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乱闘 再び
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「ランス……なにがあった?」
そこへ本屋とリーフがやってきた。
「あー、服がボロボロだぞ。まさかお前たちが噂の乱闘をした侍女なのか?」
「お前たちこそ、どうしたんだよ」
探している間にこんなことになったんだぞ。
「それに、乱闘って何?」
「いやね、侍女に絡んだ連中が返り討ちに会ったらしいという話。けが人が多数出て、大変なことになったみたいなんだ」
「へぇ、それ、違うわ。……わたしたちじゃない」
他の家の召使たちがそばに来たので、俺は話し方を変えた。
「そろそろ、行きましょう? 侍女長様がお呼びですって」
時間がない。ただでさえ、少ない時間がもっと削られてしまった。
しかし、こういう時に変な連中が湧いてくる。
「ねぇ、君たち。ちょっと案内を頼みたいのだけど」
人気のない裏の廊下に入った途端、変な男たちに絡まれた。貴族の子弟なのか?一応正装しているけれど、とても舞踏会に参加するようには見えない。
「ねぇ、俺たち気分がすぐれないんだよ。休憩室まで案内してくれよぉ」
意気が酒臭かった。かなりの量を飲んでいるのだろう。
「ごめんなさい。私たち急いでいるの」
「つれないねぇ。おねえちゃん」
男たちは俺たちを遮るように回り込む。
「いいだろう、少しくらい俺たちに付き合ってくれよ」
男は壁に手をついて俺を囲い込んだ。
「なぁ、俺達、爵位持ちなんだよ」
「失礼します」俺はするりと男の腕を潜り抜ける。
「待てよ。おまえら、どうせ下級の侍女なんだろ。その恰好……」
俺は男の視線に合わせて、スカートに目をやった。なるほど、お仕着せを着ていないから野良の侍女だと思われたのか。
よく見ろよ。上半身はデリン家のお仕着せだろ。
「やめてください」
しかし、きちんとお仕着せを着ているリーフも絡まれている。気弱そうなリーフだから、つけこんでいるのか?
くず共が。
「え、やだ」
か弱そうに見えるリーフに男が手をかけたとき、後ろから大きな手が伸びてきた。
「兄貴」
俺はほっとした。兄貴がいれば、何とかなる。侍従のお仕着せは兄貴に似合っている。いかにも武闘派の護衛だ。
「お嬢様方に手を出すなんて、いけないなぁ。お坊ちゃま」
兄貴は一人の男の手をひねり上げる。
「下郎が、邪魔をするな」
自分たちのほうが偉いと信じて疑わない馬鹿な奴らだ。
「ああ、なんだ。ヤル気なのか……ちょっと待て」
リーフが別室に引きずり込まれようとしている。
「お前ら……」
本屋が怒りの形相で、懐から奇妙な形をした魔道具を出した。
「兄さん……」
「馬鹿、本屋。やめろ……」
本屋の手にした魔道具から白い煙が立ち上る。
こんな好機を兄貴が見逃すはずがない。酔っ払い相手の喧嘩など目をつむっていても勝てる。男たちは次々と兄貴のこぶしで片づけられた。そして、弟を狙われた本屋は何やら杖のようなものを出して、男たちをたたき伏せていた。
「なんだ、あれは」
杖に触れるたびに悲鳴が上がっている。魔道具の一種なのか?
「ひいー」
リーフに固執していた男が最後に襟首をつかまれた。
「助けて、襲われている」
「何事だ」
そこへ現れたのが王宮の衛兵たちだ。
「何をしている」
「人が、人が襲われているぞ」
「くそ、新手か」
兄貴は黙って俺たちに合図をする。
「行こう」
俺はイーサンを促した。
「え? 兄貴とリーフたちは?」
「大丈夫。兄貴がいれば何とかする」
俺たちは後も見ずに走った。後ろで楽しそうな兄貴の声と衛兵たちのののしり声が風に乗って聞こえてきた。
女性側の控室で待ち構えていたのは侍女長だ。彼女は俺たちの格好を見るとすぐに奥の部屋に引きずり込んで、周りから俺たちの存在を隠す。
「すみません、遅れました」
「心配しましたよ。貴方たちもあの野蛮人と同じような面倒を起こしたのではないかと、気が気ではありませんでした」
あー、その野蛮人がさらなる面倒を起こしているという話はしないほうがよさそうだ。
「こちらで着替えてください。早く」
俺たちは侍女の服を脱いで、動きやすい男性用の服に着替えた。侍女長はその上から平民の女性がよく着ている長衣をかぶせる。
「これで、ごまかせると思います。こちらです」
侍女長は俺たちを追い立てるようにして奥の部屋へ案内した。
「この先が、王室の図書館の区域になります」
「兄貴や本屋たちは?」
「リーフ様とローレンス様は保護しますが……」
侍女長は顔をしかめた。
兄貴、思い切り嫌われているな。
侍女長は奥に通じる扉を開く。その向こうには暗い廊下が続いていた。人の気配がある居間までの区画と違って寒々しい。
「明かりはこれでございます。ここから先は、お任せしますね。皆さま、お気をつけて……」
侍女は背を伸ばして、丁重に挨拶をした。最上位の敬意を表した深い礼だった。
「行ってまいります」
俺も丁寧に礼を返す。しまった、女の礼をしてしまった。
「素晴らしい淑女の礼ですね」
侍女長はそう指摘して、微笑んだ。
そこへ本屋とリーフがやってきた。
「あー、服がボロボロだぞ。まさかお前たちが噂の乱闘をした侍女なのか?」
「お前たちこそ、どうしたんだよ」
探している間にこんなことになったんだぞ。
「それに、乱闘って何?」
「いやね、侍女に絡んだ連中が返り討ちに会ったらしいという話。けが人が多数出て、大変なことになったみたいなんだ」
「へぇ、それ、違うわ。……わたしたちじゃない」
他の家の召使たちがそばに来たので、俺は話し方を変えた。
「そろそろ、行きましょう? 侍女長様がお呼びですって」
時間がない。ただでさえ、少ない時間がもっと削られてしまった。
しかし、こういう時に変な連中が湧いてくる。
「ねぇ、君たち。ちょっと案内を頼みたいのだけど」
人気のない裏の廊下に入った途端、変な男たちに絡まれた。貴族の子弟なのか?一応正装しているけれど、とても舞踏会に参加するようには見えない。
「ねぇ、俺たち気分がすぐれないんだよ。休憩室まで案内してくれよぉ」
意気が酒臭かった。かなりの量を飲んでいるのだろう。
「ごめんなさい。私たち急いでいるの」
「つれないねぇ。おねえちゃん」
男たちは俺たちを遮るように回り込む。
「いいだろう、少しくらい俺たちに付き合ってくれよ」
男は壁に手をついて俺を囲い込んだ。
「なぁ、俺達、爵位持ちなんだよ」
「失礼します」俺はするりと男の腕を潜り抜ける。
「待てよ。おまえら、どうせ下級の侍女なんだろ。その恰好……」
俺は男の視線に合わせて、スカートに目をやった。なるほど、お仕着せを着ていないから野良の侍女だと思われたのか。
よく見ろよ。上半身はデリン家のお仕着せだろ。
「やめてください」
しかし、きちんとお仕着せを着ているリーフも絡まれている。気弱そうなリーフだから、つけこんでいるのか?
くず共が。
「え、やだ」
か弱そうに見えるリーフに男が手をかけたとき、後ろから大きな手が伸びてきた。
「兄貴」
俺はほっとした。兄貴がいれば、何とかなる。侍従のお仕着せは兄貴に似合っている。いかにも武闘派の護衛だ。
「お嬢様方に手を出すなんて、いけないなぁ。お坊ちゃま」
兄貴は一人の男の手をひねり上げる。
「下郎が、邪魔をするな」
自分たちのほうが偉いと信じて疑わない馬鹿な奴らだ。
「ああ、なんだ。ヤル気なのか……ちょっと待て」
リーフが別室に引きずり込まれようとしている。
「お前ら……」
本屋が怒りの形相で、懐から奇妙な形をした魔道具を出した。
「兄さん……」
「馬鹿、本屋。やめろ……」
本屋の手にした魔道具から白い煙が立ち上る。
こんな好機を兄貴が見逃すはずがない。酔っ払い相手の喧嘩など目をつむっていても勝てる。男たちは次々と兄貴のこぶしで片づけられた。そして、弟を狙われた本屋は何やら杖のようなものを出して、男たちをたたき伏せていた。
「なんだ、あれは」
杖に触れるたびに悲鳴が上がっている。魔道具の一種なのか?
「ひいー」
リーフに固執していた男が最後に襟首をつかまれた。
「助けて、襲われている」
「何事だ」
そこへ現れたのが王宮の衛兵たちだ。
「何をしている」
「人が、人が襲われているぞ」
「くそ、新手か」
兄貴は黙って俺たちに合図をする。
「行こう」
俺はイーサンを促した。
「え? 兄貴とリーフたちは?」
「大丈夫。兄貴がいれば何とかする」
俺たちは後も見ずに走った。後ろで楽しそうな兄貴の声と衛兵たちのののしり声が風に乗って聞こえてきた。
女性側の控室で待ち構えていたのは侍女長だ。彼女は俺たちの格好を見るとすぐに奥の部屋に引きずり込んで、周りから俺たちの存在を隠す。
「すみません、遅れました」
「心配しましたよ。貴方たちもあの野蛮人と同じような面倒を起こしたのではないかと、気が気ではありませんでした」
あー、その野蛮人がさらなる面倒を起こしているという話はしないほうがよさそうだ。
「こちらで着替えてください。早く」
俺たちは侍女の服を脱いで、動きやすい男性用の服に着替えた。侍女長はその上から平民の女性がよく着ている長衣をかぶせる。
「これで、ごまかせると思います。こちらです」
侍女長は俺たちを追い立てるようにして奥の部屋へ案内した。
「この先が、王室の図書館の区域になります」
「兄貴や本屋たちは?」
「リーフ様とローレンス様は保護しますが……」
侍女長は顔をしかめた。
兄貴、思い切り嫌われているな。
侍女長は奥に通じる扉を開く。その向こうには暗い廊下が続いていた。人の気配がある居間までの区画と違って寒々しい。
「明かりはこれでございます。ここから先は、お任せしますね。皆さま、お気をつけて……」
侍女は背を伸ばして、丁重に挨拶をした。最上位の敬意を表した深い礼だった。
「行ってまいります」
俺も丁寧に礼を返す。しまった、女の礼をしてしまった。
「素晴らしい淑女の礼ですね」
侍女長はそう指摘して、微笑んだ。
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