筑豊国伝奇~転生した和風世界で国造り~

九尾の猫

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春が来た

149.鯨漁の成果

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翌朝、夜も明けきらぬうちに紅と黒、白は佐助と清彦、与一を伴って出発した。

黒の窓を使って、子供達と一緒に見守る。
神湊からヨットと2隻の漁船に分乗した彼女達は、地島と大島の右手に見ながら南西に海路を進み、糸島半島の先の玄海島沖でクジラの姿を捉えた。

それにしても、白の風に操られた船団の船足は尋常ではないほど速い。時速60㎞は出ているようだ。黒によって補強された漁船でなければ、バラバラになっていただろう。

上空から見える巨体は、正しくクジラのものだ。黒い体色にこぶのある頭部、噴気は左右に広がっている。おそらくセミクジラだ。大きさは10mほどか。
この海域にクジラが出るなど、元の世界のニュースでは記憶にない。海が豊かな証拠か、あるいは迷い込んだ個体か。

黒の合図で散開した船団は、クジラを取り囲むように三方向から静かに近寄る。

紅がヨットの先端に備えられた捕鯨砲を発射した。
捕鯨砲から発射された銛は、太い竹を何本も束ねたブイに結びつけられたロープを引きながら飛翔し、白と黒の誘導に沿って上空からクジラの胴部に突き刺さった。
同時に佐助と清彦が次々と銛を打つ。

クジラも暴れまわるが、自分の体長ほどもある大きな竹のブイを引きずって、すぐに疲れて浮き上がってきた。
紅が巨体に飛び乗り、目と目の間を狙って銛を深く突き刺した。

痙攣するクジラに振り落とされないよう、紅が懸命に堪える。


やがてクジラは動かなくなった。

里から窓を通して固唾を飲んで見守っていた子供達が歓声を上げる。紅の念願だった、クジラを仕留めた瞬間だ。

佐助と清彦が操る船が両側からクジラの巨体を挟み込み、縄を打つ。クジラが沈んでしまわないようにするようだ。

固定し終えたクジラと2隻の船をヨットが牽引する形で、神湊への海路を戻り始めた。


青と相談した上で、子供達の有志で神湊へ出迎えに行くことにした。留守番を買って出た青に見送られ、門を潜る。

神湊の浜辺では、村長や子供達などの老若男女が集まり、祈るように沖合を見ていた。

村長や集落の主だった男達が声をかけてくる。

「おお!タケル様!あの者達、勇魚に挑むと出て行った者達は無事でしょうか?」

「ああ。大丈夫だ。もうすぐ帰ってくるだろう。出迎えの準備をしておいたほうがいいな。杭に使えるような木材はあるか?」

「はい!船を繋ぎ止める用の杭ならば」

「わかった。その杭を準備しておいてくれ」


「見えた!!お姉達だ!」

父親らしき男性の肩車の上で、男の子が叫ぶ。

黒のデザインした船の特徴的な三角帆が水平線に姿を見せた。そのまま海上を滑るような速さでぐんぐん近づいてくる。

「あれって……船ごと浮かせてる?」

椿が呟く。

「ああ。どうやらそうらしい。まさか水中翼船というわけでもないだろうから、白の結界で全体を包んでしまっているんだろう」

「ふうん……結界ってそういう使い方もあるんだ。じゃあ私ごと結界で包んだら、速く走れるようになるのかな?」

「自分の筋力の限界まではな。なんだ?椿は足が遅かったのか?」

「う~ん……そんなこともないと思うけど。小夜姉よりは早いし。でも白姉や黒姉には勝てる気がしない」

まあそれは筋力やトレーニングとは別次元のものだからな。とりあえず頑張っているであろう椿の頭を撫でる。

船上の姿を目視できるほどに船団が近づいてきた。黒のヨットの船首で仁王立ちする紅は、さながら一仕事を終えた海賊のような雰囲気を発している。
浜辺から100mほど沖合で佐助達が操る船を散開させると、黒のヨットはそのままの速度で浜辺に突っ込んできた。
まさかそのまま砂浜に乗り上げるつもりか!?しかし黒のヨットは長大な竜骨を備えている。砂浜に乗り上げたら横倒しになるはずだ。

「みんな避けろ!」

退避を指示しようとしたが、何故か集まっていた漁民たちは浜辺から離れている。

「今日は大物だ!受け取れ!!!」

紅と雄叫びと同時に、ヨットが急旋回した。
曳航していたクジラだけがそのまま直進し、放り出されるように砂浜に乗り上げる。

漁民たちがドッと歓声を上げ、駆け寄る。
手に手に縄や杭を持ち、獲物の引き上げと固定作業を始めた。

え……まさかこの水揚げ方法が日常なのか?


「よっと……ただいまタケル!どうした?呆けたような面をして?もっと喜べ!とうとう鯨を狩ったぞ!」

ヨットから俺の傍まで飛び降りた紅が肩を叩く。

「あ……ああ。おめでとう。まさか本当にクジラを狩るとは思わなかった」

「まあ、練習を兼ねて鮫狩りに精を出していたからな!神湊の連中も手慣れたもんだ」

やっぱりこの水揚げ方法は恒例なのか。

「紅様!この度の成果、おめでとうございます!またこれで近隣の集落も潤いますな!」

神湊の村長が声を掛けてきた。

「おう!ありがとよ!いつもどおり勝浦や梅津、津屋崎や奈多の連中にも使いを出してくれよ!とてもじゃないが人数掛けないと捌けないぜ」

「承知しております。早速足の速い連中が向かっておりますゆえ、すぐにでも集まってくるでしょう」

村長が一礼して去っていった。
ヨットを船着き場に係留した黒と白が駆け寄ってきて、そのまま俺に飛びついてきた。

「タケル兄さん!とうとうやったよ!」

「構想からおよそ半年。日々の海上監視の成果。まさに有言実行」

ああ。二人ともよくやった。二人を抱きしめていると紅が不満げな声を上げた。

「おいおい、狩ったのは俺だぞ!?」

「紅姉は狩るのが目的。私は鯨から得られる資源が目的。どちらが里の為になるかは考えるまでもない」

黒が紅を煽るときは、だいたいが興奮している証拠だ。

俺の首から離れた黒が、すたすたとクジラに近寄る。

しかし近寄るとその巨大さに圧倒される。全長10m強、体高2m弱、身体の1/4ほども占める大きく湾曲した口からは、1m弱ほどの長さの髭がびっしりと生えている。

「これがタケルが言っていた鯨の髭……」

「これで私達も“だいなまいとぼでぃ”になれるね!!」

そうである。彼女たちがクジラに拘っていたのは、補正下着の芯材に使用するためだった。
そのためにヨットを作り捕鯨砲を開発したのだ。
しかし動機はどうあれ、このクジラから得られる大量の肉は、間違いなく近隣の集落を潤すだろう。
肉だけでなく皮下脂肪や骨にいたるまで、余すところなく利用しなければバチが当たるというものだ。


こうして、紅達の鯨漁は終わった。
捕獲されたクジラは、近隣の漁民達の手で解体され、塩漬け肉に加工されることで博多の街にも出回った。
食用にする肉を取った後に残った大量の脂を含んだ骨や皮下脂肪は、黒の手によって有効利用法の検討が行われる事となった。
そして、彼女達が拘っていた補正下着の成果は、俺の目には触れない所で語られるのかもしれない。
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