4 / 10
まだ、取り戻せると思っていた
しおりを挟む
夜半を過ぎても、王子の執務室には灯りが消えなかった。
机の上には未処理の書類が山のように積まれている。
どれもこれも、これまで目にしたことのない形式だ。
「……なぜだ」
王子レオンハルトは苛立ちを隠せない。
契約書の細部。
資金の流れ。
貴族間の調整。
どれも、今まで“整っていた”。
いや。
整えられていた。
「殿下、北方との再交渉ですが……」
財務官が恐る恐る口を開く。
「帝国側は“旧責任者との直接交渉のみ可”との姿勢を崩しておりません」
旧責任者。
その言葉が、胸を刺す。
「……つまり、セラフィーナか」
「は、はい」
沈黙が落ちる。
彼女がいなくなった途端、歯車が噛み合わなくなった。
だが、それは一時的な混乱だ。
そうだ。
彼女は公爵家の娘。
王家の命には逆らえない。
「呼び戻せばいい」
財務官が顔を上げる。
「……は?」
「婚約は破棄したが、臣下であることに変わりはない。王命で戻せばよい」
自分の声が、妙に落ち着いている。
理屈は通っている。
彼女は感情的ではない。
常に理で動く女だ。
ならば、国のためと告げれば戻るはずだ。
「しかし……帝国へ同行したとの報が」
「同行だと?」
胸の奥がざわめく。
帝国皇帝の姿が脳裏をよぎる。
あの、値踏みするような銀の瞳。
「一時的な滞在だろう」
そうでなければならない。
「使者を出せ」
「どのような文面で……」
王子は少し考え、唇を歪める。
「国難ゆえ、帰還を命ずる、と」
命ずる。
そうだ。
彼女は王家に仕える立場だった。
自分の支えになって当然だった。
彼女がいなければ回らない?
ならば戻せばいい。
単純なことだ。
胸の違和感が、少しだけ和らぐ。
あの舞踏会での冷たい視線を思い出す。
——“責任は負いかねます”
あれは強がりだ。
王子はそう信じる。
なぜなら。
自分は王になる男だ。
選ぶ側であって、
選ばれる側ではない。
「返事が来るまで、交易は保てるのか」
「……三日が限界かと」
三日。
十分だ。
セラフィーナは理知的だ。
国が崩れれば、自分の家も無傷ではいられない。
戻るに決まっている。
王子はまだ、知らない。
彼女がすでに“臣下”ではなくなっていることを。
そして。
命令が、届かぬ場所へ
彼女が立っていることを。
机の上には未処理の書類が山のように積まれている。
どれもこれも、これまで目にしたことのない形式だ。
「……なぜだ」
王子レオンハルトは苛立ちを隠せない。
契約書の細部。
資金の流れ。
貴族間の調整。
どれも、今まで“整っていた”。
いや。
整えられていた。
「殿下、北方との再交渉ですが……」
財務官が恐る恐る口を開く。
「帝国側は“旧責任者との直接交渉のみ可”との姿勢を崩しておりません」
旧責任者。
その言葉が、胸を刺す。
「……つまり、セラフィーナか」
「は、はい」
沈黙が落ちる。
彼女がいなくなった途端、歯車が噛み合わなくなった。
だが、それは一時的な混乱だ。
そうだ。
彼女は公爵家の娘。
王家の命には逆らえない。
「呼び戻せばいい」
財務官が顔を上げる。
「……は?」
「婚約は破棄したが、臣下であることに変わりはない。王命で戻せばよい」
自分の声が、妙に落ち着いている。
理屈は通っている。
彼女は感情的ではない。
常に理で動く女だ。
ならば、国のためと告げれば戻るはずだ。
「しかし……帝国へ同行したとの報が」
「同行だと?」
胸の奥がざわめく。
帝国皇帝の姿が脳裏をよぎる。
あの、値踏みするような銀の瞳。
「一時的な滞在だろう」
そうでなければならない。
「使者を出せ」
「どのような文面で……」
王子は少し考え、唇を歪める。
「国難ゆえ、帰還を命ずる、と」
命ずる。
そうだ。
彼女は王家に仕える立場だった。
自分の支えになって当然だった。
彼女がいなければ回らない?
ならば戻せばいい。
単純なことだ。
胸の違和感が、少しだけ和らぐ。
あの舞踏会での冷たい視線を思い出す。
——“責任は負いかねます”
あれは強がりだ。
王子はそう信じる。
なぜなら。
自分は王になる男だ。
選ぶ側であって、
選ばれる側ではない。
「返事が来るまで、交易は保てるのか」
「……三日が限界かと」
三日。
十分だ。
セラフィーナは理知的だ。
国が崩れれば、自分の家も無傷ではいられない。
戻るに決まっている。
王子はまだ、知らない。
彼女がすでに“臣下”ではなくなっていることを。
そして。
命令が、届かぬ場所へ
彼女が立っていることを。
281
あなたにおすすめの小説
見切りをつけたのは、私
ねこまんまときみどりのことり
恋愛
婚約者の私マイナリーより、義妹が好きだと言う婚約者ハーディー。陰で私の悪口さえ言う彼には、もう幻滅だ。
婚約者の生家、アルベローニ侯爵家は子爵位と男爵位も保有しているが、伯爵位が継げるならと、ハーディーが家に婿入りする話が進んでいた。
侯爵家は息子の爵位の為に、家(うち)は侯爵家の事業に絡む為にと互いに利がある政略だった。
二転三転しますが、最後はわりと幸せになっています。
(小説家になろうさんとカクヨムさんにも載せています)
婚約破棄の日の夜に
夕景あき
恋愛
公爵令嬢ロージーは卒業パーティの日、金髪碧眼の第一王子に婚約破棄を言い渡された。第一王子の腕には、平民のティアラ嬢が抱かれていた。
ロージーが身に覚えのない罪で、第一王子に糾弾されたその時、守ってくれたのは第二王子だった。
そんな婚約破棄騒動があった日の夜に、どんでん返しが待っていた·····
婚約者が裏でこっそり姫と付き合っていました!? ~あの時離れておいて良かったと思います、後悔はありません~
四季
恋愛
婚約者が裏でこっそり姫と付き合っていました!?
あの時離れておいて良かったと思います、後悔はありません。
婚約者は嘘つき!私から捨ててあげますわ
あんり
恋愛
「マーティン様、今、わたくしと婚約破棄をなさりたいと、そうおっしゃいましたの?」
愛されていると信じていた婚約者から、突然の別れを告げられた侯爵令嬢のエリッサ。
理由も分からないまま社交界の噂に晒され、それでも彼女は涙を見せず、誇り高く微笑んでみせる。
―――けれど本当は、あの別れの裏に“何か”がある気がしてならなかった。
そんな中、従兄である第二王子アダムが手を差し伸べる。
新たな婚約、近づく距離、揺れる心。
だがエリッサは知らない。
かつての婚約者が、自ら悪者になってまで隠した「真実」を。
捨てられた令嬢?いいえ違いますわ。
わたくしが、未来を選び直すの。
勘違いとすれ違いから始まる、切なくて優しい恋の物語。
三年目の離婚から始まる二度目の人生
あい
恋愛
三年子ができなければ、無条件で離婚できる――王国の制度。
三年目の夜、オーレリアは自らその条文を使い、公爵ルートヴィッヒに離婚を告げた。
理由はただ一つ。
“飾り”として生きるのをやめ、自分の手で商いをしたいから。
女性が公の場で立てる服を作るため、彼女は屋敷を去り、仕立て屋〈オーレリア・テイラーズ〉を開く。
店は順調に軌道に乗り、ついに王女の式典衣装を任されることに。
だが、その夜――激しい雨の中、彼女は馬車事故に遭い命を落とす。
(あと少し早く始めていたら、もっと夢を叶えられたのに……)
そう思った瞬間、目を覚ますと――三年前、ルートヴィッヒと結婚する前の世界に戻っていた。
これは、“三年目の離婚”から始まる、二度目の人生。
今度こそ、自分の人生を選び取るために。
ーーー
不定期更新になります。
全45話前後で完結予定です、よろしくお願いします🙇
繰り返しのその先は
みなせ
ファンタジー
婚約者がある女性をそばに置くようになってから、
私は悪女と呼ばれるようになった。
私が声を上げると、彼女は涙を流す。
そのたびに私の居場所はなくなっていく。
そして、とうとう命を落とした。
そう、死んでしまったはずだった。
なのに死んだと思ったのに、目を覚ます。
婚約が決まったあの日の朝に。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる