21 / 24
第21話:認められる想い
しおりを挟む
夏至の朝は、石の匂いが明るかった。
橋の修繕は終わり、記録は整い、噂は数字に負けた。走らないで追いつく、と決めた足は、もう勝手に正しい歩幅を刻む。
広場に壇が組まれ、民と貴族と兵が輪を作る。父上の瞳は、倉の木みたいに落ち着いている。礼典長の合図。太鼓は一度だけ。俺は壇に上がり、塩をひとつまみだけ入れた声で短く告げる。
「道を空け、人を並べ、疑いを減らした者たちがいる。――剣と盾。近衛と治安の者に、王子として礼を言う」
名は呼ばない。けれど、列の奥で銀の胸甲が光をひとつ返す。礼儀の距離。光の近く。俺は視線をまっすぐ通り過ぎる形で掠め、壇を降りる。
式が終わると、人払いののち、父上の執務室。扉は厚く重く、音は小さい。窓の外で、夏の手前の風が庭木を撫でる。
「息子よ」
父上は封蝋を親指で押し、短く言った。
「今日の言葉、記録に残した。――それで、余に問いたいことがあるのだな」
「はい。……近衛騎士ナハトを、私の『側に立つ者』として、公に認めてほしい」
石を先に置く。砂糖は入れない。父上の瞳は揺れない。
「近衛、出よ」
ナハトが進み出て、片膝をつく。礼の角度は乱れない。手袋を外し、床に置く。父上の声は、冬の倉の木の温度で問う。
「近衛。汝は剣として、盾として、礼として、我が息子に仕える覚悟があるか」
「あります」
「人としては」
短い沈黙。影の帯がない場所で、彼は迷いを持たずに答えた。
「――あります」
喉の奥が、やわらかく鳴った。父上は長い瞬きを一度。
「殿下。石は半分かかった。残り半分は、行いで渡れ。
近衛。汝は輪番の中にありつつ、殿下の『近侍』の役を交代制で担え。記録は透明に。
私語は影でなく、紙で。――余は禁じぬ。許し過ぎもしない。だが、二人の橋を壊す石を、宮廷に置かせはせぬ」
「承りました」
俺と彼の声が重なった。父上は封蝋をひとつ渡す。『殿下側近任免記』の写し。
文字は固く、紙は静かに明るい。しおりの革紐を挟む場所が、指先で見つかる。昔から同じ位置。結び目も同じ形。
「――殿下」
扉の外、短い影。礼儀の距離。ナハトが胸甲の縁に、金を鳴らさず指先を落とす。『在る』。
俺は剣帯の金具に触れない。代わりに、紙の端をひとつ叩く。影の楽器。十分。
「今日、光の真ん中で言えない言葉がある」
「言う場所を用意します」
「今夜、書斎で」
「承ります」
砂糖は足さない。塩をひとつまみ。扉は重く、音は小さい。胸の拍は、静かに深い。――認められる想いは、紙の上と、骨の内側に刻まれた。
橋の修繕は終わり、記録は整い、噂は数字に負けた。走らないで追いつく、と決めた足は、もう勝手に正しい歩幅を刻む。
広場に壇が組まれ、民と貴族と兵が輪を作る。父上の瞳は、倉の木みたいに落ち着いている。礼典長の合図。太鼓は一度だけ。俺は壇に上がり、塩をひとつまみだけ入れた声で短く告げる。
「道を空け、人を並べ、疑いを減らした者たちがいる。――剣と盾。近衛と治安の者に、王子として礼を言う」
名は呼ばない。けれど、列の奥で銀の胸甲が光をひとつ返す。礼儀の距離。光の近く。俺は視線をまっすぐ通り過ぎる形で掠め、壇を降りる。
式が終わると、人払いののち、父上の執務室。扉は厚く重く、音は小さい。窓の外で、夏の手前の風が庭木を撫でる。
「息子よ」
父上は封蝋を親指で押し、短く言った。
「今日の言葉、記録に残した。――それで、余に問いたいことがあるのだな」
「はい。……近衛騎士ナハトを、私の『側に立つ者』として、公に認めてほしい」
石を先に置く。砂糖は入れない。父上の瞳は揺れない。
「近衛、出よ」
ナハトが進み出て、片膝をつく。礼の角度は乱れない。手袋を外し、床に置く。父上の声は、冬の倉の木の温度で問う。
「近衛。汝は剣として、盾として、礼として、我が息子に仕える覚悟があるか」
「あります」
「人としては」
短い沈黙。影の帯がない場所で、彼は迷いを持たずに答えた。
「――あります」
喉の奥が、やわらかく鳴った。父上は長い瞬きを一度。
「殿下。石は半分かかった。残り半分は、行いで渡れ。
近衛。汝は輪番の中にありつつ、殿下の『近侍』の役を交代制で担え。記録は透明に。
私語は影でなく、紙で。――余は禁じぬ。許し過ぎもしない。だが、二人の橋を壊す石を、宮廷に置かせはせぬ」
「承りました」
俺と彼の声が重なった。父上は封蝋をひとつ渡す。『殿下側近任免記』の写し。
文字は固く、紙は静かに明るい。しおりの革紐を挟む場所が、指先で見つかる。昔から同じ位置。結び目も同じ形。
「――殿下」
扉の外、短い影。礼儀の距離。ナハトが胸甲の縁に、金を鳴らさず指先を落とす。『在る』。
俺は剣帯の金具に触れない。代わりに、紙の端をひとつ叩く。影の楽器。十分。
「今日、光の真ん中で言えない言葉がある」
「言う場所を用意します」
「今夜、書斎で」
「承ります」
砂糖は足さない。塩をひとつまみ。扉は重く、音は小さい。胸の拍は、静かに深い。――認められる想いは、紙の上と、骨の内側に刻まれた。
205
あなたにおすすめの小説
結婚初夜に相手が舌打ちして寝室出て行こうとした
紫
BL
十数年間続いた王国と帝国の戦争の終結と和平の形として、元敵国の皇帝と結婚することになったカイル。
実家にはもう帰ってくるなと言われるし、結婚相手は心底嫌そうに舌打ちしてくるし、マジ最悪ってところから始まる話。
オメガバースでオメガの立場が低い世界
こんなあらすじとタイトルですが、主人公が可哀そうって感じは全然ないです
強くたくましくメンタルがオリハルコンな主人公です
主人公は耐える我慢する許す許容するということがあんまり出来ない人間です
倫理観もちょっと薄いです
というか、他人の事を自分と同じ人間だと思ってない部分があります
※この主人公は受けです
「自由に生きていい」と言われたので冒険者になりましたが、なぜか旦那様が激怒して連れ戻しに来ました。
キノア9g
BL
「君に義務は求めない」=ニート生活推奨!? ポジティブ転生者と、言葉足らずで愛が重い氷の伯爵様の、全力すれ違い新婚ラブコメディ!
あらすじ
「君に求める義務はない。屋敷で自由に過ごしていい」
貧乏男爵家の次男・ルシアン(前世は男子高校生)は、政略結婚した若き天才当主・オルドリンからそう告げられた。
冷徹で無表情な旦那様の言葉を、「俺に興味がないんだな! ラッキー、衣食住保証付きのニート生活だ!」とポジティブに解釈したルシアン。
彼はこっそり屋敷を抜け出し、偽名を使って憧れの冒険者ライフを満喫し始める。
「旦那様は俺に無関心」
そう信じて、半年間ものんきに遊び回っていたルシアンだったが、ある日クエスト中に怪我をしてしまう。
バレたら怒られるかな……とビクビクしていた彼の元に現れたのは、顔面蒼白で息を切らした旦那様で――!?
「君が怪我をしたと聞いて、気が狂いそうだった……!」
怒鳴られるかと思いきや、折れるほど強く抱きしめられて困惑。
えっ、放置してたんじゃなかったの? なんでそんなに必死なの?
実は旦那様は冷徹なのではなく、ルシアンが好きすぎて「嫌われないように」と身を引いていただけの、超・奥手な心配性スパダリだった!
「君を守れるなら、森ごと消し飛ばすが?」
「過保護すぎて冒険になりません!!」
Fランク冒険者ののんきな妻(夫)×国宝級魔法使いの激重旦那様。
すれ違っていた二人が、甘々な「週末冒険者夫婦」になるまでの、勘違いと溺愛のハッピーエンドBL。
【新版】転生悪役モブは溺愛されんでいいので死にたくない!
煮卵
BL
ゲーム会社に勤めていた俺はゲームの世界の『婚約破棄』イベントの混乱で殺されてしまうモブに転生した。
処刑の原因となる婚約破棄を避けるべく王子に友人として接近。
なんか数ヶ月おきに繰り返される「恋人や出会いのためのお祭り」をできる限り第二皇子と過ごし、
婚約破棄の原因となる主人公と出会うきっかけを徹底的に排除する。
最近では監視をつけるまでもなくいつも一緒にいたいと言い出すようになった・・・
やんごとなき血筋のハンサムな王子様を淑女たちから遠ざけ男の俺とばかり過ごすように
仕向けるのはちょっと申し訳ない気もしたが、俺の運命のためだ。仕方あるまい。
クレバーな立ち振る舞いにより、俺の死亡フラグは完全に回避された・・・
と思ったら、婚約の儀の当日、「私には思い人がいるのです」
と言いやがる!一体誰だ!?
その日の夜、俺はゲームの告白イベントがある薔薇園に呼び出されて・・・
ーーーーーーーー
この作品は以前投稿した「転生悪役モブは溺愛されんで良いので死にたくない!」に
加筆修正を加えたものです。
リュシアンの転生前の設定や主人公二人の出会いのシーンを追加し、
あまり描けていなかったキャラクターのシーンを追加しています。
展開が少し変わっていますので新しい小説として投稿しています。
続編出ました
転生悪役令嬢は溺愛されんでいいので推しカプを見守りたい! https://www.alphapolis.co.jp/novel/687110240/826989668
ーーーー
校正・文体の調整に生成AIを利用しています。
そばかす糸目はのんびりしたい
楢山幕府
BL
由緒ある名家の末っ子として生まれたユージン。
母親が後妻で、眉目秀麗な直系の遺伝を受け継がなかったことから、一族からは空気として扱われていた。
ただ一人、溺愛してくる老いた父親を除いて。
ユージンは、のんびりするのが好きだった。
いつでも、のんびりしたいと思っている。
でも何故か忙しい。
ひとたび出張へ出れば、冒険者に囲まれる始末。
いつになったら、のんびりできるのか。もう開き直って、のんびりしていいのか。
果たして、そばかす糸目はのんびりできるのか。
懐かれ体質が好きな方向けです。
推しのために自分磨きしていたら、いつの間にか婚約者!
木月月
BL
異世界転生したモブが、前世の推し(アプリゲームの攻略対象者)の幼馴染な側近候補に同担拒否されたので、ファンとして自分磨きしたら推しの婚約者にされる話。
この話は小説家になろうにも投稿しています。
婚約破棄されてヤケになって戦に乱入したら、英雄にされた上に美人で可愛い嫁ができました。
零壱
BL
自己肯定感ゼロ×圧倒的王太子───美形スパダリ同士の成長と恋のファンタジーBL。
鎖国国家クルシュの第三王子アースィムは、結婚式目前にして長年の婚約を一方的に破棄される。
ヤケになり、賑やかな幼馴染み達を引き連れ無関係の戦場に乗り込んだ結果───何故か英雄に祭り上げられ、なぜか嫁(男)まで手に入れてしまう。
「自分なんかがこんなどちゃくそ美人(男)を……」と悩むアースィム(攻)と、
「この私に不満があるのか」と詰め寄る王太子セオドア(受)。
互いを想い合う二人が紡ぐ、恋と成長の物語。
他にも幼馴染み達の一抹の寂寥を切り取った短篇や、
両想いなのに攻めの鈍感さで拗れる二人の恋を含む全四篇。
フッと笑えて、ギュッと胸が詰まる。
丁寧に読みたい、大人のためのファンタジーBL。
他サイトでも公開しております。
侯爵令息セドリックの憂鬱な日
めちゅう
BL
第二王子の婚約者候補侯爵令息セドリック・グランツはある日王子の婚約者が決定した事を聞いてしまう。しかし先に王子からお呼びがかかったのはもう一人の候補だった。候補落ちを確信し泣き腫らした次の日は憂鬱な気分で幕を開ける———
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
初投稿で拙い文章ですが楽しんでいただけますと幸いです。
【完結】獣王の番
なの
BL
獣王国の若き王ライオネルは、和平の証として差し出されたΩの少年ユリアンを「番など認めぬ」と冷酷に拒絶する。
虐げられながらも、ユリアンは決してその誇りを失わなかった。
しかし暴走する獣の血を鎮められるのは、そのユリアンただ一人――。
やがて明かされる予言、「真の獣王は唯一の番と結ばれるとき、国を救う」
拒絶から始まった二人の関係は、やがて国を救う愛へと変わっていく。
冷徹な獣王と運命のΩの、拒絶から始まる、運命の溺愛ファンタジー!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる