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番外編
番外編 後日談 肉の日飯テロ
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戸川騒動が一段落したある日のこと。
「霧島、香取、ちょっと来い」
何やら難しい顔をした二佐が、立ち話をしていた俺達に声をかけて執務室に入っていった。思わず香取と顔を見合わせた。
「お前、何かやらかしたのか?」
「いや、心当たりはまったく。お前はどうなんだ」
「俺も心当たりは皆無だ」
俺達に心当たりが無くとも、二佐には何かしらあるのかもしれないと思いつつ、二人で執務室に向かう。今まで訓練以外で鬼の森永から叱責を受けたことはないが、戸川の時の静かな大魔神ぶりを見ているだけに、心底ビビっているというのが本音だ。俺達を同情的な目で見送る他の連中の中に、ニヤニヤ笑っている三曹長の顔もあった。
「あの顔は絶対に同情してないよな」
「ああ、してない。楽しんでいる顔だ」
「だよなあ」
きっと後で根掘り葉掘り尋問されるだろうなあ……。
「二人とも早く入ってこい」
二佐の苛立った声が飛んできた。二人して慌てて部屋に入ると、二佐はいつもの自分の椅子には座らず、窓際で腕組をしてこっちを睨んでいる。そんな顔で睨まれるような失敗をしたか?と、ここ数日のことを振り返ってみるのだが、まったく心当たりが無い。
「自分達に何か?」
香取がいつもの冷静な顔で質問した。
「お前達、今日の勤務時間はどうなっている?」
意外な質問に首をかしげた。
「二人とも通常シフトですが何か?」
「そうか」
変な間があいて、さすがの香取も落ち着かない様子を見せる。しかしそれとは反対に、俺のほうはピーンと来るものがあった。鬼の森永がこんな顔をする時は、必ず『彼女』が関わっている時だ、間違いない。もちろんそれをこっちから口にすることは無い。そんなことをすれば間違いなく鉄拳が飛んでくるからだ。
「その後の予定は? 霧島?」
「特に何も」
「香取は?」
「自分も特に予定は入れていませんが」
「……そうか」
ここは嘘でも予定を入っていると言うべきだったのか?今からでも予定を思い出したとか言うべきか?と思いつつ、いやいや、何か愉快なことでもあるんだろうから、黙っていようと思い直す。……もしかしてこういうところは、俺も安住さん達に似てきたんだろうか? 香取のほうに視線を向けると、少しばかり困惑した顔で二佐を見ている。
「だったら……今夜、俺の家に飯を食いに来るか?」
「は?」
「へ?」
香取と俺の間の抜けた声に、二佐は苛立った顔をしてみせた。
「妻がいつぞやの礼を香取にしたいそうだ。それで霧島も一緒に呼べと」
「俺はついでですか……」
「奈緒がそんな考えでお前を呼ぶとでも?」
睨まれて慌てて首を横に振る。
「礼と言いますと?」
「戸川の件で送り迎えをしてもらっただろう。それの礼だそうだ」
「しかし、俺は一度か二度程度しか奥さんとお子さんを迎えに行ってませんが」
「子供達も会いたいんだそうだ」
溜め息混じりの言葉に、思わず吹き出しそうになった。奈緒ネエだけでなく、チビ達にまで言われたらさすがの信吾さんも拒否はできないか。あとは俺達の都合がつかないことに一縷の望みを託していたのに、気の利かない俺達は予定なんぞ無いと答えてしまったわけだ。
「うかがっても良いんですか?」
「良いも何も。妻が招待したいと言っているんだから」
「妻が」を強調するところが何ともかんとも。
「久し振りに奈緒さんの手料理を御馳走になれるとは楽しみです、是非とも二人しておうかがいします」
ためらっている香取に代わって返事をすると、二佐は軽く舌打ちをしながらうなづいた。
+++
「良かったのか?」
執務室を出てから香取が俺にたずねてきた。
「何がだよ」
「オヤジ、イヤそうだったぞ?」
「だろうな、本音は招待したくないんだから」
本当は俺達なんて呼びたくないのは分かっている。俺なんてイトコだというのに、高校生の時から警戒されまくりなんだからな。
「おい、だったら馬鹿正直に招待を受けて良かったのか?」
「招待を受けなかったら奈緒ネエがガッカリするじゃないか」
「しかしオヤジはイヤがってた」
「呼びたくない自分の感情と、呼ばなかったらガッカリする奈緒ネエとチビ達の感情を、天秤にかけたんだろうな」
「それで招待するほうにかたむいたと?」
「イヤイヤだけどな」
本当に良いのか?とつぶやいている香取と俺のところに、下山曹長がニヤニヤしながらやってきた。一応、自分の教え子が叱責を受けたのかどうかの確認をしにきたらしい。その顔からして、絶対に違うと分かってはいるようだが。
「叱責だったか?」
「いえ、御招待でした」
「ああ、森永夫人の」
納得したとうなづく。
「そういうことです」
「俺達も頑張ったんだけどなあ……」
確かに戸川の首根っこを押さえたのは、下山曹長を含む三曹長だ。だが、そのことを奈緒ネエは知らないんだから仕方がない。
「送り迎えの礼だそうですよ」
「お前はしてないだろ、霧島」
「俺はついでです」
信吾さんの言った通り、奈緒ネエはそんなふうには考えてはいないだろうが。
「まあ不慣れな香取の援護要員ってやつですよ」
「なるほど、確かに援護要員は必要かもな」
下山曹長は少しだけ気の毒そうに香取を見た、あくまでも少しだけ。
「森永夫人は超飯ウマな奥さんだ。たまの手料理なんだから楽しんで来い。ただし、失礼のないようにな。そんなことをしたら、俺達が絞め殺すからな」
そう言いながらヒラヒラと手を振って立ち去った。
「……おい」
「なんだ?」
「援護要員ってなんだ」
「お前一人で双子の相手はできないだろ? 少なくとも俺には、双子の弟妹がいるからな」
もちろんそれだけじゃないけどなとは、今は言うまい。実際に森永宅に行って驚けと内心でつぶやくと、俺の声が聞こえたのか香取が警戒したような顔をした。
+++
そして仕事が終わって官舎に戻ると、プライベートの携帯をチェックする。案の定、奈緒ネエからの呑気な添付ファイル付きのメールが入っていた。
『今日は肉の日で美味しいお肉をたくさん買ったよ(*^ω^*) 腕によりをかけて夕飯を作って待ってるから、三人ともお腹を空かせて戻ってきてね♪』
添付されていたのはチビ達の写真だ。大きな肉の塊をこっちにかざして超ご機嫌な様子で笑っている。恐らく似たような内容のメールが信吾さんにも届いているだろう。
「まあこの顔に言われたら、拒否できないよな、信吾さんも……」
もしかしたらその点は、奈緒ネエの作戦勝ちなのか?とも思う。
そういう訳で、俺と香取は奈緒ネエの手料理を御馳走になることになったわけなんだが、何故か後日、三曹長からあれこれと追加訓練をおわされることになる。何でも嫁の会経由で流れてきた写真が、飯テロだったとかでその責任を取れということらしい。
テロはテロでもそのテロかよ!と香取が憤慨したのは言うまでもない。
「霧島、香取、ちょっと来い」
何やら難しい顔をした二佐が、立ち話をしていた俺達に声をかけて執務室に入っていった。思わず香取と顔を見合わせた。
「お前、何かやらかしたのか?」
「いや、心当たりはまったく。お前はどうなんだ」
「俺も心当たりは皆無だ」
俺達に心当たりが無くとも、二佐には何かしらあるのかもしれないと思いつつ、二人で執務室に向かう。今まで訓練以外で鬼の森永から叱責を受けたことはないが、戸川の時の静かな大魔神ぶりを見ているだけに、心底ビビっているというのが本音だ。俺達を同情的な目で見送る他の連中の中に、ニヤニヤ笑っている三曹長の顔もあった。
「あの顔は絶対に同情してないよな」
「ああ、してない。楽しんでいる顔だ」
「だよなあ」
きっと後で根掘り葉掘り尋問されるだろうなあ……。
「二人とも早く入ってこい」
二佐の苛立った声が飛んできた。二人して慌てて部屋に入ると、二佐はいつもの自分の椅子には座らず、窓際で腕組をしてこっちを睨んでいる。そんな顔で睨まれるような失敗をしたか?と、ここ数日のことを振り返ってみるのだが、まったく心当たりが無い。
「自分達に何か?」
香取がいつもの冷静な顔で質問した。
「お前達、今日の勤務時間はどうなっている?」
意外な質問に首をかしげた。
「二人とも通常シフトですが何か?」
「そうか」
変な間があいて、さすがの香取も落ち着かない様子を見せる。しかしそれとは反対に、俺のほうはピーンと来るものがあった。鬼の森永がこんな顔をする時は、必ず『彼女』が関わっている時だ、間違いない。もちろんそれをこっちから口にすることは無い。そんなことをすれば間違いなく鉄拳が飛んでくるからだ。
「その後の予定は? 霧島?」
「特に何も」
「香取は?」
「自分も特に予定は入れていませんが」
「……そうか」
ここは嘘でも予定を入っていると言うべきだったのか?今からでも予定を思い出したとか言うべきか?と思いつつ、いやいや、何か愉快なことでもあるんだろうから、黙っていようと思い直す。……もしかしてこういうところは、俺も安住さん達に似てきたんだろうか? 香取のほうに視線を向けると、少しばかり困惑した顔で二佐を見ている。
「だったら……今夜、俺の家に飯を食いに来るか?」
「は?」
「へ?」
香取と俺の間の抜けた声に、二佐は苛立った顔をしてみせた。
「妻がいつぞやの礼を香取にしたいそうだ。それで霧島も一緒に呼べと」
「俺はついでですか……」
「奈緒がそんな考えでお前を呼ぶとでも?」
睨まれて慌てて首を横に振る。
「礼と言いますと?」
「戸川の件で送り迎えをしてもらっただろう。それの礼だそうだ」
「しかし、俺は一度か二度程度しか奥さんとお子さんを迎えに行ってませんが」
「子供達も会いたいんだそうだ」
溜め息混じりの言葉に、思わず吹き出しそうになった。奈緒ネエだけでなく、チビ達にまで言われたらさすがの信吾さんも拒否はできないか。あとは俺達の都合がつかないことに一縷の望みを託していたのに、気の利かない俺達は予定なんぞ無いと答えてしまったわけだ。
「うかがっても良いんですか?」
「良いも何も。妻が招待したいと言っているんだから」
「妻が」を強調するところが何ともかんとも。
「久し振りに奈緒さんの手料理を御馳走になれるとは楽しみです、是非とも二人しておうかがいします」
ためらっている香取に代わって返事をすると、二佐は軽く舌打ちをしながらうなづいた。
+++
「良かったのか?」
執務室を出てから香取が俺にたずねてきた。
「何がだよ」
「オヤジ、イヤそうだったぞ?」
「だろうな、本音は招待したくないんだから」
本当は俺達なんて呼びたくないのは分かっている。俺なんてイトコだというのに、高校生の時から警戒されまくりなんだからな。
「おい、だったら馬鹿正直に招待を受けて良かったのか?」
「招待を受けなかったら奈緒ネエがガッカリするじゃないか」
「しかしオヤジはイヤがってた」
「呼びたくない自分の感情と、呼ばなかったらガッカリする奈緒ネエとチビ達の感情を、天秤にかけたんだろうな」
「それで招待するほうにかたむいたと?」
「イヤイヤだけどな」
本当に良いのか?とつぶやいている香取と俺のところに、下山曹長がニヤニヤしながらやってきた。一応、自分の教え子が叱責を受けたのかどうかの確認をしにきたらしい。その顔からして、絶対に違うと分かってはいるようだが。
「叱責だったか?」
「いえ、御招待でした」
「ああ、森永夫人の」
納得したとうなづく。
「そういうことです」
「俺達も頑張ったんだけどなあ……」
確かに戸川の首根っこを押さえたのは、下山曹長を含む三曹長だ。だが、そのことを奈緒ネエは知らないんだから仕方がない。
「送り迎えの礼だそうですよ」
「お前はしてないだろ、霧島」
「俺はついでです」
信吾さんの言った通り、奈緒ネエはそんなふうには考えてはいないだろうが。
「まあ不慣れな香取の援護要員ってやつですよ」
「なるほど、確かに援護要員は必要かもな」
下山曹長は少しだけ気の毒そうに香取を見た、あくまでも少しだけ。
「森永夫人は超飯ウマな奥さんだ。たまの手料理なんだから楽しんで来い。ただし、失礼のないようにな。そんなことをしたら、俺達が絞め殺すからな」
そう言いながらヒラヒラと手を振って立ち去った。
「……おい」
「なんだ?」
「援護要員ってなんだ」
「お前一人で双子の相手はできないだろ? 少なくとも俺には、双子の弟妹がいるからな」
もちろんそれだけじゃないけどなとは、今は言うまい。実際に森永宅に行って驚けと内心でつぶやくと、俺の声が聞こえたのか香取が警戒したような顔をした。
+++
そして仕事が終わって官舎に戻ると、プライベートの携帯をチェックする。案の定、奈緒ネエからの呑気な添付ファイル付きのメールが入っていた。
『今日は肉の日で美味しいお肉をたくさん買ったよ(*^ω^*) 腕によりをかけて夕飯を作って待ってるから、三人ともお腹を空かせて戻ってきてね♪』
添付されていたのはチビ達の写真だ。大きな肉の塊をこっちにかざして超ご機嫌な様子で笑っている。恐らく似たような内容のメールが信吾さんにも届いているだろう。
「まあこの顔に言われたら、拒否できないよな、信吾さんも……」
もしかしたらその点は、奈緒ネエの作戦勝ちなのか?とも思う。
そういう訳で、俺と香取は奈緒ネエの手料理を御馳走になることになったわけなんだが、何故か後日、三曹長からあれこれと追加訓練をおわされることになる。何でも嫁の会経由で流れてきた写真が、飯テロだったとかでその責任を取れということらしい。
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