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ある年のGW
第二十九話 ある年のGW 2
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日が長くなってきたとはいえ、さすがに外は真っ暗だ。
ホームや改札口は明るいけれど、そこにいるのは駅員さんと閉店作業をしている売店の店員さんだけ。お客さんは私と同じ電車から降りてきた人だけだった。構内はガランとしていて、私が知っている駅の雰囲気とはちょっと違う。たしかに、こんな状態ならば、市バスは走っていないかもしれない。
駅から出ると、さらに人の姿は少なくなった。街灯もポツンポツンとしか立っておらず、薄暗いし、ちょっとどころかかなり怖い。
「待ち合わせの場所、反対側の交番の前にしてもらえば良かったかなあ……」
あまりの暗さに少しだけ後悔しながら、ロータリーのほうへと歩いていく。ロータリーのはしに車が止まっていた。修ちゃんの車だ。急いで歩いていくと、助手席のドアを開けてくれた。
「お待たせ」
「お疲れ」
「明日も仕事なのにゴメンね」
修ちゃんは、私がシートベルトをするのを待ってから、車をスタートさせる。
「かまわないよ。それよりまこっちゃんのほうが疲れたんじゃ? 仕事終わってから電車でここまで来るのは、さすがに疲れただろ?」
「たしかに市バスに比べると、かなり乗りごたえはあったかなあ」
「だろ?」
普段の私の通勤時間は、バスで三十分たらず。だからこんなふうに、二時間近く電車に揺られるなんて滅多になかった。大阪に行くのですら一時間もかからないし、考えてみると、京都市内から日本海側に移動するのは思っている以上に大変だ。修ちゃんはその道のりを車を運転して戻ってくる。同じ府内でも、なかなか帰ってこられないはずだと、あらためて思った。
「でも大丈夫だよ、電車の中で爆睡してきたし。終点で良かったよ、気がついたら一つ前の駅だったもん」
「めちゃくちゃ熟睡してたのか」
「うん。お腹一杯であっと言う間に寝ちゃった」
「ま、イスで寝ているぶんには、寝相が悪くて暴れる心配もないから安心かな」
「あー……」
目を覚ました時の自分の状態を思い出して、複雑な笑みが浮かんでしまう。
「え、その、あーはなに? まさか暴れたとか?」
「暴れてはいないと思うんだけど、目が覚めたらさあ、座席から落ちそうになってた……」
「まったくまこっちゃんの寝相ときたら。こりゃ、寝る時は安全ベルトが必要だな」
「イスなら大丈夫だと思ってたんだけどねー……」
私だって自分の寝相の悪さにはうんざり気味なのだ。そのうちおとなしくなるだろうって思っていたけれど、どうやらそれはまだまだ先のことらしい。
「でも少なくとも熟睡はできてたんだ?」
「まあね」
「そっか。だったら疲れも少しは取れたのかな」
「ん~、なんとなく?」
寝なさいって言われたら、まだまだ寝ていられそうだけど。
「それでみんな元気にしてる?」
「うん。人間も猫も元気だよ。ま、今頃はマツ達は大運動会だろうけどね。お母さんとお婆ちゃんが怒っているのが目に浮かぶよ……」
私の溜め息まじりの言葉に、修ちゃんが愉快そうに笑った。
「二匹を連れてくるわけにはいかないもんな」
「修ちゃんちには、ヒノキとヤナギのお気に入りのお座布団もクッションもないしねー」
つれて来たら安心ではあるけれど、そうなったら落ち着かない二匹のせいで、私と修ちゃんが眠れないことになりそうだ。
「考えてみたらさ、修ちゃんがいま住んでいる部屋って、座布団どころか、あんまり物が無いよね」
修ちゃんの部屋を思い浮かべながらそんなことを口にした。初めて単身赴任先の部屋を見た時も、暮らす分にも泊まる分にも問題はないけれど、なんともあっさりした部屋だなというのが、私の感想だった。それは今も大して変わっていない。
「単身赴任中の男の家なんて、そんなもんでしょ。下手に大きなベッドとかクッションとか置いておくと、奥さんに浮気を疑われたりして大変らしいよ?」
「そうなの?」
「ああ。機関のヤツでさ、なんとなくクッションを買ったせいで、遊びに来た奥さんとすっごいケンカをしたらしいから」
「うわあ修羅場だねえ……それ、大丈夫だったの? もちろん浮気したってことはないんだよね?」
その人の夫婦生活を心配しつつも、話の顛末がメチャクチャ気になった。奥様達との定例ランチ会合もまだ先だし、知りたくて好奇心がムクムクとふくれあがる。
「一昨日、なぜか俺達も呼ばれてさ。そいつが浮気なんて絶対にしてないですって、証言させられた。嫁さん、めっちゃ怖かった」
その奥さん、艦長より恐ろしい存在が身近にいたと、艦内でちょっとした伝説になってしまったらしい。
「へえ……怖いけど、その奥様に会ってみたいかも。次の定例ランチ会合のメインは絶対のその話で決まりだね」
普段の会合にはあまり乗り気にはなれなかったけれど、今度ばかりは楽しみかもしれない。
「きっと盛りまくった話が流れてると思うから、話半分に聞いといてくれよ?」
「わかってるって。でもさ、やっぱ単身赴任だと奥さんとしては心配だよね、旦那さんの浮気」
「もしかしてまこっちゃんも疑ったことあるとか?」
信号待ちで車が止まると、修ちゃんが少しだけ困った顔で私を見た。
「まさかまさか。疑うなんて気持ちチョロリとも浮かばないよ」
学生時代の友達と会った時に、似たようなことを質問されたことがある。そんなに長い期間を離れて暮らしていたら、旦那さんが浮気してないか心配にならないのかと。世間では単身赴任あるあるなのかもしれないけれど、帰ってきた時の修ちゃんの暴れん坊ぶりを見ていると、とてもそんなことをしているように見えなかった。もちろん、そんな暴れん坊にならなくても、修ちゃんを疑う気持ちなんてまったく無いのだから、大人しくしてくれているほうが、私としてはありがたいんだけれど。
「そっか。それを聞いて安心した。感謝の気持ちをこめて、今夜もいつもと同様にサービスしますよ、奥さん」
修ちゃんが悪い顔をする。まったく男子っていうやつは。
「いやいや、サービスしなくて良いから。明日も普通に仕事なんでしょ? 帰ったらお風呂はいって早く寝なさい」
「えー、せっかくまこっちゃん来たんだからさ、夜更かししようぜ。ゲーム機はないけど」
「だーめーでーすー。夜更かしより仕事のほうが大事でしょ?」
「えー」
私の言葉に、修ちゃんが不満げな声をあげた。
「藤原二尉、もしかして停泊したままだからって、気持ちがたるんでませんかー? 明日だって見学にたくさんの人が来るんでしょ? なにかあったらどうするのー?」
「じゃあ、アイスを食べるのもなしで、風呂入って大人しく寝ることにする」
ん? 今なんて言った? アイス? アイスと言いましたか修ちゃん?!
「え……アイスって、なに?」
「寝よう寝よう、明日も仕事ですから。お仕事大事。お給料は税金ですからね、しっかり働きませんと、俺」
「ちょっと修ちゃん、アイスって?」
「お風呂ですね。ご心配なく、帰ったらすぐに沸かすから。まこっちゃん、一緒にはいる? あ、でも二人ではいるにはちょっとせまいかなあ」
「修ちゃん、アイス……」
こっちを見た修ちゃんは、ニヤリとした笑みを浮かべた。
「アイス、食べたい?」
「……食べたい」
「じゃあ、風呂はいってから、少しだけ夜更かししようか?」
「えー……」
今度は私が不満げに声をあげる。すると修ちゃんは、わざとらしく首をかしげた。
「あれ、アイスいらないんだ」
「夜更かししなくても、アイスは食べられるよね?」
「アイス食べた分はカロリー消費しないと太るよ? それに、しばらくはこっちにいるんだし、食べるの別に今夜じゃなくても良いだろ?」
そう言いながらニヤニヤしている。
「でも食べたい。もしかして、季節限定?」
「季節限定って書いてあったかな、たしか。まこっちゃんの好きなオレンジとマンゴーだった気が」
「あああああっ、絶対にアレだ! 私が密かに食べたいなって思ってて、ずっと買い損ねてたやつ!」
修ちゃんがなにを買ったのかがわかり、口の中がオレンジとマンゴーになった。
「修ちゃん、ひどい!」
「なんでひどいのさ。まこっちゃんが好きなアイスを買っておいたんだから、優しいだろ、俺」
まったく性格が悪い。アイスがあると聞かされたら、私が我慢できないの知ってるくせに!
「だけど、交換条件に出してくるなんてズルい!」
「それが戦術ってやつです」
「そんな戦術ありえない! 国民は守るべき対象なんだから、大事にしなさいって言われなかった?!」
「ちゃんと大事にしてるでしょー? まこっちゃんの好きなアイスを、この日のためにわざわざ買っておいたんだから。俺って、本当に優しい旦那さんだよねえ」
修ちゃんは自画自賛しつつニヤニヤしている。
そしてアイスと夜更かしで交渉している間に宿舎に到着。修ちゃんの交換条件にブーブー言いながら歩いていると、修ちゃんのお知り合いらしい若い隊員さんとバッタリ出くわした。その人は、修ちゃんの姿を見ると、立ち止まってサッと敬礼をする。
「お疲れ様です!」
「お疲れ」
「失礼します!」
「おう、気をつけて出かけろよ」
「はい!」
修ちゃんも立ち止まって敬礼をした。その隊員さんが行ってしまってから、ちょっとだけ感心して修ちゃんのことを見上げた。
「なに?」
「今の修ちゃん、自衛官さんみたいだなあって思って」
「みたいって。俺、正真正銘の自衛官なんですけど」
「そうだっけ? ただのずる賢くてエロい人だとばかり思ってました」
「ひどい言い草だね、まこっちゃん」
「エロいのは事実だと思うんだけどなあ……」
しかも、かなりずる賢いと思う。
「エロいのは否定しないけどさ。今夜も食後の運動で、まこっちゃんをおいしくいただくつもりだし」
どうやら勝手に交渉の勝敗を決めてしまったようだ。こういうところは本当に狡猾なんだから。
「夜更かしは駄目だって言ってるのに」
「アイス、食べたくないわけ?」
「食べたい」
「だったら、おとなしく俺にも食べられなさい」
「えー……」
「えーじゃない。等価交換だろ、こういうのって。ちゃんと駅にも迎えに来てあげたし?」
どこがどう等価交換なのか、私にはさっぱり理解できない。
ホームや改札口は明るいけれど、そこにいるのは駅員さんと閉店作業をしている売店の店員さんだけ。お客さんは私と同じ電車から降りてきた人だけだった。構内はガランとしていて、私が知っている駅の雰囲気とはちょっと違う。たしかに、こんな状態ならば、市バスは走っていないかもしれない。
駅から出ると、さらに人の姿は少なくなった。街灯もポツンポツンとしか立っておらず、薄暗いし、ちょっとどころかかなり怖い。
「待ち合わせの場所、反対側の交番の前にしてもらえば良かったかなあ……」
あまりの暗さに少しだけ後悔しながら、ロータリーのほうへと歩いていく。ロータリーのはしに車が止まっていた。修ちゃんの車だ。急いで歩いていくと、助手席のドアを開けてくれた。
「お待たせ」
「お疲れ」
「明日も仕事なのにゴメンね」
修ちゃんは、私がシートベルトをするのを待ってから、車をスタートさせる。
「かまわないよ。それよりまこっちゃんのほうが疲れたんじゃ? 仕事終わってから電車でここまで来るのは、さすがに疲れただろ?」
「たしかに市バスに比べると、かなり乗りごたえはあったかなあ」
「だろ?」
普段の私の通勤時間は、バスで三十分たらず。だからこんなふうに、二時間近く電車に揺られるなんて滅多になかった。大阪に行くのですら一時間もかからないし、考えてみると、京都市内から日本海側に移動するのは思っている以上に大変だ。修ちゃんはその道のりを車を運転して戻ってくる。同じ府内でも、なかなか帰ってこられないはずだと、あらためて思った。
「でも大丈夫だよ、電車の中で爆睡してきたし。終点で良かったよ、気がついたら一つ前の駅だったもん」
「めちゃくちゃ熟睡してたのか」
「うん。お腹一杯であっと言う間に寝ちゃった」
「ま、イスで寝ているぶんには、寝相が悪くて暴れる心配もないから安心かな」
「あー……」
目を覚ました時の自分の状態を思い出して、複雑な笑みが浮かんでしまう。
「え、その、あーはなに? まさか暴れたとか?」
「暴れてはいないと思うんだけど、目が覚めたらさあ、座席から落ちそうになってた……」
「まったくまこっちゃんの寝相ときたら。こりゃ、寝る時は安全ベルトが必要だな」
「イスなら大丈夫だと思ってたんだけどねー……」
私だって自分の寝相の悪さにはうんざり気味なのだ。そのうちおとなしくなるだろうって思っていたけれど、どうやらそれはまだまだ先のことらしい。
「でも少なくとも熟睡はできてたんだ?」
「まあね」
「そっか。だったら疲れも少しは取れたのかな」
「ん~、なんとなく?」
寝なさいって言われたら、まだまだ寝ていられそうだけど。
「それでみんな元気にしてる?」
「うん。人間も猫も元気だよ。ま、今頃はマツ達は大運動会だろうけどね。お母さんとお婆ちゃんが怒っているのが目に浮かぶよ……」
私の溜め息まじりの言葉に、修ちゃんが愉快そうに笑った。
「二匹を連れてくるわけにはいかないもんな」
「修ちゃんちには、ヒノキとヤナギのお気に入りのお座布団もクッションもないしねー」
つれて来たら安心ではあるけれど、そうなったら落ち着かない二匹のせいで、私と修ちゃんが眠れないことになりそうだ。
「考えてみたらさ、修ちゃんがいま住んでいる部屋って、座布団どころか、あんまり物が無いよね」
修ちゃんの部屋を思い浮かべながらそんなことを口にした。初めて単身赴任先の部屋を見た時も、暮らす分にも泊まる分にも問題はないけれど、なんともあっさりした部屋だなというのが、私の感想だった。それは今も大して変わっていない。
「単身赴任中の男の家なんて、そんなもんでしょ。下手に大きなベッドとかクッションとか置いておくと、奥さんに浮気を疑われたりして大変らしいよ?」
「そうなの?」
「ああ。機関のヤツでさ、なんとなくクッションを買ったせいで、遊びに来た奥さんとすっごいケンカをしたらしいから」
「うわあ修羅場だねえ……それ、大丈夫だったの? もちろん浮気したってことはないんだよね?」
その人の夫婦生活を心配しつつも、話の顛末がメチャクチャ気になった。奥様達との定例ランチ会合もまだ先だし、知りたくて好奇心がムクムクとふくれあがる。
「一昨日、なぜか俺達も呼ばれてさ。そいつが浮気なんて絶対にしてないですって、証言させられた。嫁さん、めっちゃ怖かった」
その奥さん、艦長より恐ろしい存在が身近にいたと、艦内でちょっとした伝説になってしまったらしい。
「へえ……怖いけど、その奥様に会ってみたいかも。次の定例ランチ会合のメインは絶対のその話で決まりだね」
普段の会合にはあまり乗り気にはなれなかったけれど、今度ばかりは楽しみかもしれない。
「きっと盛りまくった話が流れてると思うから、話半分に聞いといてくれよ?」
「わかってるって。でもさ、やっぱ単身赴任だと奥さんとしては心配だよね、旦那さんの浮気」
「もしかしてまこっちゃんも疑ったことあるとか?」
信号待ちで車が止まると、修ちゃんが少しだけ困った顔で私を見た。
「まさかまさか。疑うなんて気持ちチョロリとも浮かばないよ」
学生時代の友達と会った時に、似たようなことを質問されたことがある。そんなに長い期間を離れて暮らしていたら、旦那さんが浮気してないか心配にならないのかと。世間では単身赴任あるあるなのかもしれないけれど、帰ってきた時の修ちゃんの暴れん坊ぶりを見ていると、とてもそんなことをしているように見えなかった。もちろん、そんな暴れん坊にならなくても、修ちゃんを疑う気持ちなんてまったく無いのだから、大人しくしてくれているほうが、私としてはありがたいんだけれど。
「そっか。それを聞いて安心した。感謝の気持ちをこめて、今夜もいつもと同様にサービスしますよ、奥さん」
修ちゃんが悪い顔をする。まったく男子っていうやつは。
「いやいや、サービスしなくて良いから。明日も普通に仕事なんでしょ? 帰ったらお風呂はいって早く寝なさい」
「えー、せっかくまこっちゃん来たんだからさ、夜更かししようぜ。ゲーム機はないけど」
「だーめーでーすー。夜更かしより仕事のほうが大事でしょ?」
「えー」
私の言葉に、修ちゃんが不満げな声をあげた。
「藤原二尉、もしかして停泊したままだからって、気持ちがたるんでませんかー? 明日だって見学にたくさんの人が来るんでしょ? なにかあったらどうするのー?」
「じゃあ、アイスを食べるのもなしで、風呂入って大人しく寝ることにする」
ん? 今なんて言った? アイス? アイスと言いましたか修ちゃん?!
「え……アイスって、なに?」
「寝よう寝よう、明日も仕事ですから。お仕事大事。お給料は税金ですからね、しっかり働きませんと、俺」
「ちょっと修ちゃん、アイスって?」
「お風呂ですね。ご心配なく、帰ったらすぐに沸かすから。まこっちゃん、一緒にはいる? あ、でも二人ではいるにはちょっとせまいかなあ」
「修ちゃん、アイス……」
こっちを見た修ちゃんは、ニヤリとした笑みを浮かべた。
「アイス、食べたい?」
「……食べたい」
「じゃあ、風呂はいってから、少しだけ夜更かししようか?」
「えー……」
今度は私が不満げに声をあげる。すると修ちゃんは、わざとらしく首をかしげた。
「あれ、アイスいらないんだ」
「夜更かししなくても、アイスは食べられるよね?」
「アイス食べた分はカロリー消費しないと太るよ? それに、しばらくはこっちにいるんだし、食べるの別に今夜じゃなくても良いだろ?」
そう言いながらニヤニヤしている。
「でも食べたい。もしかして、季節限定?」
「季節限定って書いてあったかな、たしか。まこっちゃんの好きなオレンジとマンゴーだった気が」
「あああああっ、絶対にアレだ! 私が密かに食べたいなって思ってて、ずっと買い損ねてたやつ!」
修ちゃんがなにを買ったのかがわかり、口の中がオレンジとマンゴーになった。
「修ちゃん、ひどい!」
「なんでひどいのさ。まこっちゃんが好きなアイスを買っておいたんだから、優しいだろ、俺」
まったく性格が悪い。アイスがあると聞かされたら、私が我慢できないの知ってるくせに!
「だけど、交換条件に出してくるなんてズルい!」
「それが戦術ってやつです」
「そんな戦術ありえない! 国民は守るべき対象なんだから、大事にしなさいって言われなかった?!」
「ちゃんと大事にしてるでしょー? まこっちゃんの好きなアイスを、この日のためにわざわざ買っておいたんだから。俺って、本当に優しい旦那さんだよねえ」
修ちゃんは自画自賛しつつニヤニヤしている。
そしてアイスと夜更かしで交渉している間に宿舎に到着。修ちゃんの交換条件にブーブー言いながら歩いていると、修ちゃんのお知り合いらしい若い隊員さんとバッタリ出くわした。その人は、修ちゃんの姿を見ると、立ち止まってサッと敬礼をする。
「お疲れ様です!」
「お疲れ」
「失礼します!」
「おう、気をつけて出かけろよ」
「はい!」
修ちゃんも立ち止まって敬礼をした。その隊員さんが行ってしまってから、ちょっとだけ感心して修ちゃんのことを見上げた。
「なに?」
「今の修ちゃん、自衛官さんみたいだなあって思って」
「みたいって。俺、正真正銘の自衛官なんですけど」
「そうだっけ? ただのずる賢くてエロい人だとばかり思ってました」
「ひどい言い草だね、まこっちゃん」
「エロいのは事実だと思うんだけどなあ……」
しかも、かなりずる賢いと思う。
「エロいのは否定しないけどさ。今夜も食後の運動で、まこっちゃんをおいしくいただくつもりだし」
どうやら勝手に交渉の勝敗を決めてしまったようだ。こういうところは本当に狡猾なんだから。
「夜更かしは駄目だって言ってるのに」
「アイス、食べたくないわけ?」
「食べたい」
「だったら、おとなしく俺にも食べられなさい」
「えー……」
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