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小ネタ
シャウトの仕方ない日常 第7話 side - 葛城
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【シャウトの仕方ない日常】第七話に登場した葛城さんと榎本さん。
そんな二人の葛城さん視点のエピソードです( ゚∀゚)アハ
+++++
整備員の指示に従ってT-4を停止させる。機体が完全に止まったところでエンジンを切ると、コックピット内がようやく静かになった。
「到着しましたよっと。お疲れさん、お代はけっこうですよ、お客さん」
後ろに座っている榎本に声をかけた。
「俺が報酬をほしいぐらいなんだがな」
「なんでだよ。俺が嫁以外の人間を乗せて飛ぶのは、なかなか貴重なんだぞ?」
ここは福岡にある芦屋基地。今この基地は、航空祭の予行がおこなわれている最中だ。そしてその展示飛行には、俺の息子がその一員として飛んでいる、ブルーインパルスの飛行も含まれていた。
「それとだ、お前がここまで飛んでくる時間を捻り出してくれた副官殿にも、報酬を出すべきだよな」
「それも副官の仕事じゃ? これは資格保持に必要な飛行なんだが?」
「お前の今年の飛行時間、もうとっくに足りてるだろうが」
榎本がボソッと〝お前の考えなんてお見通しだぞ〟つぶやいた。
「なんだよー、お前の分まで飛んでやってるんじゃないか、感謝しろよ」
「俺は俺でちゃんと飛んでいる。お前に心配してもらう必要はないぞ。だいたいな、誰も彼もがどこかの狸オヤジの副官殿みたいに、有能執事になれるわけじゃないんだからな。無茶をさせるな」
「見込みがあるヤツなのに」
「なんのだ」
ハーネスをはずすと、その場でノビをした。そんなに長く飛んでもないのに、狭いコックピットに座り続けていたせいで、体のあちこちがギシギシいっている。この一瞬だけは自分の年齢の現実を強く感じた。
「はー、しかしケツが痛いな。執務室の上等な椅子に慣れるとダメだな。榎本、足のほうは大丈夫か?」
榎本の片足は義足だ。義足になるきっかけとなった事故はかなり昔のことだが、いまでも天候によっては傷口が痛むと聞いている。
「心配ない。痛むのはお前と同じでケツのほうだ」
「そうか。次からは特製クッションでも持ち込むか」
「だな」
笑いながらコックピットから出ると、基地司令の久光空将補が出迎えてくれていた。久光は若いころに俺と同じ飛行隊にいた元同僚だ。ただし、航学出身ではなく防大を経てパイロットになったので、今では俺達よりも偉くなっていた。
「久しぶりだな、葛城」
「よう、元気だったか、久光。今日はいきなりなことで申し訳ない。予行の邪魔になったかな」
「いや。ちょうど予行の隙間時間だったから問題なしだよ」
敬礼ではなくお互いに握手をする。久光はゆっくりとステップを降りた榎本に目を向けた。
「榎本も元気そうでなによりだ。まだ葛城のお守りを任されていたとは驚きだよ」
「こいつが小松に押しかけてくるんだよ。できたら、もう少し遠くに赴任してくれると助かるんだがな。横田と小松じゃ近すぎる」
「地球上にいる間は無理だろ、太陽系の外側ぐらいまで追い出さないと」
「なにやら失礼なことを言っているな、君達は。基地司令がこんなところで油を売っていて良いのか?」
腕時計を指で叩きながら言ってやる。
「心配するな。ちゃんと特等席で翔の飛行を見られるように手配してあるよ。さあ、行くぞ、ついてこい、迷子になるなよ」
久光は笑いながらそう言うと、俺達に背を向けて歩き出した。
+++
俺達が案内されたのは管制塔だった。たしかに、ここなら誰にも邪魔されることなく見ることができる。まさに特等席だ。俺達が窓辺に立った時にはすでにウォークダウンが終わり、ライダー達はT-4のコックピットにおさまっていた。
『ブルー01より管制塔。ブルー01から06、全機異常なし。これより展示飛行を開始する』
「了解しました、01。飛行空域への民間機の進入は確認されていません。順次、離陸をどうぞ」
『了解した』
管制とブルーの隊長が交信を開始し、いよいよ展示飛行が始まった。
『はー、飛びたないわ、ほないくで、オール君、ブルー5、ローアングルキューバンやで』
『今日もよろしくお願いします、ブルー6、ローアングルテイクオフいきまーす』
一番機から四番機が離陸し、次に五番機と六番機が続く。スピーカーから流れてきたのは、間違いなく翔の声だ。
「なあ、いいのか、こんな掛け声で」
先発で飛び立った四機とはまったく違う、呑気な交信に思わず口元がゆがんだ。
「まあ予行だからな、問題ないんだろう、たぶん」
榎本がうなづく。だがヤツの口元も俺と同じようにひくひくしていた。つまり、こいつも面白がっているということだ。
俺達が見ている前で、五番機と六番機が滑走路をはしりだす。スモークを出しながら、それぞれの機体が離陸した。
「ほお、なかなか良いんじゃないか?」
上昇していく六番機を目で追いながらつぶやく。
「今までどうして見てやらなかったんだ?」
空を見上げている俺に、榎本が声をかけてきた。
「見たら絶対にあれこれ口出ししたくなるだろ? あいつだって、第一線からしりぞいたオヤジに、あれこれ言われたくないだろ」
「口出ししたいのか?」
「そりゃしたいに決まってる。いまの離陸だってな、俺から言わせると……」
技量的な面で口出ししたいことを並べ立てると、榎本があきれたように笑った。
「笑うな。大事なことだろ?」
「まあ、そうなんだろうが、お前も容赦ないな」
「お前ほどじゃない。アクロはいわば、操縦技量の集大成だ。土台のない上っ面だけの状態でアクロをしたら、お前だって一発でわかるだろ」
「翔に土台がないとは思えないが?」
「当然だ。あいつは誰だと思ってるんだ、俺の息子だぞ?」
そう返すと、榎本が笑いながら首を横にふる。
「お前の口から親バカ発言が飛び出すとは、世も末だな」
「だからお前ほどじゃない」
航空祭でおこなう展示飛行を披露するブルーだったが、やはり目がいくのは息子が操縦桿を握っている六番機だ。
那覇の飛行隊で飛んでいた翔から、松島に行くことになったと聞かされた時は本当に驚いた。思わず「F-2に転換するのか?」と聞いたぐらいだ。
「いやしかし……本当にあいつ、ブルーなんだな」
「いまさらなのか」
俺がそう呟くと、横にいた榎本があきれたような顔をした。
「いまさらだよ、なんか文句あるのか?」
「いや、別に」
「いまさらな原因はお前にもあるんだからな」
俺がそう言うと、榎本は目を丸くして俺を見る。
「俺? なんで俺なんだ」
「翔をブルーへって話、俺より先にお前に行ってるじゃないか。どう考えてもおかしいだろ、そこは俺だろ?」
「それは俺に話を持ってきた、ちはるに言ってくれ。ちはるがどうしてそんな話を持ってきたのか、俺だってさっぱりなんだからな」
翔を釣り上げたのはブルー隊長の沖田だ。その沖田が翔に目をつけるきっかけが実にあやしい。榎本はのらりくらりと話をかわし続けているが、一度、こいつの嫁もまじえてゆっくり話をしなければならないだろう。
「さて、そろそろ終わるな。顔、見にくんだろ?」
「せっかく芦屋くんだりまで来たんだ、もちろん声をかけるさ。じゃあ、管制隊の皆の衆、邪魔したな。俺達のために特等席を用意してくれてありがとう」
その場の管制隊の面々に礼を言うと、榎本とエプロンに向かうことにした。
+++++
外に出ると、ちょうど戻ってきたブルーのT-4が所定の位置に停止するところだった。
「我ながらいいタイミングで管制塔から出たな」
「なにも考えてなかったくせに」
「やかましい」
俺と榎本が歩いていくと、T-4が戻ってくるのを待っているキーパー達が、慌てて姿勢を正し敬礼をしてくる。無視するわけにもいかないので、彼らに答礼をしながら歩いた。なんとも言えない堅苦しさに小さく溜め息をつく。
「年をとるとこれがまた面倒なことだよな。偉くなんてなるもんじゃないとつくづく思う」
「たしかにな」
機体からおりた翔が俺達に気がついたのがわかった。息子の隣に立っているのは五番機ライダーの影山だ。二人の前で足を止めると、デュアルソロの相方である影山に目を向けた。ブルーで翔と一番長く飛んでいるのはおそらく五番機の影山だ。客観的な視点で息子の技量を確認するなら、まずはこのパイロットからだろう。
「息子がいつもお世話になっています。これの父親です」
敬礼をせずにそう言うと、影山の敬礼をしかけた手がとまる。一佐としてではなく、父親として率直な意見を聞かせてもらいたくて、あえて階級を口にしなかった。影山はそんな俺の考えを察したらしい。軽く会釈をした。
「初めまして。五番機ライダーをつとめる影山です」
「どうですか、息子はちゃんとやれてますか?」
「もちろんです。オール……葛城一尉は素晴らしいパイロットですよ。呑み込みも非常に早く、隊長も感心しています」
「そうですか、安心しました」
その顔は嘘を言っているようには見えない。息子がちゃんとやれているらしいことを確信し、柄にもなく安堵した。影山の言葉にうなづきながら、息子の顔に目を向ける。
「時間がとれたんでな、やっと自分の目でお前の飛行を見ることができる。しっかり見て採点してやるから覚悟しろ」
そう言うと翔が溜め息をついた。
「殊勝な父親を演じるんだったら最後まで演じきれよ。途中から猫がボロボロと落ちてるじゃないか……」
「言ってる途中で俺のガラじゃないって気がついたんだよ。ダメだな、あんな言葉遣いしていたら肩が凝ってしかたがない」
「なんだよ、それ」
影山と榎本が猫がどうのこうのと話している横で、久しぶりに息子と面と向かって会話を続ける。
「先輩パイロットとしては当然だろ」
「また忙しい榎本のおじさんを巻きこんで。いい加減にしろよな」
「なんだよ、榎本だけじゃなく俺だって忙しいんだぞ」
「もー……父さん、自分の年を考えろよー」
「資格保持には必要な飛行時間だぞ。退官するまでは絶対にウィングマークは手放さないからな」
翔はやれやれと言いたげに首を横にふった。
「そうだ、颯がお前のアクロを見たがってたよ」
千歳基地で防空任務についている次男の颯。お互いそれなりに近い場所にいながら、なかなか顔を合わせる機会がとれないでいた。そろそろ、電話ではなくちょくせつ顔を見るのも悪くないかもな。
「年が明けたら千歳基地にも行くことになるんだ。その時まで我慢してもらうしかないな。今日は母さんも?」
「いや、俺のオオスズメフクロウちゃんは仕事だ。そのかわりにとカメラをあずかってきた。大砲みたいなレンズがついてるやつ。それで航空祭当日のお前の雄姿を撮ってこいとさ。あんなのでどうやって撮れって言うんだ?」
優に持たされたカメラ一式を思い浮かべて溜め息をつく。航空祭ならこのぐらいの望遠レンズは持っていけと渡されたんだが、あんな大砲もどきをどう扱えば良いのやら。俺は陸自じゃないんだぞと言いたい。
「母さんのことだ、ぜったいにこっちのローカル局の知り合いに声をかけてるよ。父さんが撮影を失敗した時にそなえてね」
「なんだそりゃ。じゃあ、わざわざ俺にカメラを持たせる意味なんてないじゃないか」
「まあそこは、保険ってやつでしょ。きっと父さんが撮った写真を見るのを楽しみにしていると思うけど?」
「やれやれ、広報は俺のガラじゃないんだがな……あんな大砲カメラ、肩がこりそうだ……」
ま、可愛い嫁と息子のためだ。どうなるかはわからんが、チャレンジしてみるか。俺達の話が一段落したところで、榎本と影山の話も終わったらしい。
「では我々は失礼する。本番の展示飛行も楽しみにしているよ。葛城一尉もな」
「はい、ありがとうございます!」
翔と影山がそろって敬礼をした。
「……明日の特等席はたしか屋上だよな?」
その場を離れながら、榎本に声をかける。
「そう聞いているが?」
「ってことは、あいつの顔、しっかりカメラで撮れるってことだよな」
「おい、悪人みたいな顔をしてるぞ」
「飛んでいるところなんて撮れる気がしないからな。ウォークダウンから離陸までをしっかり撮らせてもらうことにする」
俺の言葉に榎本が首を横にふった。
「まったく……悪巧みをするのは勝手だが、その前に、お前の息子が世話になっている隊長殿にしっかり挨拶しておけよ?」
「わかってるよ。まったく、お前は俺のカーチャンかよ」
そんなことを話しながら、俺達を待っているブルーの隊長のもとへと向かった。
そんな二人の葛城さん視点のエピソードです( ゚∀゚)アハ
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整備員の指示に従ってT-4を停止させる。機体が完全に止まったところでエンジンを切ると、コックピット内がようやく静かになった。
「到着しましたよっと。お疲れさん、お代はけっこうですよ、お客さん」
後ろに座っている榎本に声をかけた。
「俺が報酬をほしいぐらいなんだがな」
「なんでだよ。俺が嫁以外の人間を乗せて飛ぶのは、なかなか貴重なんだぞ?」
ここは福岡にある芦屋基地。今この基地は、航空祭の予行がおこなわれている最中だ。そしてその展示飛行には、俺の息子がその一員として飛んでいる、ブルーインパルスの飛行も含まれていた。
「それとだ、お前がここまで飛んでくる時間を捻り出してくれた副官殿にも、報酬を出すべきだよな」
「それも副官の仕事じゃ? これは資格保持に必要な飛行なんだが?」
「お前の今年の飛行時間、もうとっくに足りてるだろうが」
榎本がボソッと〝お前の考えなんてお見通しだぞ〟つぶやいた。
「なんだよー、お前の分まで飛んでやってるんじゃないか、感謝しろよ」
「俺は俺でちゃんと飛んでいる。お前に心配してもらう必要はないぞ。だいたいな、誰も彼もがどこかの狸オヤジの副官殿みたいに、有能執事になれるわけじゃないんだからな。無茶をさせるな」
「見込みがあるヤツなのに」
「なんのだ」
ハーネスをはずすと、その場でノビをした。そんなに長く飛んでもないのに、狭いコックピットに座り続けていたせいで、体のあちこちがギシギシいっている。この一瞬だけは自分の年齢の現実を強く感じた。
「はー、しかしケツが痛いな。執務室の上等な椅子に慣れるとダメだな。榎本、足のほうは大丈夫か?」
榎本の片足は義足だ。義足になるきっかけとなった事故はかなり昔のことだが、いまでも天候によっては傷口が痛むと聞いている。
「心配ない。痛むのはお前と同じでケツのほうだ」
「そうか。次からは特製クッションでも持ち込むか」
「だな」
笑いながらコックピットから出ると、基地司令の久光空将補が出迎えてくれていた。久光は若いころに俺と同じ飛行隊にいた元同僚だ。ただし、航学出身ではなく防大を経てパイロットになったので、今では俺達よりも偉くなっていた。
「久しぶりだな、葛城」
「よう、元気だったか、久光。今日はいきなりなことで申し訳ない。予行の邪魔になったかな」
「いや。ちょうど予行の隙間時間だったから問題なしだよ」
敬礼ではなくお互いに握手をする。久光はゆっくりとステップを降りた榎本に目を向けた。
「榎本も元気そうでなによりだ。まだ葛城のお守りを任されていたとは驚きだよ」
「こいつが小松に押しかけてくるんだよ。できたら、もう少し遠くに赴任してくれると助かるんだがな。横田と小松じゃ近すぎる」
「地球上にいる間は無理だろ、太陽系の外側ぐらいまで追い出さないと」
「なにやら失礼なことを言っているな、君達は。基地司令がこんなところで油を売っていて良いのか?」
腕時計を指で叩きながら言ってやる。
「心配するな。ちゃんと特等席で翔の飛行を見られるように手配してあるよ。さあ、行くぞ、ついてこい、迷子になるなよ」
久光は笑いながらそう言うと、俺達に背を向けて歩き出した。
+++
俺達が案内されたのは管制塔だった。たしかに、ここなら誰にも邪魔されることなく見ることができる。まさに特等席だ。俺達が窓辺に立った時にはすでにウォークダウンが終わり、ライダー達はT-4のコックピットにおさまっていた。
『ブルー01より管制塔。ブルー01から06、全機異常なし。これより展示飛行を開始する』
「了解しました、01。飛行空域への民間機の進入は確認されていません。順次、離陸をどうぞ」
『了解した』
管制とブルーの隊長が交信を開始し、いよいよ展示飛行が始まった。
『はー、飛びたないわ、ほないくで、オール君、ブルー5、ローアングルキューバンやで』
『今日もよろしくお願いします、ブルー6、ローアングルテイクオフいきまーす』
一番機から四番機が離陸し、次に五番機と六番機が続く。スピーカーから流れてきたのは、間違いなく翔の声だ。
「なあ、いいのか、こんな掛け声で」
先発で飛び立った四機とはまったく違う、呑気な交信に思わず口元がゆがんだ。
「まあ予行だからな、問題ないんだろう、たぶん」
榎本がうなづく。だがヤツの口元も俺と同じようにひくひくしていた。つまり、こいつも面白がっているということだ。
俺達が見ている前で、五番機と六番機が滑走路をはしりだす。スモークを出しながら、それぞれの機体が離陸した。
「ほお、なかなか良いんじゃないか?」
上昇していく六番機を目で追いながらつぶやく。
「今までどうして見てやらなかったんだ?」
空を見上げている俺に、榎本が声をかけてきた。
「見たら絶対にあれこれ口出ししたくなるだろ? あいつだって、第一線からしりぞいたオヤジに、あれこれ言われたくないだろ」
「口出ししたいのか?」
「そりゃしたいに決まってる。いまの離陸だってな、俺から言わせると……」
技量的な面で口出ししたいことを並べ立てると、榎本があきれたように笑った。
「笑うな。大事なことだろ?」
「まあ、そうなんだろうが、お前も容赦ないな」
「お前ほどじゃない。アクロはいわば、操縦技量の集大成だ。土台のない上っ面だけの状態でアクロをしたら、お前だって一発でわかるだろ」
「翔に土台がないとは思えないが?」
「当然だ。あいつは誰だと思ってるんだ、俺の息子だぞ?」
そう返すと、榎本が笑いながら首を横にふる。
「お前の口から親バカ発言が飛び出すとは、世も末だな」
「だからお前ほどじゃない」
航空祭でおこなう展示飛行を披露するブルーだったが、やはり目がいくのは息子が操縦桿を握っている六番機だ。
那覇の飛行隊で飛んでいた翔から、松島に行くことになったと聞かされた時は本当に驚いた。思わず「F-2に転換するのか?」と聞いたぐらいだ。
「いやしかし……本当にあいつ、ブルーなんだな」
「いまさらなのか」
俺がそう呟くと、横にいた榎本があきれたような顔をした。
「いまさらだよ、なんか文句あるのか?」
「いや、別に」
「いまさらな原因はお前にもあるんだからな」
俺がそう言うと、榎本は目を丸くして俺を見る。
「俺? なんで俺なんだ」
「翔をブルーへって話、俺より先にお前に行ってるじゃないか。どう考えてもおかしいだろ、そこは俺だろ?」
「それは俺に話を持ってきた、ちはるに言ってくれ。ちはるがどうしてそんな話を持ってきたのか、俺だってさっぱりなんだからな」
翔を釣り上げたのはブルー隊長の沖田だ。その沖田が翔に目をつけるきっかけが実にあやしい。榎本はのらりくらりと話をかわし続けているが、一度、こいつの嫁もまじえてゆっくり話をしなければならないだろう。
「さて、そろそろ終わるな。顔、見にくんだろ?」
「せっかく芦屋くんだりまで来たんだ、もちろん声をかけるさ。じゃあ、管制隊の皆の衆、邪魔したな。俺達のために特等席を用意してくれてありがとう」
その場の管制隊の面々に礼を言うと、榎本とエプロンに向かうことにした。
+++++
外に出ると、ちょうど戻ってきたブルーのT-4が所定の位置に停止するところだった。
「我ながらいいタイミングで管制塔から出たな」
「なにも考えてなかったくせに」
「やかましい」
俺と榎本が歩いていくと、T-4が戻ってくるのを待っているキーパー達が、慌てて姿勢を正し敬礼をしてくる。無視するわけにもいかないので、彼らに答礼をしながら歩いた。なんとも言えない堅苦しさに小さく溜め息をつく。
「年をとるとこれがまた面倒なことだよな。偉くなんてなるもんじゃないとつくづく思う」
「たしかにな」
機体からおりた翔が俺達に気がついたのがわかった。息子の隣に立っているのは五番機ライダーの影山だ。二人の前で足を止めると、デュアルソロの相方である影山に目を向けた。ブルーで翔と一番長く飛んでいるのはおそらく五番機の影山だ。客観的な視点で息子の技量を確認するなら、まずはこのパイロットからだろう。
「息子がいつもお世話になっています。これの父親です」
敬礼をせずにそう言うと、影山の敬礼をしかけた手がとまる。一佐としてではなく、父親として率直な意見を聞かせてもらいたくて、あえて階級を口にしなかった。影山はそんな俺の考えを察したらしい。軽く会釈をした。
「初めまして。五番機ライダーをつとめる影山です」
「どうですか、息子はちゃんとやれてますか?」
「もちろんです。オール……葛城一尉は素晴らしいパイロットですよ。呑み込みも非常に早く、隊長も感心しています」
「そうですか、安心しました」
その顔は嘘を言っているようには見えない。息子がちゃんとやれているらしいことを確信し、柄にもなく安堵した。影山の言葉にうなづきながら、息子の顔に目を向ける。
「時間がとれたんでな、やっと自分の目でお前の飛行を見ることができる。しっかり見て採点してやるから覚悟しろ」
そう言うと翔が溜め息をついた。
「殊勝な父親を演じるんだったら最後まで演じきれよ。途中から猫がボロボロと落ちてるじゃないか……」
「言ってる途中で俺のガラじゃないって気がついたんだよ。ダメだな、あんな言葉遣いしていたら肩が凝ってしかたがない」
「なんだよ、それ」
影山と榎本が猫がどうのこうのと話している横で、久しぶりに息子と面と向かって会話を続ける。
「先輩パイロットとしては当然だろ」
「また忙しい榎本のおじさんを巻きこんで。いい加減にしろよな」
「なんだよ、榎本だけじゃなく俺だって忙しいんだぞ」
「もー……父さん、自分の年を考えろよー」
「資格保持には必要な飛行時間だぞ。退官するまでは絶対にウィングマークは手放さないからな」
翔はやれやれと言いたげに首を横にふった。
「そうだ、颯がお前のアクロを見たがってたよ」
千歳基地で防空任務についている次男の颯。お互いそれなりに近い場所にいながら、なかなか顔を合わせる機会がとれないでいた。そろそろ、電話ではなくちょくせつ顔を見るのも悪くないかもな。
「年が明けたら千歳基地にも行くことになるんだ。その時まで我慢してもらうしかないな。今日は母さんも?」
「いや、俺のオオスズメフクロウちゃんは仕事だ。そのかわりにとカメラをあずかってきた。大砲みたいなレンズがついてるやつ。それで航空祭当日のお前の雄姿を撮ってこいとさ。あんなのでどうやって撮れって言うんだ?」
優に持たされたカメラ一式を思い浮かべて溜め息をつく。航空祭ならこのぐらいの望遠レンズは持っていけと渡されたんだが、あんな大砲もどきをどう扱えば良いのやら。俺は陸自じゃないんだぞと言いたい。
「母さんのことだ、ぜったいにこっちのローカル局の知り合いに声をかけてるよ。父さんが撮影を失敗した時にそなえてね」
「なんだそりゃ。じゃあ、わざわざ俺にカメラを持たせる意味なんてないじゃないか」
「まあそこは、保険ってやつでしょ。きっと父さんが撮った写真を見るのを楽しみにしていると思うけど?」
「やれやれ、広報は俺のガラじゃないんだがな……あんな大砲カメラ、肩がこりそうだ……」
ま、可愛い嫁と息子のためだ。どうなるかはわからんが、チャレンジしてみるか。俺達の話が一段落したところで、榎本と影山の話も終わったらしい。
「では我々は失礼する。本番の展示飛行も楽しみにしているよ。葛城一尉もな」
「はい、ありがとうございます!」
翔と影山がそろって敬礼をした。
「……明日の特等席はたしか屋上だよな?」
その場を離れながら、榎本に声をかける。
「そう聞いているが?」
「ってことは、あいつの顔、しっかりカメラで撮れるってことだよな」
「おい、悪人みたいな顔をしてるぞ」
「飛んでいるところなんて撮れる気がしないからな。ウォークダウンから離陸までをしっかり撮らせてもらうことにする」
俺の言葉に榎本が首を横にふった。
「まったく……悪巧みをするのは勝手だが、その前に、お前の息子が世話になっている隊長殿にしっかり挨拶しておけよ?」
「わかってるよ。まったく、お前は俺のカーチャンかよ」
そんなことを話しながら、俺達を待っているブルーの隊長のもとへと向かった。
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その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。
ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。
「案外、本当に君以外いないかも」
「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」
「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」
そのドクターの甘さは手加減を知らない。
【登場人物】
末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。
恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる?
田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い?
【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】
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