灰色のエッセイ

板倉恭司

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実家の前で起きた闘いの話

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 私が生まれたのは、都内にある二十三区のどこかです。プライベートはあんまり明かしたくないたちなので、あえてボカします。
 以前から何度も書いている通り、ここは治安の良くない町でした。スーツを着たサラリーマンよりも、作業着姿の工員やニッカボッカの現場作業員が遥かに多い地域だったのです。
 また、近くのアパートには得体の知れない外国人が多く住んでおりました。タイ人、中国人、イラン人、ナイジェリア人などなど……三ヶ月に一度くらいは、そのアパートからひとりくらいオーバーステイで逮捕されていた記憶があります。
 そんな地域に住んでいると、頭のおかしい人に出会う確率も飛躍的に上がるのですよね。


 昔のことですが、実家から歩いて十分ほどの場所に、建設会社の寮がありました。もっとも、寮とは名ばかりであり、いわゆるタコ部屋に近いものだったようです。
 念のため説明しますと、タコ部屋とは労働者を拘束しておいて、劣悪な環境の中で働かせるものです。早い話、漫画『カイジ』の地下労働のようなものを想像していただくと当たらずとも遠からずです。
 ただ、近所にあったものは、そこまで酷い施設でありませんでした。幼い頃に何度か通りかかったのですが、数人のオッサンたちがひとつの部屋でテレビ観ていた……というような記憶があります。ただ、さほど広くないアパートの一室に数人を住まわしていたのですから、ストレスも溜まっていたことでしょう。事実、寮内でのケンカは日常茶飯事だったようです。
 こんな労働者たちの気晴らしといえば、当時は酒か博打くらいしかありません。そのため、酔っ払いに遭遇することもたびたびでした。
 さて、当時の我が家には犬がおりました。この犬、家の中では猫にペチペチいじめられるくらい弱いのですが……外の者には、やたら強気なのです。
 そのため、酔っ払いが浮かれながら歌を唄い歩こうものなら「やい、うるせえぞ!」とばかりにワンワン吠えるのです。
 たまに、寮の作業員たちが外で酒を飲み、歌でも唄いながら家の前を歩こうものなら「くぉら! ここは俺さまの縄張りだぞ!」とばかりにワンワン吠えます。
 もっとも、相手も酔っ払っていい気分になっています。なので、犬の声など無視して通り過ぎていくのです。
 しかし、一度だけおかしな事態になったことがありました。



 それは、夜中の二時過ぎでした。当時、私は中学生であり、夜更かししてテレビを観ていたのです。
 その時、外から歌が聴こえてきました。いつもの酔っ払いと違い、英語の混じったポップス調の歌です。
 とはいえ、英語だろうと日本語だろうと、犬には関係ありません。うちの犬はさっそく怒り出し、ワンワン吠え出したのです。
 すると、歌はピタリと止まりました。次の瞬間、何やら怒鳴るような声が聴こえてきたのです。耳を澄ませると、こんな内容でした。

「何だ、このクソ犬! 出てこい! 勝負してやる!」

 私は唖然となりました。どうやら、うちの犬にケンカを売っているようなのです。
 二階の窓から、そっと覗いて見たのですが……暗くて、姿は良く見えません。男だということはわかっているのですが、顔や服装までは見えませんでした。
 その間も、犬は吠え続けています。さらに、男の方も家の前で怒鳴り続けています。途切れ途切れに聞こえてくるのは「やってやる」「勝負しろ」という言葉でした。
 どのくらい、そんなやり取りが続いていたのかはわかりませんが……やがて、駆けつけた警官に男は連れて行かれました。翌日には、父親が「また来たら、犬を放しちまえ」とボヤいておりました。






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