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先ずは美味しく御馳走さま♪
第十四話 で、気持ち的な盛り上がりはどうするの?
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仕事に復帰して二週間。復帰したとは言えしばらくは通院しなくてはならないし、まだ長い時間歩いたり立ったりする時は松葉杖は必須アイテムな私、なかなか外に出してもらえなくて机でのお仕事ばかりの毎日でちょっと退屈していた。そんな私の唯一の気晴らしは仕事中だろうがなんだろうがお構いなしにかかってくる葛城さんからの電話。もちろん私物の携帯にね。
『それで? 大人しく仕事してるのか?』
いつもの呑気なお決まりの問いにちょっとイラッとなって手にしていたボールペンが折れそうになる。
「まあそれなりに? 私のこの苛々した気持ちって葛城さんが飛行機に乗れなくなった時でないと分かってもらえないんじゃないかなあ」
『だから飛行機じゃなくて戦闘機』
「一緒でしょ? 空を飛ぶものなんだから」
『似て非なるものだろ? そんなこと空自内で口にしてみろ、きっとムサ苦しいオッサンどもに囲まれて一日中お説教と勉強会だぞ』
「いいもん、その時は陸上自衛隊の森永さん達に助けに来てもらうから」
私のその言葉に急に電話の向こうが静かになった。あれ?
「もしもし~?」
『……なんでそこで陸自が出てくるんだ?』
「うーん、きっと二十分ほど前に話をしたからだと」
『なんで陸自のヤツと優が話をするんだよ』
「なんでって、お仕事絡みの話でかかってきたからお話をしたんだけど……」
正確には仕事絡みって言うか、私の仕事絡みって言うか。実は私が退院して職場復帰したという話を聞いた空挺部隊の上の偉い人が、怪我をしたせいで見れなかった訓練を改めて見学しに来ませんかっていうお誘いをしてくれていて、その話を偉い人の下にいる森永さんが電話で知らせてくれたというのが真相。既に取材としては終わっているし放映もされてしまっているので、これは完全に私に対する陸上自衛隊からの御好意ってやつなんだよね。で、私としても見ることが出来なかった訓練の様子を見せてもらえるのなら是非とも行きたいなって思っているわけ。
『御招待だあ?』
「そうだよ、御招待。取材しに行くんじゃなくて訓練の見学に招待してもらったの。陸上自衛隊さんからの御好意ってやつだね。浅木さんはせっかくだから見て来いって言ってるからお受けするつもり」
私の言葉に電話の向こうで何やらブツブツと不穏なことを呟いているパイロットさんが約一名。
『だったらうちにだって来れるってことだろ?』
「それは航空自衛隊さんからの御招待がなきゃ行けないし、私てきにはもう飛ぶのは勘弁して欲しいかなあ。だってほら、何とかロールとかするつもりでいるんでしょ? えーと、なんだっけ、エル~~なんとか」
『ああ、エルロンロールのことか。御希望ならバレルロールも追加するけど?』
なんか増えてる! しかも何となく付け加わえられた何とかロールは濁点がついた名前からして物凄く怖そうなクルクル回転な気がしてきた。駄目だ、やっぱりそういうのを想像しただけで気分が悪くなってくるよ。
「絶対に嫌だ」
『つれないなあ、槇村さん』
「つれなくても良いです、とにかく航空自衛隊さんの御好意で戦闘機に乗せてくれるって言っても断固拒否だから」
『最初にウチが優達を高評価したから他の取材も出来たっていうのに、まったく』
「それとこれとは別問題でしょ」
誰が何と言おうと、クルクル回られる可能性がある戦闘機になんて乗りたくありませんよーだ。
『それで、その御招待はいつなんだ?』
「んー? さっきの話だと、来週の木曜日辺りにどうでしょうって話だったから、それで決まりかな。うちは休み扱いじゃなくて取材扱いにするみたいだし。経費は出ないけどね」
『優が一人だけ招待されているのか?』
「どうなのかな。もしかしたら他の何かの取材とか偉い人の視察とかと抱き合わせなんじゃないかなって思ってるんだけど、その辺のことは聞かなかったの」
『へえ、珍しいこともあるもんだな』
「そうなのかな。怪我したことに対して責任を感じちゃってるのかもしれないね」
別に陸上自衛隊の人達のせいじゃないと思うんだよな。だってうっかり段差を踏み外したのは私だし、転んだところがたまたま崖に続いていたのもその人達のせいじゃないし。確かその崖、隊員さんも落ちて怪我したとかいう曰くつきの崖なんだって。空挺の人でさえ落ちる崖なんだから私が落ちてもまあ不思議じゃないっていうか?
『優、その理屈おかしいから』
「猿も木から落っこちるって言うじゃない? そのベテランなお猿が落ちたところだもの、人間の私が落ちても不思議じゃないっていうか」
『そういう問題じゃないと思うぞ』
「そうかなあ」
どちらにしろ私は運が良かったんだよ。その隊員さんは下まで落ちたらしいんだけど、私は途中のでっぱりに引っかかって完全落下は免れたんだから。まあその代りそこまで迎えに来てもらってお米みたい担がれて上まで運ばれるたりするのは落ちる以上に怖かったしちょっと恥ずかしかったけどね。
「とにかく、せっかくの御招待だから行ってくるよ。なかなか見れない訓練だって言われてるし、今回は取材するわけじゃないから体験させられるってこともないから」
『……まあ何て言うか、気を付けて行って来いよ、まだ杖持ちで歩いている状態なんだし。二度あることは三度あるっていうから』
つまりは崖のことを言っているらしい。あ、今のうちに誰か落ちておいてくれたら三度目になる心配は無い気がするんだけどどうかな?って言ったらしょうがない奴だなあって笑われちゃった。
+++++
で。
「もう、いい加減に下ろしてよ」
「うるさい、足がまだ完治してないのに何してるんだ」
さて問題です、崖から落ちたわけでもないのに、どうして私は今、葛城さんに担がれているのでしょうか?
+++++
次の週の木曜日、以前に取材で訪れたところに招待されて空挺部隊の訓練を森永さんの案内で見て回っていたんだけど、れいの崖の近くまで来た時にそっちにばかり気を取られていて足元の木の幹に気が付かなかったんだよね。もう本当に私ってお馬鹿なんだから。で、気が付いたら派手にすっ転んでいた。と言っても顔から地面に突っ込んだとかそういうのじゃなくてただ転んで手をついただけなんだ。その拍子に怪我をした方の膝をしたたかに打って痛みに顔をしかめちゃったけど。
「大丈夫ですか?」
森永さんが転んだ私を助け起こそうと手をのばした時に聞いたことのある声が耳に入ってきた。
「おいおい、森永ちゃん。俺の彼女に気安く触るんじゃないよ」
「葛城さん?!」
「遅かったな、葛城」
「遅かったじゃねーよ。また怪我させたらどうするんだよ、今度こそ東都テレビさんに訴えられるぞ? 今やその子は番組でも人気者なんだから」
のんびりとした足取りでやってきた葛城さんは私の横に立つと、少しだけ心配そうな顔をしてこちらを覗き込んできた。そしていきなり私のそばにしゃがみ込むとそのまま私のことを肩に担ぎあげて立ち上がった。ひえええ、前の時と同じで頭が逆さまになって超怖い!!
「うちのお嬢さん、返してもらうからな」
返してもらうとか一体どういうことなんですか?! 葛城さんは足元に転がっていた杖を器用に足で跳ね上げて手でキャッチするとそのまま歩き出した。
「おい、葛城」
私を担いでスタスタと歩いていく葛城さんに声をかけてきたのは、事の次第を横でニヤニヤしながら眺めていた森永さん。
「なんだ」
「お前、それだけ体力があるならパイロットやめて是非ともうちに来いよ」
森永さんの笑いを含んだ声に鼻を鳴らすと立ち止まって振り返った。お陰で私は森永さん達に泥だらけになったジーンズのお尻をさらすことになったんだけど仕方が無い。いや仕方なくない、ここに来るたびに米俵か何かみたいに運ばれるなんて納得いかないよ、早く降ろして欲しい。
「やだね、何が悲しくて地べたを這いずり回る陸自になんて来なきゃならないんだよ。俺は空を飛ぶのが好きなんだ、愛機から降りるつもりは当分ないから」
そう言いながら葛城さんは元来た道を戻り始めた。
「もう、いい加減に下ろしてよ」
「うるさい、足がまだ完治してないのに何してるんだ」
「転んだだけだもの、大したことない」
「怪我した方の膝、さっき打っただろ? 痛かったくせに」
下を向いていたのに気が付かれていたなんて。あ、ってことは森永さんにも気付かれてた?
「葛城さん、なんでここに?」
「そりゃ優が陸自の連中に言い寄られないように監視する為」
「もしもし?」
「まあそれは冗談で、あいつに呼ばれたんだよ、お前の彼女が来るから迎えに来るかって」
「森永さんに?」
「そう」
「お友達だったんだ」
「同世代仲間なんだよ、あいつとは」
「ふーん」
私の言葉に何か感じたのか歩調を緩めると肩に担いでいたのをお姫様抱っこみたいな感じに抱き直した。ううう、これはこれで恥ずかしい。周囲にいる人も何事かって感じでニヤニヤしているじゃない、勘弁しほしいよ。
「まさかあいつに惚れたとか言わないよな」
「カッコいい人だよね、ちょっと怖い感じがするけど」
黒い成分が含まれてはいても感情全開の笑顔を向けてくる葛城さんと違って、森永さんは口元に笑みを浮かべていても目までその笑いが届いていないっていうか、とにかくちょっと冷たくて怖い感じ。だから、カッコいいとは思うけどそれよりもちょっと怖いかなっていうのが先に来るかもしれない。
「ダメだからな、優は俺の彼女なんだから」
「なに言ってるんですか、私はまだ葛城さんと正式にお付き合いするなんて決めてませんからね」
「は?」
珍しく葛城さんがギョッとした顔で立ち止まった。
「まだお付き合いするかも決めてないのにカノジョとか言わないで下さい」
「何を言い出すんだ」
「いくら何度もエッチしたからって気持ち的な盛り上がりがないままでお付き合いなんてとんでもないです」
そうだよ、気持ち的な盛り上がりは改めてって言ったのは葛城さん本人だ。その盛り上がりがないままでカノジョ扱いされるなんてとんでもないよ。うん、カノジョ扱いする前に先ずは気持ち的に盛り上げてもらわなくちゃいけない。
「つまりは俺に頑張って求愛しろと?」
「求愛だか何だか知らないけど、エッチしたから付き合うとかいうなし崩し的な関係みたいなのじゃなくて、ちゃんと気持ち的な盛り上がりが必要なの。それまでは私も葛城さんのことを彼氏だとは思わないから」
「ほお……」
「ほおもふうもないから。そんな怖い顔して睨んできてもダメなものはダメ。私のことをちゃんとしたカノジョにしたいならちゃんと気持ち的な部分を盛り上げて下さい」
私の言葉をしばらく吟味するかのように考え込んでいる葛城さん。分かったと呟いて頷いた。
「そういうのが優にとって大事なことだってことは理解した。だったらそうだな、これからその気持ちを盛り上げる為に、俺んちに来るか?」
「へ?」
「官舎だからウチの実家のような居心地の良さは無いけどな」
「え?」
「決まりだな。職場にはどう言い訳をするかなあ、ああ、森永に任せておくか」
「は?」
「大丈夫、あいつはそういうことに関しては機転がきくから」
そういう問題? あの、私、下手したら首になっちゃうとかないよね? っていうか気持ちを盛り上げる為に官舎に御招待ってどういう? それってこの前の二の舞じゃ? もしもし葛城さん? ねえ、人の話、聞いてます? もしもしー?
+++
私と葛城さんのお付き合いはこういう感じで始まったのでした。
いやいや、まだこの時点ではそう言う意味でのお付き合いしているとは認めてないからね!! 大事なのは気持ち的な盛り上がりなんだから!!
『それで? 大人しく仕事してるのか?』
いつもの呑気なお決まりの問いにちょっとイラッとなって手にしていたボールペンが折れそうになる。
「まあそれなりに? 私のこの苛々した気持ちって葛城さんが飛行機に乗れなくなった時でないと分かってもらえないんじゃないかなあ」
『だから飛行機じゃなくて戦闘機』
「一緒でしょ? 空を飛ぶものなんだから」
『似て非なるものだろ? そんなこと空自内で口にしてみろ、きっとムサ苦しいオッサンどもに囲まれて一日中お説教と勉強会だぞ』
「いいもん、その時は陸上自衛隊の森永さん達に助けに来てもらうから」
私のその言葉に急に電話の向こうが静かになった。あれ?
「もしもし~?」
『……なんでそこで陸自が出てくるんだ?』
「うーん、きっと二十分ほど前に話をしたからだと」
『なんで陸自のヤツと優が話をするんだよ』
「なんでって、お仕事絡みの話でかかってきたからお話をしたんだけど……」
正確には仕事絡みって言うか、私の仕事絡みって言うか。実は私が退院して職場復帰したという話を聞いた空挺部隊の上の偉い人が、怪我をしたせいで見れなかった訓練を改めて見学しに来ませんかっていうお誘いをしてくれていて、その話を偉い人の下にいる森永さんが電話で知らせてくれたというのが真相。既に取材としては終わっているし放映もされてしまっているので、これは完全に私に対する陸上自衛隊からの御好意ってやつなんだよね。で、私としても見ることが出来なかった訓練の様子を見せてもらえるのなら是非とも行きたいなって思っているわけ。
『御招待だあ?』
「そうだよ、御招待。取材しに行くんじゃなくて訓練の見学に招待してもらったの。陸上自衛隊さんからの御好意ってやつだね。浅木さんはせっかくだから見て来いって言ってるからお受けするつもり」
私の言葉に電話の向こうで何やらブツブツと不穏なことを呟いているパイロットさんが約一名。
『だったらうちにだって来れるってことだろ?』
「それは航空自衛隊さんからの御招待がなきゃ行けないし、私てきにはもう飛ぶのは勘弁して欲しいかなあ。だってほら、何とかロールとかするつもりでいるんでしょ? えーと、なんだっけ、エル~~なんとか」
『ああ、エルロンロールのことか。御希望ならバレルロールも追加するけど?』
なんか増えてる! しかも何となく付け加わえられた何とかロールは濁点がついた名前からして物凄く怖そうなクルクル回転な気がしてきた。駄目だ、やっぱりそういうのを想像しただけで気分が悪くなってくるよ。
「絶対に嫌だ」
『つれないなあ、槇村さん』
「つれなくても良いです、とにかく航空自衛隊さんの御好意で戦闘機に乗せてくれるって言っても断固拒否だから」
『最初にウチが優達を高評価したから他の取材も出来たっていうのに、まったく』
「それとこれとは別問題でしょ」
誰が何と言おうと、クルクル回られる可能性がある戦闘機になんて乗りたくありませんよーだ。
『それで、その御招待はいつなんだ?』
「んー? さっきの話だと、来週の木曜日辺りにどうでしょうって話だったから、それで決まりかな。うちは休み扱いじゃなくて取材扱いにするみたいだし。経費は出ないけどね」
『優が一人だけ招待されているのか?』
「どうなのかな。もしかしたら他の何かの取材とか偉い人の視察とかと抱き合わせなんじゃないかなって思ってるんだけど、その辺のことは聞かなかったの」
『へえ、珍しいこともあるもんだな』
「そうなのかな。怪我したことに対して責任を感じちゃってるのかもしれないね」
別に陸上自衛隊の人達のせいじゃないと思うんだよな。だってうっかり段差を踏み外したのは私だし、転んだところがたまたま崖に続いていたのもその人達のせいじゃないし。確かその崖、隊員さんも落ちて怪我したとかいう曰くつきの崖なんだって。空挺の人でさえ落ちる崖なんだから私が落ちてもまあ不思議じゃないっていうか?
『優、その理屈おかしいから』
「猿も木から落っこちるって言うじゃない? そのベテランなお猿が落ちたところだもの、人間の私が落ちても不思議じゃないっていうか」
『そういう問題じゃないと思うぞ』
「そうかなあ」
どちらにしろ私は運が良かったんだよ。その隊員さんは下まで落ちたらしいんだけど、私は途中のでっぱりに引っかかって完全落下は免れたんだから。まあその代りそこまで迎えに来てもらってお米みたい担がれて上まで運ばれるたりするのは落ちる以上に怖かったしちょっと恥ずかしかったけどね。
「とにかく、せっかくの御招待だから行ってくるよ。なかなか見れない訓練だって言われてるし、今回は取材するわけじゃないから体験させられるってこともないから」
『……まあ何て言うか、気を付けて行って来いよ、まだ杖持ちで歩いている状態なんだし。二度あることは三度あるっていうから』
つまりは崖のことを言っているらしい。あ、今のうちに誰か落ちておいてくれたら三度目になる心配は無い気がするんだけどどうかな?って言ったらしょうがない奴だなあって笑われちゃった。
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で。
「もう、いい加減に下ろしてよ」
「うるさい、足がまだ完治してないのに何してるんだ」
さて問題です、崖から落ちたわけでもないのに、どうして私は今、葛城さんに担がれているのでしょうか?
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次の週の木曜日、以前に取材で訪れたところに招待されて空挺部隊の訓練を森永さんの案内で見て回っていたんだけど、れいの崖の近くまで来た時にそっちにばかり気を取られていて足元の木の幹に気が付かなかったんだよね。もう本当に私ってお馬鹿なんだから。で、気が付いたら派手にすっ転んでいた。と言っても顔から地面に突っ込んだとかそういうのじゃなくてただ転んで手をついただけなんだ。その拍子に怪我をした方の膝をしたたかに打って痛みに顔をしかめちゃったけど。
「大丈夫ですか?」
森永さんが転んだ私を助け起こそうと手をのばした時に聞いたことのある声が耳に入ってきた。
「おいおい、森永ちゃん。俺の彼女に気安く触るんじゃないよ」
「葛城さん?!」
「遅かったな、葛城」
「遅かったじゃねーよ。また怪我させたらどうするんだよ、今度こそ東都テレビさんに訴えられるぞ? 今やその子は番組でも人気者なんだから」
のんびりとした足取りでやってきた葛城さんは私の横に立つと、少しだけ心配そうな顔をしてこちらを覗き込んできた。そしていきなり私のそばにしゃがみ込むとそのまま私のことを肩に担ぎあげて立ち上がった。ひえええ、前の時と同じで頭が逆さまになって超怖い!!
「うちのお嬢さん、返してもらうからな」
返してもらうとか一体どういうことなんですか?! 葛城さんは足元に転がっていた杖を器用に足で跳ね上げて手でキャッチするとそのまま歩き出した。
「おい、葛城」
私を担いでスタスタと歩いていく葛城さんに声をかけてきたのは、事の次第を横でニヤニヤしながら眺めていた森永さん。
「なんだ」
「お前、それだけ体力があるならパイロットやめて是非ともうちに来いよ」
森永さんの笑いを含んだ声に鼻を鳴らすと立ち止まって振り返った。お陰で私は森永さん達に泥だらけになったジーンズのお尻をさらすことになったんだけど仕方が無い。いや仕方なくない、ここに来るたびに米俵か何かみたいに運ばれるなんて納得いかないよ、早く降ろして欲しい。
「やだね、何が悲しくて地べたを這いずり回る陸自になんて来なきゃならないんだよ。俺は空を飛ぶのが好きなんだ、愛機から降りるつもりは当分ないから」
そう言いながら葛城さんは元来た道を戻り始めた。
「もう、いい加減に下ろしてよ」
「うるさい、足がまだ完治してないのに何してるんだ」
「転んだだけだもの、大したことない」
「怪我した方の膝、さっき打っただろ? 痛かったくせに」
下を向いていたのに気が付かれていたなんて。あ、ってことは森永さんにも気付かれてた?
「葛城さん、なんでここに?」
「そりゃ優が陸自の連中に言い寄られないように監視する為」
「もしもし?」
「まあそれは冗談で、あいつに呼ばれたんだよ、お前の彼女が来るから迎えに来るかって」
「森永さんに?」
「そう」
「お友達だったんだ」
「同世代仲間なんだよ、あいつとは」
「ふーん」
私の言葉に何か感じたのか歩調を緩めると肩に担いでいたのをお姫様抱っこみたいな感じに抱き直した。ううう、これはこれで恥ずかしい。周囲にいる人も何事かって感じでニヤニヤしているじゃない、勘弁しほしいよ。
「まさかあいつに惚れたとか言わないよな」
「カッコいい人だよね、ちょっと怖い感じがするけど」
黒い成分が含まれてはいても感情全開の笑顔を向けてくる葛城さんと違って、森永さんは口元に笑みを浮かべていても目までその笑いが届いていないっていうか、とにかくちょっと冷たくて怖い感じ。だから、カッコいいとは思うけどそれよりもちょっと怖いかなっていうのが先に来るかもしれない。
「ダメだからな、優は俺の彼女なんだから」
「なに言ってるんですか、私はまだ葛城さんと正式にお付き合いするなんて決めてませんからね」
「は?」
珍しく葛城さんがギョッとした顔で立ち止まった。
「まだお付き合いするかも決めてないのにカノジョとか言わないで下さい」
「何を言い出すんだ」
「いくら何度もエッチしたからって気持ち的な盛り上がりがないままでお付き合いなんてとんでもないです」
そうだよ、気持ち的な盛り上がりは改めてって言ったのは葛城さん本人だ。その盛り上がりがないままでカノジョ扱いされるなんてとんでもないよ。うん、カノジョ扱いする前に先ずは気持ち的に盛り上げてもらわなくちゃいけない。
「つまりは俺に頑張って求愛しろと?」
「求愛だか何だか知らないけど、エッチしたから付き合うとかいうなし崩し的な関係みたいなのじゃなくて、ちゃんと気持ち的な盛り上がりが必要なの。それまでは私も葛城さんのことを彼氏だとは思わないから」
「ほお……」
「ほおもふうもないから。そんな怖い顔して睨んできてもダメなものはダメ。私のことをちゃんとしたカノジョにしたいならちゃんと気持ち的な部分を盛り上げて下さい」
私の言葉をしばらく吟味するかのように考え込んでいる葛城さん。分かったと呟いて頷いた。
「そういうのが優にとって大事なことだってことは理解した。だったらそうだな、これからその気持ちを盛り上げる為に、俺んちに来るか?」
「へ?」
「官舎だからウチの実家のような居心地の良さは無いけどな」
「え?」
「決まりだな。職場にはどう言い訳をするかなあ、ああ、森永に任せておくか」
「は?」
「大丈夫、あいつはそういうことに関しては機転がきくから」
そういう問題? あの、私、下手したら首になっちゃうとかないよね? っていうか気持ちを盛り上げる為に官舎に御招待ってどういう? それってこの前の二の舞じゃ? もしもし葛城さん? ねえ、人の話、聞いてます? もしもしー?
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いやいや、まだこの時点ではそう言う意味でのお付き合いしているとは認めてないからね!! 大事なのは気持ち的な盛り上がりなんだから!!
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