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僕の主治医さん 第二部
第十三話 アヒルが飛んだ日
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「公務員さんってお給料、しっかりもらっているんですねえ……」
南山さんの自宅マンションにお邪魔して、しみじみと呟いてしまった。私が暮らしているアパートとは比べ物にならないぐらい、御立派なお部屋だ。
「そんなことないですよ。そりゃあ、平均からすると悪くはないとは思いますが、忙しくて給料を使う時間がなくて、たまるばかりってやつですし」
「そうなんですか?」
まあ確かに、入院していても仕事が追いかけてくるほどなんだから、ものすごく忙しいんだろうなとは思っていたけれど、もらったお給料を使う時間がないほどって、一体どれだけ忙しいんだか。
「お役所は土日祝日しっかり休んでいるって、世間では思われていますけどね。年度末や大事な国会審議前なんて、信じられない時間まで明かりがついてますよ。終電までに帰れなくて連日タクシーですから」
「それって、超過勤務どころの話じゃないですね」
「まったくですよ。ところで、お母さんはなにを持たせてくれたんですか?」
「色々とおかずを。南山さんはなにが食べたいですか?」
二人で紙袋に入っていたタッパを取り出していくと、その中の一つに、メモ書きが貼りつけてあった。
『温めてそのまま食べるなんて不精はせずに、きちんと器に盛りつけなさい 母より』
「……お母さんてばもう……」
「優しいお母さんじゃないですか」
「これ、私に食べさせたいんじゃなくて、南山さんに食べさせるためにつめたんですよ。どれにします?」
母親が持たせてくれたおかずを温め直して、かなり遅めの夕飯を一緒に食べることになった。そして片づけをしながらお喋りをしていたら、気がつけば終電の時間はとっくにすぎてしまっていた。
「そろそろ帰らないと」
「こんな時間から帰るなんて危ないですよ。ここに泊まっていったらどうですか? 僕はこっちのソファで寝ますから、雛子さんはベッドを使ったら良いですよ」
「なに言ってるんですか。風邪気味の人にソファで寝ろなんて、言えませんよ」
さっきまで鼻をズルズルさせていたんだから、南山さんが風邪気味なのは間違いないはずなのに、なにを言っているんだか。
「だったら二人で並んで寝ますか?」
「いいえ。私はソファを使います!」
「じゃあ、雛子さんがソファを使うってことで決まりですね。パジャマと毛布、出しますね」
……あれ?
「べ、別に泊まるって決めたわけじゃ」
「せっかくここまで来たのに、アヒルに会わずに帰るつもりですか?」
そう言われて、大事な存在を忘れていたことに気がついた。そうだった、ここに私の大切なアヒルちゃんがいるのだ。
「私のアヒルちゃんは何処に?」
「泊まっていってくれるなら、明日の朝にでも対面できますよ」
「今は何処にいるんですか?」
「それは秘密です。どうしますか?」
見渡した限りで、目につくところにはいないようだ。南山さんに目を向けても、今夜は教えませんよと首を横に振られてしまった。
「……約束ですよ? ちゃんと明日は、アヒルを渡してくださいね」
「感動の対面ですね」
「返してもらえるんですよね?」
「会わせてはあげます。そこからはどうなるかは、雛子さんの努力次第ってことで」
なぜか会話が噛み合っていないような気がする。
「それ、絶対におかしいですから……」
「とにかく。一週間の仕事が終わってお互いに疲れているわけですから、一旦休戦して、今夜はこのままお風呂に入って寝るってことにしませんか。議論はまた明日にでも、好きなだけ」
「南山さんがアヒルを返してくれれば、議論なんてしなくても良いのに……」
ブツブツ言いながら、南山さんが出してくれた厚手のパジャマを受け取ると、寝床の準備を始めた。
「本当にソファで大丈夫なんですか? 女性をそっちで寝かせるのは、ちょっと抵抗があるんですが」
「病院の救命救急の当直をしていた時なんて、普通に長椅子で仮眠してましたから平気です」
「なら良いんですが」
それからお風呂に入らせてもらって、寝ることにした。時間はもうすでに二時近く。
「南山さん、風邪の方は大丈夫ですね? 寒気がするとかないですか?」
「大丈夫ですよ。じゃあ電気、消しますよ。お休みなさい」
「はい、お休みなさい」
私がソファに作った寝床に落ち着くのを確かめてから、南山さんは部屋の電気を消した。そしてそのままウトウトしていると、なにやらボソボソと声が複数の聞こえてきた。またあの変な夢かあ……。
『せっかく雛子が近くに来たのに、ここから出られないなんて!』
こもった声で誰かが怒っている。
『もしかして、分かっててカバンから出さなかったのかもしれないよ』
『いやいや。出られないのは君の根性が足りないからじゃないの?』
『御主人様への愛が足りないんじゃないのかい?』
『なんだとー?! 絶対に出てやるぞ、うりゃあ!!』
そんな気合の入った声が聞こえたような気がしたかと思ったら、なにかがポトリと落ちてきた。ん?となって落ちてきたものがある辺りに手をのばすと、固くて長い物が手に触れる。
「……え、なに?」
それを手にして目の前にかざせば、それはアヒルのボールペンだった。
「わあ?! アヒルが?!」
思わず手にしたアヒルを放り出して飛び起きた。南山さんも私の声に驚いて飛び起きると、慌てた様子でベッドを出て電気をつけた。
「どうしたんですか、そんなに大きな声を出して」
「アヒル! アヒルが出た!!」
床に転がっているアヒルを指でさした。
「あれ? なんでこんなところにアヒルが?」
「いま、上からポトンって落ちてきましたよ!」
「ええ? まさか」
天井を見上げて首をかしげている。
「うりゃあって気合を入れて、落ちてきましたよ!」
「まさか。だけど変だな、まだ旅行カバンの中から出していなかったのに……」
南山さんは不思議そうな顔をして、私の横に転がっているアヒルを拾うと、そのまま自分の机の上にあるペン立てにさし込んだ。
「不思議なこともあるものですね。じゃあ、あらためてお休みなさい、雛子さん」
「え、ちょ……」
「論議は明日です」
私の方は心臓が飛び出るかと思うぐらい驚いたのに、南山さんは平然としてそのまま電気を消した。
「分かりました……お休みなさい」
電気が消えて再び常夜灯だけの薄暗い状態に戻る。だけど私の視線は、アヒルがささっているペン立てに釘づけだ。もしかしたら、またこっちに飛んでくるかも。それって一体どんなオカルト? あ、ポルターガイスト現象というやつ?! 昔、父親がそんな不気味なオカルト映画を観ていた記憶がある。
「大丈夫ですか、雛子さん?」
「だ、大丈夫ですよ。次にアヒルが飛んで来たら、ちゃんと受け止めます」
「そうじゃなくて、ソファの寝心地のことをたずねたんですが」
「そっちも大丈夫です!! 病人は大人しくベッドで寝てなさい」
「僕、病人じゃないって、雛子さんのお爺さんから言われているんだけどなあ……」
そう言いながら寝返りを打つと、こちらに背中を向けて静かになった。壁にかかった時計の秒針の音だけが聞こえてくる静かな空間。普段なら病院の当直でもすぐに寝てしまえるのに、なぜか今夜は目がさえて眠れない。
―― 眠れないのは、きっと知らない人の家で泊まることになったからだよ ――
それに知っている人とは言え、すぐそばに男の人が寝ているから。けっして、アヒルが飛んできた不可思議現象が怖いわけじゃない。そう自分に言い聞かせて目を閉じる。だけどそういう時に限って、思い出したくない怖い映像とか話とかを思い出してしまうのは何故?
「……」
何度目かの寝返りを打って毛布の中に潜り込む。
「あの南山さん、起きてます?」
「起きてますよ。どうかしましたか?」
「えっと……南山さんってこういうの信じます?」
「こういうのって、アヒルが飛んできたってことですか?」
「はい」
こちらに背中を向けていた南山さんが、体をこちらに向けた。
「いわゆる心霊現象ってやつですよね。僕はそういうのに出会ったことがないので、今まではまったく信じてはいませんでしたが」
今まではってことは、今は信じているってことだろうか。つまりさっきのは、やっぱり心霊現象ってこと?
「雛子さんはどうですか? 病院ならそういう話の一つや二つ、ありそうですよね」
「科学では説明できないことを、患者さんが体験したとかそういうのはよく聞きますけど……」
「夜な夜な病棟に、なにか出るなんて話はないんですか?」
「やややや、やめてくださいよ。私はまだ、あそこで当直しなきゃいけないんですからね? 変なことを思い出させないでください」
あえて思い出さないようにしていた、うちの病院で深夜に起きる不可思議現象のことを思い出してしまい、ゾワゾワする。そんな私のことなんておかまいなしに、南山さんは呑気に感心していた。
「つまりは出るんですね、あの病院にも。すごいなあ……」
「出るとかそういうのも言わないで」
「ああ、もしかして雛子さん、怖がりとか?」
「……もう寝てください」
「せっかく寝ようとしていたところで、起きてますかって声をかけてきたのはそっちじゃないですか。ひどいなあ、まったく」
溜め息をつくと、再び背中を向けて寝る態勢に入ってしまった。
「……」
「…………」
「………………」
「雛子さん」
「なななな、なんですか!」
「本当は怖いんでしょ?」
「ここここ怖くなんかないですよ! 飛んできたのは私のアヒルですよ?」
「素直じゃないなあ……。ほら、こっちに来たらどうですか? 二人で一緒なら、なにが起きてもそれほど怖くはないでしょ」
南山さんは笑いながらそう言うと、寝返りを打ってこっちを向き、お布団をあげてポンポンと自分の横を叩いた。
「べ、別に怖くなんか」
「あ、アヒルが今、」
「いやあっっっ!!」
ソファから飛び降りて、南山さんの横に飛び込むとお布団にくるまれた。
「私のアヒルちゃんなのに!!」
「きっと雛子さんに会いたくて、アヒルなりに頑張ったんだと思いますよ? そこまで怖がるのは、可哀想な気がしますけど」
背中に回された手があやすように背中を叩く。
「アヒルを取り上げた南山さんが悪いんです! 怖い目に遭うなら、南山さんだけで良いじゃないですか! なんで私まで……!」
「はいはい。悪いのは僕なんですよね、すみません。お詫びに今夜はちゃんと雛子さんを守りますから、安心して寝てください」
「約束ですからね?」
「約束です。じゃあお休みなさい」
「……お休みなさい、です」
そしてさっきまで目がさえて眠れなかったのが嘘のように、お布団と南山さんの腕にくるまれて、そのまま眠ってしまった。
南山さんの自宅マンションにお邪魔して、しみじみと呟いてしまった。私が暮らしているアパートとは比べ物にならないぐらい、御立派なお部屋だ。
「そんなことないですよ。そりゃあ、平均からすると悪くはないとは思いますが、忙しくて給料を使う時間がなくて、たまるばかりってやつですし」
「そうなんですか?」
まあ確かに、入院していても仕事が追いかけてくるほどなんだから、ものすごく忙しいんだろうなとは思っていたけれど、もらったお給料を使う時間がないほどって、一体どれだけ忙しいんだか。
「お役所は土日祝日しっかり休んでいるって、世間では思われていますけどね。年度末や大事な国会審議前なんて、信じられない時間まで明かりがついてますよ。終電までに帰れなくて連日タクシーですから」
「それって、超過勤務どころの話じゃないですね」
「まったくですよ。ところで、お母さんはなにを持たせてくれたんですか?」
「色々とおかずを。南山さんはなにが食べたいですか?」
二人で紙袋に入っていたタッパを取り出していくと、その中の一つに、メモ書きが貼りつけてあった。
『温めてそのまま食べるなんて不精はせずに、きちんと器に盛りつけなさい 母より』
「……お母さんてばもう……」
「優しいお母さんじゃないですか」
「これ、私に食べさせたいんじゃなくて、南山さんに食べさせるためにつめたんですよ。どれにします?」
母親が持たせてくれたおかずを温め直して、かなり遅めの夕飯を一緒に食べることになった。そして片づけをしながらお喋りをしていたら、気がつけば終電の時間はとっくにすぎてしまっていた。
「そろそろ帰らないと」
「こんな時間から帰るなんて危ないですよ。ここに泊まっていったらどうですか? 僕はこっちのソファで寝ますから、雛子さんはベッドを使ったら良いですよ」
「なに言ってるんですか。風邪気味の人にソファで寝ろなんて、言えませんよ」
さっきまで鼻をズルズルさせていたんだから、南山さんが風邪気味なのは間違いないはずなのに、なにを言っているんだか。
「だったら二人で並んで寝ますか?」
「いいえ。私はソファを使います!」
「じゃあ、雛子さんがソファを使うってことで決まりですね。パジャマと毛布、出しますね」
……あれ?
「べ、別に泊まるって決めたわけじゃ」
「せっかくここまで来たのに、アヒルに会わずに帰るつもりですか?」
そう言われて、大事な存在を忘れていたことに気がついた。そうだった、ここに私の大切なアヒルちゃんがいるのだ。
「私のアヒルちゃんは何処に?」
「泊まっていってくれるなら、明日の朝にでも対面できますよ」
「今は何処にいるんですか?」
「それは秘密です。どうしますか?」
見渡した限りで、目につくところにはいないようだ。南山さんに目を向けても、今夜は教えませんよと首を横に振られてしまった。
「……約束ですよ? ちゃんと明日は、アヒルを渡してくださいね」
「感動の対面ですね」
「返してもらえるんですよね?」
「会わせてはあげます。そこからはどうなるかは、雛子さんの努力次第ってことで」
なぜか会話が噛み合っていないような気がする。
「それ、絶対におかしいですから……」
「とにかく。一週間の仕事が終わってお互いに疲れているわけですから、一旦休戦して、今夜はこのままお風呂に入って寝るってことにしませんか。議論はまた明日にでも、好きなだけ」
「南山さんがアヒルを返してくれれば、議論なんてしなくても良いのに……」
ブツブツ言いながら、南山さんが出してくれた厚手のパジャマを受け取ると、寝床の準備を始めた。
「本当にソファで大丈夫なんですか? 女性をそっちで寝かせるのは、ちょっと抵抗があるんですが」
「病院の救命救急の当直をしていた時なんて、普通に長椅子で仮眠してましたから平気です」
「なら良いんですが」
それからお風呂に入らせてもらって、寝ることにした。時間はもうすでに二時近く。
「南山さん、風邪の方は大丈夫ですね? 寒気がするとかないですか?」
「大丈夫ですよ。じゃあ電気、消しますよ。お休みなさい」
「はい、お休みなさい」
私がソファに作った寝床に落ち着くのを確かめてから、南山さんは部屋の電気を消した。そしてそのままウトウトしていると、なにやらボソボソと声が複数の聞こえてきた。またあの変な夢かあ……。
『せっかく雛子が近くに来たのに、ここから出られないなんて!』
こもった声で誰かが怒っている。
『もしかして、分かっててカバンから出さなかったのかもしれないよ』
『いやいや。出られないのは君の根性が足りないからじゃないの?』
『御主人様への愛が足りないんじゃないのかい?』
『なんだとー?! 絶対に出てやるぞ、うりゃあ!!』
そんな気合の入った声が聞こえたような気がしたかと思ったら、なにかがポトリと落ちてきた。ん?となって落ちてきたものがある辺りに手をのばすと、固くて長い物が手に触れる。
「……え、なに?」
それを手にして目の前にかざせば、それはアヒルのボールペンだった。
「わあ?! アヒルが?!」
思わず手にしたアヒルを放り出して飛び起きた。南山さんも私の声に驚いて飛び起きると、慌てた様子でベッドを出て電気をつけた。
「どうしたんですか、そんなに大きな声を出して」
「アヒル! アヒルが出た!!」
床に転がっているアヒルを指でさした。
「あれ? なんでこんなところにアヒルが?」
「いま、上からポトンって落ちてきましたよ!」
「ええ? まさか」
天井を見上げて首をかしげている。
「うりゃあって気合を入れて、落ちてきましたよ!」
「まさか。だけど変だな、まだ旅行カバンの中から出していなかったのに……」
南山さんは不思議そうな顔をして、私の横に転がっているアヒルを拾うと、そのまま自分の机の上にあるペン立てにさし込んだ。
「不思議なこともあるものですね。じゃあ、あらためてお休みなさい、雛子さん」
「え、ちょ……」
「論議は明日です」
私の方は心臓が飛び出るかと思うぐらい驚いたのに、南山さんは平然としてそのまま電気を消した。
「分かりました……お休みなさい」
電気が消えて再び常夜灯だけの薄暗い状態に戻る。だけど私の視線は、アヒルがささっているペン立てに釘づけだ。もしかしたら、またこっちに飛んでくるかも。それって一体どんなオカルト? あ、ポルターガイスト現象というやつ?! 昔、父親がそんな不気味なオカルト映画を観ていた記憶がある。
「大丈夫ですか、雛子さん?」
「だ、大丈夫ですよ。次にアヒルが飛んで来たら、ちゃんと受け止めます」
「そうじゃなくて、ソファの寝心地のことをたずねたんですが」
「そっちも大丈夫です!! 病人は大人しくベッドで寝てなさい」
「僕、病人じゃないって、雛子さんのお爺さんから言われているんだけどなあ……」
そう言いながら寝返りを打つと、こちらに背中を向けて静かになった。壁にかかった時計の秒針の音だけが聞こえてくる静かな空間。普段なら病院の当直でもすぐに寝てしまえるのに、なぜか今夜は目がさえて眠れない。
―― 眠れないのは、きっと知らない人の家で泊まることになったからだよ ――
それに知っている人とは言え、すぐそばに男の人が寝ているから。けっして、アヒルが飛んできた不可思議現象が怖いわけじゃない。そう自分に言い聞かせて目を閉じる。だけどそういう時に限って、思い出したくない怖い映像とか話とかを思い出してしまうのは何故?
「……」
何度目かの寝返りを打って毛布の中に潜り込む。
「あの南山さん、起きてます?」
「起きてますよ。どうかしましたか?」
「えっと……南山さんってこういうの信じます?」
「こういうのって、アヒルが飛んできたってことですか?」
「はい」
こちらに背中を向けていた南山さんが、体をこちらに向けた。
「いわゆる心霊現象ってやつですよね。僕はそういうのに出会ったことがないので、今まではまったく信じてはいませんでしたが」
今まではってことは、今は信じているってことだろうか。つまりさっきのは、やっぱり心霊現象ってこと?
「雛子さんはどうですか? 病院ならそういう話の一つや二つ、ありそうですよね」
「科学では説明できないことを、患者さんが体験したとかそういうのはよく聞きますけど……」
「夜な夜な病棟に、なにか出るなんて話はないんですか?」
「やややや、やめてくださいよ。私はまだ、あそこで当直しなきゃいけないんですからね? 変なことを思い出させないでください」
あえて思い出さないようにしていた、うちの病院で深夜に起きる不可思議現象のことを思い出してしまい、ゾワゾワする。そんな私のことなんておかまいなしに、南山さんは呑気に感心していた。
「つまりは出るんですね、あの病院にも。すごいなあ……」
「出るとかそういうのも言わないで」
「ああ、もしかして雛子さん、怖がりとか?」
「……もう寝てください」
「せっかく寝ようとしていたところで、起きてますかって声をかけてきたのはそっちじゃないですか。ひどいなあ、まったく」
溜め息をつくと、再び背中を向けて寝る態勢に入ってしまった。
「……」
「…………」
「………………」
「雛子さん」
「なななな、なんですか!」
「本当は怖いんでしょ?」
「ここここ怖くなんかないですよ! 飛んできたのは私のアヒルですよ?」
「素直じゃないなあ……。ほら、こっちに来たらどうですか? 二人で一緒なら、なにが起きてもそれほど怖くはないでしょ」
南山さんは笑いながらそう言うと、寝返りを打ってこっちを向き、お布団をあげてポンポンと自分の横を叩いた。
「べ、別に怖くなんか」
「あ、アヒルが今、」
「いやあっっっ!!」
ソファから飛び降りて、南山さんの横に飛び込むとお布団にくるまれた。
「私のアヒルちゃんなのに!!」
「きっと雛子さんに会いたくて、アヒルなりに頑張ったんだと思いますよ? そこまで怖がるのは、可哀想な気がしますけど」
背中に回された手があやすように背中を叩く。
「アヒルを取り上げた南山さんが悪いんです! 怖い目に遭うなら、南山さんだけで良いじゃないですか! なんで私まで……!」
「はいはい。悪いのは僕なんですよね、すみません。お詫びに今夜はちゃんと雛子さんを守りますから、安心して寝てください」
「約束ですからね?」
「約束です。じゃあお休みなさい」
「……お休みなさい、です」
そしてさっきまで目がさえて眠れなかったのが嘘のように、お布団と南山さんの腕にくるまれて、そのまま眠ってしまった。
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