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本編
第十三話 初めての長期不在
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護衛艦の見学をした次の週、私が誘っていた博物館に二人で出かけた。不規則な勤務だと思っていた佐伯さんのお仕事も、港に入っている間はわりと普通な感じ。当直がある以外は、普通の公務員と同じで週休二日。とは言え、港に入っている間ってのがクセモノで、佐伯さんが乗っているイージス艦ってのは、普通の護衛艦に比べると、出港して海に出ていることが圧倒的に多いんだとか。詳しいことは話してもらえなかったけど、どうやらそれは、艦長さんが訓練好きとかそういう話だけではなかったみたい。
「他の護衛艦乗りに比べても、圧倒的に休みも少ないし、連絡が取れないことが多いんだ。だから寺脇も、自分の嫁さんを杏奈さんに紹介したんだと思うよ。同じ艦に乗っている者同士だから、杏奈さんが不安になったら相談できるようにってね」
あの日、夜になってから私が挨拶メールを送る前に、寺脇さんの奥様からメールが入ったのよね、旦那さんと一緒に写った写真つきで。一緒に写っていた寺脇さんが、なんとなくお尻に敷かれている感じがして、見るからに元気いっぱいな奥さん。実は、佐伯さん寺脇さんと同じ高校に通っていた同級生なんだとか。何かあったらガツンと言ってやるので、遠慮なくメールしてくださいねだって。なんだかお姉さんができたみたいで嬉しかった。
「じゃあ私も、佐伯さんが不安になった時のために、誰か紹介したほうが良いですか?」
「へ?」
目を真ん丸にしてこちらを見下ろしたので、ニッコリと笑ってみせた。
「ほら、私がマツラー君として出動している時に、佐伯さんが不安になった時のために。うーん、武藤さんの旦那さんを御紹介しましょうか。外科医さんでちょっと変わった人だけど、相談相手にはなってくれると思いますよ」
「……杏奈さん、それ本気?」
しばらく真面目な顔をして相手を見上げていたけど、あまりにも情けない顔をするので、思わず噴き出してしまった。
「冗談ですよ。武藤さんの旦那さんが、外科医さんで変わった人っていうのは本当ですけどね。佐伯さんなら不安になる前に、この前みたいに会いにきそうだから必要ないのかな」
「俺の場合、会えなくて不安というよりも、あの背の高いお兄さんが近くにいることのほうが、不安だけどな」
「はい?」
背の高いお兄さんって、もしかして東雲さんのこと? なんで東雲さんがいることが不安なの?
「良い人ですよ、東雲さん。後輩の面倒見も良いし、上からの評判も良い人ですし」
「ああ、そうか。杏奈さんは気がついてなかったのか」
「気がついてなかったって?」
「気がついていないなら良いや。とにかく俺は会えなくて不安になったら、マツラー君のいるところに押し掛けるから心配ないよ。だからマツラーの予定だけは、きちんと知らせてくれると嬉しい」
「……私よりマツラー君の方が重要視されるって一体……」
「俺にとってマツラーは相棒みたいなものだから」
「……恋人って言わなかったから許してあげます」
「マツラーが恋人だったらほら、ちょっと怪しい関係になっちゃうじゃないか」
「やめてぇぇぇ」
なんか頭の中で変な映像が流れちゃった。マツラー君は見た目も可愛いし、性別不詳なんだから気にすることないと思いつつ、君づけで呼んでいる時点ですでに世間的には、男の子認定されているような気がする。そんなマツラー君を佐伯さんが恋人だなんて言ったら……そりゃ中の人は間違いなく私だけど、やっぱり考えたくない。
「俺にとってマツラーは相棒で、恋人は間違いなく中の人である杏奈さんなんだから、心配しなくて良いよ」
「私、佐伯さんの恋人認定されてます?」
「俺と杏奈さんにその気がなくても、寺脇達からすでに認定されてるよ。うちの艦では、マツラー共々ちょっとした有名人かもしれないな。佐伯の恋人は中の人やってるみたいだぞって言われてる。海の日のイベントで、マツラーのことを覚えているヤツは多いからね」
そう言えば次の日に、たくさんの同僚さんを連れてきたものね。だけど私、中の人が本業じゃなくて、一応は公務員なんだけどなあ……。
+++++
「でも寺脇さん、どうして初対面に近い私に、奥さんの連絡先を教えてくれる気になったんでしょうか。そりゃ、佐伯さんとお付き合いしているには違いないですし、不安になった時の相談相手にっていうのは分かりますけど、何だかいきなりすぎる気が」
博物館からの帰りに寄ったカフェで、私がちょっと首をかしげていると、佐伯さんは少し困ったような顔をした。
「……ああ、それは近々、長期間連絡が取れなくなるかもしれないからだと思う」
「長期間……?」
「うん」
佐伯さんはうなづいただけで、それ以上は話そうとしない。
「そういう話も機密扱い?」
「突発的な出港でない限り、家族にはちゃんと知らせていくよ。そうでなかったら、そのたびに消息不明で問い合わせが基地に殺到して、大騒ぎになっちゃうだろ? ただ杏奈さんには、こんな感じでしか、今は話せないってことかな。海自の広報から正式に話が出るまではね」
なるほど納得。家族でも正式な婚約者でもない私には、まだ話せないってことなのね。なるほど。これがうまくいかなくなるって原因の一つ、突然連絡が取れなくなるっていうアレなのか。だけど佐伯さんは、詳しく話せないなりにちゃんと知らせてくれた。この程度でも話して良かったの?って少し心配にはなったけど、大丈夫なのかな。
「……待てる?」
こうやって心配そうに確かめてくるってことは、今度はこの前のフグや鰹フィギュアをお土産にくれた時より、もっと長期間ってことなんだろうなって想像できた。
「今更そんなこと聞くなんて。おでこにダメですスタンプ、三個ぐらい押しちゃいますよ? 大丈夫です、私だって年末年始のイベントがたくさんあるから、マツラー君ともども忙しくなる時期ですから。それに寒いの苦手だから、仕事以外の休日は、おとなしく自宅のこたつでマッタリしてます」
「かなり長いあいだ、連絡が取れないんだよ? 帰ってくる日に関しても、はっきり言えないし」
「分かってますよ。そのかわり佐伯さんも、覚悟しておいてくださいね? つながらなくても私の方は、おかまいなしにマツラー君の写真を送っちゃうから。戻ってきて携帯を確認したら写真が大変なことになっているかも」
そんな私の言葉に、佐伯さんは笑った。おとなしく待っていて欲しいですか?ってたずねたら、忙しくしている方が杏奈さんらしくて逆に安心だよだって。でしょ? 自分で言うのもなんだけど、一昔前の演歌の世界の女性みたいな感じで、埠頭に立って一人寂しく待っているなんてガラじゃないもの。あ、なんだか今、マツラー君が埠頭にたたずんでいる映像が頭を横切っていった……。
「帰ってきてから、写真を見るの楽しみにしているよ」
「手始めに、サンタさん仕様のマツラー君を送るので、楽しみにしていてください」
マツラー君のクリスマス仕様の衣装と、お正月仕様の衣装ができあがっているのは秘密だ。ほら、私にだって佐伯さんほど大した機密ではないけれど、佐伯さんに話せないことがあるんだもの。だからお互い様よね。
「ところで正月休みはどんな予定?」
「私はお役所通りな感じで、普段は実家に帰省してます。実家は都内で目と鼻の先なんですけどね。佐伯さんは?」
「俺は……まあ去年は、そこそこ普通の時期に休みが取れたから実家に帰省したけど、今年は時期はずれな感じで取ることになるんじゃないかと思ってる。帰省は、取れる休みの長さにもよるかなあ」
ちなみに実家はどちら?と尋ねたら、なんと京都。関西の人って、どこで暮らしても関西弁を捨てないと思っていたから、今のなまりのない佐伯さんの話し方に驚きを隠せない。ん? 捨てないのは関西の人じゃなくて、大阪の人限定だっけ?
「佐伯さん、全然なまってないから、関西の人だなんて気付きませんでしたよ」
「大学でも職場でも、なまるような言葉遣いはしていなかったから、自然とね」
「へえ……ってことは、将来的には舞鶴に転勤ってのが希望?」
関西出身だから舞鶴ってのは単純かな?と思いつつ、質問してみる。
「うーん。こればっかりは、本人が希望してもどうにもならないってのが現状かな。それに幹部はあちらこちらに飛ばされるから、舞鶴に転属になったとしても、ずっとそこにはいられないんだ。多いヤツだと二年に一度は異動してるし」
「そんなに頻繁に? じゃあ、佐伯さんも?」
二年に一度と聞いてちょっと驚き。もっと長いこと同じ場所で働いているって言うか、辞めるまでずっと同じ艦に乗り続けるものだと思っていた。こうやって改めて聞いてみると、本当に知らないことだらけなんだなって思う。
「俺と寺脇は、今年の三月に呉からこっちに戻ってきたばかりだ。だから早ければ、再来年には異動するかな」
「大変ですね、ついて行く御家族も」
「寺脇の奥さんは、子供達のこともあるからずっとこっちにいるよ。結婚してから、寺脇は一人であっちこっちに行ってるんだ」
「単身赴任ってやつですか」
「そう。もちろん、一緒に任地に行く家族も少なくはないけどね。これで分かっただろ? 寺脇が奥さんを杏奈さんに紹介した理由」
つまり長く離れ離れになっていても、うまく子育てと結婚生活を継続している寺脇さんの奥さんは、見た目だけじゃなく本当に強い人だってことよね。だけどそんな強い奥さんがこんなに近くにいたのに、どうして佐伯さんのところは、うまくいかなかったんだろう?って疑問がチラリと頭をよぎった。
「人それぞれなんだろうね。元妻も寺脇の奥さんには色々と相談していたみたいだが、それでも耐えられなかったんだから」
「そうなんですか。じゃあ、やっぱり私も佐伯さんに……」
「いやいや、俺は寺脇に愚痴らされるから、外科医の先生は紹介してもらわなくても良いよ」
「愚痴らされる? 愚痴るんじゃなくて?」
「根掘り葉掘りがあいつのモットーらしいから」
「どんなモットー……」
寺脇さんとしてはお見合い企画に引っ張り出した手前、佐伯さんと私のことに責任を感じているのかな?と聞いてみれば、必要以上に感じているみたいで、ちょっと困っているんだって苦笑いされた。
「責任っていうか、野次馬根性に近いんじゃないかと思うよ、あいつの尋問ぶりを見ていると」
「それって佐伯さんにだけ?」
「そうだと思いたいな。あれが他の連中にも発揮されているかと思うと、ちょっと怖い」
恋のキューピットのつもりなのかもって言ったら、思いっきりイヤそうな顔をされてしまった。多分、佐伯さんの頭の中では、寺脇さんが何処かのお菓子メーカーの天使さんみたいな格好で、浮かんだに違いない。
+++++
それからしばらくして、佐伯さんのメールや電話が途絶えることになった。テレビで何隻かの護衛艦が、合同演習で東南アジアに派遣されましたってニュースが流れたのは、その翌日のこと。
それぞれの護衛艦の名前なんて覚えてなかったけど、佐伯さんがいる横須賀に所属している護衛艦も参加しているって話が出ていたから、ああ、佐伯さんが言っていたのはこれのことなんだなってすぐに思いついた。だから事故がありませんようにと、映像を見ながらお祈りをしておく。
んー……テレビの前でお祈りするより、ちゃんとした海難避けの神様のところにお参りした方が良いかな? 自宅の近くにあるか調べてみよう。
そんなことを思いつつ、年末年始はマツラー君の写真目的のために、休日出勤なんてのを初めてやってそれなりに忙しかった。この時期に仕事なんてどうしたことかと、実家の両親や兄貴に心配されるしバイト君には感謝されるし、代休を取らなきゃいけない日は増えるしで、色々と忙しくて結局のところ、お参りには行けずじまいという……佐伯さん、ごめんなさい。
「他の護衛艦乗りに比べても、圧倒的に休みも少ないし、連絡が取れないことが多いんだ。だから寺脇も、自分の嫁さんを杏奈さんに紹介したんだと思うよ。同じ艦に乗っている者同士だから、杏奈さんが不安になったら相談できるようにってね」
あの日、夜になってから私が挨拶メールを送る前に、寺脇さんの奥様からメールが入ったのよね、旦那さんと一緒に写った写真つきで。一緒に写っていた寺脇さんが、なんとなくお尻に敷かれている感じがして、見るからに元気いっぱいな奥さん。実は、佐伯さん寺脇さんと同じ高校に通っていた同級生なんだとか。何かあったらガツンと言ってやるので、遠慮なくメールしてくださいねだって。なんだかお姉さんができたみたいで嬉しかった。
「じゃあ私も、佐伯さんが不安になった時のために、誰か紹介したほうが良いですか?」
「へ?」
目を真ん丸にしてこちらを見下ろしたので、ニッコリと笑ってみせた。
「ほら、私がマツラー君として出動している時に、佐伯さんが不安になった時のために。うーん、武藤さんの旦那さんを御紹介しましょうか。外科医さんでちょっと変わった人だけど、相談相手にはなってくれると思いますよ」
「……杏奈さん、それ本気?」
しばらく真面目な顔をして相手を見上げていたけど、あまりにも情けない顔をするので、思わず噴き出してしまった。
「冗談ですよ。武藤さんの旦那さんが、外科医さんで変わった人っていうのは本当ですけどね。佐伯さんなら不安になる前に、この前みたいに会いにきそうだから必要ないのかな」
「俺の場合、会えなくて不安というよりも、あの背の高いお兄さんが近くにいることのほうが、不安だけどな」
「はい?」
背の高いお兄さんって、もしかして東雲さんのこと? なんで東雲さんがいることが不安なの?
「良い人ですよ、東雲さん。後輩の面倒見も良いし、上からの評判も良い人ですし」
「ああ、そうか。杏奈さんは気がついてなかったのか」
「気がついてなかったって?」
「気がついていないなら良いや。とにかく俺は会えなくて不安になったら、マツラー君のいるところに押し掛けるから心配ないよ。だからマツラーの予定だけは、きちんと知らせてくれると嬉しい」
「……私よりマツラー君の方が重要視されるって一体……」
「俺にとってマツラーは相棒みたいなものだから」
「……恋人って言わなかったから許してあげます」
「マツラーが恋人だったらほら、ちょっと怪しい関係になっちゃうじゃないか」
「やめてぇぇぇ」
なんか頭の中で変な映像が流れちゃった。マツラー君は見た目も可愛いし、性別不詳なんだから気にすることないと思いつつ、君づけで呼んでいる時点ですでに世間的には、男の子認定されているような気がする。そんなマツラー君を佐伯さんが恋人だなんて言ったら……そりゃ中の人は間違いなく私だけど、やっぱり考えたくない。
「俺にとってマツラーは相棒で、恋人は間違いなく中の人である杏奈さんなんだから、心配しなくて良いよ」
「私、佐伯さんの恋人認定されてます?」
「俺と杏奈さんにその気がなくても、寺脇達からすでに認定されてるよ。うちの艦では、マツラー共々ちょっとした有名人かもしれないな。佐伯の恋人は中の人やってるみたいだぞって言われてる。海の日のイベントで、マツラーのことを覚えているヤツは多いからね」
そう言えば次の日に、たくさんの同僚さんを連れてきたものね。だけど私、中の人が本業じゃなくて、一応は公務員なんだけどなあ……。
+++++
「でも寺脇さん、どうして初対面に近い私に、奥さんの連絡先を教えてくれる気になったんでしょうか。そりゃ、佐伯さんとお付き合いしているには違いないですし、不安になった時の相談相手にっていうのは分かりますけど、何だかいきなりすぎる気が」
博物館からの帰りに寄ったカフェで、私がちょっと首をかしげていると、佐伯さんは少し困ったような顔をした。
「……ああ、それは近々、長期間連絡が取れなくなるかもしれないからだと思う」
「長期間……?」
「うん」
佐伯さんはうなづいただけで、それ以上は話そうとしない。
「そういう話も機密扱い?」
「突発的な出港でない限り、家族にはちゃんと知らせていくよ。そうでなかったら、そのたびに消息不明で問い合わせが基地に殺到して、大騒ぎになっちゃうだろ? ただ杏奈さんには、こんな感じでしか、今は話せないってことかな。海自の広報から正式に話が出るまではね」
なるほど納得。家族でも正式な婚約者でもない私には、まだ話せないってことなのね。なるほど。これがうまくいかなくなるって原因の一つ、突然連絡が取れなくなるっていうアレなのか。だけど佐伯さんは、詳しく話せないなりにちゃんと知らせてくれた。この程度でも話して良かったの?って少し心配にはなったけど、大丈夫なのかな。
「……待てる?」
こうやって心配そうに確かめてくるってことは、今度はこの前のフグや鰹フィギュアをお土産にくれた時より、もっと長期間ってことなんだろうなって想像できた。
「今更そんなこと聞くなんて。おでこにダメですスタンプ、三個ぐらい押しちゃいますよ? 大丈夫です、私だって年末年始のイベントがたくさんあるから、マツラー君ともども忙しくなる時期ですから。それに寒いの苦手だから、仕事以外の休日は、おとなしく自宅のこたつでマッタリしてます」
「かなり長いあいだ、連絡が取れないんだよ? 帰ってくる日に関しても、はっきり言えないし」
「分かってますよ。そのかわり佐伯さんも、覚悟しておいてくださいね? つながらなくても私の方は、おかまいなしにマツラー君の写真を送っちゃうから。戻ってきて携帯を確認したら写真が大変なことになっているかも」
そんな私の言葉に、佐伯さんは笑った。おとなしく待っていて欲しいですか?ってたずねたら、忙しくしている方が杏奈さんらしくて逆に安心だよだって。でしょ? 自分で言うのもなんだけど、一昔前の演歌の世界の女性みたいな感じで、埠頭に立って一人寂しく待っているなんてガラじゃないもの。あ、なんだか今、マツラー君が埠頭にたたずんでいる映像が頭を横切っていった……。
「帰ってきてから、写真を見るの楽しみにしているよ」
「手始めに、サンタさん仕様のマツラー君を送るので、楽しみにしていてください」
マツラー君のクリスマス仕様の衣装と、お正月仕様の衣装ができあがっているのは秘密だ。ほら、私にだって佐伯さんほど大した機密ではないけれど、佐伯さんに話せないことがあるんだもの。だからお互い様よね。
「ところで正月休みはどんな予定?」
「私はお役所通りな感じで、普段は実家に帰省してます。実家は都内で目と鼻の先なんですけどね。佐伯さんは?」
「俺は……まあ去年は、そこそこ普通の時期に休みが取れたから実家に帰省したけど、今年は時期はずれな感じで取ることになるんじゃないかと思ってる。帰省は、取れる休みの長さにもよるかなあ」
ちなみに実家はどちら?と尋ねたら、なんと京都。関西の人って、どこで暮らしても関西弁を捨てないと思っていたから、今のなまりのない佐伯さんの話し方に驚きを隠せない。ん? 捨てないのは関西の人じゃなくて、大阪の人限定だっけ?
「佐伯さん、全然なまってないから、関西の人だなんて気付きませんでしたよ」
「大学でも職場でも、なまるような言葉遣いはしていなかったから、自然とね」
「へえ……ってことは、将来的には舞鶴に転勤ってのが希望?」
関西出身だから舞鶴ってのは単純かな?と思いつつ、質問してみる。
「うーん。こればっかりは、本人が希望してもどうにもならないってのが現状かな。それに幹部はあちらこちらに飛ばされるから、舞鶴に転属になったとしても、ずっとそこにはいられないんだ。多いヤツだと二年に一度は異動してるし」
「そんなに頻繁に? じゃあ、佐伯さんも?」
二年に一度と聞いてちょっと驚き。もっと長いこと同じ場所で働いているって言うか、辞めるまでずっと同じ艦に乗り続けるものだと思っていた。こうやって改めて聞いてみると、本当に知らないことだらけなんだなって思う。
「俺と寺脇は、今年の三月に呉からこっちに戻ってきたばかりだ。だから早ければ、再来年には異動するかな」
「大変ですね、ついて行く御家族も」
「寺脇の奥さんは、子供達のこともあるからずっとこっちにいるよ。結婚してから、寺脇は一人であっちこっちに行ってるんだ」
「単身赴任ってやつですか」
「そう。もちろん、一緒に任地に行く家族も少なくはないけどね。これで分かっただろ? 寺脇が奥さんを杏奈さんに紹介した理由」
つまり長く離れ離れになっていても、うまく子育てと結婚生活を継続している寺脇さんの奥さんは、見た目だけじゃなく本当に強い人だってことよね。だけどそんな強い奥さんがこんなに近くにいたのに、どうして佐伯さんのところは、うまくいかなかったんだろう?って疑問がチラリと頭をよぎった。
「人それぞれなんだろうね。元妻も寺脇の奥さんには色々と相談していたみたいだが、それでも耐えられなかったんだから」
「そうなんですか。じゃあ、やっぱり私も佐伯さんに……」
「いやいや、俺は寺脇に愚痴らされるから、外科医の先生は紹介してもらわなくても良いよ」
「愚痴らされる? 愚痴るんじゃなくて?」
「根掘り葉掘りがあいつのモットーらしいから」
「どんなモットー……」
寺脇さんとしてはお見合い企画に引っ張り出した手前、佐伯さんと私のことに責任を感じているのかな?と聞いてみれば、必要以上に感じているみたいで、ちょっと困っているんだって苦笑いされた。
「責任っていうか、野次馬根性に近いんじゃないかと思うよ、あいつの尋問ぶりを見ていると」
「それって佐伯さんにだけ?」
「そうだと思いたいな。あれが他の連中にも発揮されているかと思うと、ちょっと怖い」
恋のキューピットのつもりなのかもって言ったら、思いっきりイヤそうな顔をされてしまった。多分、佐伯さんの頭の中では、寺脇さんが何処かのお菓子メーカーの天使さんみたいな格好で、浮かんだに違いない。
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それからしばらくして、佐伯さんのメールや電話が途絶えることになった。テレビで何隻かの護衛艦が、合同演習で東南アジアに派遣されましたってニュースが流れたのは、その翌日のこと。
それぞれの護衛艦の名前なんて覚えてなかったけど、佐伯さんがいる横須賀に所属している護衛艦も参加しているって話が出ていたから、ああ、佐伯さんが言っていたのはこれのことなんだなってすぐに思いついた。だから事故がありませんようにと、映像を見ながらお祈りをしておく。
んー……テレビの前でお祈りするより、ちゃんとした海難避けの神様のところにお参りした方が良いかな? 自宅の近くにあるか調べてみよう。
そんなことを思いつつ、年末年始はマツラー君の写真目的のために、休日出勤なんてのを初めてやってそれなりに忙しかった。この時期に仕事なんてどうしたことかと、実家の両親や兄貴に心配されるしバイト君には感謝されるし、代休を取らなきゃいけない日は増えるしで、色々と忙しくて結局のところ、お参りには行けずじまいという……佐伯さん、ごめんなさい。
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**********
►Attention
※他サイトからの転載(2018/11に書き上げたものです)
※表紙は「かんたん表紙メーカー2」様で作りました。
※※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。
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