魔法学園の悪役令息ー替え玉を務めさせていただきます

オカメ颯記

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子犬

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 早朝、俺はいつものように目を覚ます。
 寝心地は最悪だった。いつもは独りで使っている寝台に3人で寝たのだ。

 酒のにおいが充満していたので、俺は窓を開ける。
 外の空気は冷たく、半分曇っていた頭の中の霧が一気に消えた。

 リーフとイーサンはよく寝ていた。
 特にリーフ。かわいそうに。
 兄貴に付き合って酒を飲むなんて無謀だ。今日一日、頭痛に悩まされるだろう。

 俺は素早く着替えると、足音を忍ばせて自分の部屋を出る。

『起きた?』

 兄貴はすでに目を覚ましていた。
 俺がうなずくと、彼は合図をする。

『訓練に行こう』

『案内します。ついてきて』

 俺達は静かに部屋を出て、裏の空き地に向かった。どこからも見えにくい場所だ。こっそりと訓練するのにちょうどいいと俺は思っていた。

『どうでしょうか』

『ちょっと待て』

 兄貴は手を前に出して、目を閉じた。彼の手のひらに小さな光があらわれ、浮かび上がる。
 光はあたりを素早く一周すると、また手のひらに戻って消えた。

「いいぞ。いい場所だな」

「でしょ。俺、頑張って見つけたんですよ」
 良かった。変な結界があったらどうしようかと思っていたのだ。

「よし、始めるか」
 兄貴は準備運動を始めた。俺も合わせて体を温める。

「おい、ランス。最近サボり気味だろう」
 兄貴は俺の動きを見て眉をひそめた。
「昨日から思っていたんだが、鍛錬を怠ると後がつらいぞ」

「それが座学ばかりなんですよ。実技はほとんどないんです」

「さすがは魔法使いどもが作った学校だな。大切なことが何もわかっていない」
 兄貴は憤然とする。

「まぁいい。さぁ、手を出せ」

 俺は素直に手を差し伸べた。
 兄貴は短刀を出して自分の手を傷つけた。そして少量の血を俺の手に擦り付ける。そのまま、俺の手を握りしめた。なにか温かいものがこちらに流れ込んでいるような気がする。

「兄貴? これは?」

「俺の精霊だ」
 兄貴は節くれだった手を離した。
「おまえに貸してやる」

「すごいですね。兄貴。もうそんなことができるようになったんですか」
 俺は驚いた。
「そんなことできる人は北部でもほとんどいないのでは」

「まあな。できるからここに送り込まれた、かな?」
 兄貴は頭を掻いた。
「デリンの当主がいうには、状況が悪化するらしい。外野からの実力行使もあるかもしれないとのことだ」

 俺はうなずいた。

「昨日の王位継承の話ですか」

「そうだ。昨日我らに絡んできた第二王子かあちらの後ろにいる輩と、後で割り込んできた第一王子の後ろにいる輩が、進まない儀式にしびれを切らしているらしい」

「儀式が進んでいない?」

「ああ。神殿はのらりくらりとかわしているが、本来はもっと早くに決まってもいいもの、だったらしいのだ。ここ数回は一回の見極めで終わっていたと」

「そんな話、俺たちは知りませんよ」

 儀式のことは話すなと誓約しているとイーサンは言っていなかったか?どうして漏れているんだ? 
 それを聞くと、兄貴は首をかしげた。

「当主たちの間で伝わる伝承のようなものがあるらしいな。我らの英雄の歌みたいなものだろう。そんなことはともかく……呼んでみろ」

 促されて、精霊を呼び出す手順を思い出す。

 呼び出し方はいろいろある。

 成功率が高いのは陣を地面に描き、己の血を使って精霊を呼ぶ方法だ。己の心の奥深く、己の本質と響きあう精霊と絆を結ぶのだ。中には精霊に好かれて向こうからやってきたとか、たまたま触ったものが精霊ゆかりのものだったとか、という方法もあるが偶然に頼るわけにもいかない。

 この場合は、借りているということだから。
 俺は覚えている陣を書いて、その中央に兄貴の血の付いた手を置いた。

 兄貴がうなずいたので、精霊を呼ぶ句を唱える。

「我はこう。偉大な精霊……あれ……」
 子犬が目の前で尻尾を振っている。赤毛のむっちりとした子犬だ。

「兄貴……これ?」

「あ?」
 子犬はちぎれんばかりに尻尾を振って、舌を出して息を切らしている。

「お、おかしいな。俺の守護霊は狼、こんな子犬では?」

 犬が俺の手をなめた。撫でると柔らかい。

「か、かわいい……」
 俺は子犬を抱き上げた。

「お、おう、まぁ、呼び出しには成功した。よかったな。俺がいないところでもこいつがお前を守ってくれる、と思う」
 つぶらな赤犬の瞳から兄貴は目をそらした。

 俺が犬を地面におろすと、犬は霧のように消えた。

「たぶん、この土地が影響しているのだと思う。帝国神殿の土地だからな」
 兄貴は弁明するように説明した。
「し、しかし、腕を上げたな。借り物とはいえ精霊を呼び出すとは。どこかで精霊の息吹にでも触れたか」

 俺たちは二人で高笑いをした。
 これは失敗に近い成功。うん、気まずい。

 それから、兄貴と二人で訓練をした。
 言葉のいらない関係というのはいいな。久しぶりに、いつもの剣術の練習ができたから。変な癖がついていると兄貴にいわれたけれど、ここ最近はイーサンに教わった帝国剣術しか練習してなかったからなぁ。

 ひと汗かいて部屋に戻ると、まだリーフとイーサンは寝ていた。起き上がれなかったといったほうがいいのかもしれない。特に、リーフ、彼はやつれていた。今日の授業は欠席だな。

 軽めの朝ご飯を取る。ほとんど水しか飲まないイーサンと違って、兄貴は食事を山盛りにして食べる。

「ふむ。これで粗末なほうの食事なのか?」
 兄貴は興味深そうに忙しく働いている厨房を除いている。

「これから、昨日の人たちが来る。さっさとここを出たほうがいい」
 イーサンがしかめた顔のまま目の前の粥をつついた。

「昨日の。この国の王子たちか」兄貴は椅子の背に体重を預けた。
「確かに面倒だな。特に上の王子が」

「え? あの変態のほうではなくて?」

 俺は聞く。第一王子はいい人だ。いろいろと口利きをしてくれたし、ローレンスの落とし物も返してくれた。昨日だって危ない雰囲気のところを助けてくれた。

「侮りや侮蔑をすぐに表に出すものはわかりやすい。だが、あの王子は食えねぇ。王になったら怖いな」
 お前はまだ子供だからわからないよな、と頭をくしゃくしゃにされた。俺は気分が悪い。もう子供じゃないのに。

「さぁ、授業に行こうか」

「兄貴も授業を受けるのですか?」
 俺は兄貴の手元にある時間割を覗き込む。魔道学初歩、精霊学入門……

「? これ、一年生の授業なのでは?」

「う、うむ」
 兄貴は大きな手で時間割を覆った。
「なにしろ、こういう授業は受けたことがなくて、な」

「一年生? アルフィン殿が?」
 イーサンが目を剥く。

 俺は兄貴を上から下まで観察した。柱もへし折ることができそうな腕に、机並みに厚い胸板。ひげまではえている。上級生にもこれだけの猛者はいないな。

「せめて、最上級生だろ? 入りたてには見えない」
 先生といわれてもおかしくない外見だ。代わりに教壇に立っても誰も文句をつけないだろう。

「でも、魔法は苦手なのだ」
 兄貴は恥ずかしそうに目を伏せる。
「その、学んだことがなくてな」

「それは北の王国の出だから。でも、精霊剣の使い手なんだぞ」
 俺は必死で持ち上げる。

「そうだ、あの魔法使いどもめ、変な試験を受けろとか、これは赤点だとか。こそこそと後ろで。これは一族に対する侮蔑……」
 兄貴が危険なことをつぶやき始めた。

「大丈夫、兄貴、ほら、素晴らしい先生がいますよ。授業が全然わからなくてもわかるようにしてくれる兄弟が。リーフ先生がいます」

「そう。これからですよ」イーサンが力強くうなずいた。「彼の特製ノートをお貸しします。わからなければ解説もしてくれます。彼の教授のおかげで、あのラークですら最近は成績が上がってきています」

「そうか。ありがとう、兄弟。頼りにしている」
 リーフにあとで兄貴の個人授業を頼もう。
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