ぼくたちは異世界に行った

板倉恭司

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エピローグ(1)

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 天田士郎は、ようやくノートを読み終えた。
 ヒロユキはといえば、とっくにコーヒーを飲み干し、無言のまま座っていた。その後は、何も注文していない。
 二人がこの店に入ってから、かなりの時間が経過している。だが、店のマスターからは文句を言われる気配がない。ひょっとしたら、ここのマスターは目の前にいる自称ルポライターと、何らかのつながりがあるのかもしれない……と、ヒロユキは思った。
 やがて、士郎は顔を上げる。 

「なるほど。まあ、にわかには信じがたい話ですよね。ところで、私には幾つかわからない点があるんですよ。まず、あなたはなぜ自首したんです? しかも、あなたは五年の刑期を務めあげた。少年法のおかげで軽くなったとは言え、五年というのは決して短くはない年月だ。それを、なぜ素直に務めあげたんです?」

 さっそくの質問だ。ヒロユキは苦笑して見せた。

「普通の人なら、もっと根本の部分を突いてくるんですがね。あなたは、本当におかしな人だ」

「あなたは強大な力を手に入れたんですよね。ならば、さっさと逃げられたはずでしょう? 行こうと思えば、外国でも。なのになぜ、わざわざ自首なんかしたんです?」

 士郎の目は真剣そのものだった。それを見て、ヒロユキの表情も真剣なものに変わる。

「ぼくはね、罰を受けなきゃならなかったんですよ。自分の犯した罪、それに対する罰を──」

「ハザマを殺したことですか?」

「違いますよ。あんなクズを殺したことなど、ぼくは罪だと思っていません。ぼくの罪、それは……カツミさんとタカシさんを死なせてしまったことです」

「それは、あなたの罪ではない」

「いえ、ぼくにも責任の一端はあります。ぼくの決断が遅かったから、あの二人は死にました。ぼくの決断がもう少し早ければ、どちらかひとりは助けられたかもしれないんですよ。なのに、ぼくは……」

 ヒロユキは言葉を止め、唇を噛みしめる。あれから何年経ったのだろう。しかし、二人の死に対する後悔の念は未だに消えない。自分にも、責任はあった。
 だからこそ、自らの力を封印して刑務所に入ったのだ。もっとも、それだけが目的ではなかったが。


「わかりました。今日は、どうもありがとうございます。いずれまた、お話を聞くことになるかもしれませんが……」

 そう言って、士郎は立ち上がる。さらに、テーブルの上に封筒を置いた。

「少ないですが、こいつは取材にご協力いただいた謝礼ということで──」

「いりません。それよりも、ひとつ聞きたいことがあります。あなたは、ぼくの話を全て信じてくれたようですね。どうしてです?」

 そう言うと、ヒロユキは士郎を見つめる。
 一見すると、士郎はただの男だ。イケメンとは言えないがブサイクでもない、特徴のない顔。中肉中背の体。雑踏に紛れ込んだら、見つけるのは難しいだろう。平凡……士郎を表現するのにはピッタリの言葉だ。
 しかし、ヒロユキにはわかる。彼は平凡ではない。恐らくは、裏社会の住人だろう。それだけでなく、国や社会といったものに対する帰属意識が極端に薄いようにも見える。
 この男は、使えるかもしれない。

 ヒロユキの問いに、士郎は不敵な表情で口を開く。

「私も今まで、いろんな人間を見てきましてね。大体わかるんですよ……嘘を言っているのか、そうでないかくらいのことはね」

「なるほど、さすがですね」

「そうでなきゃ、ルポライターなんか出来ませんよ。それに私も、不思議なものをたくさん見てきました。だから、あなたの言うことを信じる気になったんです」

「そうですか……」

 そう言うと、ヒロユキも立ち上がった。そして頭を下げる。

「では、そろそろ失礼します。これから、片付けなきゃならない用事がありますので」

 そう言って、店を出ようとした時だった。

「ちょっと待ってください、最後にひとつだけ。ガイさんやニーナさんたちは、今どこにいるんです?」

 後ろから、士郎の声が聞こえてきた。ヒロユキは振り返らずに答える。

「それは、いずれわかる時がきますよ。あなたは、面白い人だ。あなたになら、教えてもいいかもしれない」



 数分後、ヒロユキは南の無人島へと来ていた。地球のほぼ反対側へと、一瞬で移動したのだ。
 ここには、人間が住んでいない。たまに、付近の島に住んでいる漁師たちが立ち寄ることがあるくらいだ。砂浜にはさまざまな物が漂着している。ビンや発泡スチロール、靴や魚網などなど。近隣の島に住む漁師の物か、あるいは遠い国から流れ着いた物か。無人島と言えど、こういった文明の生み出した物からは逃れられないらしい。
 ヒロユキは苦笑しながら、島の奥へと入って行く。

 海岸から少し歩くと、森林が行く手をふさぐ。地面もでこぼこで、非常に歩きにくい。さらに、あちこちから小動物のものらしい音が聞こえてくる。
 だがヒロユキは、何のためらいもなく島の奥に進んでいく。まだ陽は沈んでいないはずだが、周囲は薄暗い。密集した木の枝が陽射しを遮り、視界は悪くなっている。
 不意に、ヒロユキの足が止まった。じっと前を見ていたかと思うと、足音を忍ばせてゆっくりと歩き出す。森の中では、物音をたてずに歩くのは困難だ。しかし、ヒロユキはまるで空気と化したように静かに動く。



 少し行くと、そこには開けた場所があった。かなり広いスペースだ。その中心には湖もある。湖の周りは、木もまばらにしか生えていない。よく見ると、道のようなものもそこかしこにできている。どうやら、何者かが木を斬り倒し草を刈り、人が通りやすくしたようだ。
 そんな湖のほとりには、毛皮の服を着た幼い子供がいた。

 子供は、湖のほとりにしゃがみこんでいた。腰のあたりからは長い尻尾が生えており、時おりくねくねと動いている。どうやら、子供の気持ちが尻尾の動きに反映されているようだ。
 その子供はヒロユキに気づかず、じっと湖を覗きこんでいる。恐らく、湖に棲む魚や蟹などの動きを見ているのであろう。
 ヒロユキは、あまりの可愛らしさに思わず微笑む。子供の後ろ姿と尻尾の動きは本当に微笑ましく、時間を忘れて見つめていた。
 その時、声を発した者がいた。

「誰だお前は!」

 突然、横から聞こえてきた怒鳴り声。ヒロユキがそちらを向くと、別の子供がひとり、警戒心を露にしてこちらを睨んでいる。湖のほとりにいた子供よりは大きいが、それでもヒロユキよりは遥かに小さい。恐らく、四、五歳ではないか。毛皮のベストと腰巻きを身に付け、釣竿らしき物と草で編んだカゴを持っている。顔は可愛らしいが、その目付きの鋭さには見覚えがあった。

 あの目付きの悪さ。
 ガイさんに、そっくりじゃないか。

 ヒロユキの顔は、思わずほころんでいた。だが、少年の方は敵意丸出しの表情でヒロユキを睨んでいる。
 次の瞬間、少年は叫んだ。

「タカコ! お前は逃げろ! 早くお父さんを呼んでこい!」

 その言葉に、湖にいる子供がすかさず反応する。

「わかった! カツミ兄ちゃん! すぐにお父さん連れて来るから!」

 叫ぶと同時に、タカコと呼ばれた女の子は木によじ登った。猿のような早い動きだ。
 一方、カツミと呼ばれた少年の動きも素早い。構えたかと思うと、ヒロユキめがけ飛び蹴りを放つ──
 カツミ少年の体格は、成人男性の半分以下だろう。にもかかわらず、その飛び蹴りは凄まじいものだった。並みの男なら、まともに食らえば倒せるくらいの威力だろう。
 しかし、ヒロユキはその飛び蹴りを正面から受け止めた。と同時に、蹴り足を掴んで抱き寄せる。直後、カツミ少年を抱えたまま消えた。

 猿のような動きで、木の枝の間を飛び移るタカコ。その前に、ヒロユキがいきなり出現した。

「きゃ!」

 タカコはヒロユキを見た瞬間、衝撃のあまりバランスを崩し枝から落ちる。
 しかし、ヒロユキはまたしても瞬間移動した。タカコが地面に激突する寸前、ヒロユキが抱き止める。

「ねえ、君たちのお父さんとお母さんに会わせてくれないかな? ぼくは、お父さんとお母さんの友だちだよ。ヒロユキって名前なんだけど、聞いてないかな?」



 それは、不思議な光景だった。
 カツミとタカコに案内され、やって来たのは開けた草原である。尻尾の生えた十人近い幼子たちが遊んでいた。カツミやタカコよりも、さらに小さく幼い子供たちだ。皆とても楽しそうに、思い思いの遊びに興じている。
 そんな子供たちの中心にいるのは二人の女だ。
 片方は毛皮の服を着て、子供たちと同じく尻尾を生やしている。だが、子供たちとは違う点もあった。猫のような耳が頭に付いていたのだ。歳は若く、十五歳から十八歳くらいか。
 もう片方は二十歳過ぎ。こちらは尻尾が生えていない。草原にしゃがみこみ、ニコニコしながら子供たちと遊んでいる。
 ヒロユキにとって、何よりも大切な存在……ニーナとリンだ。

「あれ、ヒロユキさん……ヒロユキさん? ヒロユキさんですにゃ! ニーナさん、ヒロユキさんが帰ってきましたにゃ!」

 真っ先に気づいたのはリンだった。リンは慌てふためき、横でしゃがんでいたニーナを力ずくで立たせ、こちらに顔を向けさせる。
 その瞬間、ニーナの表情が一変した。ニコニコしていた顔が一瞬、仮面のように表情が固まったかと思うと……一気にぐしゃぐしゃになる。
 直後、声にならぬ叫び声を上げながら突進し、ヒロユキに抱きついて行った。

「ニーナ、ただいま。もう、どこにも行かないよ。ぼくは、ずっとここに居るからね」

 ヒロユキはニーナを抱き止め、優しい声をかける。一方、リンは大声で叫びながら、物凄いスピードで森の中に走っていく。

「ガイさん! チャム姉さん! ヒロユキさんが帰ってきましたにゃ!」

 ややあって、ガイとチャムが森の中から現れた。驚きと喜びの入り混じった表情を浮かべ、こちらに向かい走って来る。

「ヒロユキ! バカ野郎! 帰って来るなら先に言えや!」

「そうだにゃ!」

 ヒロユキのそばに来て、怒鳴りつける二人。子供たちは皆、何事が起きたのか把握できないままだった。ポカンとした様子で、自分の父と母が来客と抱き合い、泣き笑いしている様を眺めていた。



 やがて夜になり、皆で焚き火を囲んで食事をとる。

「みんな、ガイさんとチャムの子供なんですね。凄いですよ、こんなに大勢いるなんて……」

 ヒロユキは周りを見回し、感心した口調で言う。子供たちはいかにも美味しそうに、鳥のスープを食べていた。ニーナとリンが手分けして、子供たちに配っている。鍋や皿は漂着してきた物を用いているようだ。

「な? しょうがないにゃ。ガイは交尾が大好きだからにゃ」

「子供の前で言うな!」

 無邪気なチャムの発言に、顔を真っ赤にしながら突っ込むガイ。二人の相も変わらぬやり取りに、ヒロユキは思わず微笑んだ。その横で、子供たちは楽しそうにキャッキャッ笑いながら、リンに話しかけたりチャムにじゃれついたりしている。
 ヒロユキは微笑みながら立ち上がった。

「ガイさん、ちょっと来てもらえますか? 大事な話があるんですよ」

 そう言って、ヒロユキは歩いていく。ガイは怪訝な表情を浮かべながらも、後に付いて行った。



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