魔法学園の悪役令息ー替え玉を務めさせていただきます

オカメ颯記

文字の大きさ
28 / 82

歌声

しおりを挟む
 扉をくぐるとそこは聖堂だった。何人かの生徒が集まっている。俺の姿を見て、ぎょっとしたように身を引くものもいた。

「ドネイ師、君のところの迷い子を連れてきた」

「祭司長殿。ありがとうございます。ラーク、どうしたんだね」

「彼は神殿の奥に迷い込んでいた。よく気を付けてやってくれ」

 事務的な言葉だけかけると、クソ神官は俺を残してさっさと立ち去った。
 さっさとどこかへ行ってしまえ。

 しかし、俺はどうしたらいいのだろう。たくさんの目が好奇心むき出しでこちらを見ている。

「神殿の奥に?」
「禁足地に入り込んだのか?」

 ざわめく生徒たちの声が耳に入る。生徒の中にあのカリアスもいた。あいつに見られたというのは失態だ。また、なにか仕掛けてくるのだろうか。

「飛ばされたのか? ラーク、気分はどうかな? 頭が痛いとかそういうことはないだろうか」
 しかし、ドネイ先生は本気で俺のことを心配しているようだった。
「誰か医務室まで送らせよう……」

「いえ、結構です。少し休めば、大丈夫ですから」

 生徒たちのものすごい視線を感じながら、俺は断った。俺も敵意を持つ野郎と二人でお散歩するつもりはない。

「そうか。じゃぁ、練習でも見ているといい。そのあたりに座って」

 俺は黙って聖堂の椅子に腰かけた。

 ざわついていた生徒たちをなだめて、先生は練習を再開した。

 歌声が聖堂に響き渡る。

 イーサンが言っていた通りだった。聖歌隊の合唱はこのようなものを聞いたこともない俺ですら引き付けられた。精霊たちの言葉はこのように美しいものかもしれない。

 俺は大きな聖堂の中で自分が小さくなったような気がした。重なり合った音が反響して酔ってしまいそうだ。建物の壁にはめ込まれた彫像たちが今にも振動でよみがえってくるような気がしてくる。

『我に祝福を与えたまえ』
『我らに恵みを与えたまえ』

 俺も祈りをささげたい気分になってくる。

 聖歌隊の後ろには大きくて豪華な祭壇があった。花と燭台が飾り付けられて、その天井には色ガラスで作った絵が描かれていた。日差しが差し込んで絵が幻想的に浮かび上がる。

 一人の男が美しい精霊の前にひざまずき頭を下げている構図の絵だった。その周りをたくさんの動物が取り囲んで、男を祝福している。魔法がかけられているのだろうか。絵の中で生き物たちはまるで生きているかのように動いていた。

 俺は無言で頭をさげた。

『我らが王に精霊の祝福を。寿ぎたまえ』
『寿ぎたまえ』

 どうか、早く謹慎がとけますように。
 ローレンスが見つかって、この環境から抜けられますように……

 重なる歌声が聖句をなぞっていく。

 ローレンスもこうして歌っていたのだろうか。俺は胸にかけた記憶石を服の上から握りしめた。これまでいろいろな言葉を試してみたけれど、ローレンスの記憶を見ることはできなかった。ひょっとして、こういう歌を聞かせてやれば鍵が開くのか。

 ……彼は素晴らしい歌い手でした……

 一人の少年が独唱を始めた。高い澄んだ声が聖堂に響き渡る。

『王をたたえよ。精霊に選ばれた王をたたえよ。選ばれた我らが王、我らが王に誉を与えよ』

 ……ラークの声は素晴らしかった……

 声が天井に響き渡る。音の振動が体と心を支配する。

 ……素晴らしい歌声だね。君は。まるで、

 気が付くと、歌が終わっていた。
 どうやら休憩時間らしい。

 生徒たちがおしゃべりをしている。
 俺はあたりを見回した。ドネイ先生がこちらに近付いてくる。

「ラーク」
 ドネイ先生が心配そうに俺を見下ろしていた。
「どうした、何か思い出したのか?」

「いえ、何も」
 俺は手の力を抜いた。
「だいぶ気分がよくなりました。ありがとうございます」

 俺は早々に聖堂を立ち去った。
 危なかった。また、聖歌隊に誘われたらどうしようかと思った。

 しかし、今回のことで一つ手がかりをつかむことができた。

 結界だ。

「イーサン、わかったよ。ローレンスの行方が」
 俺は興奮気味に部屋で勉強していたイーサンに話す。
「あいつ、結界に飛ばされたんだよ」

「授業をさぼっていると思ったら……医務室にでも行っていたのか? 頭でも打ったんじゃぁ」
 イーサンが不思議そうな顔をした。

「ちがうって、結界だよ。あれに巻き込まれたんだ」

「……壁にある防御結界に触れても気絶するくらいだぞ、あれ。黒焦げになるとか脅されたけれどね」

 話が通じない。
 俺は最初からちゃんと話をすることにした。俺は今朝からの出来事を話した。

 走り込みをしたこと。遺跡の中を通り抜けたら、なぜか神殿の奥のほうに出てしまったこと……イーサンは椅子の上でのけぞる。

「き、君は、塔まで行ったのか。なんてことを」

「ああ、行ったよ。いつもあの辺りまで走り込みをしているけれど」

 イーサンは頭を抱えた。

「あそこは聖地だから、普段は立ち入り禁止だって……いっていなかったか……言い忘れていた?」

「うん、聞いていなかった」

「いや、いや、それにしても、君は……度胸があるというのか、なんというのか……神殿の聖域には立ち入り禁止だって、北の学校では教えていないのか?」

「神殿の敷地には入っていない。あそこは荒れ果てた廃墟だぞ、ただの」

「ただの、じゃない。ああ、君はなんてことを……厳罰を食らうぞ。今度は謹慎じゃぁ済まないかも」
 あまりにイーサンが慌てるので、俺は自分が大変なことをしてしまったような気分になる。

「いや、でもね。あのくそ神官も何も言わなかったし。そんな罰なんてないとおもう、よ」

「神官様たちのやり方は知っているだろ。その時は何も言わないけれど、あとで処罰されるんだよ。こっそりと」

「……朝起きたら冷たくなっているとか……」

「……それはさすがにないと思う」

 俺たちは黙りこんだ。

「……とにかく、結界を調べてみる必要がある……」

「行くなよ」イーサンはすかさず止めた。「ダメだ。ただでさえ危険な場所なのに、今は……」

 イーサンはぐっと言葉を切った。俺はピンときた。

「……儀式の場所だったんだな。あの辺りが」

「……ああそうだよ。あの塔が儀式の場所なんだ」
 イーサンはしぶしぶ認めた。
「口外するなといわれているんだ。誓約も立てている。もし破ったら、陰にとりつかれて……」

「この敷地内に陰は出ないって、お墨付きをもらっているだろ。神官様がそういっていたんだ」
 俺は指摘する。

「あのなぁ、その程度の呪いじゃないんだ。家門が呪われる。精霊のご意思に反することをしたとして、一族が根絶やしになるかもしれないんだぞ。以前にはそういうこともあったと、そういう噂だ」

 イーサンは本気で信じているようだった。
 俺もなんだか怖くなってくる。

「わ、わかったよ。あの辺りにはいかないようにする。でも結界のことは調べるぞ。ローレンスがどこかに飛ばされているかもしれないだろう?」

「調べるだけなら、いいと思うが」
 イーサンの顔は渋い。
「だけど、塔のあたりに行ってはダメだぞ。あの辺りは儀式の関係で、場が乱れているといわれている。あ、それから、神殿に忍び込むのも……」

「やらない。やらないから……」
 俺は慌てて否定した。
しおりを挟む
感想 8

あなたにおすすめの小説

結婚初夜に相手が舌打ちして寝室出て行こうとした

BL
十数年間続いた王国と帝国の戦争の終結と和平の形として、元敵国の皇帝と結婚することになったカイル。 実家にはもう帰ってくるなと言われるし、結婚相手は心底嫌そうに舌打ちしてくるし、マジ最悪ってところから始まる話。 オメガバースでオメガの立場が低い世界 こんなあらすじとタイトルですが、主人公が可哀そうって感じは全然ないです 強くたくましくメンタルがオリハルコンな主人公です 主人公は耐える我慢する許す許容するということがあんまり出来ない人間です 倫理観もちょっと薄いです というか、他人の事を自分と同じ人間だと思ってない部分があります ※この主人公は受けです

【完結】最強公爵様に拾われた孤児、俺

福の島
BL
ゴリゴリに前世の記憶がある少年シオンは戸惑う。 目の前にいる男が、この世界最強の公爵様であり、ましてやシオンを養子にしたいとまで言ったのだから。 でも…まぁ…いっか…ご飯美味しいし、風呂は暖かい… ……あれ…? …やばい…俺めちゃくちゃ公爵様が好きだ… 前置きが長いですがすぐくっつくのでシリアスのシの字もありません。 1万2000字前後です。 攻めのキャラがブレるし若干変態です。 無表情系クール最強公爵様×のんき転生主人公(無自覚美形) おまけ完結済み

婚約破棄を傍観していた令息は、部外者なのにキーパーソンでした

Cleyera
BL
貴族学院の交流の場である大広間で、一人の女子生徒を囲む四人の男子生徒たち その中に第一王子が含まれていることが周囲を不安にさせ、王子の婚約者である令嬢は「その娼婦を側に置くことをおやめ下さい!」と訴える……ところを見ていた傍観者の話 :注意: 作者は素人です 傍観者視点の話 人(?)×人 安心安全の全年齢!だよ(´∀`*)

ざまぁされたチョロ可愛い王子様は、俺が貰ってあげますね

ヒラヲ
BL
「オーレリア・キャクストン侯爵令嬢! この時をもって、そなたとの婚約を破棄する!」 オーレリアに嫌がらせを受けたというエイミーの言葉を真に受けた僕は、王立学園の卒業パーティーで婚約破棄を突き付ける。 しかし、突如現れた隣国の第一王子がオーレリアに婚約を申し込み、嫌がらせはエイミーの自作自演であることが発覚する。 その結果、僕は冤罪による断罪劇の責任を取らされることになってしまった。 「どうして僕がこんな目に遭わなければならないんだ!?」 卒業パーティーから一ヶ月後、王位継承権を剥奪された僕は王都を追放され、オールディス辺境伯領へと送られる。 見習い騎士として一からやり直すことになった僕に、指導係の辺境伯子息アイザックがやたら絡んでくるようになって……? 追放先の辺境伯子息×ざまぁされたナルシスト王子様 悪役令嬢を断罪しようとしてざまぁされた王子の、その後を書いたBL作品です。

噂の冷血公爵様は感情が全て顔に出るタイプでした。

春色悠
BL
多くの実力者を輩出したと云われる名門校【カナド学園】。  新入生としてその門を潜ったダンツ辺境伯家次男、ユーリスは転生者だった。  ___まあ、残っている記憶など塵にも等しい程だったが。  ユーリスは兄と姉がいる為後継者として期待されていなかったが、二度目の人生の本人は冒険者にでもなろうかと気軽に考えていた。  しかし、ユーリスの運命は『冷血公爵』と名高いデンベル・フランネルとの出会いで全く思ってもいなかった方へと進みだす。  常に冷静沈着、実の父すら自身が公爵になる為に追い出したという冷酷非道、常に無表情で何を考えているのやらわからないデンベル___ 「いやいやいやいや、全部顔に出てるんですけど…!!?」  ユーリスは思い出す。この世界は表情から全く感情を読み取ってくれないことを。いくら苦々しい表情をしていても誰も気づかなかったことを。  寡黙なだけで表情に全て感情の出ているデンベルは怖がられる度にこちらが悲しくなるほど落ち込み、ユーリスはついつい話しかけに行くことになる。  髪の毛の美しさで美醜が決まるというちょっと不思議な美醜観が加わる感情表現の複雑な世界で少し勘違いされながらの二人の行く末は!?    

転生聖賢者は、悪女に迷った婚約者の王太子に婚約破棄追放される。

克全
BL
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。 全五話です。

【完結】マジで婚約破棄される5秒前〜婚約破棄まであと5秒しかありませんが、じゃあ悪役令息は一体どうしろと?〜

明太子
BL
公爵令息ジェーン・アンテノールは初恋の人である婚約者のウィリアム王太子から冷遇されている。 その理由は彼が侯爵令息のリア・グラマシーと恋仲であるため。 ジェーンは婚約者の心が離れていることを寂しく思いながらも卒業パーティーに出席する。 しかし、その場で彼はひょんなことから自身がリアを主人公とした物語(BLゲーム)の悪役だと気付く。 そしてこの後すぐにウィリアムから婚約破棄されることも。 婚約破棄まであと5秒しかありませんが、じゃあ一体どうしろと? シナリオから外れたジェーンの行動は登場人物たちに思わぬ影響を与えていくことに。 ※小説家になろうにも掲載しております。

侯爵令息は婚約者の王太子を弟に奪われました。

克全
BL
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。

処理中です...