獅子王の運命の番は、捨てられた猫獣人の私でした

天音ねる(旧:えんとっぷ)

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幸せだった日々2

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「今日の騎士団の訓練は、なかなかに見応えがあったぞ。特に新人の兎獣人のやつ、動きはまだ粗いが、速さだけなら中々のものだ。あれは育てがいがある」
「まあ、兎族の方でも騎士になれるのですね」
「ああ。もちろん、狼族や虎族のような戦闘に特化した種族に比べれば体格的な不利はある。だが、それを補うだけの素早さや、種族特有の聴力を活かせば、斥候や伝令として大いに活躍できる。要は使いようなんだ。上に立つ者は、部下の特性をしっかり見極めてやらねばならん」

騎士団長としての責任と誇りを滲ませながら語るガロウの姿は、とても頼もしく、輝いて見えた。ミミは、うん、うんと相槌を打ちながら、尊敬の眼差しで彼を見つめる。
自分の知らない世界で、彼はこんなにも立派にやっている。その活躍の一端を、こうして一番近くで聞けることが、ミミにとっては大きな喜びであり、誇りでもあった。

「ガロウ様は、本当にすごいです。ちゃんと一人一人のことを見ていらっしゃるのですね」
「当然だ。部下の命を預かる立場だからな。…まあ、中には俺のやり方が気に入らない古参の連中もいるがな。若造が、と陰口を叩かれているのも知っている」

ガロウは少しだけ自嘲するように言うと、パンをちぎってシチューに浸した。

「でも、きっと皆、いつかは分かってくれます。ガロウ様が、誰よりも国のこと、騎士団のことを考えていらっしゃるって」
「…そうだといいがな。お前はいつも、そうやって俺を信じてくれるな」
「当たり前です。私は、ガロウ様の番ですから」

きっぱりと、迷いなく告げるミミ。
その曇りのない真っ直ぐな瞳に見つめられ、ガロウは少し照れたように視線を逸らすと、照れ隠しのようにガツガツとシチューをかき込んだ。

楽しい食事の時間は、あっという間に過ぎていく。
ガロウはミミの作ったシチューを綺麗に平らげ、「おかわり」までしてくれた。空っぽになった大鍋を見て、ミミは料理人として最高の賛辞をもらったような気持ちになった。

食後の片付けを終えると、二人はリビングの暖炉の前でくつろぐのが常だった。
パチパチと薪がはぜる音を聞きながら、他愛もない話をする。ガロウはソファに深く身を沈め、ミミはその足元に敷かれたラグの上に座り、彼の制服の手入れをする。今日も、訓練中にどこかで引っかけてしまったのか、袖口の金糸の刺繍が少しだけほつれてしまっていた。

ミミは小さな裁縫箱から針と糸を取り出すと、慣れた手つきで補修を始めた。
彼女の細く白い指が、器用に針を操る。一針、一針、丁寧に。まるで、ほつれを直すことで、彼の纏う誇りや名誉を守っているような、そんな神聖な気持ちになる。

「…お前は本当に器用だな」

不意に、頭上から優しい声が降ってきた。
見上げると、ガロウが穏やかな目をして、ミミの手元を見下ろしていた。彼はソファから身を乗り出し、ミミの髪を優しく撫でる。

「家事も完璧で、料理も上手い。いつも俺を立てて、黙って支えてくれる。騎士団の同僚たちも、皆お前のことを羨ましがっているんだぞ。『シュヴァルツ団長の奥方は理想の妻だ』、とな」
「そ、そんな…私は、当たり前のことをしているだけです」
「その当たり前ができる獣人が、どれだけいるか。…なあ、ミミ」

ガロウはミミの手から繕い物の制服を取り上げると、ぽん、と自分の膝を叩いた。ここに座れ、という合図だ。ミミが少し戸惑いながらも、おずおずと彼の膝の上に乗り移ると、ガロウは満足そうに彼女の腰を抱き、自分の胸に引き寄せた。

暖炉の炎が、二人の影をゆらゆらと壁に映し出す。
背中から伝わる彼の体温と、力強い鼓動が、ミミに絶対的な安心感を与えてくれた。

「お前が妻で、俺は幸せ者だ」

耳元で囁かれたその言葉は、まるで極上の蜂蜜のように甘く、ミミの心の一番奥深くまで、じんわりと染み渡っていった。
この言葉だけで、ミミはどんな苦労も乗り越えられる気がした。この言葉が、彼女のすべてだった。

「…私も、です」
ミミはガロウの首にそっと腕を回し、彼の肩口に顔をうずめた。

「私も、ガロウ様の番になることができて、世界一の幸せ者です。あなた様のお傍にいられるなら、私、他に何もいりません」

それは、ミミの偽らざる本心だった。
たとえ世界中のすべてを失ったとしても、この人の腕の中という居場所さえあれば、自分は生きていける。そう、固く、固く信じていた。

ガロウは何も言わず、ただミミの体を強く抱きしめ返した。
暖炉の炎がぱちり、と心地よい音を立てる。
窓の外は、もうすっかり夜の闇に包まれていた。

この穏やかで、温かくて、愛に満ちた時間が、明日も、明後日も、この先も、永遠に続いていくのだと。
この時のミミは、疑うことさえ知らなかったのである。
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