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本編
第八話 海の男と中の人の出会い side - 佐伯
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最初に彼女、立原杏奈さんに出会ったのは、母港で催されていた地元の海の日のイベントだった。そこのブースで売られているまんじゅうがエラくうまいらしいという話を耳にしたので、同僚の寺脇と共に出向いた時の事だ。
そこは東京都に属しているある中規模の行政市のブースで、まんじゅうの他にも色々なものが売られていた。そしてテントの奥から、何やら茶色くて丸いものがジッとこちらを見つめている。まんじゅうを頬張りながら何気にその視線が気になって、足がその物体の元へと向いていた。
「これ、なんなんだ?」
「こちらのマスコットキャラらしいぞ。松平市の公式キャラだそうだ」
「へえ……休憩中だそうだ」
「そりゃ中の人だって、昼休みぐらいとるだろ、飯も食わなきゃいけないし」
「そりゃそうだ」
よく見れば、柔らかそうな腹のところに紙が貼ってあり、手書きで【マツラー君ただ今休憩中】の文字が。つまりはジッとしているのではなく、今は中に入っている人が不在ということなんだろう。それなのに視線を感じるとは、大した着ぐるみだと感心してしまう。しかし見れば見るほど不思議な生き物だな、これは何をモデルに作られたものなんだろう、クマ? ハムスター? カワウソ? 中の人がいないのであれば良いだろうと、頭を軽く叩いてみる。思った以上にしっかりした作りのようだ。腹を突いてみると、そこは空洞らしくフニャリと凹んだ。
「何してんだよ、佐伯~~」
そんな俺を見た寺脇が、呆れた様子で声をかけてきた。
「ん? なんだか触り心地良いなって。新しいせいだろうな、そのうち子供達に触られまくって、真っ黒になる運命か」
何となくお腹の辺りの毛が毛羽立っているのは、恐らく子供達からの洗礼を何度も受けているせいだろう。こちらもたまに制服オタクな民間人に囲まれたりするが、着ぐるみ達のように、子供達からの容赦ない突撃は今のところ受けたことがない。この毛羽立っている部分が黒くなるのも時間の問題だろうなと、ベージュ色の腹部分を眺めながら、少しばかり気の毒に思った。
「おい、佐伯、あまり触りまくるなよ、それこそ汚れるぞ。黒い餡子がついたら大変だろ、淡い色だから目立つし」
「そうだな」
うなづいて振り返ろうとした拍子に、まんじゅうの中身がこぼれ落ちた。
「あ、しまった」
「ちょっと餡子をつけたりしないでください ―― っ!!」
中に誰もいないと思っていたそいつがいきなり立ち上がったので、驚いて思わず後ずさる。
「うわっ、中に人がいたのかよ!」
「もう、食べ物の汚れはとれにくいんだからっ!! わあっ」
そいつは、俺に向かって短い手を振り上げながら、文句を言いつつ向かってこようとしたらしいが、短い足が絡まったのか、目の前で前のめりに倒れ込んでしまう。地面の固さに負けて、全体がペシャリと平べったくなったところが、何とも哀愁を誘う光景だ。そして倒れた拍子に背中の部分が見えて、チョコンと飛び出た尻尾が見えた。こいつはもしかして、ハムスターなんだろうか?
そんなことを考えつつ、倒れたままになっている茶色い物体を抱えて抱き起す。見た目も他の着ぐるみ達よりも一回りほど小さいせいか、重さも思っていたよりもずっと軽いものだった。
「おい、大丈夫か?」
抱き起してからフラフラしているので、何か踏んでいてバランスが取れないのかと思い、そいつを支えながら足元を見ると、右足の部分の布が不自然な形で突き出ていた。こいつ、中に金属の棒でも入っているのか?
「足のところで何か突き出てるぞ?」
「え?! 破れちゃったとか?」
そいつはギョッとしたように体を震わせて、足元を見ようとしている、らしい。丸い体は前屈するのには向いていないらしく、その様子は傍から見ると、体を前後左右に揺すって踊っているようにしか見えなかった。
「いや、そこまででもないけど、そのまま踊り続けたら、破れて中が飛び出すかも」
「踊ってなんかいませんー!」
「そうなのか、楽しそうに上下左右に動いているから、てっきり踊っているものかと。ちょっとジッとしてな」
見た感じ、中から何かが飛び出しているのだから、中に手を入れなければこの突起は取り除けないだろう。この手の着ぐるみと言うのは大抵は後ろにファスナーがあって、そこから人が出入りしているものだ。そいつの後ろに回り込む。
茶色い毛に埋もれているファスナーを見つけると、一気に下ろした。そして中を覗きこんだ俺の目に飛び込んできたのは、可愛らしいTシャツとジャージのズボンをはいた女の子、いや女性だった。声からして女性が入っているらしいということは分かっていたが、まさかその女性がこんなに若くて可愛い子だとは予想外で、しばらくファスナーを下げた目的を忘れ、中にいる彼女の顔を見つめていた。
「ちょっと! いきなり中をのぞくとか、ありえないですよ!!」
その憤慨した声に我に返ると、あわてて足元に視線を落とす。
「いや、何か困ってるから、困っている原因を取り除いてやろうと思って。ああ、椅子を入れてたのか。そりゃ足が八本になったらもつれて当然だよな、人間はタコじゃないんだから」
着ぐるみの足元は、彼女の足と着ぐるみの足、そしてパイプ椅子の足とで混沌とした状態になっている。どうやら休憩中というのは本当だったようで、ジッとしていたのは中で椅子に座っていたからに違いない。丸い体の中はそこそこの空間があるから、パイプ椅子程度なら問題なく運び込むことができたのだろう……ただし、ジッとしているならば、の話だが。
転がってしまったのは、俺が落とした餡子に反応して思わず動いてしまったからのようで、少しばかり気の毒なことをしてしまった。椅子を取り出すと足から突き出していた尖がりは無くなり、ようやくまともに立つことができるようになって、中の彼女もホッとした顔をしている。
「あの……ありがとうございます。あ、餡子は……」
「ああ、足元に落ちただけだから」
「え、ってことは私が転がった時に……」
「あ、ちょっと待って」
前に回りこみ腹の辺りをのぞきこんでみると、幸いなことに、落とした餡子は着ぐるみの腹に貼りつけてあった、紙に張りついていた。それを見てホッとして視線を上げると、着ぐるみの丸い目がジッとこちらを見下ろしていて、余りの近さに思わず怯みそうになった。
「うん、大丈夫。ちょうど休憩中の文字のところで、ペタンコにのされてる」
咄嗟に怯んだことを誤魔化そうと、無理やり笑みを顔に張りつけてその目を覗き込む。何故か中の彼女と目があったような気がした。
「そうですか、よかった……あの、頼みついでで申し訳ないんですけど、後ろのファスナー、閉めてもらえます?」
「了解」
立ち上がるともう一度後ろに回り込んで、ファスナーを上げてやった。彼女の姿が見えなくなるのが、何となく寂しく感じたのは何故だろうと、内心首をかしげながら。それからお腹の紙もはがし、餡子が落ちないように折り畳むと、それを後ろにあったゴミ箱に放り込んだ。
「こんな暑い日に大変だねえ、えーと……これ、なんて名前?」
前に回り込むと、もう一度その茶色い着ぐるみを上から下まで眺める。
「マツラー君です。……マツラーちゃんかも、性別は決まってないので」
「マツラーね。明日の最終日も出るのかい?」
「そのつもりです」
「へえ。じゃあ明日も時間がとれたら、まんじゅうを買いに来るよ」
「お買い上げありがとうございます。おいしいって思ったなら、他の人にも宣伝してもらえると嬉しいんですけど」
「分かった」
俺と寺脇がそのブースから離れる時、そのマツラーはひょこひょこと歩きながら、子供達の相手をしていた。そしてこちらに気がついたのか、立ち去る俺達に手を振ってきた……ような気がした。あれは恐らく手を振っていたんだと思う。多分。
そして次の日も彼女に告げた通り、非番だった連中も連れてまんじゅうを買いに顔を出した。着ぐるみの彼女はそれを見て喜んでくれたようで、俺が横に立った時に「有難うございます」と嬉しそうに話しかけてきた。ただ申し訳なかったのは、俺達全員が制服のままで来たものだから、イベントの客というよりもミリオタや制服オタを呼び込んでしまったらしく、ブースの前が大変な混雑状態になってしまったことだ。
「すまない、ちょっと考えなしだった」
「大丈夫ですよ、皆さんお行儀の良い人ばかりみたいだし。写真を撮ったついでにいろいろと買ってくれているので、千客万来です。皆さんの集客力は凄いですよ。あらためて目の当たりにしてビックリです」
マツラーが嬉しそうに横ではねている。テントの人だかりを眺めながら、何となくその頭に肘を乗せてみると丁度よい高さで、つい買い物を終えて戻ってきた連中と、そのまま話し込んでしまった。
その時はさほど意識はしていなかったんだが、他の客に愛想を振りまいている彼女を見るのが、何となく面白くなかったのだ。他の連中は中の彼女のことを知らないんだから、ただの着ぐるみが跳ねているとしか思っていないはずなのに、とにかく面白くないと感じていた。だから自分の横でジッとしているようにと、肘掛けにしておさえ込んでいたわけだ。まあ途中で彼女の方が肘掛け状態に耐えられなくなって、飛び跳ねながら抗議してきたんだが。
そしてイベントが終わり彼女達が地元へと帰る日、来年の海の日にもイベントがあるから是非来いよと言うと、ありがとうございますと元気な返事が返ってきた。自分が異動になれば当然のことながら会えなくなるのに、馬鹿なことを言ったものだなと笑ってしまったのは、その日の夜になってから。自宅でパソコンを開き松平市のサイトをのぞいてみると、そこにはマツラーのページが設けられており、様々な地域で参加したイベントの写真が載っていた。その中には、俺達と一緒に写っている画像も掲載されている。そう言えば広報から、掲載しても良いかという問い合わせがあったとか言っていたな。
「へえ……団子が好きなのか、こいつ」
好物の食べ物が、市役所近くにある和菓子屋のみたらし団子だと書いてある。なかなか芸が細かいなと思いつつ、その数か月後、まさか再会した彼女とスイーツ三昧をするなんて夢にも思わず、中の彼女も団子が好きなんだろうか?などと考えている自分がいた。
+++++
「お前、本当にあの時のお嬢さんを部屋につれこんだのか」
お見合い企画が終わってから二日後、休暇日が終わって職場に戻ったその日、艦橋に上がる直前で顔を合わせた寺脇が、こちらの顔を見たとたんに声をかけてきた。
「つれこんだなんて人聞きの悪い。ご招待したと言ってくれ」
「同じだろ」
「いや、違う」
「まったく……お前のすることは極端すぎてついていけん」
「なんだよ、お前が勝手に俺の名前を書いて、無理やり参加させたんだろうが」
そうだ。こいつが勝手に俺の名前を書いて、あの企画苦に無理やりに参加させた張本人だ。お蔭で彼女に再会できたわけだが、それは結果論であって、勝手にと無理やりが帳消しになるわけではない。
「だからって、会ったばかりのお嬢さんを部屋につれこむか?」
「ご招待」
「ああもう! ご招待でも何でも良いが、とにかく、おかしいだろ。しかも一泊しただと?」
「彼女とは初めてあったわけじゃないから、会ったばかりのというのには該当しない、それと正確には二泊だ」
「は?」
「おい、何処かの御当地キャラみたいな顔になってるぞ」
「俺にもちゃんと分かるように説明しろ、二泊だって?」
「それより仕事が先だ」
「終わったらきちんと説明させるからな、逃げるなよ?」
この場で立ち話するわけにもいかないので、寺脇は指をさして俺に念押しすると、艦橋に入っていく。取り敢えずは仕事が終わるまでは、あいつも静かにしているということだ。一年間のお試しという提案をしてきた彼女と次に会えるのは、年を越してからだろうなと考えつつ、頭を切り替えてヤツの後に続いた。
そこは東京都に属しているある中規模の行政市のブースで、まんじゅうの他にも色々なものが売られていた。そしてテントの奥から、何やら茶色くて丸いものがジッとこちらを見つめている。まんじゅうを頬張りながら何気にその視線が気になって、足がその物体の元へと向いていた。
「これ、なんなんだ?」
「こちらのマスコットキャラらしいぞ。松平市の公式キャラだそうだ」
「へえ……休憩中だそうだ」
「そりゃ中の人だって、昼休みぐらいとるだろ、飯も食わなきゃいけないし」
「そりゃそうだ」
よく見れば、柔らかそうな腹のところに紙が貼ってあり、手書きで【マツラー君ただ今休憩中】の文字が。つまりはジッとしているのではなく、今は中に入っている人が不在ということなんだろう。それなのに視線を感じるとは、大した着ぐるみだと感心してしまう。しかし見れば見るほど不思議な生き物だな、これは何をモデルに作られたものなんだろう、クマ? ハムスター? カワウソ? 中の人がいないのであれば良いだろうと、頭を軽く叩いてみる。思った以上にしっかりした作りのようだ。腹を突いてみると、そこは空洞らしくフニャリと凹んだ。
「何してんだよ、佐伯~~」
そんな俺を見た寺脇が、呆れた様子で声をかけてきた。
「ん? なんだか触り心地良いなって。新しいせいだろうな、そのうち子供達に触られまくって、真っ黒になる運命か」
何となくお腹の辺りの毛が毛羽立っているのは、恐らく子供達からの洗礼を何度も受けているせいだろう。こちらもたまに制服オタクな民間人に囲まれたりするが、着ぐるみ達のように、子供達からの容赦ない突撃は今のところ受けたことがない。この毛羽立っている部分が黒くなるのも時間の問題だろうなと、ベージュ色の腹部分を眺めながら、少しばかり気の毒に思った。
「おい、佐伯、あまり触りまくるなよ、それこそ汚れるぞ。黒い餡子がついたら大変だろ、淡い色だから目立つし」
「そうだな」
うなづいて振り返ろうとした拍子に、まんじゅうの中身がこぼれ落ちた。
「あ、しまった」
「ちょっと餡子をつけたりしないでください ―― っ!!」
中に誰もいないと思っていたそいつがいきなり立ち上がったので、驚いて思わず後ずさる。
「うわっ、中に人がいたのかよ!」
「もう、食べ物の汚れはとれにくいんだからっ!! わあっ」
そいつは、俺に向かって短い手を振り上げながら、文句を言いつつ向かってこようとしたらしいが、短い足が絡まったのか、目の前で前のめりに倒れ込んでしまう。地面の固さに負けて、全体がペシャリと平べったくなったところが、何とも哀愁を誘う光景だ。そして倒れた拍子に背中の部分が見えて、チョコンと飛び出た尻尾が見えた。こいつはもしかして、ハムスターなんだろうか?
そんなことを考えつつ、倒れたままになっている茶色い物体を抱えて抱き起す。見た目も他の着ぐるみ達よりも一回りほど小さいせいか、重さも思っていたよりもずっと軽いものだった。
「おい、大丈夫か?」
抱き起してからフラフラしているので、何か踏んでいてバランスが取れないのかと思い、そいつを支えながら足元を見ると、右足の部分の布が不自然な形で突き出ていた。こいつ、中に金属の棒でも入っているのか?
「足のところで何か突き出てるぞ?」
「え?! 破れちゃったとか?」
そいつはギョッとしたように体を震わせて、足元を見ようとしている、らしい。丸い体は前屈するのには向いていないらしく、その様子は傍から見ると、体を前後左右に揺すって踊っているようにしか見えなかった。
「いや、そこまででもないけど、そのまま踊り続けたら、破れて中が飛び出すかも」
「踊ってなんかいませんー!」
「そうなのか、楽しそうに上下左右に動いているから、てっきり踊っているものかと。ちょっとジッとしてな」
見た感じ、中から何かが飛び出しているのだから、中に手を入れなければこの突起は取り除けないだろう。この手の着ぐるみと言うのは大抵は後ろにファスナーがあって、そこから人が出入りしているものだ。そいつの後ろに回り込む。
茶色い毛に埋もれているファスナーを見つけると、一気に下ろした。そして中を覗きこんだ俺の目に飛び込んできたのは、可愛らしいTシャツとジャージのズボンをはいた女の子、いや女性だった。声からして女性が入っているらしいということは分かっていたが、まさかその女性がこんなに若くて可愛い子だとは予想外で、しばらくファスナーを下げた目的を忘れ、中にいる彼女の顔を見つめていた。
「ちょっと! いきなり中をのぞくとか、ありえないですよ!!」
その憤慨した声に我に返ると、あわてて足元に視線を落とす。
「いや、何か困ってるから、困っている原因を取り除いてやろうと思って。ああ、椅子を入れてたのか。そりゃ足が八本になったらもつれて当然だよな、人間はタコじゃないんだから」
着ぐるみの足元は、彼女の足と着ぐるみの足、そしてパイプ椅子の足とで混沌とした状態になっている。どうやら休憩中というのは本当だったようで、ジッとしていたのは中で椅子に座っていたからに違いない。丸い体の中はそこそこの空間があるから、パイプ椅子程度なら問題なく運び込むことができたのだろう……ただし、ジッとしているならば、の話だが。
転がってしまったのは、俺が落とした餡子に反応して思わず動いてしまったからのようで、少しばかり気の毒なことをしてしまった。椅子を取り出すと足から突き出していた尖がりは無くなり、ようやくまともに立つことができるようになって、中の彼女もホッとした顔をしている。
「あの……ありがとうございます。あ、餡子は……」
「ああ、足元に落ちただけだから」
「え、ってことは私が転がった時に……」
「あ、ちょっと待って」
前に回りこみ腹の辺りをのぞきこんでみると、幸いなことに、落とした餡子は着ぐるみの腹に貼りつけてあった、紙に張りついていた。それを見てホッとして視線を上げると、着ぐるみの丸い目がジッとこちらを見下ろしていて、余りの近さに思わず怯みそうになった。
「うん、大丈夫。ちょうど休憩中の文字のところで、ペタンコにのされてる」
咄嗟に怯んだことを誤魔化そうと、無理やり笑みを顔に張りつけてその目を覗き込む。何故か中の彼女と目があったような気がした。
「そうですか、よかった……あの、頼みついでで申し訳ないんですけど、後ろのファスナー、閉めてもらえます?」
「了解」
立ち上がるともう一度後ろに回り込んで、ファスナーを上げてやった。彼女の姿が見えなくなるのが、何となく寂しく感じたのは何故だろうと、内心首をかしげながら。それからお腹の紙もはがし、餡子が落ちないように折り畳むと、それを後ろにあったゴミ箱に放り込んだ。
「こんな暑い日に大変だねえ、えーと……これ、なんて名前?」
前に回り込むと、もう一度その茶色い着ぐるみを上から下まで眺める。
「マツラー君です。……マツラーちゃんかも、性別は決まってないので」
「マツラーね。明日の最終日も出るのかい?」
「そのつもりです」
「へえ。じゃあ明日も時間がとれたら、まんじゅうを買いに来るよ」
「お買い上げありがとうございます。おいしいって思ったなら、他の人にも宣伝してもらえると嬉しいんですけど」
「分かった」
俺と寺脇がそのブースから離れる時、そのマツラーはひょこひょこと歩きながら、子供達の相手をしていた。そしてこちらに気がついたのか、立ち去る俺達に手を振ってきた……ような気がした。あれは恐らく手を振っていたんだと思う。多分。
そして次の日も彼女に告げた通り、非番だった連中も連れてまんじゅうを買いに顔を出した。着ぐるみの彼女はそれを見て喜んでくれたようで、俺が横に立った時に「有難うございます」と嬉しそうに話しかけてきた。ただ申し訳なかったのは、俺達全員が制服のままで来たものだから、イベントの客というよりもミリオタや制服オタを呼び込んでしまったらしく、ブースの前が大変な混雑状態になってしまったことだ。
「すまない、ちょっと考えなしだった」
「大丈夫ですよ、皆さんお行儀の良い人ばかりみたいだし。写真を撮ったついでにいろいろと買ってくれているので、千客万来です。皆さんの集客力は凄いですよ。あらためて目の当たりにしてビックリです」
マツラーが嬉しそうに横ではねている。テントの人だかりを眺めながら、何となくその頭に肘を乗せてみると丁度よい高さで、つい買い物を終えて戻ってきた連中と、そのまま話し込んでしまった。
その時はさほど意識はしていなかったんだが、他の客に愛想を振りまいている彼女を見るのが、何となく面白くなかったのだ。他の連中は中の彼女のことを知らないんだから、ただの着ぐるみが跳ねているとしか思っていないはずなのに、とにかく面白くないと感じていた。だから自分の横でジッとしているようにと、肘掛けにしておさえ込んでいたわけだ。まあ途中で彼女の方が肘掛け状態に耐えられなくなって、飛び跳ねながら抗議してきたんだが。
そしてイベントが終わり彼女達が地元へと帰る日、来年の海の日にもイベントがあるから是非来いよと言うと、ありがとうございますと元気な返事が返ってきた。自分が異動になれば当然のことながら会えなくなるのに、馬鹿なことを言ったものだなと笑ってしまったのは、その日の夜になってから。自宅でパソコンを開き松平市のサイトをのぞいてみると、そこにはマツラーのページが設けられており、様々な地域で参加したイベントの写真が載っていた。その中には、俺達と一緒に写っている画像も掲載されている。そう言えば広報から、掲載しても良いかという問い合わせがあったとか言っていたな。
「へえ……団子が好きなのか、こいつ」
好物の食べ物が、市役所近くにある和菓子屋のみたらし団子だと書いてある。なかなか芸が細かいなと思いつつ、その数か月後、まさか再会した彼女とスイーツ三昧をするなんて夢にも思わず、中の彼女も団子が好きなんだろうか?などと考えている自分がいた。
+++++
「お前、本当にあの時のお嬢さんを部屋につれこんだのか」
お見合い企画が終わってから二日後、休暇日が終わって職場に戻ったその日、艦橋に上がる直前で顔を合わせた寺脇が、こちらの顔を見たとたんに声をかけてきた。
「つれこんだなんて人聞きの悪い。ご招待したと言ってくれ」
「同じだろ」
「いや、違う」
「まったく……お前のすることは極端すぎてついていけん」
「なんだよ、お前が勝手に俺の名前を書いて、無理やり参加させたんだろうが」
そうだ。こいつが勝手に俺の名前を書いて、あの企画苦に無理やりに参加させた張本人だ。お蔭で彼女に再会できたわけだが、それは結果論であって、勝手にと無理やりが帳消しになるわけではない。
「だからって、会ったばかりのお嬢さんを部屋につれこむか?」
「ご招待」
「ああもう! ご招待でも何でも良いが、とにかく、おかしいだろ。しかも一泊しただと?」
「彼女とは初めてあったわけじゃないから、会ったばかりのというのには該当しない、それと正確には二泊だ」
「は?」
「おい、何処かの御当地キャラみたいな顔になってるぞ」
「俺にもちゃんと分かるように説明しろ、二泊だって?」
「それより仕事が先だ」
「終わったらきちんと説明させるからな、逃げるなよ?」
この場で立ち話するわけにもいかないので、寺脇は指をさして俺に念押しすると、艦橋に入っていく。取り敢えずは仕事が終わるまでは、あいつも静かにしているということだ。一年間のお試しという提案をしてきた彼女と次に会えるのは、年を越してからだろうなと考えつつ、頭を切り替えてヤツの後に続いた。
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►Attention
※他サイトからの転載(2018/11に書き上げたものです)
※表紙は「かんたん表紙メーカー2」様で作りました。
※※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。
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