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今年は一緒に飛びません!
第二話 展示飛行と模擬空戦
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私達が見学できる場所に来た時には、葛城さんが操縦する戦闘機は既に離陸をする為に滑走路の端っこへと移動していた。
「あいつ、今頃は絶対にぶつくさ言ってるだろうなあ」
横に立った桧山さんが可笑しそうに呟く。
「どうしてですか?」
「ん? 予定ではあいつが滑走路に出る前に槇村さんをこの場所に連れてくることになっていたから。ちょうど前を通過していくから葛城から槇村さんが見える場所だったんだよ、ここ。ここまで離れてしまうといくらあいつの目が良くても槇村さんの姿は分からないからね」
間に合わなかったことを後でブツブツ言われるなあとぼやいている。
「でも時間がかかったのは桧山さんのせいじゃなくて私が会場を回っている時に色々と質問して立ち止まっていたからでしょ?」
「それはそうなんだろうけど、あいつからしたら全て俺が悪いことになるらしいから」
あー、そのフレーズ、以前にも聞いたことがある。確か勇馬さんが私を自宅に送ってくれた時だったっけ。まさかあの時と同じことを桧山さんに言ったとか? まったくもう……。
「文句を言われたら私がちゃんと言い返しますから大丈夫ですよ」
「その気持ちは嬉しいけどねえ……」
「大丈夫です、ちゃんと桧山さんが悪くないことを証言しますから」
私の言葉に曖昧な笑みを浮かべながらも桧山さんはその時は頼むねと言った。それと同時にそろそろF-15イーグルが離陸しますというアナウンスが流れる。
「はい、これ」
そう言って桧山さんから双眼鏡を渡された。それで覗くとかなりはっきり見えたけどヘルメットをかぶっているせいで当然のことながら顔までは分からない。それに離陸態勢に入れば普段は冗談ばかり言っている葛城さんもそっちに集中してちゃんとパイロットさんしているだろうし。……ん? なんだか顔がこっちに向いたような気が? あれ? 今、手をあげた? あれってお客さんに対するサービスだよね? いくら裸眼視力が良くたって私が立っているのなんて分かるわけ……。
後ろで何やら怪しげな空気が流れたので双眼鏡から目を離して振り返ると桧山さんがかぶっていた筈の帽子を脱いで軽く振っていた。
「……何してるんですか?」
「何もしてないよ。離陸態勢に入ったらいくらあいつでもそっちに集中してるし」
いや、その片手で振っている帽子は何ですかということなんですけど。問い掛けるように桧山さんの顔をジッと見詰めたけどニコニコしながら何も言わずに帽子をかぶってしまった。そしてそろそろ離陸するからちゃんと見てないとって振り返った私のことを無理やり前に向かせる。
「……なんかこっち見てましたよ?」
再び双眼鏡で覗きながら更に追求してみる。
「そうかい? きっと見学者さんに対してのサービスだね」
「そうなんですか?」
「そうだと思うよ」
こう言っちゃなんだけど桧山さんの態度は限りなく胡散臭い。だけど見学者さん達にサービスして手を振ったという方が自然かな、私に気が付いて手を振ったなんていうのはかなり自意識過剰かも。滑走路を走り出した戦闘機はスピードを徐々に上げ、私達の目の前を通り過ぎた辺りでふわりと地面から離れ角度をつけて急上昇をしていく。そしてその後から更に何機か離陸した。
「去年、槇村さんを乗せた時もあんな風に上昇したんだけど覚えてる?」
「……え、そうでしたっけ?」
去年はかなり上の方に行くまで目を閉じていたので分かりません……なんてことは言えない。
「あー……葛城が言ってたけど槇村さん途中まで寝てたんだっけ? 大物だよね、あの騒音の中であっと言う間に寝ちゃえるなんて」
「え、あ、そう、なのかな?」
映像はちゃんと綺麗に撮れてたんですよ? 自分の目で見ていないだけで。
離陸した葛城さん達のイーグルは機体を九十度傾けて飛んだり、機体をクルリと回転させながら飛んだりと色々な姿勢で私達の頭上を何度も往復した。その度に物凄い轟音で耳が痛くなったけどその音にさえ見学している人達は喜んでいるみたいだ。
「あんな風にエルロンロールはしてもらった?」
頭上で大きく螺旋を描きながら戦闘機が通り過ぎていくのを見上げていたら桧山さんが尋ねてきた。
「とんでもないです、普通に飛んでもらっただけですよ」
「せっかくだからしてもらえば良かったのに。なかなか経験できないことなんだからさ」
「とんでもないです!」
でも頭上を飛んでいるのを見ていると本人の様子は分からないけれど何だか楽しそうだし、きっとあの時の葛城さんは物足りなかったんだろうなって思う。あ、だからと言ってもう一度乗せてもらってグルグル回ったり斜めになったままで飛んで欲しいわけじゃない。
「今日の為に模擬戦の映像も撮ってあるから、こっちの展示飛行が終わったら葛城と合流して観に行こう。実際に飛ぶところを見るのも面白いけどあれだけでは空の上で俺達が何をしてるいか分からないからね」
+++++
「葛城さん、お疲れ様」
空から戻ってきた葛城さんは初めて会った時と同じ格好をしていた。制服姿は何度か目にしていたけどパイロットスーツを着た葛城さんを見るのは本当に久しぶりのことだ。やっぱり私は改まった制服姿よりもこっちの服装の方が好きかな。
「ちゃんと見てたか?」
「見てたよ。あんな風にグルグル回ったりするのを見ちゃったら大金を積まれても二度と乗りたくないって思った」
私の言葉に顔をしかめる葛城さん。
「顔を合わせた途端にそれかよ。カッコいいとか素敵とか凄いとかそういう褒め言葉は無いのか?」
「無いです」
「即答か」
もちろんそれが本気じゃないってことはお互いによく分かっていることなんだけどね。
「まったく槇村さんときたら容赦がないんだから。ガッカリだ」
「お前のガッカリは横においといてそろそろ上映が始まるから行くぞ、早くいかないと部屋に入れなくなる」
「相棒まで冷たいし」
「はいはい、行きましょう」
悲しそうな顔をしてブツブツと文句を言っている葛城さんを挟み込むように両サイドに立つと、桧山さんと私とで問答無用で上映会場へと引き摺って行く。上映会といっても基地内の会議室を使っているので、既にたくさんの人が来ていて私達は座れずに後ろの方で立って見ることになってしまった。
「凄い人だね」
「動画サイトでも空自の模擬空戦の様子は滅多にお目にかかれないからな」
そうこうしているうちに部屋が暗くなって映像が始まる。最初は何機かの戦闘機が基地を離陸していく風景と編隊を組んで飛んでいるところ。メインのカメラ映像は葛城さんが乗っている戦闘機に何台か乗せられていたもので、コックピット内で映し出されているパイロットも顔は見えないけど葛城さん本人ってことだった。そしていよいよ二つのチームに分かれて模擬空戦が始まった。
見ている内に、英語でやり取りされているパイロット同士の会話で何度も同じ単語が出てくることに気が付いて横に立っていた葛城さんの袖をツンツンと引っ張る。
「ねえ、さっきからワンホースって何度も出てくるけどあれはもしかして葛城さんのこと?」
「タックネームのことか?」
タックネームとはパイロット同士が通信時に使う名前、簡単に言えばあだ名みたいなものらしい。本名だと聞き間違いがあったりするので便宜上そういう分かりやすい名前をつけるんだとか。
「それって自分で決めて良いものなの?」
「いや。一応は上官につけてもらうんだ。俺も桧山も最初の飛行隊に配属された時の上官につけてもらった。俺の場合は一馬をそのまま英語読みにしたら意外と言いやすかったからそのまま決まっちまったんだけどな」
「へえ。どうせなら日本人らしいのにすれば良いのに。モモタロウとかキンタロウとか」
「いやそれは……」
二人して変な笑い声を漏らす。
「槇村さん、あれは短くて分かりやすい方が良いんだよ、葛城のはちょっと長いけどね」
「じゃあタローとかジロー?」
「短ければ良いってものでもないんだけど、まあそれはそれで有りなのかな……」
二人が揃って微妙な顔をしている。
「ちなみに桧山さんは?」
「俺? 俺はケットシー」
「ケットシー? あの猫の妖精の?」
もしかして桧山さんは猫好きとか?
「俺の名前が聡(さとし)なんだ。それで似たようなゴロだからって」
「へえ」
上官さんのネーミングセンスに感心しながら映像に視線を戻した。
画面の中ではお互いの後ろを取ろうと戦闘機が飛び回っている状態で、コックピットの風防越しの地平線やら雲は忙しなくグルグルと回っていた。周りの人達は凄いね~とかパイロットさんのヘルメットがカッコいいね~とか御満悦な様子で見入っているんだけど私の方は何故か変な汗が出始めた。外の景色がグルグル回るのを観ているだけでも酔いそうなのに、映し出された機体がお腹を上にしたまま急降下していくのを見ていたら急に胃の辺りがゾワゾワしてきて胸がムカムカし始める。
「……か、葛城さん」
慌てて再び葛城さんの袖を引っ張った。
「どうした?」
「なんだか気持ち悪くなってきた……」
「え?」
「気持ち悪い……酔ったかも」
私の言葉に横で立っていた葛城さんがこっちを覗き込んできた。きっと薄暗い中でも顔色が変なのが分かったんだと思う。半笑いだった葛城さんが私を見て驚いた顔をしてから反対側に立っていた桧山さんに小声で囁く。
「桧山、優が気分が悪くなったらしい。ここから連れ出す」
「医務室に連絡を入れておくか?」
「頼む」
「そこまでしなくても」
「こんなところで倒れたら大騒ぎだから大人しく連行されろ。その前にトイレに行くか?」
「うん」
葛城さんは私の腕をとるとそっと部屋を出た。
「結構な人がいたから人いきれのせいもあるかもな。どうだ、少しはマシか?」
「……ダメ、吐きそう」
「ここでは不味い、もう少し我慢してくれ」
廊下を引っ張っていかれ、ロープがはられて関係者以外立入禁止と書かれている立札が立っている場所に来た。
「葛城さん、ここ立入禁止じゃ……?」
「俺達は関係者」
二人は構わずに私のことを抱えるようにしてそのロープを跨いでいく。
「でも私……」
「緊急避難だから問題なし。あっちのトイレは人でいっぱいだからな、こっちを使ってくれ」
「じゃあ俺は野々村医官に声をかけておくから」
「頼む」
桧山さんが行ってしまう足音を聞きながらトイレの個室で吐き気がおさまるのを待っていると、葛城さんがそっと入ってきて背中をさすってくれた。
「大丈夫か?」
「うん、吐きそうだったけど本当に吐くまではいかなかったみたい」
「顔色はまだ戻ってないな。しかし映像を見ただけで酔うなんて去年はよく何事も無く飛べたよな」
「それは自分でも思ったよ……」
私の三半規管って本当に貧弱。もしかして年を一つとってますます貧弱になったのかも……。
「人も多いことだし気分が良くなるまで医務室で寝てろ。後で俺が送っていくから」
「でも葛城さん、仕事あるんだよね?」
「だから送り先はこっちに近い官舎な」
「え」
思わず顔を見上げてしまったのは葛城さんの日頃の行いのせいだと思って欲しい。
「あのさ、心配してくれている、んだよね……?」
「もちろん」
本人はいたって真面目に言っているつもりなんだろうけど、良からぬことを考えている風にしか見えないのはやっぱり日頃の行いがアレだからだよね……。
「あいつ、今頃は絶対にぶつくさ言ってるだろうなあ」
横に立った桧山さんが可笑しそうに呟く。
「どうしてですか?」
「ん? 予定ではあいつが滑走路に出る前に槇村さんをこの場所に連れてくることになっていたから。ちょうど前を通過していくから葛城から槇村さんが見える場所だったんだよ、ここ。ここまで離れてしまうといくらあいつの目が良くても槇村さんの姿は分からないからね」
間に合わなかったことを後でブツブツ言われるなあとぼやいている。
「でも時間がかかったのは桧山さんのせいじゃなくて私が会場を回っている時に色々と質問して立ち止まっていたからでしょ?」
「それはそうなんだろうけど、あいつからしたら全て俺が悪いことになるらしいから」
あー、そのフレーズ、以前にも聞いたことがある。確か勇馬さんが私を自宅に送ってくれた時だったっけ。まさかあの時と同じことを桧山さんに言ったとか? まったくもう……。
「文句を言われたら私がちゃんと言い返しますから大丈夫ですよ」
「その気持ちは嬉しいけどねえ……」
「大丈夫です、ちゃんと桧山さんが悪くないことを証言しますから」
私の言葉に曖昧な笑みを浮かべながらも桧山さんはその時は頼むねと言った。それと同時にそろそろF-15イーグルが離陸しますというアナウンスが流れる。
「はい、これ」
そう言って桧山さんから双眼鏡を渡された。それで覗くとかなりはっきり見えたけどヘルメットをかぶっているせいで当然のことながら顔までは分からない。それに離陸態勢に入れば普段は冗談ばかり言っている葛城さんもそっちに集中してちゃんとパイロットさんしているだろうし。……ん? なんだか顔がこっちに向いたような気が? あれ? 今、手をあげた? あれってお客さんに対するサービスだよね? いくら裸眼視力が良くたって私が立っているのなんて分かるわけ……。
後ろで何やら怪しげな空気が流れたので双眼鏡から目を離して振り返ると桧山さんがかぶっていた筈の帽子を脱いで軽く振っていた。
「……何してるんですか?」
「何もしてないよ。離陸態勢に入ったらいくらあいつでもそっちに集中してるし」
いや、その片手で振っている帽子は何ですかということなんですけど。問い掛けるように桧山さんの顔をジッと見詰めたけどニコニコしながら何も言わずに帽子をかぶってしまった。そしてそろそろ離陸するからちゃんと見てないとって振り返った私のことを無理やり前に向かせる。
「……なんかこっち見てましたよ?」
再び双眼鏡で覗きながら更に追求してみる。
「そうかい? きっと見学者さんに対してのサービスだね」
「そうなんですか?」
「そうだと思うよ」
こう言っちゃなんだけど桧山さんの態度は限りなく胡散臭い。だけど見学者さん達にサービスして手を振ったという方が自然かな、私に気が付いて手を振ったなんていうのはかなり自意識過剰かも。滑走路を走り出した戦闘機はスピードを徐々に上げ、私達の目の前を通り過ぎた辺りでふわりと地面から離れ角度をつけて急上昇をしていく。そしてその後から更に何機か離陸した。
「去年、槇村さんを乗せた時もあんな風に上昇したんだけど覚えてる?」
「……え、そうでしたっけ?」
去年はかなり上の方に行くまで目を閉じていたので分かりません……なんてことは言えない。
「あー……葛城が言ってたけど槇村さん途中まで寝てたんだっけ? 大物だよね、あの騒音の中であっと言う間に寝ちゃえるなんて」
「え、あ、そう、なのかな?」
映像はちゃんと綺麗に撮れてたんですよ? 自分の目で見ていないだけで。
離陸した葛城さん達のイーグルは機体を九十度傾けて飛んだり、機体をクルリと回転させながら飛んだりと色々な姿勢で私達の頭上を何度も往復した。その度に物凄い轟音で耳が痛くなったけどその音にさえ見学している人達は喜んでいるみたいだ。
「あんな風にエルロンロールはしてもらった?」
頭上で大きく螺旋を描きながら戦闘機が通り過ぎていくのを見上げていたら桧山さんが尋ねてきた。
「とんでもないです、普通に飛んでもらっただけですよ」
「せっかくだからしてもらえば良かったのに。なかなか経験できないことなんだからさ」
「とんでもないです!」
でも頭上を飛んでいるのを見ていると本人の様子は分からないけれど何だか楽しそうだし、きっとあの時の葛城さんは物足りなかったんだろうなって思う。あ、だからと言ってもう一度乗せてもらってグルグル回ったり斜めになったままで飛んで欲しいわけじゃない。
「今日の為に模擬戦の映像も撮ってあるから、こっちの展示飛行が終わったら葛城と合流して観に行こう。実際に飛ぶところを見るのも面白いけどあれだけでは空の上で俺達が何をしてるいか分からないからね」
+++++
「葛城さん、お疲れ様」
空から戻ってきた葛城さんは初めて会った時と同じ格好をしていた。制服姿は何度か目にしていたけどパイロットスーツを着た葛城さんを見るのは本当に久しぶりのことだ。やっぱり私は改まった制服姿よりもこっちの服装の方が好きかな。
「ちゃんと見てたか?」
「見てたよ。あんな風にグルグル回ったりするのを見ちゃったら大金を積まれても二度と乗りたくないって思った」
私の言葉に顔をしかめる葛城さん。
「顔を合わせた途端にそれかよ。カッコいいとか素敵とか凄いとかそういう褒め言葉は無いのか?」
「無いです」
「即答か」
もちろんそれが本気じゃないってことはお互いによく分かっていることなんだけどね。
「まったく槇村さんときたら容赦がないんだから。ガッカリだ」
「お前のガッカリは横においといてそろそろ上映が始まるから行くぞ、早くいかないと部屋に入れなくなる」
「相棒まで冷たいし」
「はいはい、行きましょう」
悲しそうな顔をしてブツブツと文句を言っている葛城さんを挟み込むように両サイドに立つと、桧山さんと私とで問答無用で上映会場へと引き摺って行く。上映会といっても基地内の会議室を使っているので、既にたくさんの人が来ていて私達は座れずに後ろの方で立って見ることになってしまった。
「凄い人だね」
「動画サイトでも空自の模擬空戦の様子は滅多にお目にかかれないからな」
そうこうしているうちに部屋が暗くなって映像が始まる。最初は何機かの戦闘機が基地を離陸していく風景と編隊を組んで飛んでいるところ。メインのカメラ映像は葛城さんが乗っている戦闘機に何台か乗せられていたもので、コックピット内で映し出されているパイロットも顔は見えないけど葛城さん本人ってことだった。そしていよいよ二つのチームに分かれて模擬空戦が始まった。
見ている内に、英語でやり取りされているパイロット同士の会話で何度も同じ単語が出てくることに気が付いて横に立っていた葛城さんの袖をツンツンと引っ張る。
「ねえ、さっきからワンホースって何度も出てくるけどあれはもしかして葛城さんのこと?」
「タックネームのことか?」
タックネームとはパイロット同士が通信時に使う名前、簡単に言えばあだ名みたいなものらしい。本名だと聞き間違いがあったりするので便宜上そういう分かりやすい名前をつけるんだとか。
「それって自分で決めて良いものなの?」
「いや。一応は上官につけてもらうんだ。俺も桧山も最初の飛行隊に配属された時の上官につけてもらった。俺の場合は一馬をそのまま英語読みにしたら意外と言いやすかったからそのまま決まっちまったんだけどな」
「へえ。どうせなら日本人らしいのにすれば良いのに。モモタロウとかキンタロウとか」
「いやそれは……」
二人して変な笑い声を漏らす。
「槇村さん、あれは短くて分かりやすい方が良いんだよ、葛城のはちょっと長いけどね」
「じゃあタローとかジロー?」
「短ければ良いってものでもないんだけど、まあそれはそれで有りなのかな……」
二人が揃って微妙な顔をしている。
「ちなみに桧山さんは?」
「俺? 俺はケットシー」
「ケットシー? あの猫の妖精の?」
もしかして桧山さんは猫好きとか?
「俺の名前が聡(さとし)なんだ。それで似たようなゴロだからって」
「へえ」
上官さんのネーミングセンスに感心しながら映像に視線を戻した。
画面の中ではお互いの後ろを取ろうと戦闘機が飛び回っている状態で、コックピットの風防越しの地平線やら雲は忙しなくグルグルと回っていた。周りの人達は凄いね~とかパイロットさんのヘルメットがカッコいいね~とか御満悦な様子で見入っているんだけど私の方は何故か変な汗が出始めた。外の景色がグルグル回るのを観ているだけでも酔いそうなのに、映し出された機体がお腹を上にしたまま急降下していくのを見ていたら急に胃の辺りがゾワゾワしてきて胸がムカムカし始める。
「……か、葛城さん」
慌てて再び葛城さんの袖を引っ張った。
「どうした?」
「なんだか気持ち悪くなってきた……」
「え?」
「気持ち悪い……酔ったかも」
私の言葉に横で立っていた葛城さんがこっちを覗き込んできた。きっと薄暗い中でも顔色が変なのが分かったんだと思う。半笑いだった葛城さんが私を見て驚いた顔をしてから反対側に立っていた桧山さんに小声で囁く。
「桧山、優が気分が悪くなったらしい。ここから連れ出す」
「医務室に連絡を入れておくか?」
「頼む」
「そこまでしなくても」
「こんなところで倒れたら大騒ぎだから大人しく連行されろ。その前にトイレに行くか?」
「うん」
葛城さんは私の腕をとるとそっと部屋を出た。
「結構な人がいたから人いきれのせいもあるかもな。どうだ、少しはマシか?」
「……ダメ、吐きそう」
「ここでは不味い、もう少し我慢してくれ」
廊下を引っ張っていかれ、ロープがはられて関係者以外立入禁止と書かれている立札が立っている場所に来た。
「葛城さん、ここ立入禁止じゃ……?」
「俺達は関係者」
二人は構わずに私のことを抱えるようにしてそのロープを跨いでいく。
「でも私……」
「緊急避難だから問題なし。あっちのトイレは人でいっぱいだからな、こっちを使ってくれ」
「じゃあ俺は野々村医官に声をかけておくから」
「頼む」
桧山さんが行ってしまう足音を聞きながらトイレの個室で吐き気がおさまるのを待っていると、葛城さんがそっと入ってきて背中をさすってくれた。
「大丈夫か?」
「うん、吐きそうだったけど本当に吐くまではいかなかったみたい」
「顔色はまだ戻ってないな。しかし映像を見ただけで酔うなんて去年はよく何事も無く飛べたよな」
「それは自分でも思ったよ……」
私の三半規管って本当に貧弱。もしかして年を一つとってますます貧弱になったのかも……。
「人も多いことだし気分が良くなるまで医務室で寝てろ。後で俺が送っていくから」
「でも葛城さん、仕事あるんだよね?」
「だから送り先はこっちに近い官舎な」
「え」
思わず顔を見上げてしまったのは葛城さんの日頃の行いのせいだと思って欲しい。
「あのさ、心配してくれている、んだよね……?」
「もちろん」
本人はいたって真面目に言っているつもりなんだろうけど、良からぬことを考えている風にしか見えないのはやっぱり日頃の行いがアレだからだよね……。
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