貴方と二人で臨む海

鏡野ゆう

文字の大きさ
43 / 45
東京・江田島編 GW

第十一話 海上自衛隊第一術科学校、そしてやっぱりカレー

しおりを挟む
 海上自衛隊第一術科学校は現在進行形で篠塚さんがお勉強をしているところで、数年前に幹部課程を受けていた幹部候補生学校と同じ敷地内にあった。考えてみたら篠塚さんにとっては二度目になるわけでそこそこ馴染みの場所ってことになるのかな?

「総監部の建物もそうだけどここもレトロな雰囲気だね」

 最初にやってきた大講堂を見上げながら感想を口にした。この建物は大正時代に建てられたもの。国会議事堂でもそうだけどこういう建物って現代風の建物よりもずっとおもむきがあって素敵。

 休み前に堅田部長と出向いた首相官邸も、昔の方が重厚な感じがして良かったって話を年輩の自衛官さんや職員さん達からよく聞く。ホームページで旧官邸の中を見てみたけど確かに正面玄関や客間は趣はあるなって感じた。そりゃ今の官邸の方が広いし設備は整っているし日本の政治家トップの執務スペースとしては言うことないんだけどね。

「まあそれなりに歴史もあるしそれが売りみたいなものだからな」

 それもあってここは海上自衛隊の教育施設ではあるものの結構人気のある観光スポットでもあるらしい。

「ここで入学式や卒業式が行われるのね。あ、演壇の向こう側にある奥行きのあるスペースはなに? まさかお花を飾るスペースとかじゃないよね?」

 中に入ると正面にある壇上の方へと歩いていった。演壇へと上がる階段の真ん中に敷かれている赤い絨毯。ここは成績が優秀だった人しか通れない特別な場所なんだそうだ。

 そして私が気になったのは演壇の向こう側にある窪んだ場所。壺にいけたお花を飾るにしては広すぎるし、校長先生が座るにしては妙な場所にあるし謎な空間だ。

「多分、汐莉も他の場所で同じようなのを見たことあると思うんだがな」

 その口ぶりからしてあっさりと教えてくれるつもりはないらしい。

「他の場所? こっちに来てから?」
「いや。ニュースの映像かなにかで一度は目にしているんじゃないかと」

 篠塚さんが出したヒントにうーんと考え込む。

「篠塚さんも見たことあるの?」
「ああ。ニュース映像で。年に一回ぐらいは確実に流れていると思う」
「えー、そうなの?」

 更に考え込んだ。なんだろう……。

「降参?」
「悔しいけど分からないから降参」
「あれは玉座なんだ」
「へ?! ぎょくざって……ここに天皇陛下がくるわけじゃないよね?!」

 思わず驚きの声をあげたらめちゃくちゃ声が響いたので慌てて声をひそめる。篠塚さんが見たことがあると言ったのは国会議事堂にある議長席の後ろにある玉座のことだったのだ。確かに年に一度ぐらいは確実に目にしていると思う。

「それだけここが古い施設だってことだな」
「なるほど……」

 戦前に使われていたってことなのね、なるほど。感心しながらそこを出ると次に見えてくるのは幹部候補生学校の庁舎。赤いレンガ造りの建物でいかにも海軍施設って感じの雰囲気だ。

「制服姿の人、ほとんど見かけないけど今日は皆お休みなの?」

 学校だからもっと制服姿の人がウロウロしているのかなと思っていたのに中は思いのほか静かで、ちょっと意外な感じがしたから案内してもらっている途中で篠塚さんに質問をしてみた。そう言えばここに来るまでも、ゲートの警備をしている人以外では見学する人達を案内するOBさん達の姿しか見かけなかったような気がする。

「今は連休中で、幹部課程を受けている連中も、高月みたいに自分の家に戻っているヤツが多いから、ほとんどこっちに残っていないと思う」
「なるほど。お休みは普通にあるのか~~」

 ふむふむと納得していると篠塚さんが半笑いを浮かべながらこっちを見下ろした。

「どんな環境だと思ってたんだ?」
「うーんと、課程を修了するまでは自由時間も休みも無しのデスロードで社畜ならぬ学畜みたいな環境」
「だから逃亡する人間が出ないように島に作ったと? 昔の海軍学校がどうだったか知らないが今そんなことをしていたら課程を修了するまで誰一人残っていないんじゃないか? そりゃあ厳しいのは認めるが」

 私の言葉に篠塚さんがおかしそうに笑う。

「デスロードは当たってるんだ?」
「まああれをデスロードに例えていいのかどうか俺には分からないけどな」
「そういうのも一度見てみたかったな。広報向きではないリアルな現場ってやつ」

 巷(ちまた)で出回っている映像とは違うんだろうか。やっぱり一度は自分の目で見てみたい。

「先に言っておくがいくら汐莉でも護身術を学ぶように体験してみるなんてのは絶対に無理だと思うぞ? プールで教官に頭を踏まれて沈められたり蹴り落されたりしたいって言うなら話は別だが」
「別にやりたいなんて言ってないじゃない、ただ見てみたいなって言ってるだけ。……漫画であるみたいな感じで足で沈められちゃうの?」
「似たようなことはしょっちゅうだな、もちろんプール以外の場所でも」

 まあそれが本当なのかどうか篠塚さんの顔からは判断できないけれど、それだけ厳しい訓練が行われているってことだよね。やっぱり一度見てみたいな。

 二人で庁舎を出て教育参考館に向かって歩いていると、私達より先に中を回っていた見学ツアーに参加している一団と出くわした。制服姿の篠塚さんを見てその中の何人かがこっちにカメラを向けてくる。それを横目で見た篠塚さんは私がカメラに写り込まないようにと自分の立ち位置を変えて、自分もさりげなく顔だけを背けた。

「やっぱり制服は着てくるんじゃなかったな、すまない」

 一団と離れたところまで来ると篠塚さんは溜め息をつきながら謝ってきた。

「仕方ないよ。少なくともそのお蔭で二人だけでゆっくりあれこれ見学できるんだし。撮影に呼び止められないだけ藤原一尉さんよりましだと思わなくちゃ」

 今日の篠塚さんは昨日とは違って制服を着ている。というのもここでの見学は原則的にOBさんが引率するツアー形式になっていて好き勝手にあっちこっちを見ることが出来ない。だから二人での行動を許可してもらうために「ここの関係者である篠塚さんが私をエスコートしている」という体裁をとったからだ。

 お蔭で私は見学ツアーでは立ち入りの出来ない幹部学校の奥の方まで見学させてもらえたわけなんだけど、やっぱり制服姿は施設内でも目立つし民間の人からしたらせっかく至近距離で立っている自衛官さんを見たら是非とも写真を撮りたいって思うよね。

「なんだ?」

 私がニマニマしながら見上げているのに気がついて不審げな顔をした。

「んー? なんだかね、ちょっと優越感に浸ってるの」
「優越感?」

 首を傾げる。

「だってさ、さっきの人達は篠塚さんのことをカッコいい自衛官さんがいると思って写真を撮ろうとしていたんでしょ? そんなカッコいい自衛官さんと二人っきりで歩いている私って凄い!って」
「俺が凄いんじゃなくて汐莉が凄いのか」
「うん、私が凄いの」

 篠塚さんは私の言葉にアハハハと愉快そうに笑った。

「何て言うか制服人気ってのは凄いよな。モデルでも芸能人でもないのにいきなりカメラを向けられるんだから」
「横須賀ではそういうことはなかったの?」
「陸警隊の俺達は近寄りがたい雰囲気を垂れ流しているらしくて至近距離まで接近してくる一般人はまれだったかな」

 そこは納得できる。陸警隊の仕事は施設の警備で護衛艦に乗っている隊員達とは違い常に武装して施設内を歩いているんだもの。黒いサングラスをして防弾チョッキつきのフル装備の厳ついお兄さんには普通の人は近寄りがたいかもしれない。

「私は今の制服より陸警隊のあの服を着ていた篠塚さんの方がカッコいいと思うんだけどな」

 特別警備隊の標準的な服装は陸警隊と似たようなものだっていのは分かっていた。だけど前のような青い迷彩柄の服じゃないのがちょっと残念なところだ。米軍ではあの青い迷彩色は不評でもとの迷彩色に戻るって話だけど私はあの制服が好きなんだけどな。

「だからって陸警隊に戻れとか言うなよ?」
「もちろん。推薦されたからには立派な特別警備隊の一員にならなきゃ。そのために私もこうやって遠路はるばる会いに来る生活をしてるんだから」
「くさいオッサンと同じ車両に乗り合わせる危険をおかしてだろ」

 愉快そうな笑みを浮かべているけど本当にあれにはまいったんだからね!

「そうそう。もう次からは絶対にグリーン車にする、あんな経験はもう懲り懲りだもの」

 明日の帰りの指定席、あのオジサンと鉢合わせしなきゃいいんだけど。

「そうか、明日の今頃はもう広島駅にいなきゃいけないんだな」

 歩きながらポツリと篠塚さんが呟いた。そうなのだ、三泊四日のお泊りも残すところあと一日。明日の今頃は広島駅のホームで新幹線を待っているころだ。

「もう一日いようと思えばいられたんだけどね、ごめんね」

 初めての新幹線での遠距離移動だったから連休最後の日を自宅で過ごせるような日程にしたんだけど、やっぱり最終日までこっちに滞在できるようにすれば良かったかな。今からでも明後日の特急券と乗車券とれないかな……。

「長距離の移動なんだ。無理はしない方がいい。疲れていたら仕事でミスが出るからな。ミスを連発して出世に響いたら一大事だ」

 私の表情を読んだ篠塚さんがそう言った。

「出世払いがパーになったら大変?」
「その通り。それに情報本部でのミスは国防に致命的な打撃を与えるものが多い。休むのも任務のうちだぞ?」

 そう言った篠塚さんは間違いなく自衛官の顔だった。

 参考館を見た後、篠塚さんが見学コースとは別に学校の施設を案内してくれた。当然のことながらその中には教官さんに足蹴にされて沈められちゃうというプールも含まれていた。

 ちなみに、篠塚さん達が受けている特別警備隊員になるための基礎課程訓練はここで行われているんだけど次に受ける応用課程はまた別の場所で行われるらしい。公にはなっていない特別警備隊の訓練、そのうちに見られると良いんだけどな。

 そして見学の締め括りとして篠塚さんは私を食堂に連れて行ってくれた。

 うん、もちろんここでも食べるのはカレーに決まってる。ここに来た人はたいていカレーを食べるらしく、篠塚さんがまったく別なものを頼んだら逆に驚いた顔をされていた。そりゃ篠塚さんは毎週ここのカレーを食べてるんだもの、わざわざ休みの時まで頼まないよって話だよね。

「ここのカレーの御感想は?」

 半分くらい食べたところで質問された。

「美味しいよ。情報通な部署にいる私としては何としてでも全海自のカレーレシピを全て入手して自分で作ってみたい気分になってきた」
「本気か?」

 篠塚さんが目を丸くする。

「本気も本気。何が何でも調べ上げる。そのためにも一つでも多くの情報に接する資格が貰えるように偉くならなきゃ。目指せ出世払いと全カレーレシピ制覇。何が何でもあの陸自のおじ様より先にコンプリートする」
「どうして隊長も汐莉もそういうところで能力の無駄遣いをするんだ……」

 私の宣言に篠塚さんは呆れた顔をしながら言った。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

叱られた冷淡御曹司は甘々御曹司へと成長する

花里 美佐
恋愛
冷淡財閥御曹司VS失業中の華道家 結婚に興味のない財閥御曹司は見合いを断り続けてきた。ある日、祖母の師匠である華道家の孫娘を紹介された。面と向かって彼の失礼な態度を指摘した彼女に興味を抱いた彼は、自分の財閥で花を活ける仕事を紹介する。 愛を知った財閥御曹司は彼女のために冷淡さをかなぐり捨て、甘く変貌していく。

身分差婚~あなたの妻になれないはずだった~

椿蛍
恋愛
「息子と別れていただけないかしら?」 私を脅して、別れを決断させた彼の両親。 彼は高級住宅地『都久山』で王子様と呼ばれる存在。 私とは住む世界が違った…… 別れを命じられ、私の恋が終わった。 叶わない身分差の恋だったはずが―― ※R-15くらいなので※マークはありません。 ※視点切り替えあり。 ※2日間は1日3回更新、3日目から1日2回更新となります。

ハメられ婚〜最低な元彼とでき婚しますか?〜

鳴宮鶉子
恋愛
久しぶりに会った元彼のアイツと一夜の過ちで赤ちゃんができてしまった。どうしよう……。

財閥御曹司は左遷された彼女を秘めた愛で取り戻す

花里 美佐
恋愛
榊原財閥に勤める香月菜々は日傘専務の秘書をしていた。 専務は御曹司の元上司。 その専務が社内政争に巻き込まれ退任。 菜々は同じ秘書の彼氏にもフラれてしまう。 居場所がなくなった彼女は退職を希望したが 支社への転勤(左遷)を命じられてしまう。 ところが、ようやく落ち着いた彼女の元に 海外にいたはずの御曹司が現れて?!

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

課長のケーキは甘い包囲網

花里 美佐
恋愛
田崎すみれ 二十二歳 料亭の娘だが、自分は料理が全くできない負い目がある。            えくぼの見える笑顔が可愛い、ケーキが大好きな女子。 × 沢島 誠司 三十三歳 洋菓子メーカー人事総務課長。笑わない鬼課長だった。             実は四年前まで商品開発担当パティシエだった。 大好きな洋菓子メーカーに就職したすみれ。 面接官だった彼が上司となった。 しかも、彼は面接に来る前からすみれを知っていた。 彼女のいつも買うケーキは、彼にとって重要な意味を持っていたからだ。 心に傷を持つヒーローとコンプレックス持ちのヒロインの恋(。・ω・。)ノ♡

貴方の腕に囚われて

鏡野ゆう
恋愛
限られた予算の中で頭を悩ませながら隊員達の為に食事を作るのは、陸上自衛隊駐屯地業務隊の補給科糧食班。 その班員である音無美景は少しばかり変った心意気で入隊した変わり種。そんな彼女の前に現れたのは新しくやってきた新任幹部森永二尉だった。 世界最強の料理人を目指す彼女と、そんな彼女をとっ捕まえたと思った彼のお話。 奈緒と信吾さんの息子、渉君のお話です。さすがカエルの子はカエル?! ※修正中なので、渉君の階級が前後エピソードで違っている箇所があります。

課長と私のほのぼの婚

藤谷 郁
恋愛
冬美が結婚したのは十も離れた年上男性。 舘林陽一35歳。 仕事はできるが、ちょっと変わった人と噂される彼は他部署の課長さん。 ひょんなことから交際が始まり、5か月後の秋、気がつけば夫婦になっていた。 ※他サイトにも投稿。 ※一部写真は写真ACさまよりお借りしています。

処理中です...