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侍女
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「ランス、足よ。足に気をつけなさい」
赤毛の大女が俺に注意をする。
「淑女はそんなに大股を開いて座らないものよ」
「そういう兄貴だって……」
「姉貴と呼びなさい。あるいは姉御と」
大女は、いや、兄貴は足のムダ毛をそりながら俺の言葉を直した。
「いいわよねぇ。ランスちゃんは。あたしなんてこんなに毛が生えちゃって」
そこが問題じゃぁない。いや、そこも問題だというべきなのか。ウキウキと体毛をそっている兄貴から俺は目をそらす。
「どうするんだよ」
その隣で濃い茶色のおさげを垂らしたイーサンが腕組みをして目を怒らせている。
「なんで、僕までこんな服装をしないといけないんだ?」
「仕方ないだろう。潜入するのに変装する必要があるってエレインが……」
「君と兄貴だけで、いいだろう、といっているんだ」
「俺も嫌だ」
暖炉の上の大きな鏡にお仕着せを身にまとった少女が不機嫌そうに映っている。薄い茶色の髪に赤茶色の目、女たちが寄ってたかっていじくりまわした顔はどこからどう見ても女の子だ。
「力作です。いかがでしょう」
紅刷毛を片手に侍女がデリン夫人に尋ねる。
「いいわ。素敵よ。エレイン、見て。貴女のおつきにふさわしくなくて? もちろん、ハーシェル殿も素晴らしいですわ」
褒められてもイーサンは礼を返せなかった。兄貴に対する感想は、ない。
「君たち兄妹がいいことを思いつくとろくなことがないよな」
イーサンが俺にだけつぶやく。
「俺とエレインを一緒にしないでくれ……」
俺はそれだけしか返せなかった。
こんなひどいことを思いつくなんて。俺なんかエレインの足元にも及ばない。
それから、この家の女たちは兄貴以上に楽しそうに俺たちを教育した。侍女としての振る舞い、知識……こんなことをして何になるのだろう。それまで無駄だと思っていた貴族の紋章を暗記しているほうがまだ役に立ちそうだ。
「それでは動いてみてください。はい、ここまで歩いて……はい、裾を蹴らない」
慣れない。女の服を着て、動くのは見ているよりもずっと大変だった。北の女たちが男と変わらない格好をして作業する理由がよくわかる。見た目には帝国の女たちのほうが女らしくて好きだと思っていた。自分が着てみると、無駄な布を使っているとしか思えない。
そもそも、なぜ、俺がこんなことをしているんだ? そして、周りの女たちはどうしてこんなに熱心に俺たちにかまってくるんだ?
「はい、次は礼の仕方」
いつもはエレインについている侍女がビシビシと俺たちを指導する。
鏡の中で、ぎこちなく少女が頭を下げる。田舎から出てきたばかりの侍女みたいだ。恰好だけは一人前だけど。
デリン家の侍女の正式なお仕着せは落ち着いた茶色がかった赤の長着に白いまい掛けだ。家門によってお仕着せの色は決まっており、特に舞踏会の付き添いとなると侍女といえでも正装を求められる。この正装というのが問題だ。動きにくいぴっちりとした胴着に、長い裾を引きずるスカート。
「これで自由に動けてこそ、一流の侍女なのです」
そう指導役の侍女は告げる。
「この格好で、暗殺者を防ぐほどの腕を上げてこそ、真の侍女です」
誇り高くそう宣言されて、俺の気分は落ち込んだ。
女って大変だったんだな。戦士として劣ると馬鹿にしてきて悪かった。白旗を上げられるものなら、上げたい。
服を着るだけでも大変なのに、正装にふさわしいふるまいという余計なものまでついてくる。
「本来なら、見習いの侍女は出席できないのです。でも、今回はエレインお嬢様たっての願いということで、より年の近い侍女を選抜したということになっています。来年のお披露目の前準備というわけです。なので、気合を入れて練習をしてくださいね」
「はい」
伏し目がちに返事をしたのは、兄貴……姉御だ。どう見ても、同年代の少女には見えないし、お仕着せも入らなかったのでどこからか発掘してきた大きめの女の服を着ている。ちょっと見ただけでみんなが目をそらす。
でも仕草は女だ。兄貴にこんな特技があったとは。どこで習ったのだろう。
「ランス、お前は英雄アルウィンの物語を忘れたのか?」
兄貴はいきなり漢に戻った。兄貴が名前をもらった英雄の名前に俺は首をかしげた。
「英雄アルウィンは女のなりをして敵将の首を取ったのだ」
「そうでした。それで、兄貴も……」
「そうだ。実は北の学校でも見込みのある漢には女に化ける授業を受ける。少数精鋭の授業だから、あまり表に出ることはないが」
「おお」
俺は納得した。兄貴ほどの優秀な人材だ。もちろんその授業を受けたのだろう。
「おまえも、その授業を受けていると思って励め。帰ってから役に立つ」
「わかりました。励ませていただきます」
俺がぐっとこぶしを握り締めた。
「違うわ。ご指導よろしくお願いします。こうよ」
兄貴がふにゃりと女の礼をした。
「おお、なるほど」
「違います。淑女はそんな礼はしません。どこぞの酒場女のような振る舞いはやめてください」
指導役の本職は憤りをあらわにする。
「ランドルフ様、けしてあのような下品な真似はしないでくださいまし」
そんなこといわれても、俺、淑女になんかなるつもりはないんだけどな。
執事による公子としての礼儀作法の時間、エレイン付きの侍女による淑女としての礼儀作法の時間、俺の頭の中はぐちゃぐちゃになっていた。
赤毛の大女が俺に注意をする。
「淑女はそんなに大股を開いて座らないものよ」
「そういう兄貴だって……」
「姉貴と呼びなさい。あるいは姉御と」
大女は、いや、兄貴は足のムダ毛をそりながら俺の言葉を直した。
「いいわよねぇ。ランスちゃんは。あたしなんてこんなに毛が生えちゃって」
そこが問題じゃぁない。いや、そこも問題だというべきなのか。ウキウキと体毛をそっている兄貴から俺は目をそらす。
「どうするんだよ」
その隣で濃い茶色のおさげを垂らしたイーサンが腕組みをして目を怒らせている。
「なんで、僕までこんな服装をしないといけないんだ?」
「仕方ないだろう。潜入するのに変装する必要があるってエレインが……」
「君と兄貴だけで、いいだろう、といっているんだ」
「俺も嫌だ」
暖炉の上の大きな鏡にお仕着せを身にまとった少女が不機嫌そうに映っている。薄い茶色の髪に赤茶色の目、女たちが寄ってたかっていじくりまわした顔はどこからどう見ても女の子だ。
「力作です。いかがでしょう」
紅刷毛を片手に侍女がデリン夫人に尋ねる。
「いいわ。素敵よ。エレイン、見て。貴女のおつきにふさわしくなくて? もちろん、ハーシェル殿も素晴らしいですわ」
褒められてもイーサンは礼を返せなかった。兄貴に対する感想は、ない。
「君たち兄妹がいいことを思いつくとろくなことがないよな」
イーサンが俺にだけつぶやく。
「俺とエレインを一緒にしないでくれ……」
俺はそれだけしか返せなかった。
こんなひどいことを思いつくなんて。俺なんかエレインの足元にも及ばない。
それから、この家の女たちは兄貴以上に楽しそうに俺たちを教育した。侍女としての振る舞い、知識……こんなことをして何になるのだろう。それまで無駄だと思っていた貴族の紋章を暗記しているほうがまだ役に立ちそうだ。
「それでは動いてみてください。はい、ここまで歩いて……はい、裾を蹴らない」
慣れない。女の服を着て、動くのは見ているよりもずっと大変だった。北の女たちが男と変わらない格好をして作業する理由がよくわかる。見た目には帝国の女たちのほうが女らしくて好きだと思っていた。自分が着てみると、無駄な布を使っているとしか思えない。
そもそも、なぜ、俺がこんなことをしているんだ? そして、周りの女たちはどうしてこんなに熱心に俺たちにかまってくるんだ?
「はい、次は礼の仕方」
いつもはエレインについている侍女がビシビシと俺たちを指導する。
鏡の中で、ぎこちなく少女が頭を下げる。田舎から出てきたばかりの侍女みたいだ。恰好だけは一人前だけど。
デリン家の侍女の正式なお仕着せは落ち着いた茶色がかった赤の長着に白いまい掛けだ。家門によってお仕着せの色は決まっており、特に舞踏会の付き添いとなると侍女といえでも正装を求められる。この正装というのが問題だ。動きにくいぴっちりとした胴着に、長い裾を引きずるスカート。
「これで自由に動けてこそ、一流の侍女なのです」
そう指導役の侍女は告げる。
「この格好で、暗殺者を防ぐほどの腕を上げてこそ、真の侍女です」
誇り高くそう宣言されて、俺の気分は落ち込んだ。
女って大変だったんだな。戦士として劣ると馬鹿にしてきて悪かった。白旗を上げられるものなら、上げたい。
服を着るだけでも大変なのに、正装にふさわしいふるまいという余計なものまでついてくる。
「本来なら、見習いの侍女は出席できないのです。でも、今回はエレインお嬢様たっての願いということで、より年の近い侍女を選抜したということになっています。来年のお披露目の前準備というわけです。なので、気合を入れて練習をしてくださいね」
「はい」
伏し目がちに返事をしたのは、兄貴……姉御だ。どう見ても、同年代の少女には見えないし、お仕着せも入らなかったのでどこからか発掘してきた大きめの女の服を着ている。ちょっと見ただけでみんなが目をそらす。
でも仕草は女だ。兄貴にこんな特技があったとは。どこで習ったのだろう。
「ランス、お前は英雄アルウィンの物語を忘れたのか?」
兄貴はいきなり漢に戻った。兄貴が名前をもらった英雄の名前に俺は首をかしげた。
「英雄アルウィンは女のなりをして敵将の首を取ったのだ」
「そうでした。それで、兄貴も……」
「そうだ。実は北の学校でも見込みのある漢には女に化ける授業を受ける。少数精鋭の授業だから、あまり表に出ることはないが」
「おお」
俺は納得した。兄貴ほどの優秀な人材だ。もちろんその授業を受けたのだろう。
「おまえも、その授業を受けていると思って励め。帰ってから役に立つ」
「わかりました。励ませていただきます」
俺がぐっとこぶしを握り締めた。
「違うわ。ご指導よろしくお願いします。こうよ」
兄貴がふにゃりと女の礼をした。
「おお、なるほど」
「違います。淑女はそんな礼はしません。どこぞの酒場女のような振る舞いはやめてください」
指導役の本職は憤りをあらわにする。
「ランドルフ様、けしてあのような下品な真似はしないでくださいまし」
そんなこといわれても、俺、淑女になんかなるつもりはないんだけどな。
執事による公子としての礼儀作法の時間、エレイン付きの侍女による淑女としての礼儀作法の時間、俺の頭の中はぐちゃぐちゃになっていた。
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