ぼくたちは異世界に行った

板倉恭司

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エピローグ(2)

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 しばらく歩くと、ヒロユキは立ち止まった。皆の姿は見えない。子供たちの声も、微かに聞こえるだけだ。

「なあ、大事な話って何だよ?」

 ガイの口調は朗らかだった。表情も、昔に比べ穏やかである。ここでの生活は、ガイにとって満ち足りたものなのだろう。

「ガイさん、ぼくはこの五年間、ずっと考えてきました。ぼくたちは何のために、異世界に行ったのだろうかと。あの世界は、ぼくたちに何をさせようとしていたのか……その答えが、やっと分かったんです」

「えっ?」

 困惑している様子のガイに向かい、ヒロユキは言葉を続けた。

「仮にですが、ぼくたちの異世界での旅が神によって描かれたシナリオであった、とするならば……その主人公は、いったい誰だと思います?」

「ヒロユキ、お前は何を言ってんだよ。シナリオなんて言われたって、オレにわかるわけないだろ」

 困った表情で口ごもるガイ。彼にとって、全く想定外の話なのだろう。
 ヒロユキは気の毒になってきた。ここで平和に暮らしていたガイにとっては、つらい話になるだろう。それでも、告げなくてはならないのだ。
 真実と、これから起こりうる事態を。

「ガイさん、このシナリオの主人公はあなただったんですよ」

「はあ? 何を言ってるんだよ? 主人公って何なんだ──」

「ちょっとだけ、ぼくの話を聞いてください。あなたとチャムの間には、子供が出来ていますね。あれは、本来ならあり得ないことなんですよ。人間が交配して子孫を残せるのは、人間が相手の時だけなんです。人間とニャントロ人との間には、子供は出来ないはずなんですよ」

「えっ?」

「ですが、あなたとチャムの間には子供がいる。これは何故でしょうねえ?」

「し、知らねえよ……」

 ガイはうつむいた。何が何だか、分かっていないのだろう。しかし、ヒロユキの話はまだ半分も終わっていない。核心はこれからなのだ。

「ぼくは、こう考えました。あなたは、火事をきっかけに超人と化した。人間離れした身体能力と傷の再生力、さらにニャントロ人と交配可能な繁殖能力を。神はそんなあなたに目を付け、異世界に送り込んだんです。チャムと出会わせるためにね」

「そんな……」

「ガイさん、神の描いたシナリオの主人公は、間違いなくあなたなんですよ。あなたを異世界に送り込み、チャムと出会わせる。しかし、いくらあなたでもレイコには勝てない。いや、それ以前にあなたひとりでは、異世界で生き延びることは出来なかった。だから、神は四人の人間を一緒に送り込んだんです。最強の兵士であるカツミさん、最強の交渉人であるタカシさん、最強の指揮官であるギンジさん、そしてぼく」

 ヒロユキは言葉を止めた。恐らく、ガイはヒロユキの言ったことを全ては飲み込めていないだろう。考える時間が必要だ。
 ややあって、ヒロユキは言葉を続ける。

「ぼくは、あの世界での自分の役割がわかりませんでした。皆さんはそれぞれ、凄い力を持っている。しかし、ぼくには何もない。なぜ、ぼくが異世界に送り込まれたのか? しかし今思うと、誰ひとりとして欠けてはいけなかったんですよ。ぼくには知識があった。さらに、ぼくはニーナと出会い強くなった。あのギンジさんですら、認めてくれるほどにね」

「……」

 ガイは黙ったままだ。真剣な表情で、ヒロユキの話に聞き入っている。
 一方、ヒロユキは静かな口調で話を続けた。

「ぼくたちは、異世界を旅しました。結果、あなたはチャムとリンという、本来ならこの世界に存在しないはずのニャントロ人を連れてきてしまったんです。さらに、人間でもニャントロ人でもない、全く新しい種族を生み出しました。ガイさん……あなたとチャムは、新しい種族にとってのアダムとイブなんですよ」

「待てよ……じゃあ、オレのせいでみんなは──」

「ガイさん、これは仕方のないことなんですよ。それに、話はまだ終わっていません。肝心なのは、ここからです」

 その言葉を聞き、ガイの困惑はさらに大きくなったようだ。さすがのヒロユキも、この先を続けるのはためらわれた。
 だが、言わなくてはならない。ここから先こそが、彼らの未来の道標みちしるべなのだから。

「ぼくの考えを言います。あなたの子供たちは、人類に変わって世界を支配する新しい種族なんですよ」

「はあ?」

 呆気に取られた表情で、間抜けな言葉を返すガイ。だが、ヒロユキの表情は真剣そのものだった。

「ガイさん、もし他の人間たちがカツミくんやタカコちゃんを見つけたら、どうすると思います?」

「そ、それは……」

「人間に似ているが、尻尾が生えていて凄まじい身体能力を持ち、人間と同レベルの知能も持っている新種の生物……人類はカツミくんたちを、そう判断するでしょう。捕まえて、実験動物として扱う可能性が高いです」

「ふざけるな!」

 ガイの表情が一変した。恐ろしい形相でヒロユキを睨み付け、言葉を続ける。

「オレの子供に手ぇ出す奴は、誰だろうとブッ殺してやる!」

「ええ、ぼくも同じ気持ちです。しかし残念ながら、人間は確実にカツミくんたちを忌み嫌うでしょうね。ぼくはギンジさんと、あの世界に教えられました。人間の本質は、悪であることを」

「そ、そんなことはない……」

「思い出してください、あの世界で何があったかを。例えば、山賊のオックスとラーグ。奴らは権力者の狂った好奇心と、魔術師の狂った研究心によって生み出された、人でも怪物でもない生物でした。人間は、平気でそんなことをするんですよ」

 その言葉に、ガイの表情がまたしても変わる。青ざめた顔で、下を向いていた。あの二人のことを思い出したのだろう。彼らは、とても醜い姿をしていた。だが、彼らは他の人間たちの醜い欲望から生まれたものだった。

「それだけじゃない。ガイさん、ホープ村はどうなりました? 何の罪もない村人たちが、皆殺しにされたんですよ。老若男女構わずにね。病人だったり、人と見た目が違っているという理由だけで、幼い子供たちは無残に殺された挙げ句に焼かれたんです」

「違う……この世界の人間は、奴らとは違うはずだ」

「いいえ、違わないんですよ。ぼくが何のために刑務所、いや医療少年院に行ったのかと言うと……最低の環境で、この時代の人間たちの行動を観察するためでもあったんです。最低の環境でこそ、人間の本性が出ますから」

 そこでヒロユキは言葉を止め、ガイの反応を待つ。しかし、ガイは無言のままだった。その口元は歪んでいる。
 ややあって、ヒロユキは続きを述べた。

「人間の本質は、やはり悪でしたよ」

 その言葉に、ガイはうつむいた。複雑な表情が浮かんでいる。異世界での、荒々しい姿が嘘のようだ。ヒロユキは手を伸ばし、ガイの肩を叩く。

「ガイさん、腹を括りましょう。あなたの子供たちと人間とは、違う種族なんです。このままいけば、人類とは戦わなくてはならないんですよ。断言は出来ませんが、戦争になる可能性は非常に高いですね」

「オレたちは……ずっとこの島で、家族だけでひっそり暮らす。それなら問題ないんじゃないか?」

「無理ですね。カツミくんたちは成長し、増えていきます。リンとカツミくんの間に、子供ができるかもしれません。ぼくの勘が正しければ、カツミくんやタカコちゃんたちにも、あなたの繁殖能力が受け継がれているはずから」

「そんな……」

「それにね、皆が暮らすには、この島は狭すぎます。いずれ人間には、気づかれることになるでしょう。ひょっとしたら、人間の中にももう気づいている連中がいるかもしれませんがね」

「共存は? 人間と話し合い、上手く共存していくことは出来ないのかよ?」

 尋ねるガイ……いや、彼は懇願しているかのようだった。
 そんなガイの目を、ヒロユキはじっと見つめる。かつては、好戦的な男だった。全てを力でねじ伏せ生きてきた印象であった。しかし今の彼は、家族のために争いを避ける道を探しているのだ。
 ガイは変わった。それでも、真実は告げなくてはならない。

「共存は、まず不可能でしょうね。人間は未だに、人種間の差別すら解決できていないんです。しかも、あなたの子供たちは人間よりも遥かに強い上に知能も高い。人類にとって脅威と認識されるでしょう。人間に取って代わるかもしれない種族と判断し、人類は全力で排除しにかかるでしょうね。人間には、異質なものを排除する習性がありますから。ホープ村がいい例ですよ」

「どうしても……無理なのか?」

「断言は出来ません。ひょっとしたら、ぼくは間違っているのかもしれない。共存の道は、あるのかもしれません。ひとつ言えるのは、ぼくはいざとなったら人類と戦い、カツミくんたちを守るために、この力を使うつもりでいるという事実です」

「ヒロユキ……」

「神が、ぼくに与えた役割……それは、この世界に新しく誕生した種族の繁栄を助けることなんです。そのために、ぼくは力を手に入れたんですよ。これもまた、神の描いたシナリオなんです。もし人類がカツミくんたちの前途を阻む障害となるならば、ぼくは人類を駆逐するつもりです。ガイさん、あなたにも覚悟して欲しいんですよ。いずれ、人類と戦争になるかもしれないことをね」

「ヒロユキ、お前はそれでいいのか?」

「今のぼくは、人間じゃないんです。それに、あなたはぼくを助けてくれました。あなたと、あなたの子供のためなら、ぼくは何でもします」

 そこでヒロユキは、ニヤリと笑った。以前のヒロユキからは考えられない、不敵な表情だ……ガイは呆然となりながら、ヒロユキを見つめていた。
 一方、ヒロユキは楽しそうな様子で言葉を続ける。

「まあ、個人的主観を言わせてもらえれば、カツミくんたちが人類を駆逐し、この世界の支配者になった方がいいように思いますがね」

「二人とも、いつまでひそひそ話してるにゃ! ヒロユキ、ニーナが寂しがってるにゃ!」

 突然、二人の会話に割って入ってきたのはチャムだった。ヒロユキが振り向くと、チャムは赤子を抱いたままこちらに歩いてきている。原始人のような毛皮の服から片方の乳房をはみ出させ、そこに赤子が吸い付いていた。
 ヒロユキは苦笑し、ガイに視線を戻す。

「行きましょうか、ガイさん。後で日本に戻って、美味しいお菓子や便利な道具をあちこちから拝借してきますよ。人類を駆逐する前に、まずはここの生活を便利にしないとね。いずれは、この近辺の小国を乗っ取ることも考えないと……」

 喋りながら、遠ざかっていくヒロユキ。その後ろ姿を見ているうちに、ガイはたまらなく不安になった。ふと、後悔の念が頭をよぎる。

 オレは、間違っていたのか。
 向こうに残るべきだったのだろうか?
 いや、もう遅い。
 全ては、始まってしまったのだ──

「どうしたんです、ガイさん。早く行きましょう」

 立ち止まり、こちらを見ているヒロユキの顔は誰かに似ていた。
 
 ギンジさんだ。

 そう、顔立ちや体つきこそまるで違うが……今のヒロユキは、ギンジにそっくりだった。
 異世界にて出会ったばかりの頃のギンジと、同じ空気をまとっている──












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