魔法学園の悪役令息ー替え玉を務めさせていただきます

オカメ颯記

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従弟

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 俺は納得がいかないまま、公子会や舞踏会の準備に励んだ。相変わらず、俺についている執事は鬼のように俺をしごいた。

「はい、回って。そこで手を……そうではなく……」
 その日はいつも相手になっているエレインがいなかった。仕方なく、代わりにイーサンが相手役を務め、互いに足を踏みまくっていた。

「痛い。違うだろ、ステップが」
「そんなことをいわれても女役なんかやったことがない」
「俺がやってやるから、覚えろよ。こうだろ」
「もう、君が女役をやればいいだろう。何で僕がやらないといけないんだよ」

 険悪な空気が流れる。

「少し休憩いたしましょう」
 絶妙なタイミングで執事がお茶を用意した。
「さぁ、ランドルフ様のお好きな果物でございますよ」

 俺は切り分けた果物を手づかみした。

「いけません。こちらを使って上品に……」

「あああああ、こんなことまで注文を付けるのか?」
 俺は細い銀の楊枝を果物に突き立てた。

「もう少し穏やかに。些細なことにも気を配らなければ。身元がばれてしまいます」

「もうばれてるよ。とっくの昔だよ」

 はぁ、甘い汁が口の中に広がる。この果物の味だけが心の支えだ。

「エレイン嬢はどこに行ったんだよ」
 ぶつぶつとイーサンは文句を言う。
「彼女がいれば僕がこんな苦労することはないのに」

「なんでも衣装合わせとか。女はいろいろと大変だな」

「ランドルフ様にも衣装合わせはありますよ」
 しれっと執事が付け加えた。

「……礼服があるんだろ。ローレンスの」

「今の体形に合った服が必要でございましょう。それに、いろいろと持って歩きたいものがあるのではないですか」
 意味ありげに執事がささやく。
「小さな道具とか。目立たない袋が必要でしょう?」

「そういえば、あれは手に入ったかな?」
 俺は執事に尋ねる。

「はい、簡易野外露営一式でございますね。もちろんでございます」

「なんだ? それ?」イーサンが聞く。

「いざというときに外で火が起こせるんだよ。お茶も飲めるぞ」

 俺は執事が持ってきた道具を並べてみた。第一王子が持っていたものよりも少し構成が変わっている。

「いつでも暖かい毛布も付属でついてくるそうです。新しく加わった品物だそうですよ」

 それはいいな。折りたたむとハンカチほどの大きさになる薄い布を体に巻き付けてみる。暖かい。どういう構造になっているのだろう。

「君は王宮の中心で露営するつもりなのか?」

 イーサンにあきれられたけれど、いつ必要になるかわからない。また穴に落とされるかもしれないからな。用心しないとね。

 その後俺たちはデリン夫人のお茶会に呼ばれた。
 時々夫人は俺をお茶会に読んで、礼儀作法について細かい指摘をしてきた。

「失礼いたします」

 きちんと頭を下げて部屋に入る。今日はダメ出しがないな、と思ったら、なんともう一人のローレンスがお茶の席についていた。その横でエレインがすました顔で座っていた。

 エレイン、お前がいないせいで俺の足は腫れている、そういいたいのに。
 ローがいたら文句も言えない。
 ローはデリン公と仲が悪いんじゃなかったのか。なんでここにいるんだ?

「あら、お兄様。ハーシェル殿」

 エレインがすました顔で軽く頭を下げた。ローは立ち上がって礼を取る。
 俺のほうが上位だからローが立ち上がって礼、ただしこれは略式の席だからすぐに体を起こして座る……俺の中で今叩き込まれようとしている作法がぐるぐると回る。

 俺はデリン夫人の横に微妙な距離を取って座った。その斜め前にイーサン。これでよかったかな。
 夫人の顔色を窺ったが、余所行きの笑顔を崩していない。

「分家のローレンスよ。学校で会っているわね」
 夫人は記憶喪失の俺にもう一人のローレンスを紹介した。
「今日はエレインとの衣装合わせのために来てもらったの」

 言葉が頭に入らない。なんで、エレインとこいつが衣装合わせをするんだ?

 俺が黙っていると、エレインが机の下から俺の足を蹴った。

「そ、そうですか。良く似合っているよ、エレイン」
 俺は妹をほめる。

「お兄様、そうではないでしょ。お兄様のご病気だから、ローにエスコートを頼んだのよ。ちゃんとお礼をして」
 しびれを切らしたエレインが助け舟を出した。

「ああ、ありがとう。ローレンス君。僕の代わりに出席してくれて」

「いいえ。微力ながら我らが家門の力になれればと思っています。思っていたよりも、お元気そうでよかった」

 棒読みの俺の台詞と違って、ローの言葉や態度は自然だった。これが生まれてから帝国貴族を続けてきた男との差なのだろうか。目立たないけれど品がある。

 それから、夫人とローのあたりさわりのない話が続いた。時々、エレインも話に加わりおばさんがどうしたとか、家がどうしたとか、俺の知らない話が続く。
 お茶会は女の戦場で、一つ一つの言葉に裏の意味があるのだと執事が以前教えてくれたけれど、表の意味さえも分からない。イーサンが背景に溶け込んでいたので、俺も倣って気配を極力消した。

 ひとしきり話が終わって、エレインがローを表まで送っていった。

 俺も立って別れの挨拶をして、ほっと椅子に座り込む。

「はい、立ち上がってもう一度」
 いつもの夫人のダメ出しが入る。
「いきなり、気を抜いては駄目。お客様が引き返してくることもあるのよ。完全に相手が立ち去ったとわかるまで緊張を持続するのです。はい、ため息をつかない」

 夫人は俺たちに茶を入れなおしてくれた。

「ローはね。貴方の代わりにエレインのお相手に選ばれたの。本来なら一番の身内である貴方がエスコートするのが筋なのだけど、まだうまく踊れないでしょう? あの子の晴れ舞台でもあるから、慣れているローに頼んだのよ」

「あちらのローレンスとはあまり仲が良くないと聞いていましたが」
 俺は気になっていたことを尋ねた。

「ええ。旦那様とローの両親はとても仲が悪いの。ただ、あの子はとてもいい子でね。よく遊びに来ていたのよ。ローレンスとも仲が良かったの」

 その割には俺に話しかけてきたことはなかったぞ。

「ローにはあなたが学園に早くなれるように手伝ってもらう予定だったの。まさか一日目でイーサン様に見破られ、第二王子殿下と仲たがいをするとは。予定外でした。あの子も殿下の手前、貴方と接触もできず困っていたのよ」

 すみません。すべて俺の不徳の致すところ……ただ、第二王子に関してはどう転んでも同じ結果になったと俺は思う。
 俺はラークのように振舞うことは絶対にできない。

「あら、エレイン」
 エレインが楽しそうに戻ってきた。

「どうだった? ローは」

「ええ。彼も楽しみにしているっていっていたわ」
 彼女は上機嫌でもといた場所に座る。
「素敵な衣装なのよ。お揃いの。一族の象徴である鳥の文様がちりばめられているのよ」

「え? 今着ている服は……」
 また足を蹴られた。

「そんなわけないだろう? まだ出来上がってもないよ」
 イーサンもツッコミを入れる。

「いや、だって、えらくお洒落をして。化粧まで」
 ひょっとして俺はものすごく違うことをいってしまった? ローレンスが俺の頭はまだおかしいと思っていてくれるといいんだが。

「もう。いつも通りじゃない」
 一目で違うとわかるのに、エレインは否定した。

「それよりも、大変なことが分かったのよ。」
 エレインがいきなりいつもの顔に戻る。

「舞踏会のことよ。侍女からの情報なのだけど、王室の図書館にお兄様たちは入ることができないかもしれないの」

 俺とイーサンは顔を見合わせる。

「今年の舞踏会は本殿の鏡の間で行われるらしいの」
 エレインは侍女に筆記用具を持ってこさせた。
「このあたりに図書館があって、こちらが舞踏会の会場ね。そして、この間が女性用の休憩室として用意される予定なんですって」

「あらまぁ」夫人が小さな声を上げた。

「つまり、女性の休憩室を通らないとこちらに行けないということなの」

「抜ける道は?」

「一度外に出て入りなおさなければならないわ。舞踏会の期間中、決められた入り口以外を通ることは難しいわね。厳重に封印されてしまうから」

「召使用の通路を通る方法もあるのでは?」

「女性の休憩室を通れるのは女の召使だけよ。お兄様は……」

 そう言いかけて、エレインは俺の顔をじっと見た。あまりに真剣に眺めるので俺はもじもじと横に移動した。

「いいことを思いついたわ」
 エレインの顔が輝いた。背筋に悪寒が走る。

「お兄様なら、まだ大丈夫ですわよね」
 娘の言葉にデリン夫人も笑顔になった。

「確かに。背もそんなに高くないし、筋肉だって……」
 ふふふふと女たちは顔を見合わせる。

「なに、何をするつもり?」

「ねぇ、お兄様の衣装合わせ、してみませんこと?」
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