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第一章 アクセルオンライン
19話 初めての戦闘
しおりを挟む「まぁホブゴブリンじゃ、こんなもんか…」
エレナはダガーを振り下ろして、血を飛ばすと鞘に収めながらつぶやく。
その血も光の粒となって消えていく。
ホブゴブリンが消えた後には、数枚のゴールドとキバ2本がドロップしており、エレナはそれを拾い上げると、イノチに声をかけた。
「BOSSっ…終わったわよ!」
少し離れたところで剣と盾を構えたまま、その言葉に応えるイノチの姿がうかがえる。
「さっき逃したゴブリンは…いなくなったみたいね。」
イノチの様子に変わったところはなく、エレナがフゥッとため息をついたその時だった。
イノチの後ろにうごめく小さな影を捉えた。そしてその影は、一直線にイノチに向かっていく。
「しまっ…!!BOSS…後ろ!!!」
「えっ?」
エレナが声を出して駆け出したその瞬間、黒い影がイノチへ飛びかかった。
・
・
ホブゴブリンを倒したエレナが、大きく手を振っているのがうかがえる。その手には大きめのキバが握られているようだ。
「でっかいキバだな…お~い、お疲れぇ!」
ガチャガチャと盾を鳴らして、イノチはそれに応えながら、ふと重要なことに気づく。
「…というか、ああいう大物は経験値的に、俺が倒すべきだったんじゃね?」
よくよく考えれば、今のはとても勿体無かったのではないだろうか。
レベルは低くても、イベントダンジョン内のモンスターなのだ…普通に考えれば、経験値が多めに入る可能性は高い。
エレナがいくら戦い好きだとしても、ちゃんとそこら辺を教育しておかねばならん。
イノチがそんなことを考えながら、エレナの元に向かおうと足を踏み出したその時だった。
エレナが、何かに気づいたように声を上げる。
「しまっ…!!BOSS…後ろ!!!」
「えっ?」
「ギャギャギャアッ!!」
後ろから聞こえるモンスターの声。
振り向けば、エレナが先ほど仕留め損ねたゴブリンが、自分に向かって飛びかかってくるところだった。
宙を舞う赤い双眸。
口元に見える白く尖ったキバと両手の鋭いツメがギラリと光っている。
(やっ…やべっ!盾を…!)
イノチはとっさに盾を前に構えようとした。
しかし、ゴブリンはそれを見越していたかのように持っていた石を、盾を持つイノチの左手に投げつけてきたのだ。
「っっ痛ぇ…!」
左手に突如として訪れた鈍い痛みが、握っていた盾を弾き飛ばしていく。
痛さを感じる最中にも、宙を舞って襲いかかってくるゴブリンの影。
(だめだ…!間に合わない…)
イノチがとっさの判断で痛む左手を防御に回すと、ゴブリンがそれに噛みつき、そのまま二人は倒れ込んだ。
倒れた拍子に、右手に持っていた剣も遠くへと転がっていく。
「ぐおぉぉぉ…痛ってぇなぁ!」
「グギギギギ…」
イノチは自由になった右手でゴブリンの首元を握り、押し込まれないように必死に力を入れる。
しかし、ゴブリンも噛みついたイノチの腕に自分の右手を添えて、負けじと力を強めていく。
(ちっ…小さいのになんて力だ…!エレナは…こんなのと戦ってたのかよ!!)
そう思った矢先、ゴブリンの左手がイノチの顔を掠め、ツメがあたって頬に熱いものを感じる。
(っ痛ぇ!やっ…やばい…このままだと押し切られる!コンニャロ…)
頬を紅く染め、左手に伝わる鋭い痛みに耐えながら、イノチは必死に押し返そうとする。
しかし、ゴブリンも負けてはいない。自分の左手が有効だと気づいて、イノチの顔めがけて振り回してくる。
「痛てぇっつってんだろうが…ゴブリンの…くせに…生意気…な~ん~だ~よぉぉぉ!!このやろう、消えちまえ!!!」
ツメの攻撃をなんとかかわしながら、イノチがそう言って右手に力を込めて、ゴブリンを押し返そうとしたその時だった。
右手に『Z』の文字が浮かび上がり、光り始めたのである。
「なっ…なんだ!?右手が…!」
「グギャ!?」
ゴブリンも突然のことに、動揺している。
イノチも何が起こっているのかわからず、まぶしさに目を細めながら、自分の右手を注視している。
そして、右手の『Z』の紋様が白い光を放って輝いたかと思うと、それまで姿を消していた『ハンドコントローラー』が現れたのだ。
(『ハンドコントローラー』?なんで今…?)
今まで何をしても無反応だった右手の装備が、突然現れたことにイノチは疑問を浮かべる。
しかしそれは、そんなイノチの意思とは関係なく、ゴブリンの首元で何かをタップしていくような動作を始めたのだ。
まるでその動きは…
パソコンのキーボードを素早くタイピングしているような…
(なっ…何が起きて…手が勝手に…?)
驚いているイノチを尻目に、右手は流麗にタイピングを終え、最後にゴブリンの胸あたりに移動する。
そして、まるでそこに何かのボタンがあるかのように、中指でターンッとタップしたのだ。
「グギャ…グググ…ゲェ…ガァッ!」
その瞬間、ゴブリンは苦しみながらその姿を光の粒へと変えて消えてしまった。
あとには、ドロップアイテムのキバが数本落ちている。
「ハァ…ハァ…ハァ…たっ…助かっ…た…」
何が起こったのか理解できないが、とりあえず助かったことだけは理解できた。
「BOSS!大丈夫!?」
仰向けで倒れていると、エレナが駆け寄ってくる。イノチはそのままの体勢で、右手でサムズアップして意思表示をした。
「だけど…ハァ…左手が痛ぇ…」
「ガッツリ噛まれたわね…でもまぁ、食いちぎられてないだけマシでしょ。」
エレナはそう言いながら、イノチの左手に視線を向ける。
手首から肘にかけてある痛々しい咬み傷。
出血もかなりしているようだ。
相手がゴブリンでよかったと、エレナは自分のことのように思った。
そして、イノチの腰にあったポーションを一つ取り上げる。
「これ、かけるわよ。」
エレナはそう言うと、ポーションのふたを開けてイノチの左手に振りかけた。
「…ぐっ…」
少し痛みを感じたのか、イノチが呻き声を小さく上げるが、気づけば左手にあった大きな傷は、あっという間に消えてしまっていた。
「おお…治った…?ポーションってすごいな!」
「これくらいの傷ならね…もっと大きな怪我だと、このポーションじゃ効かないだろうから今後は気をつけないとね。」
「ゲームとはいえ、もう怪我するのはごめんだよ…ハァ…怖かったぁ。」
「もう…だから油断しないでって言ったでしょ!!」
「すまん…反省するよ。エレナの戦い方についつい見惚れてたもんで…ハハ」
「…っ!?見惚れ…?なっ…何よ急に!!」
突然のイノチの言葉にエレナは動揺を隠せずにいる。
(見惚れてたのは本当だが…半分は悪い意味だからな…エレナよ)
顔を紅くして恥ずかしがるエレナをよそに、イノチはそう心の中でつぶやいた。
◆
(やっぱりそうだ…)
女は画面を見ながらそう思った。
「オブザーバーたちに、彼の動向を追わないよう指示していて正解だったわね。」
薄暗い個室で一人、女はつぶやく。
女の見ている画面には、イノチとエレナが映っていて、ポーションで回復を行なっているところだった。
「このことがバレると、あとあと面倒なことになりかねないわね…ハァ…あのお方の気まぐれとはいい、面倒なことをしてくださるわ。」
女はそうこぼしながら、画面前のキーボードを勢いよくタイピングしていく。
その画面には、イノチのユーザーデータが表示されている。
「これで…よし。閲覧権限は私だけ…」
タイピングを終えそうつぶやくと、女は再びイノチたちの映像に目を向け、イスの背もたれに自らの背中を預ける。
「まあでも、おもしろい事には変わりないわね…フフフ。」
笑みをこぼすその瞳には、イノチの姿がくっきりと映し出されているのであった。
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