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夜の明けたふたり
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「こんな夜更けにどなた?」
「少々、お時間を頂けないでしょうか」
扉越しだけれど感じ取れたわ。ステュアートの声ね。
私は警戒しながら小さく扉を開ける。
彼の姿を確認次第、こちらに招き入れた。
「あなたのオルデハラ皇国行きに、私もお連れ願えないでしょうか。護衛として……」
「何をおっしゃるの? 護衛って、あなたは智謀の士ではありましても、剛腕の騎士というのでもないのだから」
「はっきり申し上げないとお応えいただけませんか? 手厳しいお方だ」
少し呆れたような表情で、彼は私の手を取った。
「あなたを追ってどこまでも行きます。地位よりも名声よりも、価値ある美しいものに気付きましたから」
指先に口づけた先の瞳は熱を帯び、静かな炎の揺らめきを見せる。
「漫然と続く窮屈な日々に折れることなく凛としたあなたのお姿は、高山に咲く一輪の花のようでした。可憐な、小さな花であるのに、時折見せる激情こめた瞳は哀しくも強靭で……、いつのまにか吸い込まれてしまっていた」
「激情? そんないいものではないでしょう。恥ずかしいわ。通常は隠していたつもりだけれど、あなたの前ではどうも……」
「私はそこに共鳴したのですよ。私もかつては同じ、居場所を求め、いつ明けるかも知れぬ暗闇をさまよい続けていたものですから」
少し苦渋を滲ませた彼の顔に、ほんのり赤みが差した。
「しかし、私はひとりではなかった」
滅多に見せることのなかったその微笑み顔は、長年の憑きものを取り払ったような朗らかさで。
私の胸を柔らかにくすぐるのだった。
「手に入れられるはずの爵位すら捨ててしまったのは……」
「あなたの隣を居場所と見つけられたからです。だから……拒まれたら、また元いた処に戻ってしまう」
「あなた、今までどれほどの女性にそのような甘言を」
私はきっと、かつてないほどに戸惑っているだろう。手先足先の震えも自覚してしまう。
「あなたの優しさに付け込むつもりはありません。心から受け入れてもらえなければ意味がないのだから」
いつもは自信を土台に冷静な彼が、捨て身で思いをぶつけてきている。
それを受けた私は、胸の高鳴りも顔の火照りも、自分の体内の話だというのになにひとつ抑えられなくなって。
彼の手をぎゅっと握り返した。
「本当に長かった……。待たされすぎましたよ、あなたには」
「ごめんなさい。マドラインのことだけが心配で、事が順次運ぶまでは……」
言葉のさなかに彼は、そっと指で私の唇に触れ、遮り。
「自身を犠牲にし我が子のためにと、長い年月をひとり耐え忍ぶ、逞しく愛情深いあなたを尊敬しています。やはり母の愛に敵うものはない」
そのまま私の背に両腕をまわし、優しく抱き寄せたのだった。
「しかしその愛を、ほんのひとかけらでもいい、これからは私に分けていただけないでしょうか」
彼の胸の鼓動が頬に伝わってくる──。
「ひとかけらだなんて。あふれる愛情を捧げてもいいかしら。私はもう、34の女ですけれど」
彼は私の顔を確認せんと、一度腕を解いて覗き込む。
「そのはにかんだ表情、初めて会った頃のままだ」
「そ、そう……?」
そう言う彼の笑顔も、まるで二十歳の青年ような初々しさかと。
「では、出立に間に合うように今から荷造りを始めます。おや、あなたは手紙をしたためていらしたのですね」
「ええ、オルデハラ皇国へ。あちらに着いたら、お世話になる方をすぐに紹介しますわ」
「旅路が楽しみです」
「本当に」
できる限り平常心を努め、退室する彼を笑顔で見送った。そして私はまた、机に向かう。
***
ええと、ここまで私一人で貴国に渡るつもりでおりましたが……。ご紹介いたしたい方ができまして。ぜひ彼とも心安くお付き合いいただけますよう、切にお願い申し上げます。
3人で会話に花を咲かせるお食事会が非常に待ち遠しいです。
では、私どもの極めて個人的な、つたない語りを拝読いただき感謝の思いを込めつつ、ペンを置きます。明日もあなた様に、神のご加護がありますよう。
「少々、お時間を頂けないでしょうか」
扉越しだけれど感じ取れたわ。ステュアートの声ね。
私は警戒しながら小さく扉を開ける。
彼の姿を確認次第、こちらに招き入れた。
「あなたのオルデハラ皇国行きに、私もお連れ願えないでしょうか。護衛として……」
「何をおっしゃるの? 護衛って、あなたは智謀の士ではありましても、剛腕の騎士というのでもないのだから」
「はっきり申し上げないとお応えいただけませんか? 手厳しいお方だ」
少し呆れたような表情で、彼は私の手を取った。
「あなたを追ってどこまでも行きます。地位よりも名声よりも、価値ある美しいものに気付きましたから」
指先に口づけた先の瞳は熱を帯び、静かな炎の揺らめきを見せる。
「漫然と続く窮屈な日々に折れることなく凛としたあなたのお姿は、高山に咲く一輪の花のようでした。可憐な、小さな花であるのに、時折見せる激情こめた瞳は哀しくも強靭で……、いつのまにか吸い込まれてしまっていた」
「激情? そんないいものではないでしょう。恥ずかしいわ。通常は隠していたつもりだけれど、あなたの前ではどうも……」
「私はそこに共鳴したのですよ。私もかつては同じ、居場所を求め、いつ明けるかも知れぬ暗闇をさまよい続けていたものですから」
少し苦渋を滲ませた彼の顔に、ほんのり赤みが差した。
「しかし、私はひとりではなかった」
滅多に見せることのなかったその微笑み顔は、長年の憑きものを取り払ったような朗らかさで。
私の胸を柔らかにくすぐるのだった。
「手に入れられるはずの爵位すら捨ててしまったのは……」
「あなたの隣を居場所と見つけられたからです。だから……拒まれたら、また元いた処に戻ってしまう」
「あなた、今までどれほどの女性にそのような甘言を」
私はきっと、かつてないほどに戸惑っているだろう。手先足先の震えも自覚してしまう。
「あなたの優しさに付け込むつもりはありません。心から受け入れてもらえなければ意味がないのだから」
いつもは自信を土台に冷静な彼が、捨て身で思いをぶつけてきている。
それを受けた私は、胸の高鳴りも顔の火照りも、自分の体内の話だというのになにひとつ抑えられなくなって。
彼の手をぎゅっと握り返した。
「本当に長かった……。待たされすぎましたよ、あなたには」
「ごめんなさい。マドラインのことだけが心配で、事が順次運ぶまでは……」
言葉のさなかに彼は、そっと指で私の唇に触れ、遮り。
「自身を犠牲にし我が子のためにと、長い年月をひとり耐え忍ぶ、逞しく愛情深いあなたを尊敬しています。やはり母の愛に敵うものはない」
そのまま私の背に両腕をまわし、優しく抱き寄せたのだった。
「しかしその愛を、ほんのひとかけらでもいい、これからは私に分けていただけないでしょうか」
彼の胸の鼓動が頬に伝わってくる──。
「ひとかけらだなんて。あふれる愛情を捧げてもいいかしら。私はもう、34の女ですけれど」
彼は私の顔を確認せんと、一度腕を解いて覗き込む。
「そのはにかんだ表情、初めて会った頃のままだ」
「そ、そう……?」
そう言う彼の笑顔も、まるで二十歳の青年ような初々しさかと。
「では、出立に間に合うように今から荷造りを始めます。おや、あなたは手紙をしたためていらしたのですね」
「ええ、オルデハラ皇国へ。あちらに着いたら、お世話になる方をすぐに紹介しますわ」
「旅路が楽しみです」
「本当に」
できる限り平常心を努め、退室する彼を笑顔で見送った。そして私はまた、机に向かう。
***
ええと、ここまで私一人で貴国に渡るつもりでおりましたが……。ご紹介いたしたい方ができまして。ぜひ彼とも心安くお付き合いいただけますよう、切にお願い申し上げます。
3人で会話に花を咲かせるお食事会が非常に待ち遠しいです。
では、私どもの極めて個人的な、つたない語りを拝読いただき感謝の思いを込めつつ、ペンを置きます。明日もあなた様に、神のご加護がありますよう。
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