貴方と二人で臨む海

鏡野ゆう

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東京・横須賀編

第十八話 門真さん包囲網? その1

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「高島さん、今している作業とは全然関係ないことでちょっと聞きたいことがあるんですけど良いですか?」
「なあに?」
「高島さん主催の合コンがきっかけでお付き合いを始めた人達っているんですか?」

 領空付近に飛来するここ一年の他国籍軍用機の飛行進路データを入力していた高島さんの手がピタリと止まった。そしてモニターの向こう側からヒョッコリと顔を出してこっちを覗き込んでくる。

「……もしかして篠塚君とお付き合いすることにしたの?」

 高島さんの顔がまるでチシャ猫のようにニンマリと笑ったものになっている。

「私と篠塚さんの話じゃなくて合コンがきっかけでお付き合いを始めた人がいますかって質問なんですけど」
「ふーん」

 ますますニマニマ顔になる高島さん。

「そりゃあ、いないわけじゃないわよ。そうでなかったらあっちこっちから私に合コンを主催しろって話はこないでしょ? これでも縁結びの神様高島様って呼ばれてありがたがられているんだから」
「そうなんですか? 私そんなこと一度も聞いたことがないですよ?」

 って言うかあの時まで高島さんが合コンを主催しているなんてことすら知らなかったのに。

「そりゃあこれは主に制服組こっちサイドでの話だもの。背広組さんは制服組と違って出会いは多いでしょ? 特にここは色んな省庁から情報が集まってくるわけだしその関係者と顔を合わせることも多いんだから。そっちはいわばエリートさん同士でより取り見取りってやつなんじゃない?」

 情報本部には自衛隊が独自に収集した情報だけではなく諸外国の省庁や軍隊、国内では外務省や警察庁、公安調査庁などから多くの情報がもたらされている。だからその関係者も結構な頻度で出入りをしていた。だけどそれが新たな男女の出会いと繋がるかと言えば甚だ疑問だ。

「出入りしているのはおねーさんかおじさんばっかで私にはあまり関係なさそうですけどね~」
「ま、門真さんからしたらそうなのかしらね」

 高島さんがフフフと笑う。

「じゃあせっかくだから縁結びの神様から篠塚君の簡単なプロフィールを教えておいてあげるわね」
「別に篠塚さんのプロフィールなんて聞かせてもらわなくてもいいですから」
「まあまあ、そんなこと言わずに御神託はありがたく聞いておきなさい」

 そう言いながらニッコリと微笑んだ。その微笑みを見て大人しく聞いておかないと天罰くだりそうと思ったことは絶対に言わないでおこう……。

 篠塚暁斗あきと、二十六歳。

 家族構成は商社マンの父親と専業主婦の母親、父親と同じ会社に勤務している兄が一人に大学生の妹が一人。本人は実家を出て一人暮らしの横須賀在住。

 現在は海上自衛隊横須賀陸警隊所属の三等海尉。自衛官としての身体能力も高く上官からは特別警備隊への推薦が一度なされているが本人が固辞した模様。理由は不明。

「こんな感じかしら? 高校を出てから自衛隊に入隊した人にしてはかなりの有望株ね」
「特別警備隊って江田島にある、陸自でいうところの特殊作戦群みたいな部隊ですよね?」
「そうよ。出身者も陸警隊出身者が多いみたい」
「どうして推薦された時に行かなかったんでしょう? 推薦されたってことは上の人に能力有りと判断されたわけでしょ?」
「さあ。その時は本人がそこまで自衛官としての心構えが出来ていなかったのかもしれないわね。あそこは今のような基地警備ではなく邦人保護やテロリストとの交戦が想定されている部隊だから」

 確かに陸警隊と特警隊とでは似ているのは呼び名ぐらいで任務の内容がまったく違うものだ。

「だけど推薦を固辞して大丈夫なんですか? 出世に響くとかないんですか? えーと、この手の推薦は確かパスは二回までってどこかで聞いたことありますけど」
「ま、本来ならそうかもしれないけれど篠塚君の上司は大津さんだから。それに能力があっても心構えが出来ないままで行かせてもあっちに迷惑でしょうからね」
「なるほど。厳しいんですね」

 なんだか本当に聞いていた以上に厳しい世界なんだなって思ってしまった。

「そりゃあ任務の内容が人命に直結するものですもの、厳しくて当然でしょ? 年に一度の募集でそれなりに能力のある隊員達をそれぞれの部隊から送り込んでいるみたいだけどなかなかモノになる人材は少ないって話よ。ま、それは陸自うちの特作も同じなんだけどね」

 高島さんの話によると人材がどうのというよりも国内での自衛隊の位置づけ上なかなか本格的な訓練がままならないという現状の方が問題なんだそうだ。

 まあそうだよね、ちょっとした装備の導入に対してもあれこれうるさく言われるんだもの。訓練をすることにだってお金がかかる。国民の生命と財産を守ると言っても自衛隊の置かれている現状ではその能力を維持するのにもなかなか難しい課題が山積みだ。

「正義感溢れちゃってる門真さんとしては篠塚君にそこへ行ってほしいって思うんじゃない?」
「……それは篠塚さん次第で私が口を挟むことじゃないと思いますよ。それに訓練は一ヶ月とか二ヶ月とかそんなんじゃなくて長いんでしょ?」
「確か二年だったかしら。ああ、そうね、お付き合いを始めた途端に離れ離れというのも悲しいわよね」

 いきなり遠距離恋愛は辛いわよねと気の毒そうな顔をしてみせた。

「そうじゃなくてまだ篠塚さんを投げ飛ばせてないのに江田島に行かれちゃったら困るなって思っただけですよ、まさかあそこまで投げ飛ばしに行くわけにもいかないでしょ?」

 高島さんはふむと何やら意味深な笑みを浮かべている。

「いつも真っ直ぐ元気な門真さんがなんとなく及び腰になっているってことは、もしかして篠塚君が防衛から攻めの態勢に入っちゃったのかしらね?」
「だからそうじゃなくてですね……」

 そうじゃないと言っているのに誰も彼もが全然私の言い分を聞いてくれないのは何故なの?

 ……でも私が及び腰になっているっていうのは正しいかもしれないな。だってそれまでは仕方なくという感じはあっても何も言わずに私の後ろからついてきてくれていた感じの篠塚さんが、電車の中でのあの会話から急に態度を変えちゃったような気がするんだもの。

 確かにあんな風に男の人からわーって迫ってこられるのは初めてのことだから及び腰になっちゃっているかもしれない。それにあんな風にキスされたのも初めてだし。

「……あの、篠塚さんって彼女さんいないんですよね?」
「当たり前でしょ? そうでなかったらあの飲み会に誘わないわよ」
「あ、そっか」
「門真さんにも彼氏さんはいないのよね?」
「残念ながら」

 残念ながら私、彼氏いない歴自分の年齢のちょっと残念な状態の子ですから。

「だったらお互いにフリーなんだもの、付き合ってみるのも良いんじゃない? 篠塚君、いい子よ?」
「いい子、なんですか」
「ええ、いい子」

 どういい子なんだろうって首を傾げてしまった。だってあんなに怖い顔してるんだよ? ああ、それは元からなんだっけ?

「それに穏やかな子だから。滅多なことで声を荒げたりしない子、かしら。ちょっと頭が固いのが玉にキズかしらね」
「あれで穏やか……」

 声を滅多に荒げないのと頭が固いのは分かるけどどの辺が穏やかなんだろう……。もしかして自衛隊ではあのぐらいが穏やかな人の部類なの? じゃあ穏やかじゃない人って一体どんな感じなの? なんだかそれって怖くない? 


+++++


『汐莉ちゃん、年末はいつ帰ってくるの? 汐莉ちゃん? 聞いてる?』

 また頭の中がよそにお出かけしてしまっていて母の言葉が右から左へと素通りしていた。

「え、ああ、ごめん。私も久し振りの連休でゆっくりしたいしお掃除もちゃんとしておきたいから大晦日か元旦にそっちに顔を出そうかなって思ってるんだけど」
『そうなの?』
「うん」
『お仕事が忙しいのね。大丈夫?』

 まだ母には話していないけど土日でゆっくりできないのは日曜日に護身術を習いに横須賀の篠塚さんのところに通っているからだ。

「大丈夫、大丈夫。ちゃんとお父さんのお墓参りには一緒に行くから安心して」

 別に帰省するのを大晦日ぎりぎりにしたのは仕事納めの日に篠塚さんに会うことになりそうだからとかそんなんじゃない。断じて筋トレ初日の時みたいに筋肉痛になって動けなくなるとかそういうのを警戒してのことじゃないから。

 だいたい抱き潰したら大変なんて篠塚さんは言っていたけどそんなの漫画か小説の中の人じゃないんだから有り得ないでしょ普通。…………違うの?

『汐莉ちゃん?』
「ん? なに? 心配しなくても大丈夫だってば。ちゃんと仕事はやれてるよ。ここしばらくは年末のお休みに向けて片付けておかなくちゃいけない仕事が押しているせいもあってちょっと忙しいだけ」

 それは本当のこと。国内ではそろそろクリスマスも近づいて浮かれているけど国外では相変わらず物騒なことがあちこちで起きていて毎日のように様々な情報が入ってくる。

『そうじゃなくて、もしかしてこっちに帰ってくるよりも他に一緒に過ごしたい人ができたんじゃないかって綾乃ちゃんが横で言ってるんだけど』

 不意打ちに飲みかけていたお茶を噴き出してしまった。

『……あら、図星だったみたいよ、綾乃ちゃん。汐莉ちゃんにもとうとう彼氏ができたみたい』

 電話の向こうで母がお義姉さんに話しかけている。どうやら今日の電話は横でお義姉さんも一緒に聞いているみたいだ。

「ちょっと急に何を」
『だって前はしょっちゅうこっちに戻ってきてたのにここ最近は御無沙汰でしょ? だからそっちで仲良くなった人がいるのかなって綾乃ちゃんとも話してたのよ』

 母が言っているのは多分十月にあった連休に帰らなかったことだと思う。そう、ちょうど私がJJおじさんと観艦式に行った時の連休のことだ。

 そしてここで仲良しになったのが女性ではなく男性だと決めてかかる辺りが母とお義姉さんらしい。

「別にそういうのじゃなくて小姑がしょっちゅう帰省したらお義姉さんだって落ち着かないでしょ? これでも遠慮してるんだけどな」
『貴女だってお年頃なんだから私達相手に恥ずかしがらなくても良いのよ。別にお付き合いしている人がいるのを知ったからって詮索したいってわけじゃないんだから。ああ、でもやっぱりどんな人かは知りたいかしら。ねえ?』

 母の声の後ろで「私は知りたいわ」と言っている義姉の声が聞こえた。

「だからそんなんじゃなくて……」
『今年は無理に帰省しなくても良いわよ。彼氏さんとゆっくりしちゃいなさい。どんな人かはそのうち改めて聞かせてもらうから』
「だからそうじゃなくて~。とにかく、新年のお墓参りにはちゃんと顔を出すから」
『はいはい。期待せずに待ってるわ~』

 電話を切ってから溜め息をついてしまった。母と義姉は完全にそうだと決めてかかっている。こうなると何を言っても無駄なのは長年の経験から分かっていた。

「……まあ、もしかしたらお察しの通りなのかもしれないけど」

 いやいや、とにかく!

 なにはともあれ次のお稽古の時にもう一度ちゃんと篠塚さんと話し合わなくちゃいけないと思うんだ。
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