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先ずは美味しく御馳走さま♪
第十話 お邪魔させられました
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車が自宅のガレージ前に到着するのを見計らったかのように、年配の女性がにこやかな表情を浮かべて、玄関から出てきた。どうやらあの方が葛城さんのお母さん。あ、なんだか目元が葛城さんにそっくりかもしれない。こんな見ず知らずの人間を自宅でお世話したいって、一体どんな聖母か菩薩様?なんて想像していたから、少しだけ葛城さんに似ているところを見つけて、間違いなく人間なんだと安心した。
「いらっしゃい、優さん。一馬の運転、大丈夫だった? いつも乱暴だから、誰か乗せる時は安全運転でって、言い聞かせているんだけれど」
「あ、はい。大丈夫でした」
ここに着くまで、ずーっと言い合いをしていたから、運転がどうだったかなんて気がつかなかった。言い合いの内容はお察しの通り、お世話になるのは申し訳ないと辞退したい私と、母親の楽しみを取り上げるのかと、斜め上な理論を振り回す葛城さんとの押し問答。正論の私と、明後日な方向の葛城さんが、どうして対等の議論になるのかイマイチ納得できないんだけど、結局、ハンドルを握っている人が力関係では圧倒的に上なわけで、今こうして葛城さんの御実家前に到着した次第。
「怪我の方は大丈夫なの?」
「お蔭さまで少し痛む程度で、随分と良くなりました。このたびは申し訳ありません、お母様に御迷惑をかけてしまうみたいで」
「ああ、気にしないで。うちはね、三人兄弟で男ばかりだったの。だから娘と暮らすのが夢だったのよ。少しの間だけでも、夢を見させてもらえて嬉しいわ」
葛城さんが持ってきてくれた松葉杖を支えにして、運転席から立つとゆっくりと前へと進む。
「玄関の段はお婆ちゃんがいた時に低くしたんだけど、優さん、それで大丈夫かしら。もし無理なようなら、一馬に手伝わせるけど?」
「大丈夫ですよ。この通り松葉杖もありますし。あ、これ先っぽを拭かないと、お家が汚れちゃいますね」
「大丈夫よ、病院で使っていた程度なんでしょ? 気にしないで良いわよ。一馬、優さんの部屋は本当にあそこで良いの?」
「だってベッドが残っているのは、俺達の部屋しかないだろ? お袋達の部屋は和室だし、他の部屋は物置状態だし」
「それはそうだけど。じゃあ、リビングで一休みしてもらっているから、ガレージに車を入れたら、部屋に荷物を運んであげてね」
「分かってる、その後に彼女も運ぶよ」
私を運ぶ?
門からのアプローチを進んで玄関の方へと向かう途中、見えてきた素敵なお庭に目を見張った。
「これって、イングリッシュガーデンとかいうやつですよね? お手入れはお母様が?」
「そうなの。子供達の手が離れたから、庭いじりでもしてみようって思い立って、見よう見まねで始めたのよ。主人はまだ退職していないから、夫婦水入らずで旅行三昧するまで、のつなぎって感じでね」
「今度ゆっくり見たいです」
「足の怪我が良くなったらね」
そして案内してもらったリビングには、可愛い和風雑貨が所狭しと並んでいる。これだけ飾ってあると、散らかっているって印象を受けそうなものなのに、まったくそう感じないのは、きっと主婦力のなせる技なんだな、きっと。
出してもらったお茶とおまんじゅうを食べて、まったりしながら世間話をしていると、葛城さんが戻ってきた。私とお母さんが打ち解けて話をしているのを見て、愉快そうな笑みを浮かべる。
「すっかり馴染んでるじゃないですか、槇村さん」
「……そりゃ、ここまで来てツッケンドンな態度はとれませんよ、お母様にも失礼ですし」
「今までむさ苦しい男ばかりだったから、優さんがいてくれると本当に癒されるわあ」
「ああ、そうですか」
俺達の存在って一体?なんてぼやきながら隣に腰を下ろすと、私の前に置かれていたおまんじゅうを、横から強奪していく。
「一馬、お行儀が悪いわよ」
「良いじゃないか、俺と槇村さんの仲だし。ねえ?」
ねえ?と言われても困るよ。どういう仲なの? 前に言っていた、一緒に飛んだ仲ってやつ? そう言えば、自転車の後ろにも乗せてもらったし、車では横に乗せてもらったし、そういう仲だっていうならうなづいても良いかな。あ、だからっておまんじゅうを強奪されるのは困るよ。おいしいから、もう一個食べようと思っていたのに。
「食べ物の恨みって怖いんですよ、葛城さん」
「食ったもののお代は、後できちんと体で返すので、今は勘弁してください」
お茶を噴き出しそうになる。慌てて前に座っているお母さんに視線を向ければ、「あら、私はなにも聞こえてないわよ?」な笑顔を、わざとらしく浮かべている。ああ、こんなところも親子なんだなって感じるよ。
「葛城さん、お母さんの前でなんてことを」
「大丈夫。ウチのお袋は俺の性格を知り抜いているから、この程度では驚かないし。目の前でおっぱじめさえしなければ、多少のことは見てないフリをしてくれる」
「……そういう問題ですか。葛城さんはそれで良いかもしれないけど」
「あ、そうだ。その呼び方、なんとかしないと」
「?」
話の途中で言葉をさえぎられた。
「だってここの住人、当然のことながら全員が葛城姓だから、槇村さんが葛城さんと呼ぶたびに、全員が返事することになる」
「……ああ、確かにそうですね。だけど、そんなに呼ぶことも無いような気がしますけど。ほかの皆さんは、いらっしゃらないようですし」
「私のことは、お母さんって呼んでくれれば良いわよ。様づけなんて、ちょっとくすぐったいわ。うちの主人のことは、お父さんで良いと思うの。優さんにお父さんなんて呼ばれたら、きっと泣いて喜ぶと思うのよね」
お母さんの言葉に、葛城さんは悲しそうな溜め息をついた。かなり芝居がかった、しぐさではあったけれど。
「……うちの両親、娘が欲しくてしかたがなかったんだってさ。だからオヤジも、槇村さんが来るのを楽しみにしていたよ。残念ながら、しばらく外洋に出る羽ハメになって、当分は戻ってこれないけどね」
「もしかして葛城さんのお父さんって、海上自衛隊の人ですか?」
「いや、民間企業。石油タンカーの船長をしてるんだ」
「へえ……」
それからしばらくは、葛城さんの家族のお話を聞かせてもらった。話をトータルした印象としては、とにかく賑やかしいお宅だっていうことかな。特に葛城さんを含めた三人兄弟が子供の頃は、ちょっとしたカオスだったみたいな感じで、それを統率していたのは、お父さんではなくお母さんだっていうのが愉快だった。お父さんが船長さんだから不在がちってのもあったみたいだけど、だからと言って存在感が無いわけでもなく、お母さんはお父さんと、なんて言うか……今でもラブラブ?な、葛城さん曰く、年甲斐のない熟年夫婦らしい。
「槇村さん、そろそろ休んだ方が良いんじゃないかな。なんとなく顔色が良くないよ?」
「そうですか? ここしばらくの入院で、お昼寝の習慣がついちゃったからかもしれませんね、もうこの時間になると眠くなっちゃって」
「……部屋に案内するよ」
あれ? なんだか真面目な顔して、お母さんの方に目で合図してる。やめてよね、それじゃあ私が重病人みたいじゃない。もう退院できるぐらい元気なのに。しかもいきなり抱き上げるとか!!
「今日は久し振りに車に乗ったり知らない人と喋ったりして、気持ち的にも疲れたんだろ? そういうのは遠慮なく言えば良いんだよ、そのために、うちに来てもらったんだから」
葛城さんはお母さんが開けてくれたドアを出て、階段をスタスタと登っていく。
「一馬、優さんを寝かしつけるのは良いけど、自分まで一緒にベッドに潜り込まないようにしなさいよ」
「へいへい。よくお分かりで」
後ろから聞こえてきたお母さんの言葉に、葛城さんは苦笑いをした。
「本当はさ、一階の部屋を使ってもらいたかったんだけど、ベッドがあるのが二階だけなんだよ。トイレは二階にもあるから、それは心配ないよ。風呂は下にしかないけど」
「ベッド?」
「俺が使ってた部屋。あ、ここしばらく戻ってきてないし、何もかも綺麗に洗濯してあるから。……まさか兄貴や弟の部屋を使いたいとか、言わないよな?」
「一階でお布団生活でも問題ないのに」
「足が完治したら、一階でお布団を使わせてあげるよ」
なんだか会話が噛み合っていないような気がするのは気のせい?
「私が葛城さんの部屋を使っちゃったら、葛城さんはどうするんですか? あ、もしかして今日中に基地に帰るとか?」
「残念でした。俺にも年次休暇ってのが存在するわけで、なんと今日から五日間はお休みなんだな」
浮かべた笑いが真っ黒なんですが。
「……」
「大丈夫だよ、俺は弟の部屋を使うから」
葛城さんの部屋はきちんと片づけられていた。高校を卒業してから家を出るまでに、不要なものは処分したということで、期待しているようなエロ雑誌とか隠してないからねだって。そんなの誰が期待するんですか!! それに家を出て十年も経っているなら、エロ雑誌なんてとっくにお母さんに見つかっていて、さっさと処分されちゃってると思いますよ? 私をベッドに座らせると、葛城さんはちょっと待っててねと言って、部屋を出て行った。車に積まれていた荷物が、ベッドの足元のところに置かれている。そっか、さっきリビングに来る前に運んでくれてたんだ。
カバンを手元に引っ張り寄せると、その中から着替えと、病院で渡された湿布と痛み止めの薬とか色々はいった袋を出した。この調子だと、当分はお医者さんに通わなくちゃいけいないみたいだなあ。職場に復帰しても、しばらくは取材には出してもらえないのかな。せっかく外に出してもらえるようになった途端に怪我ちゃうなんて、ちょっと無念。
葛城さんがグラスを手に戻ってきた。
「痛み止めの薬、飲むんだろ?」
「そんなに痛くないから……」
「痛い時は我慢せずに飲むようにって、先生に言われなかった?」
「……言われました」
「だったら飲む」
もしかして葛城さん、主治医の先生とでもお話したとか? 妙に手回しが良いんだけれど。
「痛み止めは痛い時に飲むものなんだから、我慢せずに飲んだらよいんだ。朝と比べて顔色が悪いのは、痛みが出てきたからなんだろ?」
「でもそんなに……」
「……」
「……飲みます」
「よろしい」
薬を袋から出すと、差し出されたグラスを受け取って、錠剤を口に放り込んだ。
「着替えて少し眠ったら? 退院してすぐ活動的な槇村さんに戻るなんて、無理な話なんだから」
「……そうですね、少し休ませてもらいます」
「着替えは一人で大丈夫? 無理なようなら手伝うけど?」
「結構です」
「そりゃ残念。服は机の椅子にでもかけておけば良いよ。後でオフクロがきちんとしてくれるだろうから」
葛城さんが部屋を出ていくのを待って、動きやすいTシャツとスエットに着替えた。服は椅子にかけておけばとは言われたものの、ベッドの頭のところにハンガーのかかっているラックがあったので、それを使わせてもらうことにする。これ、学生時代の葛城さんも使ってたのかあ……なんて、高校生の葛城さんを思い浮かべてみようとしたけど、ちょっと無理があるみたいで、浮かんでくるのは最初に会った時の、パイロットスーツの葛城さんばかりだった。
「いらっしゃい、優さん。一馬の運転、大丈夫だった? いつも乱暴だから、誰か乗せる時は安全運転でって、言い聞かせているんだけれど」
「あ、はい。大丈夫でした」
ここに着くまで、ずーっと言い合いをしていたから、運転がどうだったかなんて気がつかなかった。言い合いの内容はお察しの通り、お世話になるのは申し訳ないと辞退したい私と、母親の楽しみを取り上げるのかと、斜め上な理論を振り回す葛城さんとの押し問答。正論の私と、明後日な方向の葛城さんが、どうして対等の議論になるのかイマイチ納得できないんだけど、結局、ハンドルを握っている人が力関係では圧倒的に上なわけで、今こうして葛城さんの御実家前に到着した次第。
「怪我の方は大丈夫なの?」
「お蔭さまで少し痛む程度で、随分と良くなりました。このたびは申し訳ありません、お母様に御迷惑をかけてしまうみたいで」
「ああ、気にしないで。うちはね、三人兄弟で男ばかりだったの。だから娘と暮らすのが夢だったのよ。少しの間だけでも、夢を見させてもらえて嬉しいわ」
葛城さんが持ってきてくれた松葉杖を支えにして、運転席から立つとゆっくりと前へと進む。
「玄関の段はお婆ちゃんがいた時に低くしたんだけど、優さん、それで大丈夫かしら。もし無理なようなら、一馬に手伝わせるけど?」
「大丈夫ですよ。この通り松葉杖もありますし。あ、これ先っぽを拭かないと、お家が汚れちゃいますね」
「大丈夫よ、病院で使っていた程度なんでしょ? 気にしないで良いわよ。一馬、優さんの部屋は本当にあそこで良いの?」
「だってベッドが残っているのは、俺達の部屋しかないだろ? お袋達の部屋は和室だし、他の部屋は物置状態だし」
「それはそうだけど。じゃあ、リビングで一休みしてもらっているから、ガレージに車を入れたら、部屋に荷物を運んであげてね」
「分かってる、その後に彼女も運ぶよ」
私を運ぶ?
門からのアプローチを進んで玄関の方へと向かう途中、見えてきた素敵なお庭に目を見張った。
「これって、イングリッシュガーデンとかいうやつですよね? お手入れはお母様が?」
「そうなの。子供達の手が離れたから、庭いじりでもしてみようって思い立って、見よう見まねで始めたのよ。主人はまだ退職していないから、夫婦水入らずで旅行三昧するまで、のつなぎって感じでね」
「今度ゆっくり見たいです」
「足の怪我が良くなったらね」
そして案内してもらったリビングには、可愛い和風雑貨が所狭しと並んでいる。これだけ飾ってあると、散らかっているって印象を受けそうなものなのに、まったくそう感じないのは、きっと主婦力のなせる技なんだな、きっと。
出してもらったお茶とおまんじゅうを食べて、まったりしながら世間話をしていると、葛城さんが戻ってきた。私とお母さんが打ち解けて話をしているのを見て、愉快そうな笑みを浮かべる。
「すっかり馴染んでるじゃないですか、槇村さん」
「……そりゃ、ここまで来てツッケンドンな態度はとれませんよ、お母様にも失礼ですし」
「今までむさ苦しい男ばかりだったから、優さんがいてくれると本当に癒されるわあ」
「ああ、そうですか」
俺達の存在って一体?なんてぼやきながら隣に腰を下ろすと、私の前に置かれていたおまんじゅうを、横から強奪していく。
「一馬、お行儀が悪いわよ」
「良いじゃないか、俺と槇村さんの仲だし。ねえ?」
ねえ?と言われても困るよ。どういう仲なの? 前に言っていた、一緒に飛んだ仲ってやつ? そう言えば、自転車の後ろにも乗せてもらったし、車では横に乗せてもらったし、そういう仲だっていうならうなづいても良いかな。あ、だからっておまんじゅうを強奪されるのは困るよ。おいしいから、もう一個食べようと思っていたのに。
「食べ物の恨みって怖いんですよ、葛城さん」
「食ったもののお代は、後できちんと体で返すので、今は勘弁してください」
お茶を噴き出しそうになる。慌てて前に座っているお母さんに視線を向ければ、「あら、私はなにも聞こえてないわよ?」な笑顔を、わざとらしく浮かべている。ああ、こんなところも親子なんだなって感じるよ。
「葛城さん、お母さんの前でなんてことを」
「大丈夫。ウチのお袋は俺の性格を知り抜いているから、この程度では驚かないし。目の前でおっぱじめさえしなければ、多少のことは見てないフリをしてくれる」
「……そういう問題ですか。葛城さんはそれで良いかもしれないけど」
「あ、そうだ。その呼び方、なんとかしないと」
「?」
話の途中で言葉をさえぎられた。
「だってここの住人、当然のことながら全員が葛城姓だから、槇村さんが葛城さんと呼ぶたびに、全員が返事することになる」
「……ああ、確かにそうですね。だけど、そんなに呼ぶことも無いような気がしますけど。ほかの皆さんは、いらっしゃらないようですし」
「私のことは、お母さんって呼んでくれれば良いわよ。様づけなんて、ちょっとくすぐったいわ。うちの主人のことは、お父さんで良いと思うの。優さんにお父さんなんて呼ばれたら、きっと泣いて喜ぶと思うのよね」
お母さんの言葉に、葛城さんは悲しそうな溜め息をついた。かなり芝居がかった、しぐさではあったけれど。
「……うちの両親、娘が欲しくてしかたがなかったんだってさ。だからオヤジも、槇村さんが来るのを楽しみにしていたよ。残念ながら、しばらく外洋に出る羽ハメになって、当分は戻ってこれないけどね」
「もしかして葛城さんのお父さんって、海上自衛隊の人ですか?」
「いや、民間企業。石油タンカーの船長をしてるんだ」
「へえ……」
それからしばらくは、葛城さんの家族のお話を聞かせてもらった。話をトータルした印象としては、とにかく賑やかしいお宅だっていうことかな。特に葛城さんを含めた三人兄弟が子供の頃は、ちょっとしたカオスだったみたいな感じで、それを統率していたのは、お父さんではなくお母さんだっていうのが愉快だった。お父さんが船長さんだから不在がちってのもあったみたいだけど、だからと言って存在感が無いわけでもなく、お母さんはお父さんと、なんて言うか……今でもラブラブ?な、葛城さん曰く、年甲斐のない熟年夫婦らしい。
「槇村さん、そろそろ休んだ方が良いんじゃないかな。なんとなく顔色が良くないよ?」
「そうですか? ここしばらくの入院で、お昼寝の習慣がついちゃったからかもしれませんね、もうこの時間になると眠くなっちゃって」
「……部屋に案内するよ」
あれ? なんだか真面目な顔して、お母さんの方に目で合図してる。やめてよね、それじゃあ私が重病人みたいじゃない。もう退院できるぐらい元気なのに。しかもいきなり抱き上げるとか!!
「今日は久し振りに車に乗ったり知らない人と喋ったりして、気持ち的にも疲れたんだろ? そういうのは遠慮なく言えば良いんだよ、そのために、うちに来てもらったんだから」
葛城さんはお母さんが開けてくれたドアを出て、階段をスタスタと登っていく。
「一馬、優さんを寝かしつけるのは良いけど、自分まで一緒にベッドに潜り込まないようにしなさいよ」
「へいへい。よくお分かりで」
後ろから聞こえてきたお母さんの言葉に、葛城さんは苦笑いをした。
「本当はさ、一階の部屋を使ってもらいたかったんだけど、ベッドがあるのが二階だけなんだよ。トイレは二階にもあるから、それは心配ないよ。風呂は下にしかないけど」
「ベッド?」
「俺が使ってた部屋。あ、ここしばらく戻ってきてないし、何もかも綺麗に洗濯してあるから。……まさか兄貴や弟の部屋を使いたいとか、言わないよな?」
「一階でお布団生活でも問題ないのに」
「足が完治したら、一階でお布団を使わせてあげるよ」
なんだか会話が噛み合っていないような気がするのは気のせい?
「私が葛城さんの部屋を使っちゃったら、葛城さんはどうするんですか? あ、もしかして今日中に基地に帰るとか?」
「残念でした。俺にも年次休暇ってのが存在するわけで、なんと今日から五日間はお休みなんだな」
浮かべた笑いが真っ黒なんですが。
「……」
「大丈夫だよ、俺は弟の部屋を使うから」
葛城さんの部屋はきちんと片づけられていた。高校を卒業してから家を出るまでに、不要なものは処分したということで、期待しているようなエロ雑誌とか隠してないからねだって。そんなの誰が期待するんですか!! それに家を出て十年も経っているなら、エロ雑誌なんてとっくにお母さんに見つかっていて、さっさと処分されちゃってると思いますよ? 私をベッドに座らせると、葛城さんはちょっと待っててねと言って、部屋を出て行った。車に積まれていた荷物が、ベッドの足元のところに置かれている。そっか、さっきリビングに来る前に運んでくれてたんだ。
カバンを手元に引っ張り寄せると、その中から着替えと、病院で渡された湿布と痛み止めの薬とか色々はいった袋を出した。この調子だと、当分はお医者さんに通わなくちゃいけいないみたいだなあ。職場に復帰しても、しばらくは取材には出してもらえないのかな。せっかく外に出してもらえるようになった途端に怪我ちゃうなんて、ちょっと無念。
葛城さんがグラスを手に戻ってきた。
「痛み止めの薬、飲むんだろ?」
「そんなに痛くないから……」
「痛い時は我慢せずに飲むようにって、先生に言われなかった?」
「……言われました」
「だったら飲む」
もしかして葛城さん、主治医の先生とでもお話したとか? 妙に手回しが良いんだけれど。
「痛み止めは痛い時に飲むものなんだから、我慢せずに飲んだらよいんだ。朝と比べて顔色が悪いのは、痛みが出てきたからなんだろ?」
「でもそんなに……」
「……」
「……飲みます」
「よろしい」
薬を袋から出すと、差し出されたグラスを受け取って、錠剤を口に放り込んだ。
「着替えて少し眠ったら? 退院してすぐ活動的な槇村さんに戻るなんて、無理な話なんだから」
「……そうですね、少し休ませてもらいます」
「着替えは一人で大丈夫? 無理なようなら手伝うけど?」
「結構です」
「そりゃ残念。服は机の椅子にでもかけておけば良いよ。後でオフクロがきちんとしてくれるだろうから」
葛城さんが部屋を出ていくのを待って、動きやすいTシャツとスエットに着替えた。服は椅子にかけておけばとは言われたものの、ベッドの頭のところにハンガーのかかっているラックがあったので、それを使わせてもらうことにする。これ、学生時代の葛城さんも使ってたのかあ……なんて、高校生の葛城さんを思い浮かべてみようとしたけど、ちょっと無理があるみたいで、浮かんでくるのは最初に会った時の、パイロットスーツの葛城さんばかりだった。
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