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本編
第二十一話 考えすぎるマツラー君
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「マツラー君、止まっちゃってるの?」
小さな男の子の声でハッと我に返る。しまった、今は仕事中なんだっけ。慌てて背筋を伸ばすと体を左右に揺らして目の前にいる男の子の頭を撫でる仕草をする。
「動いた♪」
「マツラー君もお仕事たくさんしているから疲れちゃっているのよ、きっと」
一緒にいたお母さんがそんな風に説明しているのを聞いてちょっと申し訳なくなってしまった。別に疲れている訳じゃなくてちょっとだけ考え事をしていただけなんだ、実のところ。仕事中にボーッと考え事するなんてほめられたことじゃないんだけど、どうしても考え込んでしまう。だってこれって自分の人生にとって凄く大事なことなんだから。
『杏奈さん、俺の為にウエディングドレスを着てくれる気はある?』
これって紛れも無くプロポーズ……とまではいかなくても、佐伯さんはするつもりでいるって思っても良いよね? 返事は今度の海の日、あと二ヶ月も返事を待つのはどうして?って思っていたらメールの返事がピタリと止まり、数日後に太平洋での多国籍軍が参加する合同演習に自衛隊の護衛艦やら何やらが参加するってニュースが流れた。きっとあれに参加しているんだろうなあ。そう言えば前の日の夕飯がやたらと和食中心に偏った写真ばかりだったのは、しばらく日本を離れるからだったのかも。
「マツラー君、大丈夫? お腹いたいの?」
また考え事に没頭しちゃって動きが止まってしまった。マスコットが子供達に心配かけたら駄目だよねって頭を切り替えると、その後は出来る限り佐伯さんのことを頭から追い出して子供達と一緒に色々なゲームやイベントに参加した。さすがに梅雨のシーズンともなれば着ぐるみを着たままで走るのは暑いから、そろそろ中に持ち込むペットボトルを用意しなくちゃ……そんなことを考えながら。
「なんだか今日のマツラー君は半分電池切れみたいな感じだったわね、どうしたの? 体調でも悪い?」
イベントが終わって片づけをしている時に武藤さんが声をかけてきた。そりゃいつも無駄に元気な動きで走り回っているマツラー君が何度も止まってジッとしていたら気になるよね。しかも子供達にまで心配されて最後なんて“早く元気になってね~”とまで言われちゃったし。
「すみません、そんなことないんですけどちょっと考えごとしてしまって」
「あら、彼氏さんと上手くいってないとか?」
「そんなことないですよ。会えないなりに楽しくやってます」
「そうなの?」
「上手くいってないんじゃないんですよ。何て言うか……多分あれはプロポーズなんじゃないかなとか違うのかなとか、断言するにはちょっと曖昧な感じなことを言われたのでどういうつもりだったのかなって悩んじゃって」
一瞬、片付け作業をしていたスタッフさん達の動きが止まって何故か皆の耳が象さんか兎さんの様になったのが分かった。もう皆、片付けを早くしないと定時までに帰れませんよ!! そう言いながらわざとらしく周囲をウロウロしている野次馬を軽く睨む。そりゃ佐伯さんはよくマツラー君が仕事中に顔を出していたから皆にも顔は知られていたし、マツラー君の彼氏さん(なんで私の彼氏さんと呼ばれないのか納得できない)とまで呼ばれてそれなりに親しくしていたから気になるのは分かるけど。
「なんて言われたの?」
武藤さんには話したいけど何気に周囲を無意味にうろつくギャラリーが気になって口に出す気になれないでいると、武藤さんはそれを察して周囲にシッシッと手を振って睨みをきかせる。さすがチーフ、それなりに皆が渋々ながら散っていく。まあそんなに長くはもたないだろうけど少なくとも今は周囲に誰もいなくなった。
「それで?」
誰もいなくなったところで改めて質問される。
「あのですね、自分の為にウェディングドレスを着てくれる気はあるか?って」
私の言葉を聞いてしばらく黙り込んでいた武藤さんはやがて呆れたと呟きながら溜息をついた。
「それ、どう考えてもプロポーズでしょ」
「だけど少なくとも一年間はお互いに上手く付き合っていけるか試そうって話をして付き合うことになったんですよ? まだお付き合いを初めて一年経っていないのにおかしいとは思いませんか?」
私の言葉にそういうものかしらと呟きながら武藤さんは首を傾げる。
「付き合い始めたのっていつからだっけ?」
「えっと九月だったかな」
「それで立原さんは何て答えたの?」
「まだ返事はしてません。答えは海の日に聞かせてくれたら良いからって」
「何で海の日……?」
武藤さんが更に首を傾げた。
「多分、彼がこっちに戻ってくるのがその日ぐらいになるんだと思います。それに、私と佐伯さんが初めて会った日が海の日だからかな、うわっ、武藤さん、なんですか、頭がもげるぅ!!」
いきなり肩を掴まれてガクガクと揺さぶられた。やめてえぇぇ、頭がもげます、武藤さん!!
「ちょっとそれって私に尋ねるまでもないし悩むまでもないじゃないのよ!! 何よ、単なる惚気? 本気で心配して損したわ!!」
「惚気てるわけじゃないですって。プロポーズなんてそうそうされるものでもないですし今まで経験無いから、色々と考えているうちにあれがプロポーズなのか、それともプロポーズ前の確認がしたいだけなのかって分からなくなっちゃって。あわわわ、それ以上揺すられたら脳細胞が死んじゃいます!!」
脳細胞が死ぬ前にむち打ちになるかも……。
「もうマツラー君の中に入りなさいよ、そのまま揺すってあげるから!!」
「いや、なんでマツラーの中……」
「思いっ切り揺する為。とにかくそれってどこからどう見たってプロポーズでしょ? それで違うって話だったら私が彼をグルグル巻きの簀巻きにして桜川に捨ててあげるわよ」
「本当にそう思います?」
最初に佐伯さんにあの言葉を言われた時はプロポーズの言葉なんだと思ってた。だけどしばらくして何度もあれこれ考えるうちに、実はそうじゃなくて事前の確認がしたかっただけなんじゃ?なんて思えてきちゃったのよね。そうなると勝手にこっちで盛り上がっちゃって実は違ったなんて話だったら恥ずかしいじゃない? そりゃ私の勝手な勘違いでただの事前確認をプロポーズだと思ってたなんて佐伯さんに言わなければすむ話だけどそう言う問題じゃない気がするし。お付き合いを始める時から私の方が積極的だったし、ここで先走ってしまったなんて知れたらそれこそただの痛い人になっちゃうものね。
「じゃあ逆に聞くけど、どうして違うかもなんて考えたの?」
「だって、ほら……プロポーズって結婚して下さいとか、一緒に暮らさないかとか、そういう……痛い痛い、もう揺すらないで下さいよお」
「あのねえ、プロポーズにお決まりの言葉なんて無いのよ、お芝居の中の決まりきったセリフじゃあるまいし。プロポーズの言葉なんて千差万別、十人十色、色々でしょ。全く、逆にどうしてそこで悩んでいるのか理解苦しむわよ。それで?」
「それでって?」
そんなあからさまにイラッとした顔をしないで欲しい……。
「だから返事よ返事。その言葉がプロポーズかどうかは別として自分の為にウェディングドレスを着てくれる気はあるのかって尋ねられているわけでしょ? その答えはどうなのかって話」
「……プロポーズかどうかってそこばかり考えていたからまだ着るかどうかの答えまで辿り着けて……わー、武藤さん、やーめーてー!!」
ガクンガクンと頭が揺れてクラクラしてきた。もう絶対にむち打ちになる、いや、脳震盪起こすかもしれない……。私の脳みそ君は大丈夫?!
「なんで答えがまだ出てないのよ、そこを決めてから悩みなさいよ」
「そんなこと言われても……」
「それでどうなのよ、立原さん的には着たいの? 着たくないの?」
「なにを……わー、すみません、お馬鹿な質問して!!」
ちょっと目が吊り上がった武藤さんは間近で見ると怖い。さすが課長が頭の上がらない女傑というだけのことはあるし、手の一振りだけでここの全員を追い払うことが出来るだけのことはある、間近見るとマジで怖い……本当に怖い……。
「んで?」
ここでまだ考え中なんて言ったらそれこそグルグル巻きの簀巻きで桜川に流されるかも。いやいや、マツラー君の中に押し込められてマツラー君ごと流されちゃうかもしれない。お嫁さんになる前にドザエモンさんになるのは嫌だあ……。
「そりゃ着たいですよ。何て言うか、まだお互いに熱烈に愛しちゃってますっていう感じじゃないけど、バツイチで自分の仕事のせいでお付き合いすることや結婚生活がうまくいかないって後ろ向きになりがちな彼には、ちゃんと幸せになれるんだよってことを知ってもらいたいし」
「つまりは立原さんは彼に幸せになってもらいたいわけだ」
「そんなところです」
ただうちの兄貴と祥子さんみたいな傍から見ていても暑苦しいぐらいの超熱烈な恋愛をしている訳じゃないので、言い方は悪いけどいまいち盛り上がりに欠けるっていうかなんて言うか、お互いに愛してるー!!って感じじゃない穏やかなお付き合いを続けているから正直これで本当に良いのかな?みたいなところはある。そりゃあ、結果的には相手から結婚したいと言わせるのには成功している訳だから母の思惑通りに進んではいるんだけれど、佐伯さんは本当に私で良いのかな?とかね、いざその言葉を言われてしまうと色々と考えてしまうわけ。考えた末に本当にプロポーズなのか?なんて思えてきちゃったから話がややこしいのよね。うーん、私が一人でややこしくしちゃっているのかな……。
「男前じゃない」
「誰がです?」
「立原さんが」
「そうですか?」
「うん。きっとそんな立原さんの前向きな気持ちが彼にも伝わったんじゃないかな。だから後ろ向きな彼なりに頑張ってプロポーズしようとしてるんじゃないの?」
「だと良いんですけど」
私の返事に武藤さんは顔をしかめた。
「なによ、そこだけはやけに後ろ向きね」
「だってこういうの言われたのは初めてのことなのでいまいち自信が無くて」
「せっかくマツラー君ごと好きでいてくれる人が現れたんだから逃がす手は無いわよ」
「なんでそこでマツラー君が……」
「お互いの仕事に理解が無いと仕事をしながら結婚生活をするのは大変よ? その点、佐伯さんはマツラー君のことも気に入っているし立原さんが今の仕事を続ける事には反対してないみたいだし? そういうのって大事でしょ?」
確かに佐伯さんはマツラー君のことを相棒とまで言っている。考えてみると最初の出会いからして数分の差ではあるけどマツラー君の方が先に佐伯さんと出会っている訳で、私よりあの子の方が佐伯さんとの付き合いが長いのよね、ちょっと悔しいけど。
「人生の大事なことだからそれなりに悩むのは分かるけど、あまり悩みすぎるのも良くないと思うわよ。この際、自分の本能に従ってみるとか?」
「一体どんな本能……」
「心のままにってやつ? 万が一その言葉がプロポーズでなかったら押し倒しちゃうぐらいのことはしたらどう? 私にウェディングドレスを着せてくれる気はあるの?って」
「なかなかな強気な発言ですね……」
「私はそれで今の旦那と結婚したから」
「はい?」
「生きた成功例がここにいるんだから、もしもの時はその手で押し切ると良いわよ?」
悪戯っぽく笑う武藤さんの笑顔がちょっと怖かった……。
+++
【今日のマツラー君のお写真】
某ショッピングモール:ちょっといつもより元気のないマツラー君です~もしかして遅れてきた五月病?
小さな男の子の声でハッと我に返る。しまった、今は仕事中なんだっけ。慌てて背筋を伸ばすと体を左右に揺らして目の前にいる男の子の頭を撫でる仕草をする。
「動いた♪」
「マツラー君もお仕事たくさんしているから疲れちゃっているのよ、きっと」
一緒にいたお母さんがそんな風に説明しているのを聞いてちょっと申し訳なくなってしまった。別に疲れている訳じゃなくてちょっとだけ考え事をしていただけなんだ、実のところ。仕事中にボーッと考え事するなんてほめられたことじゃないんだけど、どうしても考え込んでしまう。だってこれって自分の人生にとって凄く大事なことなんだから。
『杏奈さん、俺の為にウエディングドレスを着てくれる気はある?』
これって紛れも無くプロポーズ……とまではいかなくても、佐伯さんはするつもりでいるって思っても良いよね? 返事は今度の海の日、あと二ヶ月も返事を待つのはどうして?って思っていたらメールの返事がピタリと止まり、数日後に太平洋での多国籍軍が参加する合同演習に自衛隊の護衛艦やら何やらが参加するってニュースが流れた。きっとあれに参加しているんだろうなあ。そう言えば前の日の夕飯がやたらと和食中心に偏った写真ばかりだったのは、しばらく日本を離れるからだったのかも。
「マツラー君、大丈夫? お腹いたいの?」
また考え事に没頭しちゃって動きが止まってしまった。マスコットが子供達に心配かけたら駄目だよねって頭を切り替えると、その後は出来る限り佐伯さんのことを頭から追い出して子供達と一緒に色々なゲームやイベントに参加した。さすがに梅雨のシーズンともなれば着ぐるみを着たままで走るのは暑いから、そろそろ中に持ち込むペットボトルを用意しなくちゃ……そんなことを考えながら。
「なんだか今日のマツラー君は半分電池切れみたいな感じだったわね、どうしたの? 体調でも悪い?」
イベントが終わって片づけをしている時に武藤さんが声をかけてきた。そりゃいつも無駄に元気な動きで走り回っているマツラー君が何度も止まってジッとしていたら気になるよね。しかも子供達にまで心配されて最後なんて“早く元気になってね~”とまで言われちゃったし。
「すみません、そんなことないんですけどちょっと考えごとしてしまって」
「あら、彼氏さんと上手くいってないとか?」
「そんなことないですよ。会えないなりに楽しくやってます」
「そうなの?」
「上手くいってないんじゃないんですよ。何て言うか……多分あれはプロポーズなんじゃないかなとか違うのかなとか、断言するにはちょっと曖昧な感じなことを言われたのでどういうつもりだったのかなって悩んじゃって」
一瞬、片付け作業をしていたスタッフさん達の動きが止まって何故か皆の耳が象さんか兎さんの様になったのが分かった。もう皆、片付けを早くしないと定時までに帰れませんよ!! そう言いながらわざとらしく周囲をウロウロしている野次馬を軽く睨む。そりゃ佐伯さんはよくマツラー君が仕事中に顔を出していたから皆にも顔は知られていたし、マツラー君の彼氏さん(なんで私の彼氏さんと呼ばれないのか納得できない)とまで呼ばれてそれなりに親しくしていたから気になるのは分かるけど。
「なんて言われたの?」
武藤さんには話したいけど何気に周囲を無意味にうろつくギャラリーが気になって口に出す気になれないでいると、武藤さんはそれを察して周囲にシッシッと手を振って睨みをきかせる。さすがチーフ、それなりに皆が渋々ながら散っていく。まあそんなに長くはもたないだろうけど少なくとも今は周囲に誰もいなくなった。
「それで?」
誰もいなくなったところで改めて質問される。
「あのですね、自分の為にウェディングドレスを着てくれる気はあるか?って」
私の言葉を聞いてしばらく黙り込んでいた武藤さんはやがて呆れたと呟きながら溜息をついた。
「それ、どう考えてもプロポーズでしょ」
「だけど少なくとも一年間はお互いに上手く付き合っていけるか試そうって話をして付き合うことになったんですよ? まだお付き合いを初めて一年経っていないのにおかしいとは思いませんか?」
私の言葉にそういうものかしらと呟きながら武藤さんは首を傾げる。
「付き合い始めたのっていつからだっけ?」
「えっと九月だったかな」
「それで立原さんは何て答えたの?」
「まだ返事はしてません。答えは海の日に聞かせてくれたら良いからって」
「何で海の日……?」
武藤さんが更に首を傾げた。
「多分、彼がこっちに戻ってくるのがその日ぐらいになるんだと思います。それに、私と佐伯さんが初めて会った日が海の日だからかな、うわっ、武藤さん、なんですか、頭がもげるぅ!!」
いきなり肩を掴まれてガクガクと揺さぶられた。やめてえぇぇ、頭がもげます、武藤さん!!
「ちょっとそれって私に尋ねるまでもないし悩むまでもないじゃないのよ!! 何よ、単なる惚気? 本気で心配して損したわ!!」
「惚気てるわけじゃないですって。プロポーズなんてそうそうされるものでもないですし今まで経験無いから、色々と考えているうちにあれがプロポーズなのか、それともプロポーズ前の確認がしたいだけなのかって分からなくなっちゃって。あわわわ、それ以上揺すられたら脳細胞が死んじゃいます!!」
脳細胞が死ぬ前にむち打ちになるかも……。
「もうマツラー君の中に入りなさいよ、そのまま揺すってあげるから!!」
「いや、なんでマツラーの中……」
「思いっ切り揺する為。とにかくそれってどこからどう見たってプロポーズでしょ? それで違うって話だったら私が彼をグルグル巻きの簀巻きにして桜川に捨ててあげるわよ」
「本当にそう思います?」
最初に佐伯さんにあの言葉を言われた時はプロポーズの言葉なんだと思ってた。だけどしばらくして何度もあれこれ考えるうちに、実はそうじゃなくて事前の確認がしたかっただけなんじゃ?なんて思えてきちゃったのよね。そうなると勝手にこっちで盛り上がっちゃって実は違ったなんて話だったら恥ずかしいじゃない? そりゃ私の勝手な勘違いでただの事前確認をプロポーズだと思ってたなんて佐伯さんに言わなければすむ話だけどそう言う問題じゃない気がするし。お付き合いを始める時から私の方が積極的だったし、ここで先走ってしまったなんて知れたらそれこそただの痛い人になっちゃうものね。
「じゃあ逆に聞くけど、どうして違うかもなんて考えたの?」
「だって、ほら……プロポーズって結婚して下さいとか、一緒に暮らさないかとか、そういう……痛い痛い、もう揺すらないで下さいよお」
「あのねえ、プロポーズにお決まりの言葉なんて無いのよ、お芝居の中の決まりきったセリフじゃあるまいし。プロポーズの言葉なんて千差万別、十人十色、色々でしょ。全く、逆にどうしてそこで悩んでいるのか理解苦しむわよ。それで?」
「それでって?」
そんなあからさまにイラッとした顔をしないで欲しい……。
「だから返事よ返事。その言葉がプロポーズかどうかは別として自分の為にウェディングドレスを着てくれる気はあるのかって尋ねられているわけでしょ? その答えはどうなのかって話」
「……プロポーズかどうかってそこばかり考えていたからまだ着るかどうかの答えまで辿り着けて……わー、武藤さん、やーめーてー!!」
ガクンガクンと頭が揺れてクラクラしてきた。もう絶対にむち打ちになる、いや、脳震盪起こすかもしれない……。私の脳みそ君は大丈夫?!
「なんで答えがまだ出てないのよ、そこを決めてから悩みなさいよ」
「そんなこと言われても……」
「それでどうなのよ、立原さん的には着たいの? 着たくないの?」
「なにを……わー、すみません、お馬鹿な質問して!!」
ちょっと目が吊り上がった武藤さんは間近で見ると怖い。さすが課長が頭の上がらない女傑というだけのことはあるし、手の一振りだけでここの全員を追い払うことが出来るだけのことはある、間近見るとマジで怖い……本当に怖い……。
「んで?」
ここでまだ考え中なんて言ったらそれこそグルグル巻きの簀巻きで桜川に流されるかも。いやいや、マツラー君の中に押し込められてマツラー君ごと流されちゃうかもしれない。お嫁さんになる前にドザエモンさんになるのは嫌だあ……。
「そりゃ着たいですよ。何て言うか、まだお互いに熱烈に愛しちゃってますっていう感じじゃないけど、バツイチで自分の仕事のせいでお付き合いすることや結婚生活がうまくいかないって後ろ向きになりがちな彼には、ちゃんと幸せになれるんだよってことを知ってもらいたいし」
「つまりは立原さんは彼に幸せになってもらいたいわけだ」
「そんなところです」
ただうちの兄貴と祥子さんみたいな傍から見ていても暑苦しいぐらいの超熱烈な恋愛をしている訳じゃないので、言い方は悪いけどいまいち盛り上がりに欠けるっていうかなんて言うか、お互いに愛してるー!!って感じじゃない穏やかなお付き合いを続けているから正直これで本当に良いのかな?みたいなところはある。そりゃあ、結果的には相手から結婚したいと言わせるのには成功している訳だから母の思惑通りに進んではいるんだけれど、佐伯さんは本当に私で良いのかな?とかね、いざその言葉を言われてしまうと色々と考えてしまうわけ。考えた末に本当にプロポーズなのか?なんて思えてきちゃったから話がややこしいのよね。うーん、私が一人でややこしくしちゃっているのかな……。
「男前じゃない」
「誰がです?」
「立原さんが」
「そうですか?」
「うん。きっとそんな立原さんの前向きな気持ちが彼にも伝わったんじゃないかな。だから後ろ向きな彼なりに頑張ってプロポーズしようとしてるんじゃないの?」
「だと良いんですけど」
私の返事に武藤さんは顔をしかめた。
「なによ、そこだけはやけに後ろ向きね」
「だってこういうの言われたのは初めてのことなのでいまいち自信が無くて」
「せっかくマツラー君ごと好きでいてくれる人が現れたんだから逃がす手は無いわよ」
「なんでそこでマツラー君が……」
「お互いの仕事に理解が無いと仕事をしながら結婚生活をするのは大変よ? その点、佐伯さんはマツラー君のことも気に入っているし立原さんが今の仕事を続ける事には反対してないみたいだし? そういうのって大事でしょ?」
確かに佐伯さんはマツラー君のことを相棒とまで言っている。考えてみると最初の出会いからして数分の差ではあるけどマツラー君の方が先に佐伯さんと出会っている訳で、私よりあの子の方が佐伯さんとの付き合いが長いのよね、ちょっと悔しいけど。
「人生の大事なことだからそれなりに悩むのは分かるけど、あまり悩みすぎるのも良くないと思うわよ。この際、自分の本能に従ってみるとか?」
「一体どんな本能……」
「心のままにってやつ? 万が一その言葉がプロポーズでなかったら押し倒しちゃうぐらいのことはしたらどう? 私にウェディングドレスを着せてくれる気はあるの?って」
「なかなかな強気な発言ですね……」
「私はそれで今の旦那と結婚したから」
「はい?」
「生きた成功例がここにいるんだから、もしもの時はその手で押し切ると良いわよ?」
悪戯っぽく笑う武藤さんの笑顔がちょっと怖かった……。
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【今日のマツラー君のお写真】
某ショッピングモール:ちょっといつもより元気のないマツラー君です~もしかして遅れてきた五月病?
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**********
►Attention
※他サイトからの転載(2018/11に書き上げたものです)
※表紙は「かんたん表紙メーカー2」様で作りました。
※※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。
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