猫と幼なじみ

鏡野ゆう

文字の大きさ
9 / 55
猫と幼なじみ

第九話 夏休み開始!

しおりを挟む
「あーづーいー……」

 部屋に入ると、まっさきにカーテンをしめた。そしてイスに座ろうとして、その熱さに飛び上がる。

「あつっ! こんなところに座ったら、お尻がこげちゃう!」

 うんざりしながら席を移動していると、同じゼミの子達が次々と教室に入ってきた。

「おはよー、真琴ちゃん」
「おはよー。窓際の席、しばらくやめたほうが良いよ。お日様のせいでイスがフライパンなみの熱さだから」
「うわー、ここ、今まで誰も使ってなかったのか。夏の間は、カーテンしめておくのをデフォにしたほうが良いよねえ……」

 それぞれが窓際をさけ、廊下側の席に座っていく。今日は前期最後のゼミの日。この時間が終われば、私は夏休みだ。

―― 今頃、修ちゃんはどこかの護衛艦で訓練中なんだよねえ。テストもあって、訓練もあって、本当に大変。私、普通の大学生で良かったかも ――

 それもあって、ここしばらくは夜の電話も途切れていた。修ちゃんは身分的にはまだ学生だ。だけど勉強とは別に、陸海空それぞれの基地に出向いての訓練は、入学した時からすでに始まっているらしい。そういう話を聞くと、やはり自衛官になるための学校なんだなとあらためて実感するのだ。

「ところで、私はゼミが前期最終だけど、みんなは?」
「私は明日、一般が一つだけ残ってるかな。それだけに出てくるの面倒なんだけど、教授が出席カードを配ってチェックするからねー」
「俺は今日の夕方で終わり。後期はいって早々にテストをするって言われたから、油断できないけど」
「私もこのゼミが最後かなー。あ、そうだ、真琴ちゃんの幼なじみ君って、いつ、京都に遊びにくるの?」

「ん?」

 質問された相手の顔を見て、心の中で「げっ」と声をあげた。祇園祭からこっち、できるだけその手の話題を避け無難にすごしていたけれど、相手はまだあきらめていないらしい。他の友達の顔を見ると「がんばれ」と無言のエールを受けた。

―― くそう、なかなか敵もしつこいぞっと…… ――

「さあ、いつごろかなあ。部活もあるし、いつも予定は直前になるまでわからないって言ってるから、今度の休みもそうなんじゃないかなあ……」

 というのは建前で、実際には修ちゃんから帰省する日は聞かされていた。それにあわせて、義兄の勤め先の保養所を使わせてもらい、姉夫婦と一緒に琵琶湖にキャンプに行く予定にもなっている。もちろん彼女には関係のないことだから、そのことは言わないけれど。

「大学だから普通に夏休みはあるんだよね?」
「あるよー」

―― だけど部活もあるし、夏の間の訓練もあるし、私達みたいにそう簡単には、戻ってこれないけどねー…… ――

 心の中でつけ加える。

「……」
「……」

 会話が途切れたのでここで終わりかなと思っていたら、相手が再び質問をしてきた。

「やっぱり制服を着てこっちに来るの?」
「もー、どんだけ制服が好きなのー」

 思わず声をあげてしまった。

「だってー」
「残念だけど、修ちゃん、うちに来るときは制服なんて着てないよ。いつも私服」

 修ちゃんが京都に帰ってきている間は、修ちゃんの制服は、先輩のお宅でお留守番をしているはずだ。

「えー、そうなの? 外出時は制服厳守ってあったのに」
「どこでそんなことを?」
「ネットで調べた。知らなかったの?」
「気にしたことなかったよ」

 最近はなんでもネットでわかる時代。知りたいことがある人達には便利な世の中ではあるけれど、こういう時は実に厄介だ。

「どういう決まりがあるのか知らないけど、とりあえずこっちに来るときは私服だよ。制服は見たことないかな。もしかしたら、夏休みは特別なのかも」

 知らんけど、とさらに心の中でつけ加えた。

「ふーん、制服じゃないんだー、ざんねーん」

 どうしてそこまで残念がるのか理解したくないので、そのまま愛想笑いを浮かべながら、カバンの中からテキストとノートを出す。そして教授が来るまでの時間つぶしにと、携帯電話の中に入っているパズルゲームをはじめた。

 とりあえず私はこの時間が終われば夏休み。少なくとも九月の講義が始まるまでは、修ちゃんの身の安全ははかられたのではないだろうか? ……多分だけど。


+++


「ただいまー、外、めっちゃ暑いよー。ただいま、マツ、タケ、ウメ、それにヒノキにヤナギ」

 自宅に戻ると、マツ達が出迎えてくれていた。そして母親が台所から顔を出す。

「お帰りー。冷蔵庫にスイカがあるよー」
「わーい」

 靴をぬいで荷物を玄関に放り出すと、まっすぐ台所に向かった。

「ちょっと、先に手を洗いなさい」

 冷蔵庫をあけようとしたところで、母親にとめられる。

「えー、もうお日様にあたってるから、しっかり殺菌されてると思うけど」
「よそのお宅がどうだかは知らないけれど、そういうの、我が家では認めませんからね。食べたいならそこで手を洗う。洗わないなら、スイカはあげません」
「えー……わかりましたー、手を洗いますー……」

 急いで手を洗うと、冷蔵庫をあけた。

「わ、黄色いスイカだ!」

 スイカがあると聞いて、普通のスイカを思い浮かべていたのに、目の前にあるのは赤いスイカではなく黄色いスイカだった。

「黄色いスイカなんて、めずらしー!!」
「八百屋さんがね、枝豆を届けてくれたついでにどうですかって。珍しいから買っちゃった」
「へえ……なかなか見ないよね、黄色いスイカなんて」

 お皿に乗っているスイカを取り出す。見たところ、ほとんど種がない。

「しかも、ほとんど種がないね、すごーい」
「普通のスイカより甘いって言ってたわよ。ああ、そういえば、スイカと一緒に、お婆ちゃんちのほうに、枝豆のクキ付きがたくさん届いていたけど?」

 それを聞いて思わず笑ってしまった。

「もー、手があるってわかったら、お婆ちゃん、容赦ないね」
「もし手伝うなら、お駄賃としてうちの分をわけてもらってきてね。お父さんが喜ぶから」
「りょうかーい」

 お皿を持つと台所を出た。そして祖母の居住スペースへと向かう。

「おばあちゃーん、帰ってきたよー」

 そう言いながら、裏庭が見える和室に足を運んだ。部屋の前にきたところで、パチンパチンという音が聞こえてくる。祖母が新聞紙をひろげ、ハサミで枝豆をクキから切り離しているところだった。

「あ、もう始めちゃってる!」
「おかえり、真琴。ちょっとたのみすぎちゃってね」
「それがちょっとー?」

 束になった枝豆のクキを指でさす。控え目に言っても山になっていた。

「もー、八百屋のおじさんちに、山崎さんちはいったい何人家族なんや?って思われてるよ」
「心配しなくても、切り離したらこの半分以下になるから」
「にしても、多すぎ」

 祖母の隣に座ると、まずはスイカにとりかかる。

「スイカを食べ終わるまでは待っててね。それから手伝うから」
「ゆっくり食べな。ちょっとやそっとじゃ、終わらない量だから」
「たしかに。絶対に夕方まで終わらないよ、これ」

 パチンパチンという音が部屋に響く中、スイカをかじった。その音を聞きながら、窓の向こうの庭をながめる。

「お婆ちゃん」
「んー?」
「このお庭、残しておいて良かったよね。私、この庭、好きだなあ」

 祖母が顔をあげた。そして庭に目をむける。

「そうだね。最初はどうしようって迷ったけど、残しておいて良かった。いろいろ楽しい思い出もあるからね、この庭は」

 この裏庭は、ここが二世帯住宅になる前からあった、祖母の家の庭をそのまま残しておいたものだ。私たち姉妹も、小さい頃に遊びにくると、よくこの庭でシャボン玉を飛ばしたりして遊んだものだった。

「私達のいたずらの生き証人だよね、あの松」

 庭の端にはえている松を指さす。病気になったりして、昔に比べると小ぶりになってしまったけれど、昔からこの庭にある松だ。そして、私達姉妹、そして修ちゃん達兄弟のイタズラの一番の被害者でもある。

「よく枯れずにいてくれてるね、あれ」
「あんた達に、ずいぶんときたえられているからねえ……」

 やった自分が言うのもなんだけど、ボールをぶつけられたり、よじ登られたり、松なのに七夕たなばたの飾りやクリスマスツリーの飾りつけをされたり、あの松は結構ひどい目に遭っていた。きっと話すことができたら、よくも今までと文句を言ってくるに違いない。

「あそこまで小さくなると、もう登れないよね……」
「松が小さくなったんじゃなくて、あんた達が大きくなったんだよ」
「そのうち、私達の次の世代の子達が同じように登りはじめるかも」
「さすがにもう勘弁してやってほしいねえ……あの松、私と同い年ぐらいらしいから」

 祖母が笑う。

 スイカを食べ終わると、お皿を台所の流しに置いて、キッチンばさみを引き出しから取り出した。そして祖母の元に戻る。

「だけどやっぱり、ちょっと多すぎない?」

 祖母の隣に座り、豆のサヤを切りながら正直な感想を口にした。

「そんなことないだろ? 塩ゆでしたら、あっという間になくなると思うけどね」
「そうかなあ。修ちゃんがいても無理な気がするよー?」

 いくら枝豆好きの私達でも、そうそう食べ切れる量ではないと思うのだけれど。

「でも、これをやってると、なんとなく夏だなって気分になるね」
「そうだね」
「枝豆に冷奴ひややっこにビール。あ、食べたくなってきた!」
「じゃあ、頑張ってやり終えないと」

 私と祖母は、猫達がやってきたことに気づくことなく、無心で、枝豆をクキから切り離す作業を続けた。
しおりを挟む
感想 13

あなたにおすすめの小説

ヤクザに医官はおりません

ユーリ(佐伯瑠璃)
ライト文芸
彼は私の知らない組織の人間でした 会社の飲み会の隣の席のグループが怪しい。 シャバだの、残弾なしだの、会話が物騒すぎる。刈り上げ、角刈り、丸刈り、眉毛シャキーン。 無駄にムキムキした体に、堅い言葉遣い。 反社会組織の集まりか! ヤ◯ザに見初められたら逃げられない? 勘違いから始まる異文化交流のお話です。 ※もちろんフィクションです。 小説家になろう、カクヨムに投稿しています。

【完結】番である私の旦那様

桜もふ
恋愛
異世界であるミーストの世界最強なのが黒竜族! 黒竜族の第一皇子、オパール・ブラック・オニキス(愛称:オール)の番をミースト神が異世界転移させた、それが『私』だ。 バールナ公爵の元へ養女として出向く事になるのだが、1人娘であった義妹が最後まで『自分』が黒竜族の番だと思い込み、魅了の力を使って男性を味方に付け、なにかと嫌味や嫌がらせをして来る。 オールは政務が忙しい身ではあるが、溺愛している私の送り迎えだけは必須事項みたい。 気が抜けるほど甘々なのに、義妹に邪魔されっぱなし。 でも神様からは特別なチートを貰い、世界最強の黒竜族の番に相応しい子になろうと頑張るのだが、なぜかディロ-ルの侯爵子息に学園主催の舞踏会で「お前との婚約を破棄する!」なんて訳の分からない事を言われるし、義妹は最後の最後まで頭お花畑状態で、オールを手に入れようと男の元を転々としながら、絡んで来ます!(鬱陶しいくらい来ます!) 大好きな乙女ゲームや異世界の漫画に出てくる「私がヒロインよ!」な頭の変な……じゃなかった、変わった義妹もいるし、何と言っても、この世界の料理はマズイ、不味すぎるのです! 神様から貰った、特別なスキルを使って異世界の皆と地球へ行き来したり、地球での家族と異世界へ行き来しながら、日本で得た知識や得意な家事(食事)などを、この世界でオールと一緒に自由にのんびりと生きて行こうと思います。 前半は転移する前の私生活から始まります。

【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます

まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。 貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。 そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。 ☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。 ☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。

紙の上の空

中谷ととこ
ライト文芸
小学六年生の夏、父が突然、兄を連れてきた。 容姿に恵まれて才色兼備、誰もが憧れてしまう女性でありながら、裏表のない竹を割ったような性格の八重嶋碧(31)は、幼い頃からどこにいても注目され、男女問わず人気がある。 欲しいものは何でも手に入りそうな彼女だが、本当に欲しいものは自分のものにはならない。欲しいすら言えない。長い長い片想いは成就する見込みはなく半分腐りかけているのだが、なかなか捨てることができずにいた。 血の繋がりはない、兄の八重嶋公亮(33)は、未婚だがとっくに独立し家を出ている。 公亮の親友で、碧とは幼い頃からの顔見知りでもある、斎木丈太郎(33)は、碧の会社の近くのフレンチ店で料理人をしている。お互いに好き勝手言える気心の知れた仲だが、こちらはこちらで本心は隠したまま碧の動向を見守っていた。

龍王の番〜双子の運命の分かれ道・人生が狂った者たちの結末〜

クラゲ散歩
ファンタジー
ある小さな村に、双子の女の子が生まれた。 生まれて間もない時に、いきなり家に誰かが入ってきた。高貴なオーラを身にまとった、龍国の王ザナが側近二人を連れ現れた。 母親の横で、お湯に入りスヤスヤと眠っている子に「この娘は、私の○○の番だ。名をアリサと名付けよ。 そして18歳になったら、私の妻として迎えよう。それまでは、不自由のないようにこちらで準備をする。」と言い残し去って行った。 それから〜18年後 約束通り。贈られてきた豪華な花嫁衣装に身を包み。 アリサと両親は、龍の背中に乗りこみ。 いざ〜龍国へ出発した。 あれれ?アリサと両親だけだと数が合わないよね?? 確か双子だったよね? もう一人の女の子は〜どうしたのよ〜! 物語に登場する人物達の視点です。

☘ 注意する都度何もない考え過ぎだと言い張る夫、なのに結局薬局疚しさ満杯だったじゃんか~ Bakayarou-

設楽理沙
ライト文芸
☘ 2025.12.18 文字数 70,089 累計ポイント 677,945 pt 夫が同じ社内の女性と度々仕事絡みで一緒に外回りや 出張に行くようになって……あまりいい気はしないから やめてほしいってお願いしたのに、何度も……。❀ 気にし過ぎだと一笑に伏された。 それなのに蓋を開けてみれば、何のことはない 言わんこっちゃないという結果になっていて 私は逃走したよ……。 あぁ~あたし、どうなっちゃうのかしらン? ぜんぜん明るい未来が見えないよ。。・゜・(ノε`)・゜・。    ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 初回公開日時 2019.01.25 22:29 初回完結日時 2019.08.16 21:21 再連載 2024.6.26~2024.7.31 完結 ❦イラストは有償画像になります。 2024.7 加筆修正(eb)したものを再掲載

白衣の下 第一章 悪魔的破天荒な医者と超真面目な女子大生の愛情物語り。先生無茶振りはやめてください‼️

高野マキ
ライト文芸
弟の主治医と女子大生の甘くて切ない愛情物語り。こんなに溺愛する相手にめぐり会う事は二度と無い。

悪役令嬢になるのも面倒なので、冒険にでかけます

綾月百花   
ファンタジー
リリーには幼い頃に決められた王子の婚約者がいたが、その婚約者の誕生日パーティーで婚約者はミーネと入場し挨拶して歩きファーストダンスまで踊る始末。国王と王妃に謝られ、贈り物も準備されていると宥められるが、その贈り物のドレスまでミーネが着ていた。リリーは怒ってワインボトルを持ち、美しいドレスをワイン色に染め上げるが、ミーネもリリーのドレスの裾を踏みつけ、ワインボトルからボトボトと頭から濡らされた。相手は子爵令嬢、リリーは伯爵令嬢、位の違いに国王も黙ってはいられない。婚約者はそれでも、リリーの肩を持たず、リリーは国王に婚約破棄をして欲しいと直訴する。それ受け入れられ、リリーは清々した。婚約破棄が完全に決まった後、リリーは深夜に家を飛び出し笛を吹く。会いたかったビエントに会えた。過ごすうちもっと好きになる。必死で練習した飛行魔法とささやかな攻撃魔法を身につけ、リリーは今度は自分からビエントに会いに行こうと家出をして旅を始めた。旅の途中の魔物の森で魔物に襲われ、リリーは自分の未熟さに気付き、国営の騎士団に入り、魔物狩りを始めた。最終目的はダンジョンの攻略。悪役令嬢と魔物退治、ダンジョン攻略等を混ぜてみました。メインはリリーが王妃になるまでのシンデレラストーリーです。

処理中です...