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本編
【真白視点】それ“見守り”じゃなくて“見張り”じゃね?
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春のキャンパスは、桜より先に人が咲く。
新歓のビラが風に舞い、先輩たちの笑い声が階段を転げ落ち、購買の前で誰かが「友だちできるかな」と小さく呟いている。
真白蓮(ましろ れん)は、その全部を横目に見ながら、ただ一人を追っていた。
大学三年の日向恒一(ひなた・こういち)。
背が飛び抜けて高いわけじゃない。けれど歩き方がまっすぐで、混雑の中でも迷いがない。
少し淡い髪色は生まれつきで、瞳は榛色。派手さはないのに、真面目な女子にやたらとモテる。
肩にかけたトートの角度。昼に選ぶパンの種類。よく飲むカフェラテの銘柄。講義が終わったあとの、ため息の長さ。
真白は日向をよく知っている。
いや、一方的に知りすぎている。
でも真白の中ではそれは「守っている」に分類されていた。
「今日もいる?」
友人の柊(ひいらぎ)が、学食の端の席でストローをくわえたまま聞いてくる。
柊は一年のくせに妙に悟っていて、いちごミルクを吸い込みながら世界の仕組みみたいなことを言う。
「いるよ。ほら、あそこ」
真白は指を差さない。
視線だけで示す。
日向が売店の列に並び、迷った末にいつものカフェラテを取る。
無糖のカフェラテ。ブラックではあまり飲まない。ミルク感があるものが好きらしい。
それが見えるだけで、真白の胸は静かに満たされる。
「……レンさ、それ“見守り”じゃなくて“見張り”じゃね?」
「違う」
「どっちにしても怖い単語なのよ」
「先輩が困らないようにしてる」
「困ってないのに?」
「困ったらすぐ動く。そのために見てるだけ」
全く迷いのない真白の言葉に、柊は「なるほど」とだけ言った。
肯定でも否定でもない、ちょうど真ん中の匙加減。
柊のスタンスは一貫している。共に居るけど、引きずり込まれない。
相手をよく見ているけど、深く踏み込まない。
「レンの基準は分かんねーな。ま、一線死守すればいいか」
「うん。越えない。迷惑かけない」
真白ははっきり言い切る。一線死守。
第三者である柊がそう言ってくれた。
それだけで真白は大丈夫だと思えた。
真白が日向を知ったのは、受験の日だった。
冬の大学。
真白は会場の建物を間違えて、キャンパスの端で立ち尽くしていた。
手はかじかみ、試験票が震える。時計の針だけが残酷に進む。
「受験生、だよな? 大丈夫か」
声をかけてきたのが日向だった。
真白より高い背丈。黒いコートにグレーのマフラー。手には温かそうな缶コーヒー。
「……違う建物で」
「こっち。走れば間に合う」
日向は迷いなく最短の道を選んで走った。
途中、真白の靴紐がほどけたのを見て、しゃがんで結び直してくれた。
「ほら。吸え。焦ると足がもつれる。吐いて、もう一回」
その指示で、真白はようやく肺が働いた気がした。
試験は間に合った。結果も受かった。
でも真白の中で一番大きく残ったのは、合格通知ではなく、あの「大丈夫か」だった。
だから今度は自分が。
先輩が困らないように、困る前に助ける。それが真白の理屈だった。
新歓のビラが風に舞い、先輩たちの笑い声が階段を転げ落ち、購買の前で誰かが「友だちできるかな」と小さく呟いている。
真白蓮(ましろ れん)は、その全部を横目に見ながら、ただ一人を追っていた。
大学三年の日向恒一(ひなた・こういち)。
背が飛び抜けて高いわけじゃない。けれど歩き方がまっすぐで、混雑の中でも迷いがない。
少し淡い髪色は生まれつきで、瞳は榛色。派手さはないのに、真面目な女子にやたらとモテる。
肩にかけたトートの角度。昼に選ぶパンの種類。よく飲むカフェラテの銘柄。講義が終わったあとの、ため息の長さ。
真白は日向をよく知っている。
いや、一方的に知りすぎている。
でも真白の中ではそれは「守っている」に分類されていた。
「今日もいる?」
友人の柊(ひいらぎ)が、学食の端の席でストローをくわえたまま聞いてくる。
柊は一年のくせに妙に悟っていて、いちごミルクを吸い込みながら世界の仕組みみたいなことを言う。
「いるよ。ほら、あそこ」
真白は指を差さない。
視線だけで示す。
日向が売店の列に並び、迷った末にいつものカフェラテを取る。
無糖のカフェラテ。ブラックではあまり飲まない。ミルク感があるものが好きらしい。
それが見えるだけで、真白の胸は静かに満たされる。
「……レンさ、それ“見守り”じゃなくて“見張り”じゃね?」
「違う」
「どっちにしても怖い単語なのよ」
「先輩が困らないようにしてる」
「困ってないのに?」
「困ったらすぐ動く。そのために見てるだけ」
全く迷いのない真白の言葉に、柊は「なるほど」とだけ言った。
肯定でも否定でもない、ちょうど真ん中の匙加減。
柊のスタンスは一貫している。共に居るけど、引きずり込まれない。
相手をよく見ているけど、深く踏み込まない。
「レンの基準は分かんねーな。ま、一線死守すればいいか」
「うん。越えない。迷惑かけない」
真白ははっきり言い切る。一線死守。
第三者である柊がそう言ってくれた。
それだけで真白は大丈夫だと思えた。
真白が日向を知ったのは、受験の日だった。
冬の大学。
真白は会場の建物を間違えて、キャンパスの端で立ち尽くしていた。
手はかじかみ、試験票が震える。時計の針だけが残酷に進む。
「受験生、だよな? 大丈夫か」
声をかけてきたのが日向だった。
真白より高い背丈。黒いコートにグレーのマフラー。手には温かそうな缶コーヒー。
「……違う建物で」
「こっち。走れば間に合う」
日向は迷いなく最短の道を選んで走った。
途中、真白の靴紐がほどけたのを見て、しゃがんで結び直してくれた。
「ほら。吸え。焦ると足がもつれる。吐いて、もう一回」
その指示で、真白はようやく肺が働いた気がした。
試験は間に合った。結果も受かった。
でも真白の中で一番大きく残ったのは、合格通知ではなく、あの「大丈夫か」だった。
だから今度は自分が。
先輩が困らないように、困る前に助ける。それが真白の理屈だった。
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