恋と愛とで抱きしめて

鏡野ゆう

文字の大きさ
70 / 94
番外小話 4

香取のお見合い裏話

しおりを挟む
小説家になろう【Sな人】に出てきた香取と絢音にお見合い話を持ってきた裏事情。


++++++++++


「友里、パパが帰ってきたから開けてあげて~」

 ドアチャイムが鳴ったのでリビングでアニメを見ていた娘に声をかけた。

「はーい」
「渉もそろそろ起きなさーい、ご飯の時間だよ」
「うーん……」

 元気いっぱいの友里に比べて渉の方はちょっとお疲れ気味。今日はクラブのサッカーの試合に出て走り回っていたのでそのせい。これでも同じ年の子に比べれば体力はある方なんだけど、やっぱり上級生のお兄さん達と対等にプレーするのはさすがに辛いかなって思う。

 玄関で信吾さんと友里の声が聞こえて何やら奇声を友理が上げてキッチンに駆け込んできた。

「ママー、パパが西風のケーキ、買ってきてくれたー♪ ママが食べたいって言ってたオレンジタルトーッ!!」

 友里は“私が食べたいって言ってたアップルパイが来るのはいつかな”って呟いている。あー……今度はちゃんと信吾さんに言っておかないとそのうち娘が拗ねちゃうよ。

「美味しそうだから食べたいのは分かるけど、ご飯の後だからね?」
「うん。それと、ママにちょっと話があるから来てくれないかって」
「そうなの? 分かった。じゃあ、お皿、出しといてくれる? 渉、友里にばっかさせないで手伝って」

 私が言わなくても友里が蹴り起こして手伝わせちゃうから言うまでもないか。あの容赦ない問答無用な命令口調は絶対に信吾さんから受け継いだものだよね……。下手すると女王様キャラになっちゃうんじゃないかと今から心配だよ。そんなことを考えながら二人に準備を任せて寝室へと行く。

「おかえりー。今日は早かったね」
「ちょっと相談があってな、早めに帰ってきた」
「早く戻るぐらい深刻なこと?」
「んー……それなりに」
「私に相談事なんだよね? もしかして健診に引っかかった?」
「違う違う、そういう深刻なって意味じゃないんだ。隼人のことなんだがな」
「香取君?」
「ああ」

 特作にいる香取隼人君。何年か前にレンジャーから特作へと配属された子……正確には信吾さんが引っこ抜いてきた……信吾さん曰く稀に見る逸材でとっても優秀な隊員なんだそうだ。以前私宛に嫌がらせの封筒が送られてきた事件の時にもお世話になったことがあったしその前にも何度か顔を合わせたことがあるけれど、昔の信吾さんを更に鋭く研ぎ澄ましたような感じかな。おおっぴらに言ったら香取君が酷い目に遭うので絶対に言わないけど、ここだけの話、なかなかの男前だ。

「香取君がどうかしたの?」
「あいつが優秀なのは良いことなんだがな、そろそろ所帯を持たせた方がいいんじゃないかと思ってな。誰かいい相手はいないかと」
「ふむ……けど、誰でも良いってわけじゃないわよね?」
「そこが問題だ。奈緒の知り合いにいないか?」
「そんないきなり言われてもね……困るのよ?」

 頭の中で知り合いのお嬢さん達を思い浮かべる。多分、信吾さんは重光先生つながりの信用の出来る相手が良いのでは?と考えて私に尋ねてきたのよね? まさか看護師とか紹介しろってことじゃないわよね? 医師でもないわよね?

「……あ」

 思い当たる人物が一人だけ浮かんだので信吾さんに向けて人差し指を向けた。信吾さんは目をぱちくりさせながらその指を反射的に掴んできた。

「司君のとこにね」
「司? 情報部か?」
「うんうん。司君のところに分析能力の高い女傑が配属されてきたって言ってた。美人なんだけど恋人はいないようで勿体無いって言ってたよ。年は……確か二十四歳とか。年齢的にも香取君とそこそこ吊り合いとれるわよね? 情報部だと……誰に話を通したら良いのかな、向井二佐? あの人なら仲介頼めるんじゃないかな」

 何だか最近、陸自の人との交流の幅が広がってきて笑えない。自分の職場よりも信吾さんの職場の人との交流がディープって一体どんなんだか。どれもこれも最初の特作嫁の会の賜物よねえ。もちろん情報部に顔がきくのは特作からあっちに転属していった司君のお陰でもあるんだけれど。

「ところで急にどうして香取君のお嫁さんを世話しようだなんて考えついたの?」
「あいつが離婚したのは知ってるよな?」
「うん。当分はあの騒動は思い出したくないぐらい」

 香取君が離婚したのは信吾さんが彼をこっちに引っ張ってくる直前のことだったんだけど、まあその後も御多分に漏れず色々とごたごたが続いてその騒動に私達が巻き込まれたってわけ。とにかくあの手の騒動にそれなりに慣れている私でさえ精神をゴリゴリと削られた出来事だった。

 香取君の元奥さんは死んだ私のお父さんの元奥さんに通じるものがあったと今でも思っている。とにかく何処か変な人っていうのは何かしら共通点があるんだなって学んだ貴重な出来事だった、二度と経験したくないけど。

 その奥さんから完全に切り離すという目的もあって信吾さんは香取君をレンジャーから引っ張って来て早々に米軍との交流と称してアメリカに派遣したりしてそれこそ群を巻き込んでの大騒ぎだった。当時はアレのせいで白髪が増えたって信吾さんもぼやいていたっけ。

「本人は身軽で良いって言っているが、やはり守るべきものがあるとないとでは違うからな。国民とかそういう大きなものを守るという信念は大切だが、やはりもう少し身近にそういう存在が必要だと思う」
「それで家庭を持たせようと?」
「ああ。どう思う?」
「んー、本人がどう思うかよね。それに紹介したからって相手が香取君のことを気に入るかどうかも分からないし。その子以外の候補、今のところ全く浮かばないんだけど」
「うーむ……」

 なんでそんな難しい顔するのかな。ん? もしかして。

「……信吾さん、何か別の理由があるんでしょ?」
「無い」
「嘘、今、この辺がピクッてなった! それは嘘ついている証拠だもん。ちゃんと白状しなさい」

 掴まれたままの指をブンブン振りながら、もう一方の手でこめかみのあたりを指でツンツンして信吾さんをベッドに座らせるとその前に立ちふさがった。

「無いったら無い」

「ママー、お腹空いた―、早く食べよ~」

 寝室のドアのところで友里が声をかけてきた。

「友里、今ママはパパの尋問中。渉と先に食べててくれる?」
「いいよ。ご飯食べた後、タルト食べてていいー?」
「ママとパパの分は残しておいてね」
「わかったー。んじゃ、パパ、ガンバッ♪」

 ガッツポーズをすると友里はドアをそっと閉めて行ってしまう。

「もう少し援護しようとか思わないのか、あいつは」
「友里が食べたいって言っていたアップルパイを買わずにオレンジタルトを買ってきた報いです」
「そこか……女というのはまったく……」
「それで? なんで急に香取君にお嫁さんを世話しようだなんて思いついたの?」
「……」

 あー……なんか目が泳いでいるよ信吾さん?

「白状しないと私、和室で寝るからね」
「……」
「本気だよ?」
「……あいつが」
「香取君?」
「他に守るべきものは無いのかと尋ねた時に、これと言ってないみたいなことを言いやがったから一日考えさせたんだ」
「それで?」
「オヤジの家族って答えやがった、しかも真顔で」

 香取君は信吾さんのことを二人だけの時はオヤジって呼んでいる。実際、五十二歳の信吾さんからしたら二十八歳の香取君は息子みたいなものだし? そのオヤジの家族? ってことは私達?

「俺の家族は俺が守る。あいつに守ってもらう必要はない」
「もしかして信吾さん、それってヤキモチ?」
「他人に守ってもらう必要はないだろ。お前達には俺がいる、それで充分だ」
「だからって……」
「あいつには自分の家族が必要だ。俺達は家族みたいなものではあるが所詮は他人だ。隼人には隼人だけの家族が必要なんだよ、俺達ではその役割は果たせない。どんなに大事に思ってくれていてもだ」
「ふーん……」

 私の声に嫌そうな顔をした。

「なんだ、その意外そうな声は」
「私、てっきり香取君のその言葉にヤキモチ全開になって、こっちにかまけていられないようにお見合いを思い付いたんだと思ってた」
「……まあ、それもある」

 なんともバツの悪そうな顔をしている信吾さん。

「奈緒と子供達を守るのは俺の役目だ。他の男に譲ってやる気はさらさら無い」
「だったら次はアップルパイよ、忘れないで? それと渉はウォールナッツとチョコファッジの特製アイス」
「分かった」

 そう言うと信吾さんは私を膝の上に座らせてキスをしてきた。

「駄目だからね。せっかくのオレンジタルト、私だって食べたいんだから」
「俺よりケーキか……さすがに十五年経つと扱いが軽くなってきたな」
「そんなふうに拗ねてもダメ。ご飯が先」
「分かったよ、その代り、後でちゃんと埋め合わせをしてくれよ?」

 そう信吾さんの目つきは間違いなく肉食獣のそれだった。
しおりを挟む
感想 8

あなたにおすすめの小説

梅の実と恋の花

鏡野ゆう
恋愛
とある地方都市の市役所出張所に勤めている天森繭子さんちのお隣に引っ越してきたのは診療所に赴任してきたお医者さんでした。 『政治家の嫁は秘書様』の幸太郎先生とさーちゃんの息子、幸斗のお話です。

体育館倉庫での秘密の恋

狭山雪菜
恋愛
真城香苗は、23歳の新入の国語教諭。 赴任した高校で、生活指導もやっている体育教師の坂下夏樹先生と、恋仲になって… こちらの作品は「小説家になろう」にも掲載されてます。

貴方の腕に囚われて

鏡野ゆう
恋愛
限られた予算の中で頭を悩ませながら隊員達の為に食事を作るのは、陸上自衛隊駐屯地業務隊の補給科糧食班。 その班員である音無美景は少しばかり変った心意気で入隊した変わり種。そんな彼女の前に現れたのは新しくやってきた新任幹部森永二尉だった。 世界最強の料理人を目指す彼女と、そんな彼女をとっ捕まえたと思った彼のお話。 奈緒と信吾さんの息子、渉君のお話です。さすがカエルの子はカエル?! ※修正中なので、渉君の階級が前後エピソードで違っている箇所があります。

黒瀬部長は部下を溺愛したい

桐生桜
恋愛
イケメン上司の黒瀬部長は営業部のエース。 人にも自分にも厳しくちょっぴり怖い……けど! 好きな人にはとことん尽くして甘やかしたい、愛でたい……の溺愛体質。 部下である白石莉央はその溺愛を一心に受け、とことん愛される。 スパダリ鬼上司×新人OLのイチャラブストーリーを一話ショートに。

白衣の下 第一章 悪魔的破天荒な医者と超真面目な女子大生の愛情物語り。先生無茶振りはやめてください‼️

高野マキ
ライト文芸
弟の主治医と女子大生の甘くて切ない愛情物語り。こんなに溺愛する相手にめぐり会う事は二度と無い。

甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。

海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。 ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。 「案外、本当に君以外いないかも」 「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」 「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」 そのドクターの甘さは手加減を知らない。 【登場人物】 末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。   恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる? 田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い? 【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】

愛しているなら拘束してほしい

守 秀斗
恋愛
会社員の美夜本理奈子(24才)。ある日、仕事が終わって会社の玄関まで行くと大雨が降っている。びしょ濡れになるのが嫌なので、地下の狭い通路を使って、隣の駅ビルまで行くことにした。すると、途中の部屋でいかがわしい行為をしている二人の男女を見てしまうのだが……。

オオカミ課長は、部下のウサギちゃんを溺愛したくてたまらない

若松だんご
恋愛
 ――俺には、将来を誓った相手がいるんです。  お昼休み。通りがかった一階ロビーで繰り広げられてた修羅場。あ~課長だあ~、大変だな~、女性の方、とっても美人だな~、ぐらいで通り過ぎようと思ってたのに。  ――この人です! この人と結婚を前提につき合ってるんです。  ほげええっ!?  ちょっ、ちょっと待ってください、課長!  あたしと課長って、ただの上司と部下ですよねっ!? いつから本人の了承もなく、そういう関係になったんですかっ!? あたし、おっそろしいオオカミ課長とそんな未来は予定しておりませんがっ!?  課長が、専務の令嬢とのおつき合いを断るネタにされてしまったあたし。それだけでも大変なのに、あたしの住むアパートの部屋が、上の住人の失態で水浸しになって引っ越しを余儀なくされて。  ――俺のところに来い。  オオカミ課長に、強引に同居させられた。  ――この方が、恋人らしいだろ。  うん。そうなんだけど。そうなんですけど。  気分は、オオカミの巣穴に連れ込まれたウサギ。  イケメンだけどおっかないオオカミ課長と、どんくさくって天然の部下ウサギ。  (仮)の恋人なのに、どうやらオオカミ課長は、ウサギをかまいたくてしかたないようで――???  すれ違いと勘違いと溺愛がすぎる二人の物語。

処理中です...