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番外小話 4
【水遊び企画2016】真夜中の水遊び
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ムーンライトノベルズで開催されたmo-toさま主催【水遊び企画2016】参加作品です。
++++++++++
「ねえ」
「なんだ?」
夜になってから子供達に夏休みでも夜更かし厳禁、消灯は22:00と言い渡した信吾さんが部屋に戻ってくると私達はプールサイドに出た。昼間は子供達が思いっきり泳ぎまくっていたプールも今はとっても静か。
せっかくプール付のホテルに遊びに来たんだから、泳がないまでも大きな浮き輪に乗ってプカプカするぐらいなら大丈夫だろうってことで信吾さんがプールに連れ出してくれたのだ。パパ達だけ夜のプールなんて狡いって子供達は文句を言っていたらしいんだけど、昼間ママだけ泳げなかったのは可哀想じゃないのか?って信吾さんに言われて静かになったらしい。
「今日さ、子供達を見ていて思ったんだけど、どっちかは信吾さんと同じ自衛官になろうって思ってるのかな?」
大きな浮き輪に乗って信吾さんに押してもらいながら今日ふと思ったことを口にした。性格的には友里の方が活発で姉御肌だから有り得るかなって最近までは思っていた。だけど黙々と泳いでいる渉を見ていたらもしかしてこの子の方が信吾さんに色々な意味で似ているんじゃ?って思えてきたんだよね。
「まだ小学生だぞ? 将来のことなんて漠然としか考えてないんじゃないのか? 少なくとも俺が小学生の頃はそうだったが」
こんな風に信吾さんが自分から子供の時なんて言葉を口にするのは初めてじゃないかな?
信吾さんは小さい頃に施設の教会に置き去りにされたという過去がある。だから信吾さんの前ではあまり子供の頃の話はしないようにしていた。と言っても私も似たようなものだから大して話すような思い出は無いんだけど。
「信吾さんっていつから自衛官になろうって考えていたの?」
「実のところ高校生になってからだ。卒業したら働くつもりではいたし、森永は運動神経が良いって言われていたから単純にいけるんじゃないかって考えた」
「運動が出来たんならスポーツ特待生とかそういう話は無かったの?」
浮き輪を押していた信吾さんが少しだけ立ち止まって考え込んだ。
「ああ、なんか言われたような気はするな。だが学生するより社会人になるって決めていたからなあ」
「もしかしたらプロ野球の選手になったりしていたかも? サッカーの選手とか?」
「そっちの方はあまり興味が無かったから覚えていないが、そんな感じだったかもしれないな」
「へえ、じゃあちょっと進む道が違っていたら今頃は野球チームの監督さんになっていたかもしれないんだね」
だけど信吾さんはそっちへは進まずに自衛官になって最初の奥さんと結婚したわけだよね。そして重光先生とお知り合いになって、その後、奥さんが亡くなってからしばらくして私と出会って。
「自衛官以外の自分なんて想像つかないがな」
「うん。私も今の制服を着ている以外の信吾さんなんて想像つかない」
私服は別だけど。
「だがそろそろ違う服装にも慣れてもらわないと駄目かもな」
「どういうこと?」
「俺だっていつまでも自衛官でいられるわけじゃない。一佐の退官年齢は五十六歳。あと四年で俺の自衛官生活も終わる」
民間企業の退職年齢はだいたい六十歳。大企業だとそこから嘱託でもう少し働いたりすることが出来るけど自衛官はどうやら違うみたい。
「えっとさ、階級によって退官年齢が違うんだよね?」
「そうだ」
「前に重光先生が将とか将補?ってのになれば六十歳までは自衛官でいられるって言ってたけど、信吾さんは一佐より偉くなるつもりはないの? あれ? なんでそこで笑うの? わわわっ、危ないってば!」
信吾さんが可笑しそうに笑いながら浮き輪を勢いよく押してきたので慌てて両手で捕まった。
「あのな、現場叩き上げの人間が組織のトップになるなんて話は映画か小説の中だけの話だ。現実問題として防大出身でない俺が将官になるなんてのは有り得ない。一佐という肩書だって滅多に無いことなんだからな」
「そうなの? それって信吾さんが優秀だからってことでしょ?」
私の問い掛けにどうだろうなあと溜め息を漏らす。
「どうだったんだろうな。自分が優秀だとは思いたいが色々な事情が絡み合っての昇進だったからそれだけでは無かったんだろう。俺がここ数年ずっと群長の地位にいることだって本来なら異例だしな」
信吾さんに代わる人材がいない訳でもないのに、なかなか群長後任が決まらないのがどうしてなのかは上の事情もあるから信吾さん自身にも分からないらしい。もしかしたら米国との人的な繋がりとかそういう問題も絡んでいるのかもしれないなって話だった。
「ふーん。今でも異例だったら異例ついでに偉くなっちゃえば良いのに。そうすればもう少し自衛官でいられるじゃない?」
「その代わり特作にはいられなくなる」
「そうなの? どうして?」
「重光さんが言ったのは幕僚監部に行けってことなんだよ。重光さんには申し訳ないが俺は今の場所から離れる時は退官する時だって決めている。それにあんな堅苦しいところに行くのは御免だ」
「ひどーい。皆、いい人ばかりなのに」
何度かОB会とかそういうので顔を合わせる機会があってお話したことがあるけど、皆さん素敵なおじ様ばかりだったよ? そりゃあ信吾さんみたいにカッコいい人はいなかったけどさ。
「なんだ、奈緒は俺にもっと働けって言いたいのか?」
「そんなことないよ。ずっと長い間頑張ってきたんだもの、そろそろノンビリしてもいい時期だとは思う。だけどさ、退屈しちゃわない? 退官後に再就職をするにしたってさ」
「奈緒や子供達と一緒にいて退屈するなんてことがあるとは思えないがな。それに……」
信吾さんの手が私のお腹に触れてきた。
「もう一人増えるんだ。退屈している暇なんて無いと思うぞ。俺が家にいた方が奈緒だって安心なんじゃないか?」
「国を守るお仕事から家庭を守るお仕事にジョブチェンジするってこと?」
「そういうことだな。なんだ俺が主夫を務められないとでも?」
「そんなことないよ」
私が研修医をしていた時も、渉と友里が赤ちゃんの時も随分と助けて貰ったもの。信吾さんが世の旦那様達以上に家事能力が高いのは既に実証済み。だからその点では全く心配していない。ただ信吾さんが退屈しちゃわないか心配なだけで。
「それに全く自衛隊と無縁でなくなることはないと思うぞ」
「そうなの?」
「期間は短いが即応予備役として陸自とは携わり続けることになるだろうからな」
「そっか」
「何だ、俺の制服姿が見られないのが嫌なのか?」
笑いを含んだ声にちょっとムッとなる。そりゃカッコいい制服姿が見られなくなるのはちょっと残念ではあるけどそれだけじゃないんだから。
「そうじゃないの。せっかく身につけたことが役に立てられなくなるのはどうなのかなって考えていただけ。もうその話はおしまい! 信吾さん、プールまだ一往復も出来てないよ」
「分かった分かった、奥様のお望みのままに」
足で水面をパシャパシャと叩きながら抗議すると信吾さんは笑いながら浮き輪を押してくれた。
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「ねえ」
「なんだ?」
夜になってから子供達に夏休みでも夜更かし厳禁、消灯は22:00と言い渡した信吾さんが部屋に戻ってくると私達はプールサイドに出た。昼間は子供達が思いっきり泳ぎまくっていたプールも今はとっても静か。
せっかくプール付のホテルに遊びに来たんだから、泳がないまでも大きな浮き輪に乗ってプカプカするぐらいなら大丈夫だろうってことで信吾さんがプールに連れ出してくれたのだ。パパ達だけ夜のプールなんて狡いって子供達は文句を言っていたらしいんだけど、昼間ママだけ泳げなかったのは可哀想じゃないのか?って信吾さんに言われて静かになったらしい。
「今日さ、子供達を見ていて思ったんだけど、どっちかは信吾さんと同じ自衛官になろうって思ってるのかな?」
大きな浮き輪に乗って信吾さんに押してもらいながら今日ふと思ったことを口にした。性格的には友里の方が活発で姉御肌だから有り得るかなって最近までは思っていた。だけど黙々と泳いでいる渉を見ていたらもしかしてこの子の方が信吾さんに色々な意味で似ているんじゃ?って思えてきたんだよね。
「まだ小学生だぞ? 将来のことなんて漠然としか考えてないんじゃないのか? 少なくとも俺が小学生の頃はそうだったが」
こんな風に信吾さんが自分から子供の時なんて言葉を口にするのは初めてじゃないかな?
信吾さんは小さい頃に施設の教会に置き去りにされたという過去がある。だから信吾さんの前ではあまり子供の頃の話はしないようにしていた。と言っても私も似たようなものだから大して話すような思い出は無いんだけど。
「信吾さんっていつから自衛官になろうって考えていたの?」
「実のところ高校生になってからだ。卒業したら働くつもりではいたし、森永は運動神経が良いって言われていたから単純にいけるんじゃないかって考えた」
「運動が出来たんならスポーツ特待生とかそういう話は無かったの?」
浮き輪を押していた信吾さんが少しだけ立ち止まって考え込んだ。
「ああ、なんか言われたような気はするな。だが学生するより社会人になるって決めていたからなあ」
「もしかしたらプロ野球の選手になったりしていたかも? サッカーの選手とか?」
「そっちの方はあまり興味が無かったから覚えていないが、そんな感じだったかもしれないな」
「へえ、じゃあちょっと進む道が違っていたら今頃は野球チームの監督さんになっていたかもしれないんだね」
だけど信吾さんはそっちへは進まずに自衛官になって最初の奥さんと結婚したわけだよね。そして重光先生とお知り合いになって、その後、奥さんが亡くなってからしばらくして私と出会って。
「自衛官以外の自分なんて想像つかないがな」
「うん。私も今の制服を着ている以外の信吾さんなんて想像つかない」
私服は別だけど。
「だがそろそろ違う服装にも慣れてもらわないと駄目かもな」
「どういうこと?」
「俺だっていつまでも自衛官でいられるわけじゃない。一佐の退官年齢は五十六歳。あと四年で俺の自衛官生活も終わる」
民間企業の退職年齢はだいたい六十歳。大企業だとそこから嘱託でもう少し働いたりすることが出来るけど自衛官はどうやら違うみたい。
「えっとさ、階級によって退官年齢が違うんだよね?」
「そうだ」
「前に重光先生が将とか将補?ってのになれば六十歳までは自衛官でいられるって言ってたけど、信吾さんは一佐より偉くなるつもりはないの? あれ? なんでそこで笑うの? わわわっ、危ないってば!」
信吾さんが可笑しそうに笑いながら浮き輪を勢いよく押してきたので慌てて両手で捕まった。
「あのな、現場叩き上げの人間が組織のトップになるなんて話は映画か小説の中だけの話だ。現実問題として防大出身でない俺が将官になるなんてのは有り得ない。一佐という肩書だって滅多に無いことなんだからな」
「そうなの? それって信吾さんが優秀だからってことでしょ?」
私の問い掛けにどうだろうなあと溜め息を漏らす。
「どうだったんだろうな。自分が優秀だとは思いたいが色々な事情が絡み合っての昇進だったからそれだけでは無かったんだろう。俺がここ数年ずっと群長の地位にいることだって本来なら異例だしな」
信吾さんに代わる人材がいない訳でもないのに、なかなか群長後任が決まらないのがどうしてなのかは上の事情もあるから信吾さん自身にも分からないらしい。もしかしたら米国との人的な繋がりとかそういう問題も絡んでいるのかもしれないなって話だった。
「ふーん。今でも異例だったら異例ついでに偉くなっちゃえば良いのに。そうすればもう少し自衛官でいられるじゃない?」
「その代わり特作にはいられなくなる」
「そうなの? どうして?」
「重光さんが言ったのは幕僚監部に行けってことなんだよ。重光さんには申し訳ないが俺は今の場所から離れる時は退官する時だって決めている。それにあんな堅苦しいところに行くのは御免だ」
「ひどーい。皆、いい人ばかりなのに」
何度かОB会とかそういうので顔を合わせる機会があってお話したことがあるけど、皆さん素敵なおじ様ばかりだったよ? そりゃあ信吾さんみたいにカッコいい人はいなかったけどさ。
「なんだ、奈緒は俺にもっと働けって言いたいのか?」
「そんなことないよ。ずっと長い間頑張ってきたんだもの、そろそろノンビリしてもいい時期だとは思う。だけどさ、退屈しちゃわない? 退官後に再就職をするにしたってさ」
「奈緒や子供達と一緒にいて退屈するなんてことがあるとは思えないがな。それに……」
信吾さんの手が私のお腹に触れてきた。
「もう一人増えるんだ。退屈している暇なんて無いと思うぞ。俺が家にいた方が奈緒だって安心なんじゃないか?」
「国を守るお仕事から家庭を守るお仕事にジョブチェンジするってこと?」
「そういうことだな。なんだ俺が主夫を務められないとでも?」
「そんなことないよ」
私が研修医をしていた時も、渉と友里が赤ちゃんの時も随分と助けて貰ったもの。信吾さんが世の旦那様達以上に家事能力が高いのは既に実証済み。だからその点では全く心配していない。ただ信吾さんが退屈しちゃわないか心配なだけで。
「それに全く自衛隊と無縁でなくなることはないと思うぞ」
「そうなの?」
「期間は短いが即応予備役として陸自とは携わり続けることになるだろうからな」
「そっか」
「何だ、俺の制服姿が見られないのが嫌なのか?」
笑いを含んだ声にちょっとムッとなる。そりゃカッコいい制服姿が見られなくなるのはちょっと残念ではあるけどそれだけじゃないんだから。
「そうじゃないの。せっかく身につけたことが役に立てられなくなるのはどうなのかなって考えていただけ。もうその話はおしまい! 信吾さん、プールまだ一往復も出来てないよ」
「分かった分かった、奥様のお望みのままに」
足で水面をパシャパシャと叩きながら抗議すると信吾さんは笑いながら浮き輪を押してくれた。
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