幼馴染みが屈折している

サトー

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【番外編】幼馴染みが留学している

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「え、どうしたの」

明かりのついていない薄暗い玄関のドアを開けたヒカルは驚いた顔をしていて、それがなぜだかいつもよりも大人びて見えた。
センサーライトのぼやっとした明かりに右上から照らされて、スッと通った鼻筋の影が頬に落ちていた。…のっぺりした子供の顔には決してできない影、もう顔つきが大人びてきていたヒカルにだからこそ出来る影だった。
目の下には明るい光の三角形が出来ていて、いっそう肌が輝いて見えた。

19時半。中学生が用もないのに人の家を訪ねるには十分非常識な時刻だった。だから、何か理由を説明しないといけないけど、ヒカルを納得させられるような嘘は思いつかなかった。

「…入りなよ」

顔色から何かを察したのか、特に理由も聞かず家に入れてくれた。
鍵をキチンとかけてからスタスタと廊下を歩いていく背中に「おばさんは」と尋ねたけど、返事は無かった。代わりに玄関、廊下、ダイニング、キッチンのライトを順番に着けていくパチパチという音だけが聞こえた。



―中学二年になって、ますます身長が伸びたヒカルはより成熟し、男の俺ですら色気を感じる程だった。自分がかっこいいことをとっくにわかりきっているからなのか、顔つきもなんだか堂々として自信に満ち溢れている。

それに、俺や他のクラスメイトのようにバカみたいにはしゃがなくなった。
例えば、給食でどんなメニューが出ようが「ああ、そうですか」という表情しか浮かべない。年に一回しか出ないアイスクリームやケーキが出ても、だから、何?といった様子で黙って食べる。

担任が「本当は道徳の時間だけど、今日は体育館でソフトバレーボールをやろう」と言った時も「そんなことはどうでもいい」という顔をしていたけれど、ヒカルの入ったチームはぶっちぎりで強かった。
だから、メンバー決めの時も若干取り合いっぽくなった。「ルイはいつもヒカルと一緒だからダメ」って言われたから、別の運動が得意な奴と一緒になったけど、それに対してヒカルの方がなぜか不貞腐れていた。



「ルイがくっついているとヒカルがすごく大人っぽく見える」と、たまにヒカルのいないとこで言ってくる女子にはムッとした。
「俺じゃなくてヒカルがくっついてくるんだ!」と言っても信じてくれる人がいない。ヒカルは静かで落ち着いているように見えるから、俺がヒカルの周りをチョロチョロくっついていると思われがちだった。本当は逆なのに。ヒカルは雰囲気で得をしている、ってやつだ。

放課後も彼女がいるなら彼女と帰れ、と何回言っても「女とは帰らない」と意地でも一緒に下校しようとしてくる。
あんまり邪険に扱うとすごく悲しい顔をする。それに、家に来た時、俺の母親に何をふきこんだか知らないけど、なぜかそのことがバレていて「ヒカル君と仲良くしなさい!」と怒られる。


「お前、俺のお母さんに変なこと言うのはやめろよ!」
「変なことって?」
「俺がいじめてる、みたいに…」
「そんなこと言ってねーよ!」

俺を見下ろしながら強い口調で言い返してきた。ムカッとしたから「とにかく告げ口すんな、バカ!」って言い返してやろうとしたけど、ヒカルが途端に顔を歪めて「…ゴメン……でも、寂しいから…」と言った。
何が、寂しいだ!と喉元まで出かかっている。ヒカルは彼女もいるし、人気者だ。俺のいないところでこそこそ他の男子と女のことで何か話しているのも知っている。

でも、目の前にいるヒカルはなんだか自信がなさそうで、とってもしょんぼりしているようにしか見えなかった。自分から折れて謝ったのも本当はケンカなんかしたくないからだ。
だから、「わかったから…、お母さんに告げ口はしないで欲しい…。…一緒に帰らないって言ってゴメン」としぶしぶ謝ると、ようやく元気を取り戻したかのように笑った。

ヒカルは学校で他の人がいる時と、二人でいる時とで別人みたいに違う。こうやって「寂しい」とか平気で言うし、昼寝をしている時には勝手に近くに寝転んでくる。一緒に勉強やゲームをしている時なんか、穴が開くんじゃないかというくらいジッとこっちを眺めている時がある。

「なんだよ」
「何が?」
「ジロジロ見るなよっ」
「え?どうしたの?急に」

本当になぜ俺が怒っているのか全く理解出来ないという顔をされる。何回問い詰めても、一切顔色を変えずに「なんのこと?」としか言わない。だんだん、俺の方がおかしいんだろうか、という気がしてきて、最終的にはヒカルってちょっと変わっているところがあるし、もういいや、と納得させられてしまった。

腑に落ちない部分も多々あったが、俺のことをずっと観察しているせいか、「この問題がわからないの?」「お腹すいた?」「もう疲れた?」とか、いろいろ気付いてくれて、気をまわしてくれていたので、そのことについてはありがたかった。



―ヒカルの後に続いてリビングに入ると、60インチのテレビ画面にファイナルファンタジーの戦闘画面が映っていた。ヒカルがもう何十時間もプレイしている一番新しいシリーズだった。
ほうちょうとランタンを持ったモンスターを高々と空中に打ち上げた主人公らしき女が、それを追いかけ、何回も何回も斬りつけていた。

「おばさんは?今日いるって、さっき…」
「今日、夜勤になったって」

俺の言葉を遮るようにして質問に答えた後、テーブルの上にあった食べかけのコンビニ弁当をそのままゴミ箱へ突っ込んだ。チラッとしか見えなかったけど、まだ半分以上残っていた。
…今日一緒に帰っている時に、「うちに来る?」と聞いたら、「今日は母親が帰ってくるからいいや」と言っていた。

まさか、別れた後、コンビニまで行って弁当を買って、こんな広い家で、たった一人で食べていたのか、と思うと何だかとても寂しい気持ちになった。

「…うちに来れば良かったのに…」
「そんな…」

何か言いかけていたけど、結局は「ゲームしてたから」と素っ気なく返されただけだった。
操作をする人がいなくなって、棒立ちになった女へ、モンスターが復讐のほうちょうを決め、そのままゲームオーバーとなった。

「おばさんが夜勤の時はいつもうちで一緒に食べるじゃん」と言いたかったけど、さっき、弁当をゴミ箱に捨てるまでの動作が、見られたくなかったものをとにかく隠そうとするかのように乱暴だったから、言えなかった。



「…どうしたの?ケンカしたの?」
「うん…」

…本当はここに来たのはろくでもない理由だからあまり言いたくなかった。
けれど、急に来たにも関わらず、黙って家に入れて貰えているのだから、何も話さないのは失礼だと思い、ヒカルにつらつらと、ここに来るまで何があったか話した。


夕飯の前に風呂に入ろうとしたら、すぐ上の兄が「俺が先だ」と割り込んできた。ボーイズの練習から帰ってきたばかりのアサヒにすでに順番を譲っていたのもあって「嫌だ」と言い返した。

その後、「にーちゃんが門限守らないのが悪いんだろ!」と付け足したら、向こうもムカッときたらしくそこから小競り合いになった。
それで、俺が「どけよ!」と体を押したらどこかに頭をぶつけたらしく、激高した兄は肩を殴ってきた。そのまま掴み合いになったところ、ようやくここで台所から母親が出てきて、「何をやってんの!」と間に入ってきた。

「だって、お母さん!」と事情を説明したかったけど「どっちも悪い!ケンカするなら離れろって毎回言ってるでしょ!いい加減にしなさいよ!」と怒鳴られた挙句、「だいたい、あんた達はいっつも…」と、まだ説教が続きそうだったから「もういいよ!」と家をそのまま出てきて…

「はあ…」

ここまで聞いてからヒカルは呆れたような声を出した。
「なんでケンカしている時間があるんだったら、どっちかが先に風呂入った方が早いって思わないの?」と本当に不思議そうな声で質問された。

…答えられなかった。
中学生にもなってこんなくだらないことで兄弟ゲンカをしているなんて本当にヤバい、ということは自分でもわかっている。
けど、高一にもなって中学生相手に本気出してくる兄貴はもっとヤバい。それをヒカルに言うと「そうだね」と困ったような顔で一応頷いていた。

「…うちのおかあさ、…母親いつも、ケンカがあった時「どっちも悪い」ってしか言わない。全然理由とか聞いてくれない…。ムカつく…」
「寂しいの?」

寂しいのか、と聞かれたらよくわからなかった。母親に話を聞いてもらえず、自分の気持ちもわかってもらえないので寂しいのか、という意味なんだろうけど、それを認めたくはなかった。

「ケンカするなら離れろ、お互い近づくな」って親は言うけど、家は狭いし、どうやったって顔を合わせてしまう。一体どうすりゃいいんだよ、と最近は特にイライラしてしまっている。
どちらかというと寂しいというより「ムカつく」という感情が近い。

「…俺は、ルイのお母さんは正しいと思う」
「え?」
「だって、理由を聞いている間に、またヒートアップしそうだし…。聞いた後、どっちが悪いって決めたところで、絶対片方は納得しないと思うし」

…いつの間にかこういうところもヒカルは大人っぽくなっている。
というか、リビング以外は電気も点けず、ほとんど弁当に手も付けないでいたさっきのヒカルの姿を思い出すと、自分がすごく子供っぽくて、甘ったれているような気がして、ものすごく恥ずかしくなった。
羞恥のあまり泣きたくなるなんて生まれて初めてだった。


「…急に来てごめん」
「いや、いいよ…。お母さんが正しいとは言ったけど……。でも、ルイが殴られて、その後お母さんに「どっちも悪い」って言われて、悔しかった気持ちはわかるよ。俺はわかる」

「ほんとう?」と聞き返すと目を見て頷いてきた。…その後は保健室の先生みたいに、うんうんと話を聞いてくれた。合間には必ず「ルイは悪くないって俺は思うよ」とか「大丈夫?痛かった?」と優しいことを言ってくれた。

「…今日、帰りたくないなー」

平日は絶対に外泊するな、おばさんが夜勤の時は休日でもヒカルの家には泊まるな、とうちの母親にキツク言われていたから、そんなことを言っても無駄なのはわかっていたけど、言わずにはいられなかった。

「…いても、いいよ」
「えっ?いいの?」

ちょっと待ってて、とヒカルは自分の部屋に戻ってしまった。何をしに行ったのかはわからないけど、しばらくして戻ってきてから「ゲームする?」と明るく笑った。うん!と頷いてから、だだっ広いリビングで一緒にゲームをした。
明日の数学嫌だな、とか他愛もない話をしていたら21時になる頃、ヒカルが「帰ろう」と言い出した。

「えっ?なんで?」
「ルイのお母さんが、心配してるから」
「してねーよ、絶対…」
「家まで送って行くから、帰ろう。お父さんも、もう帰ってくるでしょ?二人でご飯食べたらいいじゃん」

さっきは、いてもいい、って言ってたのに…と不満に思ったが、駄々をこねてヒカルに呆れられるのも嫌だったから黙って従った。
とは言え、やっぱり帰りたくなんかなかったので、タラタラ歩いた。ヒカルも歩調を合わせて着いてきてくれていたけど、急に下を向いて立ち止まり、ポツリと呟いた。

「…ルイの家の子供になりたい」

よくヒカルはこういうことを言う。いつもだったら「え!絶対やめた方がいい!うちなんか、狭いしうるさいし、ヒカルの家の方が絶対いい!おばさんも優しいし」と言い返しているけど、今日はそういう気にはならなかった。

もしかしたら、今よりずっと子供の時から、ああやっておばさんを待つ日々が続いていたのかもしれない。
ヒカルがいつも「寂しい」と言うのも単に兄弟がいないから、とかそれだけじゃなくて、ちゃんと理由があるような気がしてならなかった。



家に着くとヒカルは迷わずインターフォンを押した後、玄関のドアを開けて「こんばんはー」と言った。
母親が出てきて「ヒカル君、ごめんねー」と言って「ごはん、準備できてるよ。一緒に食べていって」とヒカルを招き入れようとした。
まるで、ヒカルが俺を連れて21時に帰ってくることを知っていたみたいだった。

「…いえ、帰ります。母親、もう帰ってくると思うんで」
「えっ、おばさん、夜勤だからもっと遅いだろ」
「ごはん、もうすんでるから大丈夫です。…ルイ、また明日」

「早く中に入れ」とでも言うように背中をポンポン叩いた後、ヒカルはフラっと家を出て行ってしまった。母親にまた説教されるんじゃ、と思ったけど「早く手を洗いなさいよ」と言われただけだった。

入れ違いに父親が帰ってきて、一緒に夕飯を食べた。父親は「えっ、今日はルイも一緒?珍しい」と言ったくらいで、なんでこんな時間に夕飯を食べることになったのか、ということに対しては何も聞いてこなかった。兄もアサヒも自室に籠っているようで、珍しく静かな食事の時間だった。

食べ終わった後、自分のリュックサックからジャムパンを取り出した父親が、それを半分に割って大きい方を俺にくれた。本当はお腹がいっぱいだし、これは明日仕事場で食べるおやつだ、ってことがわかっていたから、欲しくなんかなかった。

高校教師の父親はいつも俺が起きると同時に出勤して、夜まで帰ってこない。だから、弁当は二個持っていくし、菓子パンも昼前と夕方に食べている。忙しいからいつもお腹を空かせているようだった。

「ルイだけ特別に分けるけど、他のみんなには…お母さんにも言うな」と言われたから、嬉しくなって頑張って食べた。

ヒカルがいたらたぶん3等分していた、気がする。
いつもだったら、絶対一緒にここで夕飯を食べていたはずなのになんで、今日は断って帰って行ったんだろう。「二人でご飯食べたらいいじゃん」と言って、なんだか遠慮しているみたいだった。本当はこの後、家で一人でいるヒカルはとても寂しいはずなのに。
早くヒカルみたいに大人っぽくならないと、と焦った。

それ以来、なんだかヒカルの前でカッコ悪いところはあんまり見せたくなくなった。特に、泣いているところは一番みっともないから、まずは絶対にヒカルの前で泣かないようにしよう、とこの時思った気がする。




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