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第三章 ランク戦開催
68話 本気を見せるから
しおりを挟む「あと30分でレイド開始だね。」
タケルがそう言うと、ミコトは静かにうなずいた。
周りでは、タケルのクラン『孤高の猟団』メンバーたちや、タカハ最大のクランである『Spicy cod roe』、通称SCRのメンバーたち、そして、タカハの冒険者ギルドに所属する冒険者たちが、これから始まる戦いの準備をギリギリまで行なっている。
すでに陽は傾き始め、辺りには夕陽が差し込んできており、時折吹き抜ける肌寒い風が、皆の不安を逆立てるように撫でながら駆け抜けていく。
そして、橙が染め上げる原っぱの真ん中に、件の祠が風の音とともに静かに佇んでいた。
「酒の準備は…どんな感じだ?」
祠を見つめる二人に対して、そう後ろから声をかけるのはSCRのリーダーであるフクオウだった。
「順調…とは言い難いね。」
「そうか…現時点でどれくらい出来ているのだ?」
「…出来上がっているのは樽3つ分だね。」
「3つ分…果たして本当に効くのだろうか。」
「正直言って、わからない…かな。」
タケルはフクオウに視線を向けることなくそうつぶやく。
フクオウもその言葉に返すことはない。
三人の間には無言が訪れた。
しかし、しばらくしてそれを破ったのはミコトだった。
「たぶん大丈夫だよ…」
ミコトの言葉に、タケルとフクオウが視線を向けた。
ミコトはなおも祠を見据えながら話し続ける。
「イノチくんが言ってたんだ。あのウォタさんにも弱点があったって。」
タケルは驚き、フクオウは首を傾げた。
「ミコト殿、そのウォタという者は…」
疑問を投げかけてくるフクオウに対して、ミコトは説明を付け加える。
「ウォタさんはイノチくんが仲間にした神獣なんだけど…一応この世界では最強の存在なんだって。そんなウォタさんでも弱点があったってイノチくんが笑ってたんだ…」
「神獣を仲間に…?にわかには信じ難い話ではあるが…」
信じられないといった様子のフクオウをよそに、ミコトはゆっくりと前に数歩進んでくるりと振り返る。
「だから大丈夫!『八岐大蛇』にだって必ず弱点はあるよ!フクオウさんもタケルくんもそう思うでしょ?」
フクオウはその笑顔に少したじろいでいた。
夕陽に相まって笑顔を向けるミコトはどこか神秘的にも感じる。
フクオウはそれに目を奪われたのだろう。
だが、タケルは愛らしさの中にあるミコトの不安を感じ取っていた。
「ま…まぁ、やってみねばわからぬからな。しかし、失敗も許されないのは事実。お互い、死力を尽くし合おう。」
フクオウは頭をかきつつ、その場を後にする。
その背中を見送ったタケルは、ミコトにとある疑問を投げかけた。
「そう言えばさ、ずっと疑問だったんだけど…」
「どうしたの?」
風になびく髪を指で耳にかけながら、ミコトはタケルへと視線を向ける。
「ゼンさんは…どうしてるの?姿を全く見ないんだけど…」
その言葉にミコトの表情か少し曇る。
だが、言いにくそうにしながらもミコトは静かに口を開いた。
「本当はもっと早くに言えば良かったんだけど…」
「何か…あったの…?」
ミコトは首を横に振る。
「何かあったというか…実はゼンちゃん、タカハに来る前から閉じこもっちゃってるんだよね。この事は他人には言うなって念を押されてたし、タケルくんにもゼンちゃんは然るべきところでって言われたから…」
「閉じこもる?だ…大丈夫なの?」
「うん…強くなるために必要なことだって、何かあれば呼べって言われてたんだけど…」
少し悩ましげな表情を浮かべるミコト。
それを訝しく思ったタケルは、さらに問いかける。
「…けど?もしかして、何か問題が発生している?」
ミコトはその言葉に小さくうなずくだけ。
「ミコト…話してくれ。ゼンさんの戦力は今回かなり重要なんだ。そのゼンさんに何かあったとなると、戦略を見直さないといけなくなる。」
タケルの真面目な顔に気圧されて、ミコトは事情を説明し始めた。
「う…うん。タカハに来て以来、私もゼンちゃんに気を遣って声をかけなかったの。だけど、今日のこともあるからそろそろ説明しておこうと思って、昨日声をかけてみたんだけど…」
「まさか…」
「うん…返事が…ないんだよね。」
その瞬間、タケルの心に焦りが浮かぶ。
誰が考えてもわかるように、ゼンがいないというのはかなりの痛手だからだ。
元々、ミコトとタカハに行くことになった時から、ゼンの戦力を勘定して『八岐大蛇』討伐の作戦を考えてきた。
ウォタより劣るとはいえ、それでも神獣。
戦力的にタケルたちの中で頂点に立つ存在。
それがいないとなると…
突然、無言になったタケルを心配してミコトが声をかける。
「タケルくん…?」
ミコトの声は、タケルの頭の中をぐるぐると回っていた。
ゼンがいない…
戦力の配置、戦略の見直しが必要だ…
だが間に合うか…?
レイド開始まであと30分もない…
タカハと祠の間に配置した防衛ラインからもっと人員を…
いや、あそこにいるのはほとんど冒険者たちだ。
この世界の住人たちを死地に来させるわけにはいかない。
どうする…どうする…どうする…
「タケルくん…?」
「ちょっと黙っていてくれ!!」
突然タケルが声を荒げ、それにミコトは驚いた。
タケルはすぐにハッとして気づき、ミコトに謝罪する。
「ご…ごめん!」
目の前ではミコトが怯えた顔でタケルを見ている。
(何をしているんだ…僕は!全然冷静じゃない!!)
切り替えるように頭を振り、改めてミコトに向き直るタケル。
「ごめん。ゼンさんにはかなり期待しているところがあったんだ。なにせ、竜種だしね…彼がいないと聞いて焦ってしまった。ミコト、ごめんね。」
「ううん…」
ミコトも頭を横に振ってタケルを見る。
「私がもっと早くいっておけばよかったんだよ。ゼンちゃんに気を遣ってしまって言えなかった私も悪い。でも、どうしよう…タケルくんの作戦に穴が空いちゃったよね…?」
「そ…それは…」
間違いなくそれは事実だ。
ゼン抜きでの作戦を考えなくてはならない。
しかし、あの八岐大蛇をゼン抜きで倒せる自信が、今のタケルにはなかった。
黙り込むタケルに対して、ミコトもどう声をかければわからず下を向いた。
「お二人さん。」
そんな二人に突然声がかけられる。
見れば、ソウタたちクランメンバーが集まっていた。
彼らは笑みを浮かべていて、これから始まるレイドにも臆していない様子だ。
「みんな…どうしたんだい?」
タケルの言葉にソウタが笑う。
「あれれ?君ってそんなにビビりだったっけ?僕らのリーダーはもっとこう…いつも飄々としていて掴みどころがなくて、自信に溢れていたと思うんだけど?」
「確かにな…我らのリーダーはどんなレイドにも臆することはなかったはずだ。」
「だね。あたしらのリーダーは一度負けても、最後の最後まで勝つために行動する男だったね。」
ソウタに続いて、オサノ、カヅチが鼓舞するように告げる。
そして…
「そうよ、タケル。」
そうつぶやきながら、最後にシェリーが一歩前に出た。
「あなたはあたしたちのクラン『孤高の旅団』のリーダーでしょ。そんな顔は似合わないわ…」
ニコリと笑ってシェリーは続ける。
「あたしたちはどんな時も生き延びてきた。それは今回も一緒…じゃなきゃ、死んだ仲間に顔向けできない。そうでしょう…タケル。きなこはあんたがここで死ぬ事を望まない。」
その言葉を聞いたタケルは下を向き、眼を閉じた。
死んでいった仲間たちの顔が浮かぶ。
その中に一人、橙色の髪をした可愛らしい少女がいる。
その少女はニコリと笑うと、こうつぶやいた。
ーーー私の分まで…ちゃんと生きてね…
死ぬ間際に彼女がタケルに残した言葉だ。
タケルは目を開くと、顔を上げて仲間へと視線を向ける。
ソウタ、オサノ、カヅチ、シェリーと順番に見渡せば、彼らはタケルに笑顔を向けている。
タケルは最後にミコトヘ顔を向けた。
そして、一人不安げにする少女に向かって言葉を向ける。
「ミコト…ゼンさんのことは気にしないで。ここからはクラン『孤高の旅団』の本気を見せるから。」
タケルはそういうと背中に垂れていた自分のフードを被り、顔を隠す。
そして、口元に不適な笑みを浮かべたのだった。
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