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番外小話 4
森永家 in 松島基地 その2
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「本当に人が多いねえ……私が信吾さんと初めて行った横田基地の時ってこんなに人、多かったっけ?」
展示してある戦闘機と一般のお客さん達を区切っている柵の向こう側は黒山の人だかり。とにかく人、人、人。見学に来ている人達には申し訳ないけれどあの中にまじって見学をしなくて済むのは本当にありがたい。招待してくれた葛城さんには感謝しなくちゃ。
「ここ最近、急に増えたって感じだな。それは陸自の方でも同じなんじゃ?」
子供達に「百里から老体にムチ打って飛んできたおじいちゃん戦闘機」の話をしていた葛城さんがこっちに振り向いた。
「そうですけどここまで多くないですよ」
だって入間基地の航空祭なんて十万人単位の人が来たとかニュースで言ってたんだよ? さすがに陸自の中でも比較的人が集まると言われている習志野駐屯地の夏祭りでもそれだけの人は集まらない……っていうかそれだけの人数は入らないと思う。
「ねえ、おじいちゃんに乗る人もおじいちゃんってどういうこと?」
友里が葛城さんの服の袖を引っ張りながら葛城さんに途中で止まっていた質問の続きをする。
「……おじいちゃんじゃないよね?」
渉がその戦闘機の横で友里の質問を耳にして苦笑いしているパイロットさんの方をこっそりと伺いながら言った。
「輸送機やヘリはともかく、戦闘機パイロットが現役として飛べる時間はとても短いからね。二人のお父さんも空自の戦闘機パイロットから言わせたらもう化石か標本レベルなんだぞ?」
その言葉に二人がえー?!と声をあげる。
「おい葛城、さらっと無礼なことを言うな。俺が化石か標本ならお前だってそうだろうが。少なくとも俺はまだ部下達と演習に出ているぞ?」
葛城さんは最後の方では声を潜めたんだけど地獄耳の信吾さんにはしっかり聞こえたみたい。ムッとした顔をして葛城さんのことを睨んでいる。
「おや、聞こえたか。あのな、同じ自衛隊だからって俺達と脳筋集団のお前達と一緒にすんな。お前達陸自の連中は空挺出身の幕僚長を筆頭にどいつもこいつも体力的におかしいのばかりじゃないか」
まあそこは葛城さんの言うことも分かるかも。だって私だって最初は信吾さんや安住さん達みたいな元気な人達しか知らなかったから、葛城さん達パイロットがあんなに早く一線から退いてしまうと聞いて驚いたクチなんだもの。
安住さん達なんていまだにパラシュートを背負って輸送機から飛び降りてるし、信吾さんだって回数は減ってはいるものの訓練始めとか年に何度かは部下達の錬成具合を確かめるとか言っていつの間にか演習に参加しているし。脳が筋肉ではできているとは思わないけど全身筋肉は当たっていると思う……但し今の信吾さんは後ろで葛城さんと大人げない言い合いをしてるけど。
「また失敬なことを。横田に押し込められたからといって俺に八つ当たりするのはお門違いだぞ。諸々を決めたのはお前んところ空自の頭だろうが」
「なんだよ、こんな時だけ篠原陸将に義理立てするのか? 昔はあのクソオヤジって散々言ってたくせに」
あら、なんだか内輪もめになってきちゃったんだけどどうしよう。子供達との見学ツアーがまだ途中だっていうのに。
「俺から説明させていただいてもよろしいでしょうか?」
三人で呆れた顔をして言い合いを続ける二人を眺めていると、戦闘機の横に立っていたパイロットさんが咳払いをしながら私達のところにやってきた。
「よろしくお願いします。あの二人はしばらく放置で」
「心得ました」
パイロットさんは友里と渉を戦闘機の近くまで連れて行くと、機体を軽く叩きながら説明を始める。
「つまりね。この戦闘機はとても古くて近い将来に引退する予定なんだ。今これを飛ばしているパイロットがパイロットをやめる前にそうなる予定でね、もう新しいパイロットの訓練はしていないんだよ」
まだ言い合いをしている二人の方にチラリと視線を向けて笑いながら更に説明を付け加えた。
「つまり若いパイロットが来ないから他の戦闘機よりもパイロットの平均年齢が高いんだ。一番若いパイロットでももう四十才間近。まあかっこ良く言えばベテランパイロット集団ってやつなんだけど葛城一佐からするとおじいちゃん集団なのかな?」
「これ、なくなっちゃうの?」
「今のところの予定ではね。いつになるかはまだ分からないけど」
「へえ……僕、これ犬みたいで可愛いから好きなんだけどな~~」
渉が残念そうに言った。
「残念ながら万が一君がファントムドライバーになりたいと思ってもその前にこいつは退役だろうね」
「そっか~~」
「本当にベテランさんばかりなんですか?」
今の話をきいて私も気になったので質問をしてみた。
「ええ。パイロットを補充しないので後進の訓練をする必要もなくなりましたし、そのお蔭で防空任務以外では自分の技量向上のための訓練飛行の時間が今まで以上に持てるようになりました。ですから古い機体ですが若い連中が飛ばすイーグルにだって負けませんよ」
そう言って誇らしげな笑みを浮かべる。その人からはまだまだ若いもんには負けないぞっていうベテランパイロットとしての誇りが感じられた。なんだか信吾さんみたい。
「他の機体にうつるってことはなさらないんですか?」
退官するには目の前のパイロットさんはまだまだお若そうなのに。
「飛んでいたい気持ちは山々なんですがそれをするにはちょっと……おじいちゃんになりすぎましたね」
悪戯っぽい笑みを浮かべてから子供達の方に再び目を向けた。
「コックピットの中、覗いてみるかい?」
「「みたーい!!」」
「いいんですか?」
「自分の展示飛行はもう少し先なので問題ありませんよ」
パイロットさんは近くにいた整備の人に声をかけてキャタツを持って来てくれた。そして友里と渉はそこにのぼって中を見学させてもらう。前に見たものよりもずっとアナログチックなものだったらしく二人してボタンがいっぱいある!と大興奮だった。
パイロットさんの説明を聞きながら嬉しそうにコックピットを見学している二人を眺めていると、やっと言い合いをやめた信吾さんと葛城さんがこっちに戻ってきた。
「決着はついたの?」
「いいや。何故か海自の佐伯が一番年寄りって話で何故か落ち着いた」
「佐伯さんだって総監部じゃなくてずっと護衛艦に乗っていたいって嘆いていたの知ってるくせに」
「あいつはいいんだよ、防大出の幹部なんだから」
葛城さんが意地の悪い笑みを浮かべながら言う。
「でも、信吾さんも葛城さんも結局は佐伯さんと似たようなところに行くのよね? ってことは揃ってみんなお年寄りの仲間入りってことなんじゃないの?」
途端に二人が浮かべていたニヤニヤ笑いが消えた。
+++++
「で、ツアー最後はブルーインパルス。二人とも飛んでいるのは見たことあるんだよな?」
「「あるよーー!!」」
その一角には青と白の鮮やかな色の練習機が綺麗に横一列に並んでいた。そしてその前にはさっき以上の人だかりができている。本当に人気があるよね、ブルーインパルスって。
「そう言えば、今の隊長、榎本の嫁さんの同期だそうだぞ」
「ほぉ、榎本の奥さんももうそんな年齢になったのか、早いものだな」
葛城さんの言葉に信吾さんが頷く。
榎本さんというのは葛城さんのいわばパイロットの同級生さんってやつで私は会ったことないけど信吾さんとも顔見知りの人だ。で、その人の奥さんも航空自衛隊の隊員さんで輸送機のパイロットをしているんだとか。信吾さんも一度海外への「出張」で乗せてもらったことがあるらしい。
「確かあっちでサイン会をやってる時間なんだが……なんであそこに立ってるんだろうな、あいつ」
歩きながら首を傾げる葛城さん。私達が一番機と呼ばれている機体の側に行くと横に立っていた人が葛城さんと信吾さんに敬礼をした。他のパイロットさん達とは違う青いフライトスーツ、つまりブルーインパルスのパイロットさんだ。
「お待ちしておりました」
「待ってたって確かブルーはメイン会場でサイン会をしてる時間だよな? 隊長がいないと話にならんだろ」
それぞれブルーファンの人達にはひいきにしているパイロットさんがあるらしくてサインには結構な列ができていたのを横田でも見たことがあったっけ。そして隊長さんはその中でも特別枠で絶大な人気があったと記憶している。そんな人がここにいて良いのかな? ファンの人がガッカリしない?
「葛城一佐が客人を連れてみえると聞いたらあちらに行けるわけないでしょう」
「……俺が強要したわけじゃないからな? 榎本がさりげなく圧力をかけたに決まってる」
何か言いたげな信吾さんに向かって葛城さんがキッパリとした口調で宣言した。
「風間二等空佐です。お会いできて光栄です。ちなみに榎本一佐が何か言ったわけでもありませんので御心配なく。どちらかと言えば自分がミーハーな気持ちで森永一佐にお目にかかりたかっただけですから」
そう言ってその人、風間二佐さんが信吾さんに改めて敬礼をする。
つまるところ風間さんはS部隊の群長さんにお目にかかりたかったってことみたい。その言葉に信吾さんはなんとなく居心地悪そうな空気をにじませた。ずっと人前に出ないところにいたせいか群長になった今でもそういうのあまり得意じゃないのよね、信吾さん。
「本当に葛城が無理を言ったのでなければ良いんだが」
「おい、俺が嘘をつくとでも?」
「お前ならやりかねん」
「本当に御心配なく。それに来賓のエスコートも任務の一つですので。ではご案内します」
私はちょっと疲れてしまったので皆について行くことはせずに、その場に椅子を用意してもらって一番機の横で座っていることにした。信吾さんも私と一緒に待っていることにしたらしく、何故か横で見学している人達に背中を向けて仁王立ちしている。
「ねえ、なんで仁王立ちしてるの?」
「普通に立っているだけだが?」
「そうかなあ……」
子供達がこっちに戻ってくるのを待ちながら柵の向こう側にいる人達を見ようと体を傾けると、何故か信吾さんが私の視界を遮るように移動した。
「ちょっと信吾さん、見えない」
「別に人だかりなんて見なくてもいいだろ」
「どのぐらいの人がいるのか見たいじゃない」
そう言いながら信吾さんに体の向こう側に顔を出そうとしたらまた信吾さんが移動して遮ってくる。
「見えないよー」
「見なくてもいい」
「えー……」
「せっかく一番機のそばに座っているんだ、写真でも撮っておいたらどうだ?」
「だってカメラは葛城さんに預けちゃったし……」
こそっと体を動かしたら速攻で視界を遮られてしまった。もう信吾さんてば!!
「スマホのカメラがあるだろ」
仕方がないので一番機の写真、しかもお尻の部分のアップと尾翼の1の数字を撮っておくことにした。ファンの人達からすれば天国みたいな場所に座っているのに「仕方なく」なんてきっと贅沢な話だよね。
そして子供達が風間さんに案内してもらっている途中で展示飛行の時間がやってきた。私と信吾さんはその場で、子供達は葛城さん達とブルーの機体の横で飛び立っていく「お爺ちゃん」を見送る。それに続いてたくさんの戦闘機達が離陸していき、航空機達が順番に編隊を組んで頭の上を通りすぎたりちょっとしたアクロバットみたいな飛び方を披露する時間が続いて、それを見ている間に風間さんに連れられた二人が戻ってきた。
「では自分はこれで失礼します。午後からは我々が飛びますので是非ご覧になって行ってください」
そう言うと風間さんはニッコリと子供達に微笑みかけてから信吾さん達に敬礼をして離れていった。
「どうだった? ブルーのお話、たくさん聞けた?」
「うん! 機体をピカピカに磨くお仕事もあるんだって! パパとする車のワックスがけみたいだよね」
友里が楽しそうに報告をする。
「渉は? どんなことが気になった?」
「パイロットだけじゃなくて整備員さんも移動の時に後ろに乗ったりするんだって。それで機体に異常がないかどうか分かる整備員さんもいるんだってさ」
「へえ~~。どっちもザ・職人って感じだね」
一緒に説明を聞かなかった私と信吾さんに二人は風間さんから聞いた話を細かいところまで報告してくれた。その話を楽しく聞きながら私達はお昼ご飯を食べるために基地の建物の中に入った。
+++++
すぐそばで見られないのはちょっと残念だったけど、混雑していない建物の屋上から雲一つない青空を白い雲をひきながら飛んでいるブルーインパルスを眺めるのはなかなか壮観だった。
「ママ、これが終ったらあっちの見たい」
友里と渉が屋上から指をさしたのはお馴染みの色をした機体達。陸上自衛隊が所有しているヘリと輸送機だ。葛城さんツアーでは航空自衛隊が所有しているものだけだったからお馴染みの機体達のことが気になっていたみたい。
「さすが陸自のお子様だな」
「しょっちゅう見ているから珍しくもないだろうにな」
「それだけ親しみがあるんだろ。ブルーの飛行が終われば人も少なくなるからゆっくり見れるだろう」
そこで葛城さんがまた変な笑みを浮かべて信吾さんを見た。
「あそこにいる連中、お前の顔を見たら逃げ出すかもな」
「お前ってやつは」
だけど葛城さんの予言は大きく外れることになった。どうしてって? 何故か分からないけど自衛官同士の以心伝心のせいか逆に集まってきちゃったのよね、群長さんを一目見たいとか何とかいう人達が。
信吾さん的には予想外のことだったみたいでちょっと気の毒だったかな。
展示してある戦闘機と一般のお客さん達を区切っている柵の向こう側は黒山の人だかり。とにかく人、人、人。見学に来ている人達には申し訳ないけれどあの中にまじって見学をしなくて済むのは本当にありがたい。招待してくれた葛城さんには感謝しなくちゃ。
「ここ最近、急に増えたって感じだな。それは陸自の方でも同じなんじゃ?」
子供達に「百里から老体にムチ打って飛んできたおじいちゃん戦闘機」の話をしていた葛城さんがこっちに振り向いた。
「そうですけどここまで多くないですよ」
だって入間基地の航空祭なんて十万人単位の人が来たとかニュースで言ってたんだよ? さすがに陸自の中でも比較的人が集まると言われている習志野駐屯地の夏祭りでもそれだけの人は集まらない……っていうかそれだけの人数は入らないと思う。
「ねえ、おじいちゃんに乗る人もおじいちゃんってどういうこと?」
友里が葛城さんの服の袖を引っ張りながら葛城さんに途中で止まっていた質問の続きをする。
「……おじいちゃんじゃないよね?」
渉がその戦闘機の横で友里の質問を耳にして苦笑いしているパイロットさんの方をこっそりと伺いながら言った。
「輸送機やヘリはともかく、戦闘機パイロットが現役として飛べる時間はとても短いからね。二人のお父さんも空自の戦闘機パイロットから言わせたらもう化石か標本レベルなんだぞ?」
その言葉に二人がえー?!と声をあげる。
「おい葛城、さらっと無礼なことを言うな。俺が化石か標本ならお前だってそうだろうが。少なくとも俺はまだ部下達と演習に出ているぞ?」
葛城さんは最後の方では声を潜めたんだけど地獄耳の信吾さんにはしっかり聞こえたみたい。ムッとした顔をして葛城さんのことを睨んでいる。
「おや、聞こえたか。あのな、同じ自衛隊だからって俺達と脳筋集団のお前達と一緒にすんな。お前達陸自の連中は空挺出身の幕僚長を筆頭にどいつもこいつも体力的におかしいのばかりじゃないか」
まあそこは葛城さんの言うことも分かるかも。だって私だって最初は信吾さんや安住さん達みたいな元気な人達しか知らなかったから、葛城さん達パイロットがあんなに早く一線から退いてしまうと聞いて驚いたクチなんだもの。
安住さん達なんていまだにパラシュートを背負って輸送機から飛び降りてるし、信吾さんだって回数は減ってはいるものの訓練始めとか年に何度かは部下達の錬成具合を確かめるとか言っていつの間にか演習に参加しているし。脳が筋肉ではできているとは思わないけど全身筋肉は当たっていると思う……但し今の信吾さんは後ろで葛城さんと大人げない言い合いをしてるけど。
「また失敬なことを。横田に押し込められたからといって俺に八つ当たりするのはお門違いだぞ。諸々を決めたのはお前んところ空自の頭だろうが」
「なんだよ、こんな時だけ篠原陸将に義理立てするのか? 昔はあのクソオヤジって散々言ってたくせに」
あら、なんだか内輪もめになってきちゃったんだけどどうしよう。子供達との見学ツアーがまだ途中だっていうのに。
「俺から説明させていただいてもよろしいでしょうか?」
三人で呆れた顔をして言い合いを続ける二人を眺めていると、戦闘機の横に立っていたパイロットさんが咳払いをしながら私達のところにやってきた。
「よろしくお願いします。あの二人はしばらく放置で」
「心得ました」
パイロットさんは友里と渉を戦闘機の近くまで連れて行くと、機体を軽く叩きながら説明を始める。
「つまりね。この戦闘機はとても古くて近い将来に引退する予定なんだ。今これを飛ばしているパイロットがパイロットをやめる前にそうなる予定でね、もう新しいパイロットの訓練はしていないんだよ」
まだ言い合いをしている二人の方にチラリと視線を向けて笑いながら更に説明を付け加えた。
「つまり若いパイロットが来ないから他の戦闘機よりもパイロットの平均年齢が高いんだ。一番若いパイロットでももう四十才間近。まあかっこ良く言えばベテランパイロット集団ってやつなんだけど葛城一佐からするとおじいちゃん集団なのかな?」
「これ、なくなっちゃうの?」
「今のところの予定ではね。いつになるかはまだ分からないけど」
「へえ……僕、これ犬みたいで可愛いから好きなんだけどな~~」
渉が残念そうに言った。
「残念ながら万が一君がファントムドライバーになりたいと思ってもその前にこいつは退役だろうね」
「そっか~~」
「本当にベテランさんばかりなんですか?」
今の話をきいて私も気になったので質問をしてみた。
「ええ。パイロットを補充しないので後進の訓練をする必要もなくなりましたし、そのお蔭で防空任務以外では自分の技量向上のための訓練飛行の時間が今まで以上に持てるようになりました。ですから古い機体ですが若い連中が飛ばすイーグルにだって負けませんよ」
そう言って誇らしげな笑みを浮かべる。その人からはまだまだ若いもんには負けないぞっていうベテランパイロットとしての誇りが感じられた。なんだか信吾さんみたい。
「他の機体にうつるってことはなさらないんですか?」
退官するには目の前のパイロットさんはまだまだお若そうなのに。
「飛んでいたい気持ちは山々なんですがそれをするにはちょっと……おじいちゃんになりすぎましたね」
悪戯っぽい笑みを浮かべてから子供達の方に再び目を向けた。
「コックピットの中、覗いてみるかい?」
「「みたーい!!」」
「いいんですか?」
「自分の展示飛行はもう少し先なので問題ありませんよ」
パイロットさんは近くにいた整備の人に声をかけてキャタツを持って来てくれた。そして友里と渉はそこにのぼって中を見学させてもらう。前に見たものよりもずっとアナログチックなものだったらしく二人してボタンがいっぱいある!と大興奮だった。
パイロットさんの説明を聞きながら嬉しそうにコックピットを見学している二人を眺めていると、やっと言い合いをやめた信吾さんと葛城さんがこっちに戻ってきた。
「決着はついたの?」
「いいや。何故か海自の佐伯が一番年寄りって話で何故か落ち着いた」
「佐伯さんだって総監部じゃなくてずっと護衛艦に乗っていたいって嘆いていたの知ってるくせに」
「あいつはいいんだよ、防大出の幹部なんだから」
葛城さんが意地の悪い笑みを浮かべながら言う。
「でも、信吾さんも葛城さんも結局は佐伯さんと似たようなところに行くのよね? ってことは揃ってみんなお年寄りの仲間入りってことなんじゃないの?」
途端に二人が浮かべていたニヤニヤ笑いが消えた。
+++++
「で、ツアー最後はブルーインパルス。二人とも飛んでいるのは見たことあるんだよな?」
「「あるよーー!!」」
その一角には青と白の鮮やかな色の練習機が綺麗に横一列に並んでいた。そしてその前にはさっき以上の人だかりができている。本当に人気があるよね、ブルーインパルスって。
「そう言えば、今の隊長、榎本の嫁さんの同期だそうだぞ」
「ほぉ、榎本の奥さんももうそんな年齢になったのか、早いものだな」
葛城さんの言葉に信吾さんが頷く。
榎本さんというのは葛城さんのいわばパイロットの同級生さんってやつで私は会ったことないけど信吾さんとも顔見知りの人だ。で、その人の奥さんも航空自衛隊の隊員さんで輸送機のパイロットをしているんだとか。信吾さんも一度海外への「出張」で乗せてもらったことがあるらしい。
「確かあっちでサイン会をやってる時間なんだが……なんであそこに立ってるんだろうな、あいつ」
歩きながら首を傾げる葛城さん。私達が一番機と呼ばれている機体の側に行くと横に立っていた人が葛城さんと信吾さんに敬礼をした。他のパイロットさん達とは違う青いフライトスーツ、つまりブルーインパルスのパイロットさんだ。
「お待ちしておりました」
「待ってたって確かブルーはメイン会場でサイン会をしてる時間だよな? 隊長がいないと話にならんだろ」
それぞれブルーファンの人達にはひいきにしているパイロットさんがあるらしくてサインには結構な列ができていたのを横田でも見たことがあったっけ。そして隊長さんはその中でも特別枠で絶大な人気があったと記憶している。そんな人がここにいて良いのかな? ファンの人がガッカリしない?
「葛城一佐が客人を連れてみえると聞いたらあちらに行けるわけないでしょう」
「……俺が強要したわけじゃないからな? 榎本がさりげなく圧力をかけたに決まってる」
何か言いたげな信吾さんに向かって葛城さんがキッパリとした口調で宣言した。
「風間二等空佐です。お会いできて光栄です。ちなみに榎本一佐が何か言ったわけでもありませんので御心配なく。どちらかと言えば自分がミーハーな気持ちで森永一佐にお目にかかりたかっただけですから」
そう言ってその人、風間二佐さんが信吾さんに改めて敬礼をする。
つまるところ風間さんはS部隊の群長さんにお目にかかりたかったってことみたい。その言葉に信吾さんはなんとなく居心地悪そうな空気をにじませた。ずっと人前に出ないところにいたせいか群長になった今でもそういうのあまり得意じゃないのよね、信吾さん。
「本当に葛城が無理を言ったのでなければ良いんだが」
「おい、俺が嘘をつくとでも?」
「お前ならやりかねん」
「本当に御心配なく。それに来賓のエスコートも任務の一つですので。ではご案内します」
私はちょっと疲れてしまったので皆について行くことはせずに、その場に椅子を用意してもらって一番機の横で座っていることにした。信吾さんも私と一緒に待っていることにしたらしく、何故か横で見学している人達に背中を向けて仁王立ちしている。
「ねえ、なんで仁王立ちしてるの?」
「普通に立っているだけだが?」
「そうかなあ……」
子供達がこっちに戻ってくるのを待ちながら柵の向こう側にいる人達を見ようと体を傾けると、何故か信吾さんが私の視界を遮るように移動した。
「ちょっと信吾さん、見えない」
「別に人だかりなんて見なくてもいいだろ」
「どのぐらいの人がいるのか見たいじゃない」
そう言いながら信吾さんに体の向こう側に顔を出そうとしたらまた信吾さんが移動して遮ってくる。
「見えないよー」
「見なくてもいい」
「えー……」
「せっかく一番機のそばに座っているんだ、写真でも撮っておいたらどうだ?」
「だってカメラは葛城さんに預けちゃったし……」
こそっと体を動かしたら速攻で視界を遮られてしまった。もう信吾さんてば!!
「スマホのカメラがあるだろ」
仕方がないので一番機の写真、しかもお尻の部分のアップと尾翼の1の数字を撮っておくことにした。ファンの人達からすれば天国みたいな場所に座っているのに「仕方なく」なんてきっと贅沢な話だよね。
そして子供達が風間さんに案内してもらっている途中で展示飛行の時間がやってきた。私と信吾さんはその場で、子供達は葛城さん達とブルーの機体の横で飛び立っていく「お爺ちゃん」を見送る。それに続いてたくさんの戦闘機達が離陸していき、航空機達が順番に編隊を組んで頭の上を通りすぎたりちょっとしたアクロバットみたいな飛び方を披露する時間が続いて、それを見ている間に風間さんに連れられた二人が戻ってきた。
「では自分はこれで失礼します。午後からは我々が飛びますので是非ご覧になって行ってください」
そう言うと風間さんはニッコリと子供達に微笑みかけてから信吾さん達に敬礼をして離れていった。
「どうだった? ブルーのお話、たくさん聞けた?」
「うん! 機体をピカピカに磨くお仕事もあるんだって! パパとする車のワックスがけみたいだよね」
友里が楽しそうに報告をする。
「渉は? どんなことが気になった?」
「パイロットだけじゃなくて整備員さんも移動の時に後ろに乗ったりするんだって。それで機体に異常がないかどうか分かる整備員さんもいるんだってさ」
「へえ~~。どっちもザ・職人って感じだね」
一緒に説明を聞かなかった私と信吾さんに二人は風間さんから聞いた話を細かいところまで報告してくれた。その話を楽しく聞きながら私達はお昼ご飯を食べるために基地の建物の中に入った。
+++++
すぐそばで見られないのはちょっと残念だったけど、混雑していない建物の屋上から雲一つない青空を白い雲をひきながら飛んでいるブルーインパルスを眺めるのはなかなか壮観だった。
「ママ、これが終ったらあっちの見たい」
友里と渉が屋上から指をさしたのはお馴染みの色をした機体達。陸上自衛隊が所有しているヘリと輸送機だ。葛城さんツアーでは航空自衛隊が所有しているものだけだったからお馴染みの機体達のことが気になっていたみたい。
「さすが陸自のお子様だな」
「しょっちゅう見ているから珍しくもないだろうにな」
「それだけ親しみがあるんだろ。ブルーの飛行が終われば人も少なくなるからゆっくり見れるだろう」
そこで葛城さんがまた変な笑みを浮かべて信吾さんを見た。
「あそこにいる連中、お前の顔を見たら逃げ出すかもな」
「お前ってやつは」
だけど葛城さんの予言は大きく外れることになった。どうしてって? 何故か分からないけど自衛官同士の以心伝心のせいか逆に集まってきちゃったのよね、群長さんを一目見たいとか何とかいう人達が。
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