った。
 神官は慈悲深い笑みを浮かべて、穏やかに俺を見下ろす。その裏にある真っ黒い腹が透けて見えているのが何とも腹立たしい。

「ラーク、先ほども言いましたがこれは奉仕活動です。罰ではありません」
 この前、罰がどうとか言っていたような気がしたんだが、気のせいか?矛盾してるだろう。
「それとも、なんですか? 罰を受けるようなことをしたと、心当たりがあると?」

「もちろん、ありません」
 俺はきっぱりと答えた。

「貴方もですか? イーサン」
 今度は神官はイーサンのほうに顔を向けて尋ねる。

「……」
 イーサンは目をそらした。
 イーサン、駄目だろ。そこはきっぱりと否定しなければ。
 俺はうつむくイーサンに必死で合図を送った。返事はない。

「イーサンのほうは貴方と違って思うところがあるようですね」
 あいつは勝者の余裕を漂わせた含み笑いをしやがった。俺はぎりぎりと歯噛みをした。

「あの野郎……くそ〇〇野郎が……」
 俺は芋を洗いながら、憤りを込めてつぶやく。

「ラーク、やめよう。俺たちが悪かった」

「どこがだよ。仕掛けた側が許されるのに、被害者の俺たちが奉仕活動を続けなければいけないなんて」

 はぁ、とイーサンは息を吐いた。

「そっちじゃなくて、今回の罰は新しいほうだろ」

「でもあっちは誰も罰せられなかった、犯人は見つかっていない、だろ」

「表向きはね」

 図書館の陰騒動は、校長先生の訓話であっさりとけりが付いた。

 あの白い神官がいったのと同じことを全校生徒に校長先生は話した。この神殿の中で陰が湧くことはありえない、そう諭したのだ。そして陰らしきものを見たものは神官に知らせるように、そのうえで神殿が徹底的に調査すると約束した。

 それ以降、赤い目をした陰の噂はパタリとやんだ。それでも、俺には相変わらず冷ややかな視線が送られ、誰も周りによってこないのは同じだったが。

「俺たちは何もしていないぞ。そうだろ、相手を直接傷つけたり、危害は加えていないぞ。むしろこちらのほうがひどい噂を立てられて迷惑していたのに」

 イーサンは芋を一つ籠に入れてから、暗い表情でどんよりと俺の顔を見つめる。

「あそこにいた生徒の一人はまだ休学しているという話だ。他の子は暗くなると怖くて外に出られないらしい。明かりを部屋中に灯していると聞いたぞ」

 ざまぁみろ、じゃないのか?散々、他の生徒を怖がらせて楽しんでいたんだろ。ただ、暗いところが怖い気持ちは少しだけ気持ちはわかった。俺も最近は夜の探索はやめて、まじめに勉強しているからな。

「しかし、どうやってばれたんだ?」

 俺は頭をひねる。俺たち三人の中から情報が漏れることはない。使った魔道具は使い切りのもので痕跡は残っていない。小道具の類はすべて持ち去った。

「この学校には僕たちの知らない仕掛けがいくつもあるらしいよ。生徒の追跡とかできるのかもしれないね」

 イーサンはまた一つ芋を取って水に浸してから丁寧に洗い始めた。確かにこの学校には不可思議な魔法がいくつもかかっている。俺たちが探知できない何かが仕掛けられていてもおかしくはない。

「それが本当なら、ローレンスの居場所もわかっていいと思う」

 学校で行方不明になったとしたら、の話だけれど。最近、何も進展していないローレンス探しのことを考えると頭が痛くなる。一体どこに手掛かりがあるのかすら、わからない。

 俺たちは黙々と芋を洗った。
 その日の夕食はおいしい芋のスープが出た。

 俺は夜間の探検はやめた代わりに早朝の日課を増やすことにした。イーサンに帝国式の剣法を教わる前に走り込みを始めたのだ。夜が明ける前に起きて学園の敷地を駆け抜け、神殿の領域まで足を延ばす。毎朝のように新しい領域に足を運び、新しい景色を探し出すのがこんなに楽しいとは。

 朝日が昇るのを高い塀の上や屋根から眺めるのは最高の気分だ。暗い町が少しずつ目覚め、そして赤い光が空一面を染め上げる様子は何度見ても美しい。汗ばんだ体に吹いてくる風は気持ちよく、少しずつ遠くへ行けるようになる自分が誇らしくなる。

 神官たちの暮す神殿の奥には古い建物の後がたくさん残っていて、ちょっとした遺跡見学ができる。さらにその奥には高い塔。毎日夜には頂上に明かりがともされる現役の聖域だ。最近ではその入り口まで行ってから、古い神殿跡を走り抜ける道が俺のお気に入りになっている。遺跡の中は迷路のようになっていて、方向感覚がつかみにくい。少し気を抜くと、見当違いの場所に出たりするのだ。何らかの魔法が働いているのかもしれないと、俺は思っている。

 今日も昨日見つけた抜け道を試してみようと、俺は道を外れてみた。明かりが必要なほど暗い通路に足を踏み入れる。前から、一度入ってみようと思っていた通路だ。今日はちゃんと明かりも用意している。

 リーフからもらった魔道具の明かりをつけて、俺は通路に足を踏み入れる。かろうじて人がすれ違えるほどの幅の通路の天井は思っていたよりも高く、いまだしっかりとしたアーチを描いている。少しずつ背後の入り口の灯りが遠ざかり、不安が胸をかすめた始めたころ、俺は広い暗がりに包まれた大きな部屋にたどり着いた。

 部屋の片側は明かりがいるほど暗く、ただ、向こう側は屋根がおちているのか、隙間から陽の光が差し込んでいた。そして、かつては床だったところが一部陥没して小川ができていた。廊下や部屋が奇妙に湿気ていると感じたのはこのせいだったのか。

 部屋に生き物のいる気配は全くなかった。カビの臭いすらしない。あまりの静けさに自分の呼吸音が聞こえてくるような気がしてきた。元は何に使われた部屋だったのだろう。食堂? 教室? がらんとした空間には往時を思わせる調度はのこっておらず、ただところどころに上から落下した石が転がっているだけだった。俺の入ってきた入り口の逆の側には大きな扉がそのまま残っていて、その向こうから水が流れてきているようだった。さすがにさび付いた大きな扉を動かす勇気はなかったけれど、俺はその横にある扉の残骸の向こうをのぞいてみた。こちらの扉は木でできていたらしく、腐って半分しか残っていない。俺は扉をまたいでその先の通路に入る。

 灯りに照らし出された先は天井の丸い通路になっていて、前の部屋とは全然違った様式で作られているようだ。天井には色鮮やかなタイルが張られて、装飾の付いた柱がそれを支えていた。先ほどの湿った部屋と違って、こちらの通路は乾いていた。一続きの部屋とは思えないほど空気が違う。

 ここは崩れたりはしないよな。不安に思いながらも、俺はその通路を進んでみた。緩い上り坂のその先に、金属でできた透かし模様が施された扉が現れた。デリン家の庭園で見かけた庭を仕切る扉に似ていた。その扉の先は明るい。
 日の光が差しているのか? 庭に出る通路なのだろうか。
 俺は重い唐草模様の扉に手を触れた。

 扉はすっと開いた。

 その先は温室だった。あたり一面緑でおおわれている。俺はあたりを見回した。透明な天井からは明るい陽光が降り注ぎ、珍しい植物、普通ならば育てられない美しい花々が所狭しと並べられている。まるで宝石のようだ、そう思った。

 あまりにも明るく開放的で、先ほどまでの暗がりとの対比に、軽いめまいがした。

「君は……」声をかけられて我に返る。

 温室の中にはしつらえられたベンチがあり、そこに腰かけている人物に俺はようやく気が付いた。珍しい植物に囲まれて、本から目を上げたのはあのいけ好かない神官だった。

「君はどうしてここにいるのです?」

 彼の眉間に深いしわが寄った。
 俺ははっとした。ここは神殿の領域なのか。生徒の立ち入りが禁じられている場所なのかもしれない。不用意に足を踏み入れる場所ではないのだろうか。

「あれ? すみません。ここ、どこですか?」
 これは偽らざる俺の気持ちだった。なぜ、ここに出てしまったのか、俺にもわからない。
 俺は出口を探した。
「道に迷ってしまったかな……はははは」
 わざとらしい笑いになってしまった。

 とにかくこの男は苦手だ。早くこの部屋を出よう。
 そう思ったが、先ほどの扉は押しても開かなかった。というより、これは扉なのか? こちらから見るとどう見ても装飾の付いた壁飾りに見えるのだが。

 男はため息をついて、本を華奢な小さな机の上に置いた。まるでデリン婦人が使っているような豪華な机だ。

「君はここがどこだかわかっているのか? 神殿の奥深く、生徒が立ち入ることはできないはずのところなのだが」

「え? そうなんですか。それは失礼しました。それでは……」
 無邪気さを装いながら、俺はそろそろと出口らしい方向へ移動する。

「そちらではない。こっちだ」
 神官は俺に手招きをして、立ち上がった。
 そして、俺に背を向けて歩き始める。俺は仕方なく彼について行った。

 神殿の温室はとてもよく管理してあった。きれいに整えられた植物、暖かい空気、見慣れない鳥が頭の上でさえずった。もっと観察していたかったけれど、クソ神官は速足で通り過ぎていく。

「君はここで何をしていたんだ?」
 振り向くこともせずに神官は俺に問いかけた。

「朝の散歩をしていました」
 俺は正直に、でも簡潔に答えた。

「塔の近くまで行ったな」
 神官は振り返って俺の顔を見た。
 これは断定だった。俺はうなずく。

「ラーク、君は本当に困った子だ。入学式での注意をすっかり忘れているようだね。神殿の奥のほうは危険だ。特に塔の周りは近寄るな。そういったのを覚えていないのか」
 そんな話、聞いてない。そもそもその話を聞かされたのはローレンスで、俺は入学式になど出ていないのだが。

「ああ、君は記憶がないという話だったね」
 そんな設定忘れていたよと言わんばかりに付け足される。優しい口調で、冷酷さを表現できるこの男を俺は尊敬しかけた。男は再び歩き始めた。

「神殿には結界が張られている。さすがにそのくらいは覚えているだろう。特に古い神殿には幾重にも張られた古い結界があって、生徒たちには危険な場所だ。私たち神官も立ちいらない場所もある。だから、立ち入りを禁じている
 。
 時々、それを忘れて入り込む者もいるのだがね。いままで何人もの生徒が結界のはざまに巻き込まれて、行方不明になった。その大半は思いもよらないところから戻ってきたが」

 彼は一瞬足を止めて俺を見た。俺はとっさに目を伏せた。こんな奴とは目を合わせたくない。目線を合わせたら、心の奥底までのぞかれそうな気がするのはなぜだろう。

 思っていた以上に、俺の散歩は危険な行為だったらしい。俺は歩きながら考えた。

 つまり俺はその変な結界のはざまとやらに飲み込まれたということか。
 しかし、全く何も感じなかった。どこが結界のはざまだったのだろうか。あの大きな部屋? それとも通路?

 考える時間は十分あった。神官と歩いたのは長い道のりだった。俺が迷い込んだ場所はずいぶん神殿の奥のほうだったらしい。時々、神官とすれ違ったけれど、みな目を伏せて俺たちを見送った。
 誰も何も言わない。こいつと二人で黙って歩くなんて、拷問のような時間だった。

 ようやく立ち止まった神官が俺にある部屋の中に入るように促した。
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