魔法学園の悪役令息ー替え玉を務めさせていただきます

オカメ颯記

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串焼き

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 兄貴の部屋は串のにおいが充満していた。美しい工芸品のような机の上に無数の串が並んでいた。

「おかえりなさい」
 リーフが笑顔で俺たちに挨拶をする。

「なぁ、リーフ。入り口のあれはなんだ?」

「あれ、ですね。あれ、この前ラークさんが買った串の屋台です」
 そういえば、そんなこともあったような気がしたな。

「屋台の親父さんもいたけれど、いいの?」

「でかしたぞ。ランス」
 後ろから兄貴が抱き着いてきた。危うく串の山に倒れこんで失明するところだった。
「お前は素晴らしい買い物をした。あんなおいしいものを買うとは。素晴らしい土産物になる」

「……屋台を北部に持っていくつもりなのか? 兄貴」
 兄貴は上機嫌でうなずいた。

「あの料理は流行るぞ。みんな、喜ぶ。この味は癖になる」

「で? あの人は?」
 学園内なのに屋台で串を作って生徒に売りさばいていた親父のことを聞く。

「いやな。屋台だけ持っていこうとしたら、俺とこの屋台は一心同体だ、とか何とかいったのでな。一緒に持っていくことにした。準備が整い次第、出発する」

「そうか」

「そうかじゃないだろ」
 イーサンが突っ込む。
「それって誘拐とか人身売買じゃないのか?」

「本人が行くといっている。屋台についてくると。彼の家族も来る予定だ」
 兄貴はにこにことしている。
「俺たち、北の民はいつでも有能な移住者を歓迎するぞ、な」
 そういって、リーフの肩をたたいた。

「うん?」
 リーフが肉を食べながら上目遣いに兄貴を見る。

「それはそうと、儀式はどうだった? それで何日も留守をしていたのだろう?」

「ああ。そのことだけど」
 兄貴やリーフの能天気さで安らいでいた俺の心がまた沈み込んだ。
「まずいことになった。その、俺と第一王子がはめられて儀式に参加できなかったんだ」

 兄貴の表情が硬くなる。
「それで」

「それで、今回も守護獣は現れることはなくて、俺たちの責任だと。おまけに、俺が偽物だっていうやつらが現れて……」

「ああ、ついにばれちゃったんですね」
 リーフが目を丸くした。俺とイーサンがぎろりとにらむと慌ててリーフは肉を飲み込んだ。

「僕はローレンスだから。ローレンス・デリン」
「もちろんです。よくわかっていますよ。ええ」

「はめられたというのはどういうことだ」
 兄貴の質問に俺は詳しく経緯を説明した。

「第一王子と一緒だった?」
 イーサンが眉をひそめる。

「ああ。でも、一緒にいたということは秘密にしておこうといわれたんだ。第二王子を刺激するからといわれて」

 その判断を責められるかと思ったが、イーサンは軽くうなずく。

「そうだな。それは言わないほうがいい。というより、絶対言っちゃダメだ」

「そうなの?」

「君なぁ。考えてみろよ。王位をめぐって対立するはずの公子が、争っている王子と仲良くしていたんだぞ。それも儀式をすっぽかして。裏切り者といわれてもおかしくない。後ろだての親たちの耳に入ってみろよ。今度は洞窟に送られるくらいじゃ済まなくなるぞ」

 今度は、また暗殺者が送られてくるかもしれないということか?

「それで、儀式とやらは失敗だったのか?」
 俺が黙々と肉を食べていると兄貴が聞いてきた。

「いえ、神殿は失敗ではないといっています。まだ途中だと。でも、フェリクス様たちは邪魔されたと思っているみたいですね」

「イーサン、お前もその場にいたのか?」
 イーサンはうなずく。

「僕はエサンの家門と一緒に塔を目指したんだ。彼らはアーサー殿下がいないことに動揺していてね。それで後れを取ってしまった。
 でも前と違って、魔獣が一匹も出ないまますんなりと塔にたどり着けたんだよ。
 そうしたら、先についたフェリクス様たちが怒り狂っていた。王座らしき岩があったのだけど、そこに座っても何も起きないって。
 しまいにはそこにいたもの全員が座ってみたんだ。僕も含めてね。
 でも、何も起きなかった。それで、塔を下りることにしたんだ。あとは君の知る通り」

「王座があって座るだけ? それで儀式が完結するといわれたのか?」
 兄貴が上を向いて考えこんでいる。

「いえ、神殿から言われたのは塔を目指せということでした。塔にたどり着けば、守護獣があらわれると」

「ただ王座みたいな岩があるだけだったのか? 祭壇とか、聖なる剣とか、槍とか、依り代になりそうなものはなかったのか? 魔法陣は? 地面に刻み付けられた結界のあとは?」
 イーサンは首を振る。

「みんなで探したけれど、そういうものは何もなかった。ただ岩があっただけだ。この場所自体が巨大な魔法陣の中にあるんじゃないかってみんな話をしてたけれど」

「妙だな」
 兄貴は首をひねる。
「俺たち、北部の民は自らの守護精霊を呼ぶときには陣をかく。精霊の依り代となる何かがないと呼び出せないからな。本当に儀式が行われていたのか?」

「それは……」
 イーサンが口ごもる。
「神官様たちがこれは儀式だといっていたから」

「そういえば、俺を穴へ突き飛ばしたのも神官だったし。神官ども、信用できないんじゃぁ」
 特にあの俺に嫌味を言ってくる奴。あいつなら平気で俺たちを呪いそうだ。

「儀式のやり方は? 伝わっていないのか? 何回も行われているのだろう?」

「記録はない。少なくともハーシェルの家にはないみたいだ。参加者は誓約を立てているから、誰も漏らさないと思う。あ」イーサンは口を手で覆う。「ひょっとして今僕がしている行為は誓約を破る行為なのかな。まさか……」

「安心しろ。イーサン。俺たちは兄弟だ」
 兄貴は優しくイーサンの肩をたたいた。
「家族だろう。家族の間に秘密は存在しないぞ」

「デリンの家には? 記録はあるのかな?」
 イーサンが聞く。知っていたらすでに俺に伝えていそうな気もするけれど。

「どうかなぁ。あ、でも、儀式を仕切っている神殿にはあるかも……」

「ラーク、ダメだ」
 間髪入れずにイーサンが止める。

「まだ、何も言っていないぞ。俺は」

「いわなくてもわかる。良からぬことを考えただろう。神殿の図書館は立ち入り禁止だ」

「僕たちの立ち入れる場所があるじゃないですか。神殿の図書館」
 リーフが口をはさむ。
「ほら、あそこですよ。秘密の勉強場所」

「あそこ? 資料があるかな?」

「探せばあるかもしれません。古い本ばかりの場所ですからね」
 今度兄にも話してみます。そうリーフが請け負う。

「それから、もう一つの問題だ。俺が偽物と疑われている件について」

「大丈夫ですよ、ラークさん。偽物だとわかったらみんなホッとすると思います。今のラークさんのほうが前よりもいいって、僕ら平民の間ではもっぱらの噂ですから。前のラークさん、の記憶が蘇らないほうが絶対いいです」
 リーフはにこやかに言う。そういう問題じゃあないと思う。

「俺は記憶喪失になっているだけだから。そこは譲れない、ですよね」
 弱気になった俺は兄貴に確認をする。

「もちろんだ。デリン家のローレンス」
 兄貴は腕組みをしてうなずく。
「それが今のお前だ」

「とにかく、本物だといって突っぱねるしかないな」と、イーサン。
「いろいろと噂されるだろうけれど、確かめるすべはない。君は公子だし、後ろにデリン家がついている。めったなことはほかの家門もいえない。ただ、公子会が」

「そうそう、その公子会ってなに?」

「うーん」
 イーサンが腕組みをする。
「王宮で開かれる宴なんだよ。貴族たちが招待される代表的な宴の一つなんだけど。晩さん会に出席するのに公家の血を引くことが条件なんだ。そこで、本人かどうか確認する儀式がある」

「どんな儀式?」

「石の上に手を置くだけだ。石が光ればいい」

「いったいそれはどういう仕組みで?」

「古い魔道具らしい。僕も去年一回参加しただけだから」
 イーサンは石の大きさを手で表した。

「本人確認か。厄介だな。去年、ローレンスも、いや、俺も参加したんだな?」

「うん」

「光っていた?」

「うん」

 俺は早速リーフに頭を下げた。

「頼む。リーフ。こう、ぴかっと光る魔道具が欲しい。手を置くと石が光るような。あるだろ、そういう魔道具」

「……ラークさん、そんな無茶な」

「無理は承知だ。、お願いしますよ。ここにいるイーサンの話に合わせて、こうぴかっと……」

「……やってみますけど、できなかったら?」

「できなかったら、どうなるんだ?」と、俺。

 イーサンは引きつった顔で分からないといった。

「ランス、大丈夫だ。いつでも逃亡用の馬は用意しておくぞ」
 兄貴が俺を励ましてくれた。心強い、のか?
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