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繰り返す練習
しおりを挟む一通りストレッチを終えると、圭吾はプレーヤーを操作し、先ほどとは違う、さらに激しく、攻撃的なビートの曲をスタジオに響かせた。
そして、鏡の前に仁王立ちになる。
ふぅ、と一つ、深く息を吐き出した。
その瞬間、空気が変わった。
さっきまでの、人懐っこい後輩の雰囲気は完全に消え失せ、彼の瞳に、鋭く、獰猛な光が宿る。
それは、獲物を狙う肉食獣の目だった。
音楽のカウントが始まる。
ファイブ、シックス、セブン、エイト――。
音が爆ぜた瞬間、圭吾の身体が、まるでバネのように躍動した。
速い。
キレが、尋常じゃない。
激しいビートに合わせて、全身を大きく使ったダンスが繰り広げられる。ターン、ステップ、ジャンプ。その一つ一つの動きが、寸分の狂いもなく音楽とシンクロしていく。
しなやかに波打つ腕の動き、床を蹴る力強い足さばき、そして、一瞬もぶれることのない体幹。
(こ、これが…橘圭吾…)
俺は、息をすることすら忘れていた。
家で見る、生活能力皆無のポンコツな姿とは、あまりにもかけ離れている。
学校で見る、優雅で完璧な王子様の姿とも、違う。
そこにいたのは、音楽と一体化し、自らの肉体をもって何かを表現しようとする、一人のアーティストだった。
汗が、彼の額から首筋を伝って、きらりと光りながら飛び散る。
乱れた前髪の間から覗く瞳は、ひたすらに真剣で、どこか苦しげで、それでいて、恍惚としているようにも見えた。
彼の指先が、空気を切り裂く。
その指先から、目に見えない感情の火花が散っているかのようだった。
すごい。
単純に、そう思った。
語彙力を失うほどの、圧倒的なパフォーマンス。
これが、何万人ものファンを熱狂させる、彼の本当の姿。
曲のサビの部分に差し掛かると、ダンスはさらに激しさを増した。
これまでテレビで見てきた、彼の所属するグループの爽やかなダンスとは全く違う。もっと荒々しくて、情熱的で、少しだけ、セクシーですらあった。
俺は、彼のその姿から、一瞬たりとも目が離せないでいた。
やがて、曲が終わり、最後のポーズを決めた圭吾の身体から、ふっと力が抜ける。
ぜえ、ぜえ、と荒い呼吸が、静かになったスタジオに響き渡った。床には、汗が滴り落ちている。
「……っはぁ、はぁ…」
圭吾は、鏡に映る自分自身の姿を、厳しい目つきで睨みつけていた。
そして、ぽつりと呟く。
「…ダメだ、今のターン、軸が少しブレた…」
俺から見れば、完璧なパフォーマンスだった。どこに直すところがあるというのか。
しかし、圭吾は満足していないようだった。彼はプレーヤーまで歩いていくと、躊躇なく、曲の頭出しをする。
「すみません、先輩。もう一回だけ、やらせてください」
俺に断りを入れるその声は、まだ息が上がっていて掠れていたが、有無を言わせない真剣さを帯びていた。
俺は、ただ頷くことしかできない。
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