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春が来た
150.通信用勾玉の開発
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鯨漁を終えた黒が次に手掛けたのは、三善の爺さんに渡す通信用勾玉だ。
白や梅、それに控えめではあるが小夜が優先順位というものについて抗議したのは事実のようだが、里や筑豊国、それに博多の街を護るという理由の前に優先順位を誤る黒ではなかった。
「タケル。通信用に渡す勾玉の素材は、やっぱり陶器にしようと思う。どう?」
「ああ。そう決めたのなら別に構わないと思うが。どうして陶器を選んだ?」
「まず鉱石や貴石は里の皆に渡す物と価値の差が無くなるから論外。イチイの木やツゲの木といった木製も試してみたけど、白の精霊のノリが悪い。そもそも白の精霊は何かに留まるということが本来は苦手なもの。その形代として緑の精霊の依り代である木は相性が悪い」
「ふむ……つまりは消去法で土を選択したということか?」
「そういう言い方は少々不本意。ちゃんと理由がある」
そんなに単純な理由ではないらしい。拝聴しよう。
「今回製作する勾玉型通信機のポイントは、外部の人間が、それも精霊の力を行使できる人間が、ある特定の回線を開けるようにすることにある。もっとも簡単なのは一対の通信機を製作し、その間だけに通信が可能なようにすること。だけどこの方法では複数人との通信が難しくなる」
「そうだな。複数の通信機を持ち歩かなければならない」
「複数回線の通信を一気に行う方法は、既に運用している。今回は、一つの通信機で複数回線を切り替えるやり方が必要」
「うん。それで?」
「回線を切り替える。つまり周波数を変えればいいと考えて、こんなものを作ってみた」
黒が差し出した両手には、何やら陶器の物体が一つづつ鎮座していた。
一つは卵型、もう一つは……オカリナだ。
「こちらの大型の土笛は、一つでいくつかの違う周波数の音を出せる。音階?というらしい」
黒が吹き口に小さな唇を当て、息を吹き込む。
ポーっという音が室内に響く。
「そして、こちらの小さな土笛は一つだけの周波数を出す」
今度もポーっという音が響く。確かに、先ほどオカリナで出した音と同じ音程のようだ。
「じゃあタケル。外でこっちの土笛を鳴らしてみて」
家の外に出て、黒に渡された小さい方の土笛を吹いてみる。
ポーっ
「もしもし?聞こえる?」
土笛から黒の声が流れ出した。
「ああ。繋がっているぞ」
「実験の第一段階は成功。次は一旦回線を切断してこちらから呼び出してみる」
しばらくすると、土笛が勝手に音を鳴らした。
ポーっ
「黒か?今何もしないのに土笛が鳴ったぞ?」
「繋がった。実験の第二段階も成功。あとは複数の子機を作って実証実験が必要。一度繋がった回線の持続時間はどれくらいか気になるし、もしかしたら一方通行でなら精霊を行使できない人間でも使えるかもしれない」
「わかった。よろしく頼む」
「それだけ?」
ん?ああ。急いで家に戻り、黒の頭を撫でる。
「よろしい。よくできました」
黒が満足そうに微笑む。
「あ!タケル兄さんが黒ちゃんだけ甘やかしてる!」
土間の入口をガラリと開けて、白と紅が顔を出した。
「どうした?何かあったか?」
「紅姉!ちょっとあれ見て!」
「んあ?別にいつものことじゃねえか」
「だってさあ!!」
ちょうどいい所に来た。白を呼ぶ。
「白。これが先ほど黒が作った新型の通信機だ。通信機と言っても、結局は白の精霊が頼みだから、今後ともよろしく頼むぞ」
「へえ……これが通信機なんだ。なんか丸っこくてかわいい。どうやって使うの?」
「この穴に唇を当てて……そう、もう少し前に。そうそこ。それでね……」
あとはこの2人に任せておけばいいだろう。久しぶりに名越勢の入植地でも見に行くか。
のんびりと嘉麻川に掛かる橋を渡っていると、道の先から一人の若い男が走ってきた。
「斎藤殿!供も連れずにいかがなされたのですか?」
名越善章。名越元章の次男にして、元章が筑後国から呼び寄せた腹心の部下だ。
まだ若い(といっても20代後半だから見た目年齢は里の誰よりも年上だが)彼も、名越勢と近隣の集落の間の調整役としてうまくやってくれている。
「供なんていつも連れてないだろ?お武家様じゃないんだから、たまにはブラブラさせてくれ」
「いいえ。大恩ある斎藤殿に一人歩きをさせたとあっては、この義章の名が廃ります。ご一緒いたしますぞ」
何がどう廃るのかは知らないが、まあ連れ立って歩くのも悪くはない。
名越勢が住む長屋は、当初は50戸からスタートした。今では200戸を超え、更に建設中だ。
その結果、大学と称した近隣からの入植者達のエリアまでも飲み込み、すっかり里を囲うような形になっている。
密集した長屋造りで心配なのは火事と伝染病だ。長屋造りで有名な江戸の下町では、何回も火事で焼失している。
「防火については問題ありません。各家の戸口と裏には水を満たした桶を置くよう徹底していますし、共同風呂にも掃除のとき以外は常に水が満たされています。龍吐水による修練も定期的に行っています」
龍吐水、要するに手押し式の消火ポンプだ。大人6人と放水手1名で運用し、放水距離はおよそ15mほど。黒はこのポンプを量産し、5戸毎に設置するよう名越勢に求めていた。
これが里ならば万が一火災が起きても青や小夜、椿といった水の精霊の使い手が散水消火するだろうし、あるいは白が窒息消火を試みるだろう。
しかし火事が入植地や近隣の集落で発生すれば、俺達が全て対応できるわけでもない。だからこその消火設備が必要になったのだ。
なお、名越勢は火災やその他の災害が他の集落で起きた場合にも駆け付ける手筈になっている。
「作物の成長はどうだ?」
「はい。稲の生育は順調です。しかし、田んぼの上を吹き渡る風がこんなに心地いいものだとは、筑後に暮らしていた頃にはついぞ感じませんでした」
確かに。春先に突貫工事で田を拓き、およそ一か月前に田植えをした田んぼは、今では一面の緑色になり、風が緑の絨毯を揺らしている。
所々で農作業をしている住民が、手を休めてこちらに手を振ってくる。
「豚や羊の成育も順調です。羊追いのために貸していただいている、タケルとサヨも立派に仕事をしてくれて……あれ?どうしました?いきなり立ち止まって」
「善章、今、何と言った?犬の名前を言ったか?」
「はい?タケルとサヨでしょう?そう聞いていますが?あの二匹の仲の良さといったら、本当に斎藤殿と小夜殿のようだと評判です」
小夜達が子犬の名前を教えてくれなかった理由はこれか……別に俺の名前を付けたからといって、怒りはしないと思うのだが。
「いや、気にしないでくれ。他に何か困っていることはないか?」
「そうですね……特には思いつきません。もちろん細かいことを言い出せばキリもないのでしょうが、皆新天地で明るく生きております」
「そうか。困ったことがあったら、俺でも青にでも遠慮なく言えよ。そういえば青に対する恐怖心はどうだ?まだ恐ろしいか?」
「ははは……恐ろしくないと言えば嘘になります。私は直接は経験していませんが、我らの只中で死の舞を舞われたこと、今でも語り草になっております。ただ、単なる恐怖心と言うよりも畏れに近いと思います。人なる身でありながら神にも等しい方へ刃を向けてしまったことへの畏れという方が正しいでしょう」
神にも等しいか。精霊達の力の結晶ともいうべき式神は、力なき者達にとってはそう映るのだろう。
「まあ、あいつらは時折俺でもおっかないからな。そう気張らずに、普通に接してやってくれ」
「承知いたしました」
「さてと……案内ご苦労だったな。親父殿にもよろしく伝えてくれ」
「ここでよろしいのですか?里までお送りしますが」
「なに……里から子供達が迎えに出ているようだ。ほら、もう見えてくるだろう」
里に向かう道の方から、“ちよ”と“かさね”、そして楓と棗が歩いてくるのが見える。楓と棗は柚子と八重を背負っているようだ。柚子と八重の散歩のついでに迎えに来たのだろう。
「わかりました。ではまた近いうちにお目に掛かります」
義章は踵を返し、自分の集落に向かっていった。
「タケル様!お迎えに上がりました!」
「あがりました!」
「ああ。みんなありがとう。じゃあ気を付けて帰ろうか」
「はい!椿姉が今夜は肉じゃがと豚汁だって言ってた!」
「そうかあ。椿の作る料理は旨いからな。よし、里まで競争だ!」
「えええええ!楓ちゃんには勝てないよう!」
「楓は柚子をおんぶしてるも~ん!だから先に行っちゃう!!」
まあどう考えても一番遅いのは俺のような気がするが。
まったく……この子達のどこにそんな体力があるのやら。
子育てなんぞしたことはなかったが、世の中のお父さんは本当に偉大だと思う。
白や梅、それに控えめではあるが小夜が優先順位というものについて抗議したのは事実のようだが、里や筑豊国、それに博多の街を護るという理由の前に優先順位を誤る黒ではなかった。
「タケル。通信用に渡す勾玉の素材は、やっぱり陶器にしようと思う。どう?」
「ああ。そう決めたのなら別に構わないと思うが。どうして陶器を選んだ?」
「まず鉱石や貴石は里の皆に渡す物と価値の差が無くなるから論外。イチイの木やツゲの木といった木製も試してみたけど、白の精霊のノリが悪い。そもそも白の精霊は何かに留まるということが本来は苦手なもの。その形代として緑の精霊の依り代である木は相性が悪い」
「ふむ……つまりは消去法で土を選択したということか?」
「そういう言い方は少々不本意。ちゃんと理由がある」
そんなに単純な理由ではないらしい。拝聴しよう。
「今回製作する勾玉型通信機のポイントは、外部の人間が、それも精霊の力を行使できる人間が、ある特定の回線を開けるようにすることにある。もっとも簡単なのは一対の通信機を製作し、その間だけに通信が可能なようにすること。だけどこの方法では複数人との通信が難しくなる」
「そうだな。複数の通信機を持ち歩かなければならない」
「複数回線の通信を一気に行う方法は、既に運用している。今回は、一つの通信機で複数回線を切り替えるやり方が必要」
「うん。それで?」
「回線を切り替える。つまり周波数を変えればいいと考えて、こんなものを作ってみた」
黒が差し出した両手には、何やら陶器の物体が一つづつ鎮座していた。
一つは卵型、もう一つは……オカリナだ。
「こちらの大型の土笛は、一つでいくつかの違う周波数の音を出せる。音階?というらしい」
黒が吹き口に小さな唇を当て、息を吹き込む。
ポーっという音が室内に響く。
「そして、こちらの小さな土笛は一つだけの周波数を出す」
今度もポーっという音が響く。確かに、先ほどオカリナで出した音と同じ音程のようだ。
「じゃあタケル。外でこっちの土笛を鳴らしてみて」
家の外に出て、黒に渡された小さい方の土笛を吹いてみる。
ポーっ
「もしもし?聞こえる?」
土笛から黒の声が流れ出した。
「ああ。繋がっているぞ」
「実験の第一段階は成功。次は一旦回線を切断してこちらから呼び出してみる」
しばらくすると、土笛が勝手に音を鳴らした。
ポーっ
「黒か?今何もしないのに土笛が鳴ったぞ?」
「繋がった。実験の第二段階も成功。あとは複数の子機を作って実証実験が必要。一度繋がった回線の持続時間はどれくらいか気になるし、もしかしたら一方通行でなら精霊を行使できない人間でも使えるかもしれない」
「わかった。よろしく頼む」
「それだけ?」
ん?ああ。急いで家に戻り、黒の頭を撫でる。
「よろしい。よくできました」
黒が満足そうに微笑む。
「あ!タケル兄さんが黒ちゃんだけ甘やかしてる!」
土間の入口をガラリと開けて、白と紅が顔を出した。
「どうした?何かあったか?」
「紅姉!ちょっとあれ見て!」
「んあ?別にいつものことじゃねえか」
「だってさあ!!」
ちょうどいい所に来た。白を呼ぶ。
「白。これが先ほど黒が作った新型の通信機だ。通信機と言っても、結局は白の精霊が頼みだから、今後ともよろしく頼むぞ」
「へえ……これが通信機なんだ。なんか丸っこくてかわいい。どうやって使うの?」
「この穴に唇を当てて……そう、もう少し前に。そうそこ。それでね……」
あとはこの2人に任せておけばいいだろう。久しぶりに名越勢の入植地でも見に行くか。
のんびりと嘉麻川に掛かる橋を渡っていると、道の先から一人の若い男が走ってきた。
「斎藤殿!供も連れずにいかがなされたのですか?」
名越善章。名越元章の次男にして、元章が筑後国から呼び寄せた腹心の部下だ。
まだ若い(といっても20代後半だから見た目年齢は里の誰よりも年上だが)彼も、名越勢と近隣の集落の間の調整役としてうまくやってくれている。
「供なんていつも連れてないだろ?お武家様じゃないんだから、たまにはブラブラさせてくれ」
「いいえ。大恩ある斎藤殿に一人歩きをさせたとあっては、この義章の名が廃ります。ご一緒いたしますぞ」
何がどう廃るのかは知らないが、まあ連れ立って歩くのも悪くはない。
名越勢が住む長屋は、当初は50戸からスタートした。今では200戸を超え、更に建設中だ。
その結果、大学と称した近隣からの入植者達のエリアまでも飲み込み、すっかり里を囲うような形になっている。
密集した長屋造りで心配なのは火事と伝染病だ。長屋造りで有名な江戸の下町では、何回も火事で焼失している。
「防火については問題ありません。各家の戸口と裏には水を満たした桶を置くよう徹底していますし、共同風呂にも掃除のとき以外は常に水が満たされています。龍吐水による修練も定期的に行っています」
龍吐水、要するに手押し式の消火ポンプだ。大人6人と放水手1名で運用し、放水距離はおよそ15mほど。黒はこのポンプを量産し、5戸毎に設置するよう名越勢に求めていた。
これが里ならば万が一火災が起きても青や小夜、椿といった水の精霊の使い手が散水消火するだろうし、あるいは白が窒息消火を試みるだろう。
しかし火事が入植地や近隣の集落で発生すれば、俺達が全て対応できるわけでもない。だからこその消火設備が必要になったのだ。
なお、名越勢は火災やその他の災害が他の集落で起きた場合にも駆け付ける手筈になっている。
「作物の成長はどうだ?」
「はい。稲の生育は順調です。しかし、田んぼの上を吹き渡る風がこんなに心地いいものだとは、筑後に暮らしていた頃にはついぞ感じませんでした」
確かに。春先に突貫工事で田を拓き、およそ一か月前に田植えをした田んぼは、今では一面の緑色になり、風が緑の絨毯を揺らしている。
所々で農作業をしている住民が、手を休めてこちらに手を振ってくる。
「豚や羊の成育も順調です。羊追いのために貸していただいている、タケルとサヨも立派に仕事をしてくれて……あれ?どうしました?いきなり立ち止まって」
「善章、今、何と言った?犬の名前を言ったか?」
「はい?タケルとサヨでしょう?そう聞いていますが?あの二匹の仲の良さといったら、本当に斎藤殿と小夜殿のようだと評判です」
小夜達が子犬の名前を教えてくれなかった理由はこれか……別に俺の名前を付けたからといって、怒りはしないと思うのだが。
「いや、気にしないでくれ。他に何か困っていることはないか?」
「そうですね……特には思いつきません。もちろん細かいことを言い出せばキリもないのでしょうが、皆新天地で明るく生きております」
「そうか。困ったことがあったら、俺でも青にでも遠慮なく言えよ。そういえば青に対する恐怖心はどうだ?まだ恐ろしいか?」
「ははは……恐ろしくないと言えば嘘になります。私は直接は経験していませんが、我らの只中で死の舞を舞われたこと、今でも語り草になっております。ただ、単なる恐怖心と言うよりも畏れに近いと思います。人なる身でありながら神にも等しい方へ刃を向けてしまったことへの畏れという方が正しいでしょう」
神にも等しいか。精霊達の力の結晶ともいうべき式神は、力なき者達にとってはそう映るのだろう。
「まあ、あいつらは時折俺でもおっかないからな。そう気張らずに、普通に接してやってくれ」
「承知いたしました」
「さてと……案内ご苦労だったな。親父殿にもよろしく伝えてくれ」
「ここでよろしいのですか?里までお送りしますが」
「なに……里から子供達が迎えに出ているようだ。ほら、もう見えてくるだろう」
里に向かう道の方から、“ちよ”と“かさね”、そして楓と棗が歩いてくるのが見える。楓と棗は柚子と八重を背負っているようだ。柚子と八重の散歩のついでに迎えに来たのだろう。
「わかりました。ではまた近いうちにお目に掛かります」
義章は踵を返し、自分の集落に向かっていった。
「タケル様!お迎えに上がりました!」
「あがりました!」
「ああ。みんなありがとう。じゃあ気を付けて帰ろうか」
「はい!椿姉が今夜は肉じゃがと豚汁だって言ってた!」
「そうかあ。椿の作る料理は旨いからな。よし、里まで競争だ!」
「えええええ!楓ちゃんには勝てないよう!」
「楓は柚子をおんぶしてるも~ん!だから先に行っちゃう!!」
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