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塔
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第一王子が休んでいる間、暇な俺は探索を続けた。
どうやらこの洞窟は大きな石室とその周りの支道でできているらしい。これは自然の洞窟に人の手が入っているのではないか。もともとは何かの施設だった、そんな気がしてきた。
戻ってからも暇だったので、イーサンに教わった帝国剣の型を練習してみる。暗殺者相手にふるったイーサンの太刀筋を思い浮かべながら、自分なりに剣を振るう。いつか本気で戦ってみたい。互いに精霊剣を使わないという縛りだと、どちらが強いだろうか。
夢中になっていて、王子がこちらを眺めているのに気が付かなかった。
「すみません。起こしてしまいましたか?」
王子は精悍な顔に柔らかい笑みを浮かべた。
「いや、君も剣が好きなのかと思ってみていた。誰に習ったの?」
「同室のイーサンに教えてもらっています」
「ああ、ハーシェルだね。帝国の剣か」
王子は起き上がって、上着を身にまとう。
「私もね、剣術が好きなんだ。母の影響かな? 南の地では剣術は重宝されているんだよ」
「そうなんですね」
はうっかり北の地でも重要だと思われているとか口走りそうになった。
「帝国ではあまり重要視されてないのが残念です」
「精霊剣を魔道具として扱うからね。剣術自体よりもいかに魔法で強化するかが重要だと考えているから。本来の精霊剣とはずいぶん違うものになっている」
王子は俺の型を直してくれた。イーサンとは違った視点で面白い。
「君は変わった癖がついているね。帝国剣よりも北の戦士の剣のほうが扱いやすいんじゃないか?」
俺はひやりとする。
「私の部下にみてもらうといい。彼はあらゆる剣術を研究するのが趣味でね。実戦は強くないのだけれど、知識はすごい。今度、一緒に練習するか?」
王子は笑いながら、俺を誘う。
「いいのですか?」
あまり深く付き合うと、偽物だということがばれてしまう危険があるとは思いつつも、こういう誘いには心惹かれてしまう。
「もちろん」
王子は笑いながら答えた。なぜか、王子の笑顔が一瞬消えた。
「どうかされましたか?」
「ああ、いや、昔、友人に同じことを提案したことを思い出してね。すこし、懐かしくなっただけだ」
王子の口が重くなる。王子の目に浮かんだものは、苦痛の陰だ。この話題には触れてはいけない。そう悟った。
「……帝国の中にも剣術が好きだという人間もいるものですね。僕やイーサンだけかと思っていましたよ」
俺はとっさに話を変えた。
「そうでもない。剣術はひそかに流行っている。今、町で人気の小説に影響されているらしい」
王子の口調がまた元に戻った。俺はほっとして、話に乗る。
「ひょっとして、それは『騎士と魔法使い』ですか?」
「君も、読んだことがあるのか?」王子は目を見開く。
「ええ。一部だけですが」面白かったです、と付け加える。
「そうか、君も好きなんだな」王子はつぶやいた。
そう、ローレンスが好きだった本だから。
やはり、彼はもはや俺をローレンスとは思っていないんだな。俺はそう結論付けた。
彼の優しさはよそ者に対する優しさで、よく知っている相手に見せるものではない。あくまで儀礼的、どこの馬の骨ともわからない相手に対する受け答えにすぎない。
あるいは……すでに彼は俺の素性を見抜いているのかもしれない。その可能性はあると思う。俺と兄貴が大層親しいことは学園の人間はみな知っていることだから。兄貴はフェリクスよりも目の前のアーサー王子のほうを警戒していた。
ひとしきり汗を流した後、俺たちは質素な食事をとった。薄いお茶と、ひとかけらのクッキーだ。それから、俺たちは荷物を片付けた。簡易式の道具はあっという間に小さくまとまった。よくできた魔道具だ。俺はますますそれが欲しくなる。
しかし、それもここを出られなければ手に入らない。俺たちは洞窟の出口を探すことにした。
あちこちでネズミたちは俺達には無関心でキノコをかじっていた。食料が切れたらこいつらを本気で調理することを考えるしかないか。あまりおいしそうな肉ではないけれど。
うん?
羽音を聞いたような気がして、俺は天井を見上げた。なにかが飛んでいた?洞窟に住む蝙蝠のような生き物でもいるのか?
蝙蝠は外に餌を取りに行く生き物だ。彼らがいれば、必ず外に抜ける道がある。
「縄を持っていませんか?」
俺は何でも持っている王子に聞いてみた。
「うん? どうかしたのか?」
「いえ、蝙蝠がいたような気がして。あの岩棚に上ってみたいのです」
「あそこに……」
王子は目を細めたけれど、俺を止めなかった。
そして、荷物の中を探して縄を貸してくれた。この人は本当に用意がよすぎるだろう。その用意周到さを褒めたら前回苦労したからね、と王子は繰り返した。
前回のときに何があったのだろうか。彼の過去には興味がわくばかりだ。いつか、自分の正体を明かせる時が来たら、ぜひ聞いてみたいと俺は思う。
何とか岩棚に上ることには成功した俺は、腰に差していた灯りをかざす。暗い空間の一部が照らし出された。少し広めの通路のようにも見える。岩棚は思いのほか奥に広がっているようだ。
「無事か?」
下から心配そうに王子が俺を見つめている。すぐに合流したいところだけれど、俺は先の危険を確かめることにした。王子様に何かあったら大変だからな。
王子に合図を送ってから、俺は奥に移動して様子を確かめた。下の洞窟と比べて、光る植物はほとんど生えていない。そして、天井を照らしてみても蝙蝠のような生き物はいなかった。
だが、俺は目を疑った。通路の奥のほうに白い生き物がいる。
白い猫が座って足をなめていた。
「おまえ、こんなところで何をしているんだ?」
俺は思わず猫に声をかけた。
いつもの白い猫だった。いつもの猫だけど、いる場所がいる場所なので場違いだ。俺は何度も目をこすって幻覚ではないかと見直したが、まぎれもない猫だった。
猫は俺を見てニャアと鳴いた。
神殿の猫だからいてもおかしくない……なんてことはない。
ここは結界の中、神殿とは異なる場所だぞ。俺は混乱してきた。
これは餌か?まさか餌を取りに来ているのか?
あのネズミを食べてる、なんてことは?
俺は自分の発送が信じられなくなる。
「おまえ、どうしてこんなところにいるんだよ。おい、待て」
猫は優雅に背伸びをして岩棚の奥に移動する。そして、岩盤の隙間にするりと消えた。
俺は慌てて隙間に駆け寄って奥を照らした。真っ暗な狭い空間がその奥には広がっている。ただ、隙間から風が吹いていた。洞窟の湿った空気ではない。俺ははっとする。この先、出口につながっている可能性が高い。ここから外に出られるんじゃないか?
「殿下、風が吹いています」
俺は元の場所まで戻って王子に呼び掛けた。
「上がってきてください」
俺は下に縄を垂らして、王子が上ってくるのを補助した。岩棚の向こうは狭い暗い隙間が続いていた。ただところどころに例の光る植物が生えていて、不気味な光がわずかに足元を照らしていた。いきなり足元の穴に落ちる危険はない。まるで誰かが行き先を表示しているようだ。そんな疑いがちらりと頭の隅に浮かんだ。
隙間は進むにつれて少しずつ広がり、人がまともに歩けるほどの通路になった。その通路は緩い上り坂になって、脇道のない一本道だ。そして先に進んだはずの猫はどこにも姿を見せなかった。猫が引き返してこないということは、どこかへ通じているに違いない。俺は期待に胸を高まらせる。
やがて先が明るくなってきた。光る植物じゃぁない。自然の光り、あれは出口だ。
「ありましたよ。出口です」俺は声を弾ませる。
最後はもう一度岩場を登らなければならなかったが、さきほどの高さはなかった。王子でも余裕で登れる高さだ。
外だ。
俺は先に這い出して、王子に手を差し伸べて引き上げる。
茶色の大地が広がっていた。草も何も生えていない。乾いた砂の匂いがした。地面にはいびつな形の岩が点在している。ごつごつした岩山の中腹あたりに俺たちは出たようだった。先ほどの洞窟とはあまりにも環境が違いすぎて、また別の場所に飛ばされたのではないかと一瞬錯覚したくらいだ。
「塔だ」
俺の後にはい出した王子はすぐにここがどこだか分かったようだ。
「どこに?」
俺には赤い岩しか目に入らない。
「ここが、塔だ」
「……階段も何もありませんよ」
鍛錬のときに眺めていた塔はどこに行ったのか。俺の困惑に気が付いたのか、王子は小さく笑う。
「正確には塔の結界の中だ。この山を登ると、儀式の中心地がある」
王子はすたすたと歩き始めた。俺は慌てて後をついて行く。王子は目の前にそびえる赤い大きな岩山を目指しているようだった。
「こんなところがあるなんて、信じられないなぁ」
俺は大地を踏みしめながら周囲を見回した。光景はどこか現実離れをしていて、舞台の背景のようだ。
「だろうな。これでも塔までの距離がだいぶ短くなっている。前はもっともっと長い道のりだった。あ、気をつけろ。魔獣が出るかもしれない」
俺は緩んでいた気を引き締める。
「この先は空を飛ぶ化け物があらわれる場所で……」
王子は岩に背中を張り付けるようにして前方を窺う。
「今はいないようだな」
俺たちは無言でその場を最大限の速さで立ち去る。王子はともかく俺は短刀しか持っていない。これでは空を飛ぶ生き物と戦えない。
しばらく進むと、景色が変わった。乾いた岩山の向こうに青く輝く湖が現れた。湖は岩山を取り巻くように広がり、その先は煙って何があるのか見通せない。後ろを振り返れば乾いた台地が広がり、目の前には湖。あまりにも対照的な光景で俺の頭はますます混乱する。
「あれが、塔だ」
王子は湖に突き出した岩の塊をさす。
よく見ると確かに神殿で見た塔に見えないこともないような……俺にはただの岩山に見えた。
「あそこまで行けばいいのですか?」
俺は目を凝らしながら、尋ねた。王子は首を振る。
「私もあそこまで行ったことはない。けれど、あそこが終着点だと思う」
「それじゃぁ、行きましょう。あと少しですよ」
俺は塔をすかしみた。「ここからなら、あと一時もすれば……殿下?」
俺は王子の様子がおかしいことに気が付いた。第一王子の表情が消えていた。顔色が悪い。
「殿下? どうされたのですか?」
「だめだ」王子は首を振る。声がかすかにふるえていた。「私はいけない」
どうやらこの洞窟は大きな石室とその周りの支道でできているらしい。これは自然の洞窟に人の手が入っているのではないか。もともとは何かの施設だった、そんな気がしてきた。
戻ってからも暇だったので、イーサンに教わった帝国剣の型を練習してみる。暗殺者相手にふるったイーサンの太刀筋を思い浮かべながら、自分なりに剣を振るう。いつか本気で戦ってみたい。互いに精霊剣を使わないという縛りだと、どちらが強いだろうか。
夢中になっていて、王子がこちらを眺めているのに気が付かなかった。
「すみません。起こしてしまいましたか?」
王子は精悍な顔に柔らかい笑みを浮かべた。
「いや、君も剣が好きなのかと思ってみていた。誰に習ったの?」
「同室のイーサンに教えてもらっています」
「ああ、ハーシェルだね。帝国の剣か」
王子は起き上がって、上着を身にまとう。
「私もね、剣術が好きなんだ。母の影響かな? 南の地では剣術は重宝されているんだよ」
「そうなんですね」
はうっかり北の地でも重要だと思われているとか口走りそうになった。
「帝国ではあまり重要視されてないのが残念です」
「精霊剣を魔道具として扱うからね。剣術自体よりもいかに魔法で強化するかが重要だと考えているから。本来の精霊剣とはずいぶん違うものになっている」
王子は俺の型を直してくれた。イーサンとは違った視点で面白い。
「君は変わった癖がついているね。帝国剣よりも北の戦士の剣のほうが扱いやすいんじゃないか?」
俺はひやりとする。
「私の部下にみてもらうといい。彼はあらゆる剣術を研究するのが趣味でね。実戦は強くないのだけれど、知識はすごい。今度、一緒に練習するか?」
王子は笑いながら、俺を誘う。
「いいのですか?」
あまり深く付き合うと、偽物だということがばれてしまう危険があるとは思いつつも、こういう誘いには心惹かれてしまう。
「もちろん」
王子は笑いながら答えた。なぜか、王子の笑顔が一瞬消えた。
「どうかされましたか?」
「ああ、いや、昔、友人に同じことを提案したことを思い出してね。すこし、懐かしくなっただけだ」
王子の口が重くなる。王子の目に浮かんだものは、苦痛の陰だ。この話題には触れてはいけない。そう悟った。
「……帝国の中にも剣術が好きだという人間もいるものですね。僕やイーサンだけかと思っていましたよ」
俺はとっさに話を変えた。
「そうでもない。剣術はひそかに流行っている。今、町で人気の小説に影響されているらしい」
王子の口調がまた元に戻った。俺はほっとして、話に乗る。
「ひょっとして、それは『騎士と魔法使い』ですか?」
「君も、読んだことがあるのか?」王子は目を見開く。
「ええ。一部だけですが」面白かったです、と付け加える。
「そうか、君も好きなんだな」王子はつぶやいた。
そう、ローレンスが好きだった本だから。
やはり、彼はもはや俺をローレンスとは思っていないんだな。俺はそう結論付けた。
彼の優しさはよそ者に対する優しさで、よく知っている相手に見せるものではない。あくまで儀礼的、どこの馬の骨ともわからない相手に対する受け答えにすぎない。
あるいは……すでに彼は俺の素性を見抜いているのかもしれない。その可能性はあると思う。俺と兄貴が大層親しいことは学園の人間はみな知っていることだから。兄貴はフェリクスよりも目の前のアーサー王子のほうを警戒していた。
ひとしきり汗を流した後、俺たちは質素な食事をとった。薄いお茶と、ひとかけらのクッキーだ。それから、俺たちは荷物を片付けた。簡易式の道具はあっという間に小さくまとまった。よくできた魔道具だ。俺はますますそれが欲しくなる。
しかし、それもここを出られなければ手に入らない。俺たちは洞窟の出口を探すことにした。
あちこちでネズミたちは俺達には無関心でキノコをかじっていた。食料が切れたらこいつらを本気で調理することを考えるしかないか。あまりおいしそうな肉ではないけれど。
うん?
羽音を聞いたような気がして、俺は天井を見上げた。なにかが飛んでいた?洞窟に住む蝙蝠のような生き物でもいるのか?
蝙蝠は外に餌を取りに行く生き物だ。彼らがいれば、必ず外に抜ける道がある。
「縄を持っていませんか?」
俺は何でも持っている王子に聞いてみた。
「うん? どうかしたのか?」
「いえ、蝙蝠がいたような気がして。あの岩棚に上ってみたいのです」
「あそこに……」
王子は目を細めたけれど、俺を止めなかった。
そして、荷物の中を探して縄を貸してくれた。この人は本当に用意がよすぎるだろう。その用意周到さを褒めたら前回苦労したからね、と王子は繰り返した。
前回のときに何があったのだろうか。彼の過去には興味がわくばかりだ。いつか、自分の正体を明かせる時が来たら、ぜひ聞いてみたいと俺は思う。
何とか岩棚に上ることには成功した俺は、腰に差していた灯りをかざす。暗い空間の一部が照らし出された。少し広めの通路のようにも見える。岩棚は思いのほか奥に広がっているようだ。
「無事か?」
下から心配そうに王子が俺を見つめている。すぐに合流したいところだけれど、俺は先の危険を確かめることにした。王子様に何かあったら大変だからな。
王子に合図を送ってから、俺は奥に移動して様子を確かめた。下の洞窟と比べて、光る植物はほとんど生えていない。そして、天井を照らしてみても蝙蝠のような生き物はいなかった。
だが、俺は目を疑った。通路の奥のほうに白い生き物がいる。
白い猫が座って足をなめていた。
「おまえ、こんなところで何をしているんだ?」
俺は思わず猫に声をかけた。
いつもの白い猫だった。いつもの猫だけど、いる場所がいる場所なので場違いだ。俺は何度も目をこすって幻覚ではないかと見直したが、まぎれもない猫だった。
猫は俺を見てニャアと鳴いた。
神殿の猫だからいてもおかしくない……なんてことはない。
ここは結界の中、神殿とは異なる場所だぞ。俺は混乱してきた。
これは餌か?まさか餌を取りに来ているのか?
あのネズミを食べてる、なんてことは?
俺は自分の発送が信じられなくなる。
「おまえ、どうしてこんなところにいるんだよ。おい、待て」
猫は優雅に背伸びをして岩棚の奥に移動する。そして、岩盤の隙間にするりと消えた。
俺は慌てて隙間に駆け寄って奥を照らした。真っ暗な狭い空間がその奥には広がっている。ただ、隙間から風が吹いていた。洞窟の湿った空気ではない。俺ははっとする。この先、出口につながっている可能性が高い。ここから外に出られるんじゃないか?
「殿下、風が吹いています」
俺は元の場所まで戻って王子に呼び掛けた。
「上がってきてください」
俺は下に縄を垂らして、王子が上ってくるのを補助した。岩棚の向こうは狭い暗い隙間が続いていた。ただところどころに例の光る植物が生えていて、不気味な光がわずかに足元を照らしていた。いきなり足元の穴に落ちる危険はない。まるで誰かが行き先を表示しているようだ。そんな疑いがちらりと頭の隅に浮かんだ。
隙間は進むにつれて少しずつ広がり、人がまともに歩けるほどの通路になった。その通路は緩い上り坂になって、脇道のない一本道だ。そして先に進んだはずの猫はどこにも姿を見せなかった。猫が引き返してこないということは、どこかへ通じているに違いない。俺は期待に胸を高まらせる。
やがて先が明るくなってきた。光る植物じゃぁない。自然の光り、あれは出口だ。
「ありましたよ。出口です」俺は声を弾ませる。
最後はもう一度岩場を登らなければならなかったが、さきほどの高さはなかった。王子でも余裕で登れる高さだ。
外だ。
俺は先に這い出して、王子に手を差し伸べて引き上げる。
茶色の大地が広がっていた。草も何も生えていない。乾いた砂の匂いがした。地面にはいびつな形の岩が点在している。ごつごつした岩山の中腹あたりに俺たちは出たようだった。先ほどの洞窟とはあまりにも環境が違いすぎて、また別の場所に飛ばされたのではないかと一瞬錯覚したくらいだ。
「塔だ」
俺の後にはい出した王子はすぐにここがどこだか分かったようだ。
「どこに?」
俺には赤い岩しか目に入らない。
「ここが、塔だ」
「……階段も何もありませんよ」
鍛錬のときに眺めていた塔はどこに行ったのか。俺の困惑に気が付いたのか、王子は小さく笑う。
「正確には塔の結界の中だ。この山を登ると、儀式の中心地がある」
王子はすたすたと歩き始めた。俺は慌てて後をついて行く。王子は目の前にそびえる赤い大きな岩山を目指しているようだった。
「こんなところがあるなんて、信じられないなぁ」
俺は大地を踏みしめながら周囲を見回した。光景はどこか現実離れをしていて、舞台の背景のようだ。
「だろうな。これでも塔までの距離がだいぶ短くなっている。前はもっともっと長い道のりだった。あ、気をつけろ。魔獣が出るかもしれない」
俺は緩んでいた気を引き締める。
「この先は空を飛ぶ化け物があらわれる場所で……」
王子は岩に背中を張り付けるようにして前方を窺う。
「今はいないようだな」
俺たちは無言でその場を最大限の速さで立ち去る。王子はともかく俺は短刀しか持っていない。これでは空を飛ぶ生き物と戦えない。
しばらく進むと、景色が変わった。乾いた岩山の向こうに青く輝く湖が現れた。湖は岩山を取り巻くように広がり、その先は煙って何があるのか見通せない。後ろを振り返れば乾いた台地が広がり、目の前には湖。あまりにも対照的な光景で俺の頭はますます混乱する。
「あれが、塔だ」
王子は湖に突き出した岩の塊をさす。
よく見ると確かに神殿で見た塔に見えないこともないような……俺にはただの岩山に見えた。
「あそこまで行けばいいのですか?」
俺は目を凝らしながら、尋ねた。王子は首を振る。
「私もあそこまで行ったことはない。けれど、あそこが終着点だと思う」
「それじゃぁ、行きましょう。あと少しですよ」
俺は塔をすかしみた。「ここからなら、あと一時もすれば……殿下?」
俺は王子の様子がおかしいことに気が付いた。第一王子の表情が消えていた。顔色が悪い。
「殿下? どうされたのですか?」
「だめだ」王子は首を振る。声がかすかにふるえていた。「私はいけない」
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