彼と私と空と雲

鏡野ゆう

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先ずは美味しく御馳走さま♪

ちょいとばかり近況をば

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「いよいよ森永も群長のポストが視野に入ってきたな」

 久し振りに同じ時期に自衛隊に入った者同士 ―― と言っても防大出もいればそうでない者もいて入隊時期はそれぞれ前後しているから、どちらかと言えば同世代仲間と言った方が正しいんだが ―― が居酒屋に集まった。陸海空それぞれから総勢十数名。

 いい年をした制服姿のオッサンがこれだけ集まるとなかなか壮観だなと笑ったのは、太平洋で行われていたアメリカ軍との合同演習から戻ってきたばかりの海自の佐伯だ。

 演習の間ずっと日差しと潮風に晒されていたせいか顔が真っ黒になっている。艦橋にふんぞり返っているのがお前の仕事じゃないのか?と尋ねれば、あんな薄暗いところになんぞに閉じ篭っているのは性に合わんとか。下につく幹部候補連中もじっとしていない若い艦長なんてのに当たると、さぞかし気苦労も耐えないことだろうと少しばかり気の毒に思う。まあ元気なのは何も佐伯に限ったことではないのだが。

「防大出身の幹部候補じゃない人間が艦や群のトップになれるかもしれないとなれば、俄然、同じようにして入隊してきた連中の励みになる。頑張れよ森永」

 今回の集まりでの一番の大きな動きと言うか驚きは陸自にいった森永の近況だった。長いこと特作にいて現場第一主義だったこいつがとうとう昇任することを受け入れたらしい。とは言え、上の連中が就かせたいと思っているポストにこいつを押し込めようとするならもう一つ階級を上げなければならないのだが、そこは現場に立つことに拘っている森永がなかなか承諾しないらしい。昇任なんぞ上の命令一つだろと思っているのは外の連中だけで内情はなかなか複雑なのだ。

「そう言うお前はどうなんだよ葛城。そろそろ指導教官になって楽隠居か?」
「まさか。新しく調達された機体はいいぞ~~。お陰で当分は現役パイロットを続けられそうだ」

 新しい機体の独自開発の計画が立ち上がってから二十年。パイロットとして経緯を見守ってきたその計画に縁あってテストパイロットとして参加し、二年前に正式調達がされてからも乗り続けている愛機。こいつには自分の子供と同様に愛着がある。だから当分の間はあの座を譲る気はなかった。その話をする度に飛行機嫌いの優には呆れられているが。

「まあ出来る限り現役は続けたいよな」

 それがここに集まったオッサン共の共通の思いであることは間違いない。しばらく報告やら最近の若い連中に対する愚痴などを言い合っていると森永がトイレに席を立った。ちょうどその時、座敷に追加のビールを持ってきたお姉ちゃんと鉢合わせしてあからさまにギョッとされているのが何とも笑える。

「相変わらず目付きが悪いよなあ、あいつ。あんなんだから嫁の来手がないんじゃないか?」
「噂によると陸自の偉いさんから再婚話をしつこく勧められて辟易としているらしいぞ」
「そうなのか、大変だな。うちは嫁が元気で良かったよ」
「葛城んとこの嫁は元気過ぎるんだよ」
「そんなことないぞ、うちの嫁はいたって普通だ」
「いんや、テレビを見ている限りお前の嫁は元気すぎてお前の体力がもたないんじゃないかと心配になる。結婚して何年になる?」
「もうかれこれ十年か」

 俺の嫁になった眼鏡っ子は結局あの時の怪我のせいで体当たり系のリポートは出来なくなっていたが、その達者なお喋りで今や局の名物リポーターという地位についている。本人はもう外に出たくない大人しく中でのんびりニュースでも読んでいたいと口では言っているが、テレビに映っている彼女を見ているとそれが本気なのか甚だ疑問だ。

 いやいや、俺の嫁のことはともかく、今は森永の嫁問題だろ。誰かあの目付きの悪い陸自のオッサンの相手はいないのか? 森永の最初の嫁が亡くなって既に十年。最近になってそろそろ再婚したらどうだと周囲から言われているらしい。自分の伴侶ぐらい自分で見つけると言って断っているらしいが、あの目付きではなかなか難しいんじゃないのか?というのが俺達の共通見解だ。

「……おい、森永のやつ、トイレで倒れてるんじゃないのか?」

 待てど暮らせど友人が戻ってこないので座敷から顔を出してトイレがある店の奥の方に目を向ける。ん? あそこでこちらに背中を向けて立っているのは森永か? お? なんだありゃ?

「おい、なんか可愛いお嬢さんと話してるぞ、あいつ」

 俺の言葉に全員が席を立ってワラワラとこちらにやってきた。好奇心と野次馬根性丸出しで集まってくる様は普段の威厳は何処へやらな状態。こういうところは歳をくっても相変わらずだよな、皆。

「おお、あれは女子大生とかいうものではないのか?」
「森永がナンパしているとはちょっとした珍事だな、あいつ、そんなに酔っ払っていたか?」

 こちらの気配を察したのか森永が振り返った。その顔を見て皆でプッと噴き出す。

「なんだよ、あの困惑した顔は。情けないな」
「もしかして逆にナンパされてるのか?」
「最近の子は進んでいるからな、それかもしれん」

 森永の前に立っているのは小柄な可愛いクルクル巻き毛のお嬢さんだ。ニコニコして森永に話しかけているところを見ると、あのお嬢さんは森永の目付きの悪さなんて全く気になっていないらしい。それから暫くしてそのお嬢さんの連れらしきもう一人の女の子が慌てた様子でやってきてお嬢さんを引き摺っていった。

「じゃね~、壁さ~ん♪」

 か、壁さん? 困惑したままの顔で戻ってきた森永が自分の席に座る。珍しいな、こいつがこんな困惑した顔のまま固まっていたなんて。

「なんだったんだ、ありゃ?」
「いや……かなり酔っ払ったお嬢さんだったみたいで、何故かぶつかった俺を塗り壁か何かと間違えていたらしい。多分、俺のことは人間とは認識してないだろうな、あの様子だと」
「まじか。大丈夫なのか、そんなんで」
「さあ、友達と一緒だから問題ないだろ。連れ戻しに来た子はしっかりした人間だったみたいだし」

 問題ないだろと言った割には何となく店の出入り口の方に気が行ってるんだよな、まったく困った奴だ。

「お前さ、いくら自衛官で制服を着ているからってオフの時ぐらい仕事忘れろよ。酔っぱらったお子様まで面倒見てたらキリがないぞ」
「別に面倒見ようとは思っていないさ。ただ変な奴に引っかからないか少し心配なだけだ、こういう時代だからな」

 確かに最近は物騒な事件が増えてきた。特に女子供が巻き込まれるような事件がニュースで流れるたびに何してんだこいつ等はと言いたくなることも多い。だがその手の治安を守るのは警察の仕事であって俺達の領分じゃない。

 その時は気持ちは分からなくもないがお節介もほどほどにしろよと森永を散々冷やかして俺達は終わったつもりでいたんだが、この出来事に続きがあったなんて話を聞くことになるのはそれからしばらく経ってからのことだった。
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