猫と幼なじみ

鏡野ゆう

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ある年のGW

第二十八話 ある年のGW 1

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「ねえ修ちゃん、五月の連休さ、そっちに遊びに行っても良い?」

 そんな話になったのは、新年度が始まってからした電話でのこと。幹部は転勤ばかりという話ではあったけれど、今の勤務地に来て一年。内示も出ていないようだし、今のところ、異動は早くても来年度になるだろうとのことだった。

『連休ってゴールデンウィーク?』
「うん」

 カレンダーを見て気がついたのだ。今年のゴールデンウイークは、土日を含めるとけっこう長いんじゃないかと。

「今年はそこそこ長いでしょ? 私も土曜日休みだからさ、たまにはそっちに遊びに行こうかなって。あ、もしかして外に出ちゃってる?」

 連休中は基地の桟橋さんばしで、基地所属の護衛艦を一般公開すると、基地のホームページに出ていた。だから、当然、修ちゃんの乗っている護衛艦もいるんだろうと思っていたけれど、考えてみれば修ちゃん達のお仕事は年中無休だ。もしかしたら、訓練や演習、さらにはパトロールで、外洋に出てしまっている可能性もあった。

『どうかなあ、今のところなにも言われてないけど』

 そしてその予定に関しては、直前まで知らされないことも多い。もちろん家族の私達にもだ。

『今のところはって条件つきだけど、多分よほどのことが無い限り、出港せずにこっちにいると思う』
「そうなんだ。だったら、行ってもすれ違いになることはないよね?」
『今のところは多分?』

 修ちゃんの口調からすると、今は本当に予定は未定らしい。

「じゃあ、行っても良い?」
『ただ、まこっちゃんに合わせて休みがとれるかわからないぞ? 連休中にちょっと足をのばしてどこかにってのも、難しいと思う。それでも良いなら』
「問題ないよ。別にどこかに出かけたいってわけじゃないから。せっかくのお休みだし、修ちゃんと一緒にすごせたらなって思ってるだけだし。……もしかして、お家でご飯作ったり、お帰りとかしてほしくない?」
『それはぜひとも、来てください』

 即答だったのがちょっとおかしい。

「じゃあぜひとも行く。えっと、せっかくだから金曜日の夜からにしようかな。電車の時間、調べておくね」
『電車の時間がわかったら、メールで時間をおくっておいて。駅までむかえに行くから』
「大丈夫? おむかえ無理なら、普通にバス乗るけど?」

 そこで修ちゃんの溜め息が聞こえてきた。

『あのさ、まこっちゃん。こっちは、バスがすみずみまで網羅もうらしているような観光都市じゃないわけ。前に来た時は昼間だったから気づかなかっただろうけど、まこっちゃんがこっちに着く時間には、もうバスは走ってません』
「えー? だってどんなに遅くても、そっちに着くのは十時前だよ?」

 その時間帯なら、本数が減ることはあっても終バスにはまだ時間があるはずと思っていたけれど、どうも違うらしい。

『ないです』
「本数が減るとかじゃなく?」
『走ってないんです』
「ないの? 本当に? 冗談じゃなく?」
『俺がそんなことで冗談を言って、なんの得が?』

 逆にそんな質問をされてしまった。

「ほんとーにないの? 四月一日はまだ先だけど?」
『だから、俺がどうして嘘をつかなくちゃいけないのさ』
「それはそうだけど……。あ、でも、駅前にはみんなで飲みに来ることもあるって言ってたよね、たしか。ってことは、駅から官舎まで普通に歩ける距離だよね? 私、歩いて行っても良いよ? 荷物もそんなに重くないし」

 ただ、道に迷う可能性がなきにしもあらずではあった。その可能性は修ちゃんも感じていたらしく、私の提案は速攻で却下された。

『そっちと同じように考えてたら駄目だから。とにかく電車の時間がはっきりしたら知らせるように。わかった?』

 たいていのことでは、なんだかんだ言いつつも私の意見を聞き入れてくれる修ちゃんだったけれど、こういう口調の時だけは論破するのは非常に難しい。難しいというより、限りなく不可能、否、絶対に不可能だ。

「わかった……電車乗ったら修ちゃんに知らせる」
『じゃあ、まこっちゃんが来るの、楽しみにしてるから』
「うん、私も楽しみにしてる」
『ああ、それと、タクシーに乗れば良いんじゃ?なんて考えるのもなしな?』
「……はい」

 チラリと脳裏をよぎっただけの考えだったのに、なぜかあっという間に釘を刺されてしまった。この察しの良さはどう考えても異常だ。

―― それとも私が単純すぎるのかな…… ――


+++++


 そして修ちゃんの単身赴任先に行く当日の朝、仕事に持っていくバッグとお泊り用のカバンを足元に置くと、見送りについてきたヤナギとヒノキの顔をのぞきこむ。

「今日からしばらくは、お母さんが、二人のご飯とトイレの世話をしてくれるからね。私の時みたいに、我がままを言って困らせたらダメだからね? あと、マツ達と一緒になって夜中に走りまわらないように」

 私達の居住スペースで暮らすようになるまでは、二匹ともマツ達と一緒に母親とすごしていたのだ、たぶん問題なくお留守番をしてくれるだろう。ただ、夜中の運動会に関してはちょっと心配だ。あれだけは、母親ですら止めることができないでいた。倒れそうなものはあらかた片づけてあるけれど、あとはもう、帰ってくるまで無事であることを祈るしかない。

「この日には、帰ってくるからね」

 そう言いながら、下駄箱の上に置かれている卓上カレンダーの日付けを指でさした。ヤナギとヒノキは、私が指でさしたところを見つめてから、私の顔を見てニャーンと鳴く。理解してくれたんだろうか?

「おみやげは、海の近くだとかまぼこか煮干しかなあ……なにか美味しそうなものがあったら買ってくるね」

 二匹に言い聞かせると、出かける前に母親達の居住スペースに顔を出す。母親と祖母は朝の天気予報を見ながら、お仏壇にあげるご飯と、自分達の朝ご飯の準備をしていた。

「おはよう、お母さん、お婆ちゃん。お母さん、留守の間、ヒノキとヤナギのこと、たのむね」
「はいはい。任せておきなさい」
「真琴、修ちゃんによろしくね」
「はーい」

 仏壇の前にいくと、チーンとリンを鳴らす。

「おはよう、お父さん。仕事と修ちゃんとこに行ってきまーす。たぶん、おみやげはかまぼこ。気が向いたら普通のお饅頭まんじゅうを買ってくる~~」

 手を合わせると、腕時計を見ながら急いで部屋を出た。

「じゃあ、行ってきまーす! ヤナギ、ヒノキ、お留守番をたのんだからねー」

 もう一度だけ二匹にそう声をかけると、私は靴をはいて、仕事にでかけた。


+++


「えっと……七時すぎの特急で、到着は……」

 幸いなことに、週末お決まりの残業もなかったので、終業時間とともに職場を出た。そのおかげで、最初に乗ろうと思っていたものより、一本早い特急に乗れそうだ。駅の待合室に入ると、外で買ったライスバーガーをかじりながら、到着予定時間をメールで送った。

「この特急だと、九時ちょいすぎには着くけど、それでもバスはないのかな……」

 しばらくしてメールが返ってきた。どうやら修ちゃんのほうも、今日の仕事は終わったらしい。

『夕飯はどうする? 待ってようか?』
『こっちはこっちで食べていくから心配ないよ。修ちゃんも先に食べてて』
『了解』
『ちなみに私はモスバーガーでーす!』
『うらやましすぎる、俺もモス食べたい』
『残念でした、もうホームに入っちゃった』
『ガーン』

 泣き顔の顔文字と共に、ショックを受けた修ちゃんの返事が返ってきた。もう三十も目前だと言うのに、私達のメールのやり取りって、客観的に見るとかなりバカっぽいんじゃないかと思えてくる。まあ、姉から言わせると、いまさらなんだそうだけど。

 電車がホームに入ってきた。連休初日ということもあって、自由席はかなりのお客さんでうまっている。

―― 指定席にしておいて良かった ――

 電車に乗ると、足元にカバンを置いて座った。

―― 隣、人がこないと良いんだけどな…… ――

 この車両に乗っているのは、私とサラリーマンさんが十人ぐらい、それから旅行者らしき年輩のご夫婦が一組。そこそこばらけて座っているので、お互いの存在が気になるようなことはなさそうだ。私が降りるのは終点。よほどの事がない限り、ゆっくり寝ていけるだろう。

 後ろに誰もいないことを確認してから、少しだけシートをたおす。電車が二つ目の駅を通過するころには、眠気がマックスでもう目をあけていられなくなっていた。

―― どうせ終点だもん、万が一の時は車掌さんが起こしてくれるよね…… ――

 しばらくして、ビクッと足が震えて飛び起きた。自分がシートからずり落ちそうになっているのに気づいて、慌てて座りなおす。そして窓の外を見た。電車は、終点の一つ手前の駅に到着するところだった。観光客らしきご夫婦が荷物を棚からおろし、降りる準備をしている。サラリーマンさん達は途中の駅で降りたらしく、一人も残っていなかった。

―― うわ、ほんとうに爆睡しちゃってた…… ――

 退屈しないようにと音楽プレイヤーと小説を一冊持ってきていたのに、まったく必要がなかったのには自分でも驚いてしまった。

 ご夫婦が通路を歩いてくる。そして奥さんが、のびをしている私の顔を見てニッコリと笑った。

「?」
「良かったわ、どうやら寝過ごしたわけではなかったみたいで」
「え?」

 首をかしげると、奥さんがほほ笑む。

「おトイレに立ったとき、あまりにも気持ちよさそうに寝ているものだから、大丈夫なのかしらって主人と心配していたの」
「ああ、ご心配をおかけしてすみません。大丈夫です、私、終点まで行くので。そちらはここで?」
「ええ。久し振りに二人で水入らずなのよ」

 嬉しそうに教えてくれた。

「そうなんですか。ご旅行、楽しんできてください。道中お気をつけて」
「ありがとう。あなたもね」
「はい」

 窓の外を眺めていると、今のご夫婦が電車から降りるのが見えた。奥さんが私のほうを見て手を振ってきたので、頭をさげる。

「あんなふうに、年をとってから修ちゃんとのんびり旅行できると良いんだけどなあ……」

 だけどそれは、まだまだ先になりそうだ。……それにしても。

「なんか、すっごい寝相ねぞうになってたのを見られちゃった気がするけど、まあ良いか……」
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